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第九十九話「和栞さんは甘えてみたい」


 突如始まったチークキス練習会を終えて。

 二人はゆっくりのんびり、ティータイム中――



「和栞さん、夏休みの予定は?」


 伊織は和栞に聞く。


 今日は首を長くして待った「彼女になった和栞さんと初めて会う日」なのだ。これから始まる楽しい日々の予定を決めていきたい。


「もう実家に帰る予定はありません! なので丸ごと二週間、遊びたい放題ですっ」

「もしかして、お互いに宿題を終わらせておこうって言ってたのって……」

「さ~て……何のことでしょうかね?」


 和栞さんが悪い顔でこっちを見てくる。


 関門海峡花火大会での告白まで「彼女の思惑通り」だったらどうしようなんて思ったのは、口には出さず、自分だけの秘密にしておこうと思った。



「伊織くんも、えらいので宿題は終わっていると言ってましたね? 予定は?」


「そりゃ……。大切な彼女の為に空けておりますとも」



 和栞さんは「私の事だろうか!?」というきらきらな視線で、こっちをわざとらしく見てくる。



 二人でデートに出掛けるくらい仲良くなってから、和栞さんはユーモラスたっぷりに話しかけてきてくれる瞬間が、幾度となくある。

 そのたびに、この子は危険だ……と思っていたが、素直に好意を受け取っていい今の立場からこの顔を見ていると、手の一つや二つ伸ばして、撫でまわしたくなる。街中で居合わせた飼い犬のように。


 今はそんな気持ちをグッと抑える。


 指切り開錠とやらを彼女と結んだ手前、和栞さんに怒られてしまうことも無いのだろうけど。




「ふふっ……照れちゃいますねっ」


 ソファの上で、和栞は伊織に、ぐっと近づく。


 猛暑の中、この部屋のクーラーが必死に働いてくれているというのに「ぴとっ」とくっついてきた彼女のせいで、身体の火照りが出てくる。



「結構……積極的だ? 和栞さんって」


「近づいてみただけっ」


 眩しい笑顔で言ってくる。


「え~。ズルい」


「伊織くんはどうしたいんですか?」



 和栞さんは身体を揺らしながら、柔らかい肢体を武器に意見を求めてくる。

 こうなってしまった彼女をあやして止めるには無理かもしれない。



「和栞さんとの夏休みの予定を決めたいのと……頭撫でたい」


 ちょっと欲を出していってみた。


「伊織くんは頭を撫でるのが好きなのですか?」


 ニコッと笑いながら聞かれると、心の中で悪魔が囁いている気分だ。


「……言われてみると、そうかも」


 綺麗な黒髪を眺めていると触れたくなる。

 視線を奪われる魔力があるのだ。


「じゃあ、お願いしても……いいですか?」



 和栞さんはそういうと、攻撃の身体を止めて、自分から身体一個分、離れた。



 何するんだろうと思っていた次の瞬間には、腿に重みが降ってくる。



 和栞は伊織の膝に、ころん――頭をのせて


「わたしだって甘えてみたい。撫でて……くださいっ」


「参ったなぁ……」


 もごもごと彼女の頭が膝の上で動く。


「甘やかしてくださいっ」



 自分の膝の上で、頭の収まりがいい場所を見つけたのか、和栞さんはじっとした。



 見下ろすとこちらに視線が向いていて、長髪から覗く右耳は少し赤らんでいる。

 横顔をこんな至近距離から眺められることがあまりないし、二人で作る空間が狭い。


 彼女の顔は自分のお腹側を向いていて、無防備極まりなく、安心してくれているのがわかる。

 なんて穏やかな表情なんだと思った。




 そして、少しだけ……。



 邪な気持ちが自分の心に浮かんだ。



 今から……、彼女を好きに撫でていいらしいのだ。


 心拍がドクドクと速まってくる。

 自分の耳に届いてくるまでに。


 そして、自分の意志に関係なく興奮して――和栞に気がつかれたくない部分に血流が集まる。

 そんなことで彼女に嫌われたくないと思うと、何とか静かに治まってくれた。



「こんなに大切そうにしているものに、安易に触れていいものなのかね……」


「伊織くんだから、いいんですよ」




 膝の上で目を閉じた彼女が、目を閉じたまま、静かに呟くように言ってくる。

 今にでも入眠しそうなお姫様。




(うたた寝監視係も来るとこまで来たな……)



 そんなことを勝手に思いながら、意を決して右手を彼女の側頭部へ持っていく。

 そのまま優しく後頭部へ撫でる。






 二人の間に言葉は無い――


 部屋の遠くからカチカチと時計の針が響く音――


 和栞の髪と伊織の手が擦れる音――







「どう?」


 彼女に聞いてみる。


「……さいこう」


 彼女は、目を閉じたまま、最高と言ってくれた。


「なにが?」


 手を梳きながら、聞いてみる。


「気持ちいいし、やさしい……」


「それは良かった」


「伊織くんも後でどうですか?」




 目を瞑ったまま、彼女が微笑んで問いかけてくる。


 伊織は撫でる手を止めず、ゆっくり、やさしく……和栞に続けてあげる。




「男にとって膝枕はロマンなんだよなぁ……。また今度に取っとく……」




 おいそれとこんな少女から膝枕を頂いてしまえば、更に開いてはいけない扉が開いてしまうかもしれない。それに、ご褒美に近いものを一つ返事で与えられることに抵抗がある。



「うん。いつでもいいからね? 遠慮しないでね……?」


 そんなこと和栞さんが言ってくるから、心が締め付けられる。


「ま。今はいいからさ……」



 今は、和栞さんに甘えさせてあげる番なのだ。自分の事なんかどうでもいい。







「なんだか眠くなってきました……」


「いいんじゃない? お昼寝したら?」


「え~……。寝顔見られるの恥ずかしいじゃないですか……」


「こちとら、和栞さん専属のうたた寝監視係さんですから」


「んふっ……そうでしたね……」


 撫でるペースをゆっくりにする。

 伊織は手のひらを和栞の頭に置いて、指先だけで寝かしつけるように撫でる。









「それ……ずるい……。ほんとうにねむくなる……」




 彼女の全身がすうっと抜けていく。




「お姫様の寝かしつけに挑戦しています」



「じょうず……です……よ」


 彼女の意識が遠のいていくのが手に取るようにわかる。





「もう自分を猫だと思ってさ、のんきに寝てればいい」

「……にゃ~」

「そうそう」






「……にゃん」


(可愛いなこれ……)




 和栞の呼吸が深くなる。




「……」


「おやすみ」








「にゃあ……」


(寝てなかった……)






「……にゃあ」








「……にゃぁ……」








「……」




「…………」








 和栞は幼気な寝顔を見せる。





――伊織の膝の上で子猫は眠った。


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