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お前らだけ超能力者なんてズルい  作者: 圧倒的暇人
第2章 神岐義晴
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第16話 働かない幸福

 動画はなるべく高い頻度で投稿した方が見てもらえると一般的に言われている。

 実際それは当たっているのだろう。

 消費者の移り変わりが激しい現代において一つの場所に留まってもらうには常に新しい刺激的なサービスを提供し続けなければならない。

 趣味程度なら軽い気持ちで臨めるものだがそれで生計を立てているものにはそうはいかない。

 見てもらえないとお金をもらえないというプレッシャーは趣味の人よりも重くのしかかる。

 それはcomcomこと神岐義晴においても同様だ。

 親からの仕送りはなく全て1人でまかなっている。私立の大学だ。決して安い額ではない。

 しかし彼はアルバイトをしていない。

 彼が動画投稿活動を始めたのは5年前だ。

 その頃は丁度動画投稿で収益を得るというシステムに世間が興味を示しテレビでも多く取り上げられるようになった年だ。

 その段階で既に長く活動していた、所謂フロンティアは世間の流れに乗り大きく知られるようになった。

 この流れに続けと多くの人がyu-tsu-bu、またはニッコリ動画で動画活動を始めた。

 神岐もそれに影響されて始めた内の1人だ。

 最も彼は最初は趣味程度に始めた身。

 竹満にも当時は始めたことは言っておらず超能力を使えばどこまで行けるのかな〜といった感じだった。

 きっかけは時代の流れだ。

 しかしそれを決断したのにも明確な理由はある。

 それについて話すのは今はやめておこう。


 神岐は毎日投稿はしていない。

 超能力でリスナーが簡単には離れないようにしているから頑張って毎日投稿をする必要がないのだ。

 絶対離れないようにすることも出来るがそこまでしてしがみつかせるのも何か良くない。

 廃人クラスの信者などいつでも量産出来るがそれだとcomcomを知らない層からの印象が悪くなってしまう。

 神岐の能力は便利だが取り扱いを誤ると人間を壊しかねないものである。

 今までも何人かを壊してきているがそれは相手が明らかな悪の場合のみだ。

 だから離れないようにはしてないがアンチになれないなどの継続的に見てもらうようには多少誘導している。


 今日は日曜日

 昨日野球動画の撮影を終えた神岐は動画の編集作業もせずに……。


 カポーン

 立ち込める白い湯気。

 滑りやすく歩行に注意が必要な床。

 そしてバックには大きな富士山。


 神岐は銭湯に来ていた。

 朝の9時である。

 別に風呂が壊れたからではない。

 昨日の撮影で疲れたからでもない。

 なんとなくである。

 暇を持て余した男は何となくでその日を生活している。

 平日は大学があるため暇はないが休日は大学もない、サークルにも入っていない神岐にとっては休日は退屈な日でしかない。

 昨日のような撮影があれば別だが今は撮りたい動画もなく動画編集もしたくない、けど何かしたい。

 その結論が銭湯である。


 ここは神岐の住んでるマンションから徒歩5分のところにある銭湯『下駄浴場』である。

 このお店の開店時間は10時から。

 現在9時の時点で神岐がお湯に浸かっているのは明らかにおかしい。

 何故か?答えは簡単である。


 ガラガラガラと銭湯の戸が開けられた。

「すいませーん。大人1人なんですけどー」

 神岐が入ってくると掃除をしていた受付の人が困ったような顔を浮かべた。

「すいません。開店は10時からとなってまして今はまだ利用出来ないんですよ」

「えっ?もう10時ですよね?」

(現在の時刻を10時だと誤認させる)

 神岐は能力を発動させる。

 そして側に置いてある時計を指差し店員に確認するように促した。

「ほらちゃんと見てくださいよ」

 それは短針が9を指している時計。

 間違いなく現在の時刻は午前9時なのだが。

 店員が時計を見ると…。

「す、すいませんでした。10時でしたね。勘違いをしてしまいました、申し訳ありません」

 店員は時計を見て今が10時だと判断した。

 そして間違えたことを神岐に謝罪した。

「いやいや、いいんですよ。それじゃあ入っても大丈夫ですか?」

「はい、200円になります」

 神岐は財布から100円玉を2枚取り出して支払う。

 正直 (1円玉を100円玉と誤認させる)と催眠をかければ2円で銭湯に入れるのだが流石にそこまで畜生にはなりたくないので神岐はそういった能力の使い方はしない。

(俺が女湯に入っても誰も疑問に感じなくすることとかも出来るが、いくら超能力を持っててもそこまで非道な使い方はしたくないな。俺主観のボーダーラインからはみ出さない範囲で使ってきたからな)

 時間無視はいいが金額詐欺や風紀を乱す行為はしたくないようだ。


「ふぃぃぃぃぃー」

 神岐は温泉に浸かっている。

 開店は1時間先なので先に入ってる客はおらず神岐の実質貸切状態である。

(既に浴室は綺麗にしてお湯が張ってあったから良かった。これで溜まってなかったら何しに来たってところになってたわ)

 せっかく貸切なので浴場をフルに活用して1人メドレーをしようと端まで移動する。

 端から端まで10メートルほど。

(順番は分からないが確か背泳ぎ、バタフライ、平泳ぎ、自由形だったっけか?自由形ってのはよく分からんが自由に泳いでいいならクロールでいいかな。まずは背泳ぎでいいだろう)

 両手で縁を掴み両足を壁に付ける。

 体がカタカナのコの字を描いている。

(体育の授業でしか泳いだことないから分からんけど逆さで顔だけ水面から出して腕で水を掻いた推進力で進むから多分この体勢でスタートすると思うんだけどな)

 分からないなりに試行錯誤をしている。

(よし、やるか!)


 両足で壁を蹴る。

 蹴った瞬間に両腕を縁から外し耳を潰すように頭に向かってぴんと伸ばす。

 手は合掌するように重ねる。

 そして水面と平行になるように体を運びつつ着水の勢いで僅かに体が沈む。

 だが進むにつれて体が水面に近づく。

 やがてお腹が顔を出した。

 それまでに僅か2メートル。

 蹴りが弱すぎるとコの字の塊が残ってしまい沈む。

 逆に強すぎると10メートルしかない浴場だ。

 泳ぐスペースを確保出来ない。

 何故これほどここで泳ぐことにこだわるのかと言われればおそらく神岐自身にも答えることは難しいだろう。

 ただ何となく、気まぐれ、思いつき。

 計画性のない神岐はその時の気分で生きている。

 そしてその気まぐれを叶えるために能力を使ってそれを実現している。

 能力を使えば何とでもなるため能力を使わない場面においては酷く弱い。

 合コンにおいても暁美と奏音に(俺のことが好きになる)と催眠をかけられる状況だったがあれは奈良星のバーターで自分はいるだけだと意思表示をしていた以上能力を使って侍らせたら奈良星に何を言われるか分かったもんじゃない。

 それもまた気まぐれである。

 左腕を脇腹から出し弧を描き二の腕が耳に触れるところまで持ってくる。

 そして弧を描いたまま腕を水に落とし水を掻く。

 掻いたら次は右腕を先ほどと同じように動かす。


 利き腕の右腕が慣れているためか掻く力が強いため真っ直ぐには進まなかったがどうにか背泳ぎの形を呈して進む神岐。

 傾いたために距離は伸びてしまったがもうすぐ端の10メートル地点だ。

 一般的だったら体を半回転させて体の向きを変えて壁を再度蹴ることで逆向きに進むことが出来るがそんな技術を神岐が持っているわけがないので掻く力を緩めることで減速し体を時計回りに捻る。

 水中ではなく水面で行う。

 不恰好ではあるが回転は成功した。

 そしてそこから足で壁を蹴る。

 ここもまた強すぎず弱すぎず。


 次はバタフライだ。

 これは授業でも習ったことがない泳法だ。

 テレビとかでしか見たことがなく、やったことも生で見たこともない。

 見様見真似だ。

 両腕を肩の力で後ろに引く。

 そしてそのまま思い切り前に繰り出す。

 その際に体全体が斜め上に浮き上がる。

 そうすることで顔が水面から飛び出す。

 その瞬間を息継ぎする。

 それの繰り返しだ。

 背泳ぎとは違って激しい動きを伴うため始めての神岐には少々キツいものがあったようだ。

(うぉ!結構苦しいな。これ進んでんのかな?バシャバシャ音がうるさいな。これ能力使ってなかったら何事かと浴場に突撃されたかもしれないな)

 神岐自身も想像以上に難しいバタフライに悪戦苦闘中だ。

 結果背泳ぎよりも時間がかかってしまった。

 腕の力を使うので、普段腕なんて鍛えてないため終盤は腕が思うように上がらなかった。

 正直一旦休みたいところだがメドレーをすると決めた以上休むことは許されない。

 神岐以外は誰もいないのだからそんなのは反故にすればいいのだが神岐の無駄に真面目な性格がそれを止める。それもまた気まぐれ。


 3番目は平泳ぎだ。

 これは授業でも習ったことがあるため作法は分かる

 蛙のような動き。

 昔父親にプールに連れていってもらった時に教えてもらったことだ。

 不思議なことだが平泳ぎ=蛙というのは何故だかしっくり来る。

 平泳ぎは元々蛙の泳ぎ方を参考に編み出された物なのかは調べたことがないので分からないが何故か2つは似ているような気がしてならない。

 当時子供だった自分もその説明で納得し泳げるようになったほどだ。

 平泳ぎはそれほど激しい動きはないので次のクロール分の温存も兼ねてゆっくり泳ぐことにする。



 散々水泳の話をしているがここは銭湯である。

 それを忘れないでいてほしい。

 こうして泳いでいる間は神岐は何も考えていない。

 いや、考えてはいるが大学のことや動画投稿活動を考えていないという意味である。

 日常を捨ててひたすらに泳ぐことに気持ちを注いでいる。

 休日は休む日と書くのだ。

 休日まで普段のことを考えていたら気が滅入ってしまう。

 羽を伸ばすというのだろうか。

 端から見たら20代の男が裸で銭湯で泳いでいるのである。

 この圧倒的な非日常。

 たまらなく気持ちがいい。

 非日常で時間を潰せることに神岐は喜びを感じていた。



 さぁ最後はクロールだ。

 最後だから思い切り泳ぐことにしよう。

 壁を蹴ると思い切り水を切り始めた。

 僅か10メートル。

 息継ぎはいらない。

 ひたすらに水を掻き泳ぎ続ける。

 全力を出したおかげで最後は僅か6秒で終わってしまった。

 しかしこの6秒は完全な思考停止だった。

 無我夢中で腕を動かし続けた。

 なんとも言えない達成感が神岐を襲う。

 そして体を動かしたことによる疲労をお湯で癒す。

(なるほど、温水プールとかがあるのはこういうことなんだろうな。動きながらも常に熱で体は癒される。汚い例えになるがトイレで飯を食うようなもんだろう。そうなると便所飯ってのは案外理に適ってるのか?1人というマイナスポイントはあるが飯食ってトイレに行くという時間を限りなく0にしたこのアイデアは画期的なのではないか?けど聞いた話だとずっと便器に座ってると大腸が肛門から飛び出すらしい。理屈は分からないが実際に出た人がいるらしい。その話を聞いてからトイレで長時間スマホをいじるのはやめたんだけどな。流石に内臓が飛び出るなんてどこぞの海の生物のようにはなりたくないしな)


 こうして神岐のメドレーは終了し、ぬくぬくとお湯に浸かった。

 水面が未だ揺れている。メドレーの代償だ。

 現在9時40分。

 開店は10時と書いてあったがこういった地域に根ざした店は大抵10分ぐらい前に既に待ってる客を早めに入れたりするのでそろそろ出とかないとばったり遭遇してしまう。中目黒に地域意識があるのかは疑問ではあるが…。

 それでもし不審がられても能力を使えばどうにかなるのだがそうそう全部が全部を能力に頼ってたらきっとダメな人間になってしまうから流石に節度を持たなければならない。

(泳いだのも含めて30分は浸かれたんだしもういいかな)

 神岐は湯船から立ち上がり脱衣所に移動する。

 ベタだが扇風機に向かって喋って『ワレワレハウチュウジンダ』をやったり、定番のコーヒー牛乳を飲んだりした。

 そして9時50分に浴場を後にした。

 幸い待機している人はいなかったようで鉢合わせは回避出来た。

(ふぅー、すっきりした。けどまだ10時前かぁ。何すっかなー………

 あっ!そうだそうだ)

 何かを思いついた神岐はTwitterのDMで誰かに連絡を取る。


 comcom『サフランさん。comcomです。今日お時間ありますか?』


 5分ぐらい経って…


 サフラン『今日はバイトもないから暇だけど、どうした?』

 comcom『よろしければサフランさんのお家に行ってもいいですか?』

 サフラン『おぉ、全然いいよ。じゃあ一緒に飯食ってから遊ぼうぜ。11時半に日暮里駅の改札に来てくれ』

 comcom『分かりました』


(よし、予定確保と)

 動画投稿者は基本暇な人が多いからこういう時助かるよなー。

 約束は11時半。

 少し時間があるな。

 散歩してから向かうとするかな。

 神岐は最寄りの駅を使わず敢えて数駅分歩くことで時間を潰した。


 そして11時20分

 日暮里駅に到着した。

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