第百七話「隙あらば・いちゃいちゃしたい・和栞さん」
「ごめんね? 任せて」
唯依は申し訳なさそうに、和栞に別れの挨拶をする。
「ううん。唯依さん、冬川くん、また遊びに来てくださいね?」
「おう! おじゃましました! 後は若い二人でごゆるりと~」
笑顔で溢れたパーティーは最後まで賑やかに終了した。
司のくだらない目配せを眉を上げて何食わぬ顔で躱した伊織は和栞と二人で後片付けを始める。
「ありがとうっ、伊織くん」
「なんでもかんでもお任せできないし。気にしなくていいよ」
キッチンの流し台でプレートを水洗いしながら、和栞さんの言葉を受け取っておく。
「楽しみな予定が増えたねっ」
「ねーっ。洞窟の中って思ってるより涼しいよ? 和栞さん、行ったことある?」
「写真で見たりしたことはあるんだけどね、初めてだから嬉しいんだぁ……」
和栞は明るい笑顔で手際よく片付けていき、伊織を見上げながら思いを馳せる。
「そっか」
後は自分のプレートの処理だけ残っている。
大方の片づけが終わったらしい和栞さんは、手が空いてしまった。
「終わったなら、ソファでゆっくりしててよ。時間かかりそうだし。疲れたでしょ?」
「ありがとっ! でもねぇ、でもねぇ……」
何やらもごもごと横で和栞さんが言い淀んでいる。
「ん?」
「足りません……」
和栞さんはしょぼんとして進言してくる。
「えっ?」
「今日は楽しかったけど……その……。いちゃいちゃ……ができていませんっ」
何を言い出すかと思ったら、和栞さんは要は二人の静かな時間が欲しいということなのだろうか。
「イチャイチャですかぁ……」
「うん、いちゃいちゃ……です」
「どうやってイチャイチャしたいの? 言ってごらんなさい」
洗い物の手は止めずに、横目で和栞さんに聞いてみる。少し意地悪だったかなと思いながら、本人から何がしたいか聞いてみないとわからないのだから仕方ない。
「くっつきたい」
「ご自由にどうぞ?」
「やったっ」
そういうと、彼女は顔をにぱっと明るくして、猫じゃらしに反応する猫のように、飛びついてきた。
「おっと!」
「今、伊織くんは洗い物でガラ空きですからね……」
そういうと腰に手をまわしてきて、ピタッと和栞さんは身体を密着させてくる。
「生気を吸い取られそう」
彼女の華奢な腕しか見えないが、温もりが背中から腰まで伝わってくる。
引き寄せられるように力が籠ってきて、彼女の身体の柔らかな感触が染み入るように広がる。
その中でも一際、胸が跳ねる触感。
その正体は言葉にしなくても想像できる。味わったことのない一層軟調で繊細なものに集中してしまうと少し恥ずかしくなってしまう二つの膨らみ。
くだらないことは考えるなと脳に指令を出していても、理性と反して背中に意識が集まってしまう。
和栞はおでこでぐりぐりと伊織の背中に頭を擦りつけて楽しんでいるが、伊織はそれどころではなかった。
「全部、吸い取ってあげま~すっ」
「参ったなぁ」
一つ一つの半球のプレートをスポンジで丁寧に洗っているが、油汚れは手ごわいもので、なかなか納得できるまでの汚れ落ちにならない。
ひょこっと後ろから顔を出して、伊織の手元を覗いた和栞。
「丁寧に洗ってくれるのは嬉しいけどね、大体でいいよ?」
「結構ベタベタしてる、後で大変になるから絶対今やっといた方がいいって」
「じゃあ、私の“べたべたたいむ”も延長でお願いしま~すっ」
(なら、ずっと洗ってようかな……)
好きな人が身体を寄せてくれるというものが意外に心地いい。
しなやかな肢体が離れまいと力を込めて抱き着いてくるこの状況に癒されて、心が満たされていく感覚があった――




