第百三話「お家でダブルデート」
主人公・メインヒロインカップルと、悪友・サブヒロインカップルのダブルデート始まります!!
伊織は手慣れた部屋番号を入力して呼び出しを行う。
司を呼び出し口の前に立たせて、待つこと数秒後――
「はい」
和栞さんの声が聞こえてきた。
「冬川です」
「わぁ、冬川くん! お待ちしておりましたよ、唯依さんもいますからねっ?」
「やっほ~、司~」
和栞さんの背後から楽しそうな千夏さんの声が聞こえてきた。
「おう!」
「今、開けますからね……」
「お願いします!」
応対した後、横でぽかんとしている司が、ゆっくりと顔を合わせる。
「本当に月待さんの声がしたんだけど」
「往生際悪いぞ? 本当に俺の彼女さんは月待さんだから、安心してくれ……」
二人でエントランスを進み、エレベーター待ちをする。
「もしかして、月待さんのご両親とか、顔がそっくりの可愛い妹ちゃんにご挨拶しなきゃならなかったりする……?」
「相変わらず、今日は頭がさえてるなぁ……。でも、いくつか間違ってるところあるから心配しなくていいな」
「え?」
司は伊織の言葉を飲み込めていない。
「彼女には妹がいるのは正解……多分、その妹ちゃんは可愛いのだろうけども、俺は会ったことがない。あと、彼女は一人暮らししてる」
「えええ??? 一人暮らし? この年で?」
「そりゃびっくりするよな……。俺も最初はそうだったんだから」
「いろいろと大変そうだな……」
司はそれ以上踏み込んでいい話題なのかと、言葉を詰まらせる。
そんな司を見て、人との距離感を丁寧に図ろうとする様子に、言葉にしないが「信頼できる良い奴だよなぁ……」としみじみと思った。
「本人曰く、家族仲は良好、花嫁修業らしい」
「はあぁ……どれだけ努力家なんだよ……。伊織が惚れちゃうのもわかるわ……」
しみじみと自己完結している司を邪魔する気にはなれなかった。
本当に自慢して回りたい自分の素敵な彼女さんなのだから。
二人はエレベーターで十四階へ。
「今のうちに、これ」
司が差し出してきたのは今日の会費と、千夏さんの分を含めた二千円。
「こういうのは見えないところで済ませておくのが、粋ってやつだ……?」
「そうそう。よくわかってんじゃん、伊織さんよぉ……。すぐに月待さんに渡してあげて。安心すると思うから」
「安心?」
「忘れてないかな? とか考えさせたくないだろ? 彼氏として」
司はちょっとした気遣いのできる人間だということは知っていたが、普段の行いに似合わず紳士的な奴らしい。学びが絶えない伊織であった。
「ありがと。食券のご飯屋さんみたいな感覚な? わかるわかる」
例えとして適切であったかどうかわからないが、そんな気分。
「そうそう。先にお金払ってる安心感みたいなやつだよ……なっ」
的確に捉えてくれた司に助けられた。何もこのホームパーティーをご飯屋と認識されていては困るものだったから。
受け取って大切に財布に忍ばせた。
エレベーターはいつものように、静かに十四階に到着。
司を引き連れて、和栞さんと千夏さんが待つ部屋へ進む。
伊織は再度、部屋の前でインターホンを鳴らした。
中から出てきたのはエプロン姿の和栞さんと、千夏さんだった。
「こんにちは! 冬川くん! さっ、どうぞ中へ!」
満面の笑みで司を招き入れた和栞さんはまだ何も始まっていないというのに、既に楽しそう。
「ホントに月待さん出てきたよ……。おじゃまします!」
「司~こっちこっち」
本人の顔を見てもまだ納得できない司はそろそろと、中に入っていくと、唯依に手を引かれて案内されている。
その背中を見て、さっきまでのお調子者はどこに行ったんだかと少し笑ってしまった。
「伊織くんっ!」
今日もキラキラ笑顔を向けてくれる和栞さんは癒しの特効薬だった。
「(おかえりなさいっ)」
和栞さんは、司や千夏さんに聞こえないように、小声で「おかえりなさい」という。
先日二人で決めてみた、この部屋に立ち入るときのお約束事を彼女はやりたいらしい。
「(ただいま、和栞さん)」
こちらも小さな声で応対すると、喜んでくれたのか、左目の綺麗なウインクが返ってきたものだから、面食らってしまった。
顔を合わせて早数十秒で、今日も自分の彼女さんの火力の高さにひるんだ。
そそくさと中へ進みながら、キッチン横で、まとめた会費を和栞さんに手渡す。
「和栞さん。今日のやつ……。司と千夏さんの分、それと俺と和栞さんの分ね」
「えっ!? 私は私の分、自分で出しますよ……?」
小さい声で伊織に遠慮を示した和栞。
「ここまで準備大変だったでしょ? 遠慮しないで受け取ってほしいんだけど、だめかな?」
伊織は優しく和栞に問いかける。
「ん……。では、お言葉に甘えて受け取ることにします。ありがとうございますっ」
和栞さんは卒業証書授与式のように丁重に両手で受け取ってくれた。
「こういうことさらっと出来ちゃうのが伊織くんの良いところですね……」
和栞さんはもごもごと話している。
「ごめんね。実は、司からの受け売りなんだよ。恥ずかしいけど」
「伊織くんは正直者ですよね、そういう時は隠しておいていいんです……。でも、そういうところが好きですよっ?」
「!?」
そう言い残した和栞さんは、何事もなかったかのようにリビングに行ってしまった。
こうも恥ずかしげもなく、好きだと伝えられるとペースが狂ってしまうなと思いながら――
調理器具や具材の準備がきれいに整えられ、始まりを今か今かと待ちわびている賑やかな輪に混ざっていったのであった。
◇◆◇◆
「今日はお集まりいただきありがとうございますっ!」
和栞さんが自分の横で嬉しそうに挨拶を始める。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
「ま~すっ!」
司が丁寧に挨拶をお返ししてくれると、それに重ねる形で千夏さんから明るい声が返ってきた。
「さっ、伊織くん。お願いしてもいいですか? ご報告です……」
和栞の言葉に、司の目が見開く。
和栞さんの言いたいことはわかる。自分の口から報告してほしいということだ。
「司、千夏さん……。二人には報告しておかなきゃねってなって、聞いてほしいんだけども、俺と月待さんはお付き合いしてます。今後とも、よろしく……」
「はい、拍手!!!」
「やったね!のんちゃん!!!」
何やら真正面から明るい言葉で二人は祝福してくれた。
横目で和栞さんを見てみると、机の上に置いている茹で上がったタコのように頬が赤かったのは、微笑ましい限りだった。
「とまぁ、今はこのくらいにして、始めながらゆっくり……ね?」
伊織は今日最大の任務を終えて、ほっと一息。胸をなでおろす。
「そうねっ、わたしとのんちゃんが丹精込めて準備したので、楽しみましょ~~~」
「おー!」
司と千夏さんは、見ていてこちらが晴れやかになる友人だ。そんな二人と、自分の大切な彼女が親しくしてくれていることが本当に嬉しい。
にぱっと笑顔を見せた和栞さんが言う。
「わたし……嬉しいです。本当にありがとうっ。これからも仲良くしてくれると嬉しいです!」
こうして二本の線は交わったのでした――
お読みいただきありがとうございました。
ブックマークと評価にて作品の応援をお願いします。
執筆の励みになります!




