第九十六話「第二の我が家」
お付き合い開始、丁寧に書きたくなります。
伊織は和栞に手を引かれるまま、和栞が一人暮らししている「和栞ちゃんの部屋」に転がり込んだ。
バタンと扉が閉まると、ふわりと手を離された。
くるりと向き直った彼女は言う。
「おかえりなさい!!! 伊織くん!」
「一緒に入ってきただろうに。上機嫌ですねぇ? お嬢さん」
「はい! 大好きな彼氏さんが会いに来てくれたのでっ!」
こうも面と向かって健気な美少女の好意を浴びると居た堪れない気持ちになる。
「ほぅ……。おじゃまします」
「伊織くん? その……おじゃましますって言うのは今度から無しにしませんか? 私はおじゃまだと思っていないですし、なんだか遠い感じがする。寂しい気持ちになります……」
玄関ひとつ潜るにしても、和栞さんはやりたいことがあるようで……。
「なんて言うのが望みなの?」
和栞さんに聞いてみる。
「私はおかえり!ってお出迎えしたいので、やっぱり……ただいま? でも、ちょっと欲が出ちゃって、うっとうしいですかね? 嫌だったら、ごめんなさい」
彼女はぺこりと頭を下げた。
相変わらず、こちらの意見も聞いてくれようとする優しい心の彼女を前にして、口論する気もないし、ちょっとしたお願いくらいなら叶えてあげようと思ってしまったのは、もしかしたら可愛い彼女を付き合いたて早々、甘やかしすぎなのかもしれない。
でも、春から何度も足を運んだこの家は、自分の寛ぎスペースとして確立されつつあるから、ただいまと言葉にして入室するのは、間違っている気もあまりしなかった。
「んじゃ、やり直すわ」
「……???」
伊織はドアを開け、和栞をひとり室内に残し、出て行った。
再度、扉を開けて言う。
「ただいま。和栞さん」
じっと見つめていた顔が、ぱぁっと明るくなる。
ちょっとくらい彼女は喜んでくれたのだろうか。
「おかえりっ! 伊織くん!」
「と、まあ……こんな感じにしてみようかと。もはや、和栞さんの家は俺んち……感あるし……」
「うふふっ。はい! たまにいきなり、新婚さんごっこするので、覚悟しておいてくださいね? 椅子に座るまでわたしの旦那さんですからね? 役になりきってくださいっ!」
和栞は指を立てて満足げに言う。
なんて良い響きだ。わたしの旦那さん。
しかも以前、ロールプレイしてみた「新婚さんごっこ」を突然、仕掛けられるらしいのだ。
これからの楽しみに取っておこうと伊織は頬を緩ませた。
でも、その場合「それとも……わたし?」という選択肢を選ぶと、今の彼女は何をしてくれるんだろうか……。背筋がゾクッとしたが、それは“その時の自分”に任せることにしよう。
「りょーかい」
伊織は軽く和栞に返事をして、彼女の背中に続いて入室した。
お読みいただきありがとうございました。
ブックマークと評価にて作品の応援をお願いします。
執筆の励みになります!




