仙人、過去の夢を見る、将人の起源
二〇某年八月某日
その日は熱帯夜でエアコンの一台でもなければ蒸し暑くとても寝苦しくなるはずだった。だがその家の空気は普通とは違う不思議な空気でとても涼しく寝やすかった。熟睡してしまった為、接近する何者かの気配に気が付く事が出来なかった。将人の腹部に質量のなる何かが勢いをつけて乗っかった。
「グゲェッ!!」
将人はカエルを踏み潰したような奇声を上げた。口元を両手で押さえながら乗っかった物を見た。そこにいたのは黒の子猫………のような少女だった。真っ黒な短い髪、日焼けした黒い肌、大きな二つの目が眠たげに将人を見つめていた。子猫と称するのは少女の体格が華奢で何と言うか……ツルペタストーンだからだ。
「マー君、オハヨ」
少女が眠たげに朝の挨拶をする。
「おはようございます、ユイさん」
将人の挨拶に少女―――結衣は不満げな顔をして将人の両頬を引っ張った。
「ふぁにをふぅるんふぇすか?」
「ユイとさんの間にお姉が抜けてる、もう一度!」
「ふぇ!?」
「もう一度」
結衣の顔が触れるぐらいに近づき、将人はドギマギする。
「おふぁようござぁいます、ユイねえさん」
「ン、オハヨ、マー君」
結衣は満足そうにうなずくと将人の両頬から手を放し優しくさする。結衣の優しい小さな手が拳を作るとどれだけの威力があるのか将人とは身をもって知っていた。
「オトーサンが庭で待ってる」
結衣が手短に言うと将人の腹部から降りて部屋から出て行った。
(あれからもう半年たったんだなあ………)
将人を起こしに来た少女は日下部結衣年齢は十五、将人の姉である。だが、血は繋がっていない義理の姉であった。
半年前将人には血の繋がった家族がいた。だが、将人は家族内では冷遇されており、二人の兄は可愛がり、将人は血の繋がった他人という扱いだった。それでもいつか家族が自分の事を愛してくれるそう考えその日を待っていた将人に悲劇が訪れる。ある日の朝、将人が起きてくるとテーブルに『家族旅行に行くからお前は留守番』と書かれた書置きと千円札二枚がテーブルの上に置かれているのを見て発狂した。泣きながら奇声を上げ家を出た将人は通り魔に襲われる。殺されるのが救いと感じた将人は通り魔に何の抵抗もせず、手に持っているナイフに刺されようと思った。それを助けてくれたのが結衣だった。助けてくれた事に感謝よりも殺されるのを邪魔してくれた事に怒りを感じ、将人は結衣に襲い掛かるが『崩拳』を食らい一撃で気を失ったのは今でも黒歴史で結衣にからかわれると身の置き場がなかった。
将人は黒のTシャツにカンフーズボンに着替え一回に降り洗面所で歯を磨き顔を洗う。台所で水を一杯飲むと庭に向かう。庭の縁側に黒のカンフースーツを着た四十代後半の男が座っていた。背中まである髪を後ろで無造作に束ねており、口髭、顎ひげを蓄えている。愛嬌のある顔立ちをしている。頭髪や髭に白いものが混じりつつあり、完全に真っ白になれば仙人で通りそうである。
「おお、将人、おはよう」
「おはようごさいます、師匠!」
「師匠はやめてくれ、家族なんだから。せめて誠一郎かお父さんと呼んでくれ。それと敬語もなし」
日下部誠一郎は冗談交じりに、少し寂しそうに言った。将人はその言葉に罪悪感を感じ言い直した。
「オハヨウ……オトウサン」
「まだぎこちないなあ……おいおい慣れて行こう。ところで結衣は?」
「さっき起こしに来たけどこっちに来てない?」
誠一郎が頷く。
「オファヨォ~ッ、お父さん」
結衣が欠伸をしながらこちらに来る。結衣もマサトと同じでくろいTシャツに勘風ズボンという出で立ちだった。
「結衣、遅かったな。二度寝したか?」
「うん」
「悪びれもしないでこの子は………」
誠一郎は呆れたように溜め息をつく。
「まあいい、じゃあ今日の『形意拳』と『仙道』の訓練を始める」
「ハイ!」
「ファ~イ」
将人ははっきりと、結衣は欠伸交じりに答え、日課である『形意拳』と『仙道』の訓練が始まった。




