プロローグ
この果てしない大きな永遠の宇宙の中で、小さな人間が生きることに、どのような意味があるのだろうか。
パスカル(1923~1962)は「パンセ」の中で、人間の悲惨さと偉大さの二つの面について考察した。人間は無限に広がる宇宙の中で、どこから来て、どこへ行くのか分からないままに、寄るべきところもなく、一人孤独に佇む無力な存在である。永遠で無限の宇宙においては、人間は虚無のごときわずかな点にすぎない。
このような人間の悲惨な状況をみつけたパスカルは、「この宇宙の沈黙は、私を震えおののかせる」と告白している。
「お、おう」
凡人には何を言っているのかよく分からない。
ただ、パスカルはそのような人間を、あの有名な言葉「人間は考える葦である」として後世に残した。
人間は宇宙の中で、もっとも弱い存在である。しかし、人間は考えることができるとして。
その葦とは何なのか。
Wikipediaによると、イネ科ヨシ属の多年草らしい。まあ何かの草だろうが、今は葦の説明はどうでもいい。
ともかく、人間は日々考えて生きている。
今、この「芦田考え中」をわざわざ「なろう」のサイトを開いて読んでいる方はよくよく考えたうえで、この有限の時間を使っているのだろう。
「やべっ時間の無駄だ」と我に返った方。もうちょっとでいいのでお付き合い下さい。
何か意味があるはずです。多分……
さてと、前置きはこれぐらいにしておこう。
ここからは小難しいことは抜きにして、広い宇宙の中で思春期真っ只中の一人の少年の物語を考察していくとしよう。




