第百五話「彼女の用事とつま楊枝」
いちゃいちゃ。いちゃいちゃ。
『いただきま~す』
こんがりきつね色に焼けた玉は、賑やかな話し声の速度に負けないように減っていく。
伊織は、根掘り葉掘り聞かれた出会いや交際の過程について、事実のみを話して、司を驚かせた。
自分でも信じられないのだ。
まさか、春にたまたま公園で会ったクラス一番の美少女と交際を始めたなんて。
充分に租借しながら司に食べられていくそのたこ焼きのように――自分にもこの稀有な状況が理解できるよう、司には話を充分に租借してほしいくらいだ。
唯依は伊織の話に聞き入ってはたまに笑ったり、和栞の顔を見て興奮したりと忙しなくする。
和栞さんをこちらから見ると、その温まった頬でたこ焼きが焼けそうなくらい、真っ赤になっていた。
一口ではなく、おちょぼ口で何回かにわけて、激熱たこ焼きを食べ進めているのをみては、「彼女の口の中を火傷させでもしたら容赦しないからな」と、鰹節が調子に乗ってゆらゆら踊る一皿を見る。
粗方の尋問が終わった後――
和栞さんは遠慮を交えて、司と千夏さんに提案をした。
「冬川くん、唯依さん? ……その、もしよかったら、この四人で、どこか行きませんか?」
こんな調子でおねだりされたら、大概の人間はコロッと行ってしまう。それくらい周りに大切にされてしまう素直な愛嬌と可愛げのある人なのだから。
「伊織から聞いてるよ? ダブルデート、賛成!!!」
「わたしも! 一緒にどっか行きたいって思ってた!! どこ行く??」
早くも気持ちが前のめりになってしまっている二人から、これまた気持ちいいほどの賛同を得られた。
「和栞さん、やりたいことあったよね? ほら」
和栞に優しく視線を向けて、言いたいこと、やりたいことを引き出す伊織。
和栞さんにとって楽しい夏休みであれば、自分にとってもこの夏、これ以上を望むことは無いのだから、願いはできるだけたくさん叶えてあげたい。
「わたしは……やりたいこといっぱいあってね……。えーっと、花火で遊んだりとか、プールに行ってみたりとか、ちょっと難しいかもしれないけど、スイカわりもしてみたいなぁって」
「詰め込むなぁ、月待さんっ!!」
司とほぼ同意見なので、今年の夏は本当に今からの二週間が忙しくて堪らなくなるだろうなと思う。
「とりあえず、のんちゃんのやりたいこと全部言っちゃいなよ? 遠慮しないで?」
唯依が優しく和栞に声をかける。
千夏さんの雰囲気を察する限り、和栞さんが我慢を強いられていた中学時代の話は彼女に伝わっているのかもなと感じた。和栞さんを見つめる視線が妙に優しくて、体格差から千夏さんが、和栞さんの母親やお姉さんに見える。この感覚は一体何なのだろうか。
伊織は唯依から溢れ出る母性の所在を探せずにいた。
一方、唯依は司と付き合い始めた一件に和栞が大きく後押しをくれたので、今こそ恩返しの時だと張り切っていたのだった。
「他には、バーベキューとかキャンプとか、動物園、水族館……映画とか……えーっとえーっと……」
ほおっておけば山のような願望が出てきそうな和栞さんは只今、マルチタスクに追われている。
今日、何度も仕事してもらったホットプレート上に広がる最後の一陣を大切に育てながら、この短時間でめきめきと「焼き上げ達人」になってしまった彼女。真球を作っていくのと同時並行で、行きたい場所を次々に列挙する。
まるで、この一つ一つの美味しそうな玉が彼女の作りたい思い出の数々のように出来上がっていく。
欲張りな数であったとしても、楽しければそれでいいじゃないかと伊織は思った。
なにせ、すーぱーな夏休みなのだから。
司は、携帯電話を取り出して、文面をしたためる。
それを送った相手から、間髪入れずに返事が返ってくるとニヤリと笑った。
「月待さん? もう全部やるつもりでいようぜ。姉貴を捕まえたからっ!」
「えっ?」
思わず和栞さんの手元が止まる。
鍋奉行ならぬ、鉄板奉行は任せておけと、伊織は和栞と交代した。
唯依と二人でたこ焼きのお世話をする。
「俺らだけじゃ難しいこともあるでしょ、スイカとかどうやって一個運ぶの? って思うし。でも、姉貴がいれば遠出もできるし、車も使えるから選択肢広がるし、楽しそうじゃん? 俺はちょっと恥ずかしいけど……」
えへへと笑いながら、司はすぐに協力者を手配してくれたらしい。
たまには、やるじゃないかと胸の中で拍手を贈る。
「理沙ちゃん来てくれるの??」
逸る気持ちを抑えながら、唯依は司に尋ねる。
「おうよ! 任せろだってさ。さすが姉貴、かっけぇ……」
「うわぁ……!!! のんちゃん、きっと楽しいよ??? 理沙ちゃんも私から紹介するねっ!!」
「本当にっ??」
にぱぁと笑顔になった和栞は、皆の顔を見ながら目を輝かせた。
「うんっ!! 綺麗で優しくて頼りになる……“頼りにならない司”のお姉ちゃんだよ??? 南波くんは面識あるよね?」
「うん!」
「おいおい、俺が頼りにならないって聞こえたんですけど、唯依さん???」
司のツッコミに場が華やかな笑い声で包まれる。
「あははっ、ごめんごめん」
そういうと、取り皿に避けて充分に冷ましておいたたこ焼きを司の口に運ぶ。
「まぁ、な……(もごもご)……友達と唯依が行きたがってるって言ったから、俺の力じゃないし間違いじゃないんだけどな」
「ならいいじゃんっ、ありがとっ!! 頼れる司さんっ!!」
次は飲み物を渡してあげている唯依。明らかに司のご機嫌を取っている。
その姿に和栞さんの目が輝き始めたのに気がつきながら、「ここで、あーんは無しにしてよ? 和栞さん……」と気がつかれないように、皿を空にしていく。
「いおりくんっ!」
あっ、と思ったが最後……。
和栞さんも食べさせてくれようと、手皿を作り欲求溢れる目で待っていた。
恥ずかしがっていては、目の前のお気楽カップルの餌食になるだけだ。
ぱくりと一口で和栞さんの希望は叶えてあげて、さっとお茶で喉を流し、水に流す。
和栞さんの満足そうな表情を見て、司と千夏さんが気にしてないかとチラリと視線をやり、二人の好奇の目を人知れず搔い潜った。
すると、和栞さんが何やら手招きして、言いたいことがあるらしい。
隣にいる和栞さんに姿勢を傾けると、彼女は小さな声で耳打ちしてきた。
「気がつきましたっ? ……初めての間接キスですよっ?」
楊枝の先ほどの接触を許したらしい――
ははーん……。
気がつかなかった。
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