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和栞さん生誕記念:書き下ろしSS「乙女二人、車中にて」(第三章読了推奨)

和栞さん生誕記念でショートストーリーを書き下ろしてみました。お楽しみください!

和栞ちゃんお誕生日おめでとう! ( *´艸`)アリガトッ

 

――「今日のお礼ですっ。初めてで……特別なもの。……ですからね?」


 やっちゃった……。

 そんな気持ちで人混みをかき分けて。

 今すぐに……恥ずかしさで涙が溢れてきそうな、ぼやけた視界を無視して走ってきた。


 息が荒立つ。

 自分で顔を見なくてもわかる。


 絶対に、赤くなっているし……のぼせそうなほど、頬が熱い。





 自分の行動に、自分が一番驚いていて、自分が自分じゃないみたいだった。


 いつも週に一回使っている駅。

 こっちが、お母さんの待ってくれている方向じゃないことくらい、知っている。



 ここまで来たら、彼の視界から外れる……はず。


 和栞は博多駅の改札口からそそくさと逃げてくると、伊織の死角になる壁にもたれかかり、今にも破裂しそうな鼓動を刻む心臓を休ませる。


 

 今日ずっと彼と一緒にいたはずなのに、別れるのが名残惜しくて――

 彼の頬にキスをしてしまった……。




 だって仕方ない。


 好きなものは、好きなんだもん。しょうがない……そう……しょうがなかった。



 ふぅっと一回、深呼吸。


 落ち着こう……、落ち着け、落ち着けぇっ…………。




 ……だめ。ぜんっぜん、だめ。



 まだ、胸が「ばくばく」してる。



 連日猛暑日を記録している外気。

 ましてや、街で一番大きな駅の籠った空気。


 私の火照った身体を、丁寧に冷やしてくれるはずは無かった。




◇◆◇◆




「のどか~! おかえり~!」

「お母さん、ありがとう」


 和栞は母――美鈴の待つ車へ乗り込む。


「今日、勝ったんだってねぇ……良かったねぇ……」

「うんっ。楽しかった」

「シートベルトした? 帰るよ~」

「安全運転でおねがいしま~す」

「は~い。しゅっぱーつ」


 美鈴は和栞を一瞥すると、ハザードランプを消し、右の方向指示機を出す――車を走らせた。



 運転者に「安全運転」という言葉を意識的にかけるだけで、事故率が低下するらしい。

 そう知ってから、そそっかしいお母さんにはいつも声をかけるようにしている。


 お母さんの運転を不安に感じることは無いけど、念のため。


 おまじないみたいなもの。





 大丈夫。

 いつも通りの平常心だ。

 私の心――




 私は、車載クーラーの向きを調整して、顔に風が当たるように調整する。

 なるべく早く、恥ずかしさを身体から追い出すために。



 流れていく街の光をぼんやり目で追いかけながら、何とか冷静に……心を沈めていく。

 お母さんの横が居心地悪いはずがないのに、胸騒ぎがぶり返してくるのを、そっと……そっと沈める。



 美鈴は安全運転に気を配りながら、ルームミラーをチラリと確認し、我が子の表情を窺う。


「何かいいことあったっ?」


 ミラー越しに目が合ったお母さんが、穏やかに問いかけてきた。


「……なんで?」



「……女の子の顔、してるから」

「えっ!?」



(嘘でしょう……!? 顔に出てるのかな……)


 運転席でふふっと笑っているお母さんの顔を、素直に見ることができない。



「……和栞ちゃん、恋する乙女の顔してるっ」






「……。うん。楽しかったんだぁ……今日。ほんとうに楽しくて、ちょっと寂しくなっちゃってた」

「男の子と野球観に行ってたんだぁ。和栞ちゃん」


 言葉にされると、とても恥ずかしい。

 高校の友達と野球を観に行くと話したとき、咄嗟にごまかしてしまったけど、お母さんにはなんでもお見通しなんだと思った。




「仲良くさせてもらってる男の子がいるの」


 初めて、お母さんに彼の事を話題にする。

 少しだけ心が軽くなったかも。


 きっと味方になってくれるお母さんだからかな……?



 前の車に続いて、信号停車を丁寧に履行した美鈴が、ゆっくり口を開く。




「和栞ちゃん、その子のこと……好きなんだ……?」


 もう、わかりきった口調だった。


(叶わないなぁ、お母さんには……)


 そう思った。



 遠く離れて暮らしていたって、私の事を一番理解してくれるお母さん。

 ちょっと頼りないところもあるけど、大好きなお母さん。


 私は落ち着いて、白状する。

 唯依さんに初めて話したときから、更に膨らんだ気持ちを胸に。


「……うん。……だいすき」



 私がそう言って、お母さんの顔をおそるおそる見ると、何も言わずにただ微笑んでくれていた。



「私はね……。和栞ちゃんが選んだ子だったら、応援するなぁ……」

「えっ?」


「和栞ちゃんが人を見る目があること、私は良く知ってるから……。私が大切に育てた娘なんですもの」


 嬉しい言葉を貰った。


 でも、まだ少し足りてない。


「お母さんは……。この年で、好きな人とお付き合いしてもいいと思う……?」




 私にはまだ迷いがあった。




 学生の自分が、自分の気持ちだけで突っ走ってしまうこと。

 お金の面だって、自立しているとは、全く言えない。

 お父さんとお母さんに甘えている立場の私が、私だけの気持ちひとつで、解決することができない事だってあるかもしれない。




「深く考え過ぎよ? 和栞ちゃんの悪いところっ」


 そういうと、お母さんは声を出して「ふふっ」と笑い、頭を一度、撫でてくれた。


「……?」


 美鈴は和栞に穏やかな口調で話し始めた。


「私はね。あなたが今日を生きてくれるだけで充分幸せだけど、あなたが楽しそうに笑ってくれることがもっと幸せなの。私の大切な娘なんだから、あなたの幸せが一番なの」


「……うん」


「あなたがその子のことを好きって気持ちに気がついたのなら、それは素敵なことだと思うし、今は何も考えずにその気持ちだけを大切にしたらいいと思うなぁ」


「応援してくれる?」


「応援しないはずがないでしょっ?」




 迷わなくていいんだ……。

 心の引っ掛かりのようなものがすうっと消えていく気がした。


 最後の最後で、こんなにあっさり消えていくものだとは思ってなかった。



「私は早く会いたいなぁ、その子とっ!」

「んっ……!?」


「そのためには、こっちから猛アタックするしかないわよ?……恋する乙女は攻めなくちゃ!!」

「わかってるよ? お母さん見てきたしっ」


 和栞はあまりの美鈴の剣幕に、くすっと笑みがこぼれる。




 仲睦まじい「夫婦」を小さい頃からよく見てきた。

 お父さんは愛情表現に豊かな方じゃない分、お母さんがいつもお父さんをたじたじにしている。

 

 そんな二人を見て、いつか私もこんなにお互いを想い合える人ができればいいなぁと思っていた。



「わたしだって、お父さんに恋した時は押せ! 押せ! だったんだからっ」


 美鈴は昔を思い出し、懐かしむように笑った。


「え~? 今もそうでしょう?」



 車内に二人の笑い声が響き合う――



 美鈴は和栞の笑い声が落ち着くころを見計らって言った。


「お父さんは和栞ちゃんに彼氏さんが出来たら、少し寂しがると思うけど、そこは私に任せて貰えればいいからねっ」


 美鈴は胸に手を当てて得意げに和栞を勇気づけた。

 



 ひとしきり笑った後――



「お母さん……うちに、浴衣って……まだあるよね?」

「お祭りに行くの?」


「うん……。関門海峡の花火大会、お誘いされたの……」



 さっき駅で別れた彼に、福岡県民の中で一番楽しみにしておくと宣言した。

 今、心からそう思えるのは、お母さんに話して少し自信がついたからかもしれない。



 美鈴はハンドルを握る手に力を込めて言う。


「いいなぁ、若いって! もちろん!! じゃあ、今日は……お風呂上りにファッションショ―しましょっ? 着付け方、教えてあげるからっ」



 いつだってお母さんは私の味方だ。


 私は本当にこの人の娘で良かったとその顔を見て思った。


「うんっ! ありがとっ!」




 和栞が正しく浴衣を着付けられるようになったことは、言うまでもない――


お読みいただきありがとうございました。

ブックマークとポイント評価にて作品の応援をお願いします。

本日、ラブコメ部門日間にランクインさせていただいております!!!

ありがとうございます!


執筆の励み、作者のモチベーションになりますので、

是非これを機会に評価をお願いします。。何卒。。。


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