第5章 深まる関係編 - 第2話「チュートリアル終了」
「よし、じゃあいざ海へ!」
朝の支度を終えた美月が、玄関先で勢いよく拳を上げた。
その格好は、普段よりほんの少しだけ外出仕様になっている。
つばの広い帽子には、小さなさくらんぼの飾り。
淡い黄色のワンピースには、胸元にパイナップルのワンポイント。
足元のサンダルには、小粒の苺がいくつも描かれていた。
全体で見ると、妙に児童の夏休み感が強い。
「……」
「……」
ジャジーと鳳が揃って黙る。
美月は二人の前でくるりと一回転した。
「可愛い?」
「……あぁ」
「……うむ……」
「なにそのちょっと残念そうな感じ!鳳は笑ってるし!」
ジャジーが額を押さえる。
「まさかフルーツ盛り合わせが完成するなんて思ってねぇからな!」
「え!?だめ!?」
「だめではござらぬ。とても……味のあるものとなっている」
「誰が上手いこと言えと!」
鳳は口元を押さえたが、肩が微かに揺れている。
ジャジーは改めて美月を上から下まで眺めた。
「いや、可愛いぞ?ただ俺が想像してた“おしゃれ”の可愛さと別方向だっただけだ」
「想像してた可愛さってなに」
「もっと肌色率が高ぇ方だ」
「最悪に正直!」
即答だった。
「なら、今はどう可愛いの」
「庇護」
「子供っぽいってこと!?」
「問題ない。似合っているでござる」
「『問題ない』って褒め言葉なのかなぁ……」
鳳は真面目な顔で美月を見る。
「美月殿は着飾らなくとも愛い。そこへ果実が添えられただけでござる」
「褒められてるんだよね!?」
「無論でござる!」
「褒め方下手かよ」
「ではなんと申せばよい!」
「普通に言やぁいいだろ」
「……普通、とは」
「この家たびたび哲学出るなぁ」
美月は帽子を被り直し、用意していた荷物を持ち上げた。
「まぁ今回は動きやすい服にしただけだし!とりあえず早く魚!」
「もう目的がデートじゃねぇな」
「あやつも既に妖力文は読んでいるはずでござる。何かしらの準備はしてあろう」
「タンパク質は大事!筋肉!美容!」
「俺ら種族特性に応じた魔力とか妖力補給できりゃ、基本食わなくても健康だぞ」
「元も子もないこと言わないで!」
美月は気を取り直し、再び拳を上げた。
「いざ海へ!」
「さっきも言ってたぞ」
「意気込みは大事だから!」
三人は拠点を出て、海へと続く道を歩き始めた。
しばらく進むうち、美月は周囲をきょろきょろと見渡す。
「ようやく始まりの街から出た!」
「こんな長ぇチュートリアル、俺だったらゲーム叩き割る」
「長かった分、大きな幸せが舞い込むかもしれないでしょ!」
「お前の場合、舞い込むっつーより殴り込んで来そうだけどな」
「そんなことあってたまるかぁ!」
さらに歩くと、木々の向こうから水音が聞こえてきた。
やがて視界が開き、澄んだ川が現れた。
「綺麗な川……!」
美月が思わず足を止める。
鳳も懐かしむように水面を見つめた。
「ここは、拙者が美月殿と出会う前に拠点としていた場所でござる」
「……川が拠点?」
美月の目が点になる。
「うむ」
鳳は当たり前のように頷いた。
「……野宿?」
「うむ」
「毎日?」
「左様」
「ワイルドすぎる……」
美月が川辺を見回していると、鳳が少しだけ声を落とした。
「……拙者はまだ、美月殿から返事はいただいておらぬ。ゆえに、そろそろ貴宅より去ろうと思っておった」
「え?」
美月が振り返る。
「でも一日一回は補給必要でしょ?」
「ならば夜に参ればよいこと」
すると、美月の肩が分かりやすく落ちた。
「……やだぁ」
「……美月殿?」
鳳が目を瞬く。
美月は自分でも思った以上に素直な言葉が出てしまい、少しだけ視線を逸らした。
「別に……付き合ってなくてもシェアハウスする人だっているし……」
「しぇあはうす」
「人間界複雑すぎんだろ」
「っ……つまり!」
美月は勢いよく鳳へ向き直る。
「あの家に住んでていいよってこと!」
「よかったな」
ジャジーが即座に言った。
「ジャジーはもっと遠慮ってもんを頭に入れて!」
「鳳と同じこと言うな!」
鳳は二人のやり取りなど耳に入っていないように、美月だけを見つめていた。
「……拙者は、貴宅に居てよいのか」
「ござる消えてんぞ」
「いちいち報告せぬでよい!」
「良いに決まってるじゃん!それにさ」
美月は笑う。
「私の血を飲んでるんだから、家なんて今さらでしょ」
「……」
「え?なに?」
ジャジーが片手で顔を覆った。
「だからお前フォロー下手かよ…」
「なんでよ!」
「鳳にしてみろ!“家主に手ぇ出してんだから、今さら家問題とかお前何言ってんだ”って話だ」
「翻訳されると最悪ぅ!」
「………よい……」
「鳳!いつもごめん!」
「ならもっとフォローの仕方覚えろって話だな」
「それができれば……ん?」
ジャジーへ顔を向けた美月の視界に、小さなものが入り込んだ。
道の脇。
草木に半ば埋もれるように、古びた祠が建っている。
「……ずいぶんボロボロだね」
「こちらに祠があることは知っていたでござるが……随分、風化しておるように見えるでござる」
近づいてみれば、木は色褪せ、端は欠け、長く人の手が入っていないことが分かる。
美月は少しだけ黙ったあと、祠の前へ立った。
そして、そっと手を合わせる。
「美月?」
「管理所で、消えそうな人の話が聞こえてきたけど……存在が消えたり忘れられるって、すごく悲しいよね……」
祠に残された文字へ目を凝らす。
「疱瘡神……病気の神様かなぁ?」
「病気の神のためにここまで来るやつもいねぇだろうからな。徐々に忘れられてったんだろ」
「……じゃあ」
美月は想いを馳せるように、祠全体を見る。
「私は、覚えておこうかな……」
鳳が美月を見つめる。
「……美月殿は、慈悲深いでござるな」
その言葉に。
美月は鳳へと顔だけを向け、にこりと笑う。
「病気になるのは嫌だけど、覚えておくくらいはできるからね」
「じゃあ万が一そいつがお前の前に現れて病気撒いたらどうすんだ」
「気合いで免疫上げて回復する」
「病気になる前提じゃねぇか!」
「かかったら仕方ないもん!治せばいいだけ!」
三人の声が、少しずつ祠から遠ざかっていく。
―――その頃。
誰もいない道端で。
「……?」
一人の男が、自分の手を見つめていた。
薄れかけていた指先の輪郭が、ほんのわずかに濃くなっている。
「……なんだ……急に、輪郭が戻った……」
だが。
それも長くは続かなかった。
輪郭は再び、揺らぐ。
男はしばらく自分の手を見つめたあと、小さく息を吐いた。
「……そうだな」
ゆっくり立ち上がる。
「……私は、お前とともにある」
一歩。
丁寧に縫い合わせられた鼻緒の草履が、乾いた道へ軽い音を立てた。
「……消えるときは、一緒だ」
そして男は。
たった一人で、道の先へと歩き始めた。
第5章 深まる関係編 - 第2話
「チュートリアル終了」
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