第1章 夜の来訪者編 - 第2話「スローライフの死因は種族混合淫魔」
ばちっと目が合った。
「…………」
「…………」
1秒、2秒。
見知らぬ男。
頭に羊のような黒い角。
牙。
巨大な黒い翼。
そして自分の真上。
「よォ。続きしていいか?」
すぅぅぅぅぅぅぅう―――――
美月は肺いっぱいに息を吸った。
「ンア゜ーーーーーーッ!!!!」
電子音のような悲鳴が平屋を突き抜け、夜に響き渡った。
「うるっせぇ!!」
男が思わず耳を押さえた。
「色気ねぇ悲鳴だな!!」
美月は思わず布団をたぐり寄せ、胸の前で抱え込んだ。
「不法侵入!痴漢!暴漢!っていうか誰!?なんで家の中入ってるの!?」
「すげぇ美味そうな匂いがしたから」
「それは入った理由でしょ!鍵は!?かけてあったよね!?」
「ああ、かかってた」
「じゃあなんでいるの!?」
ジャジーは呆れたように窓を指した。
「この世界でただの鍵が仕事すると思うな。小型の妖より信用ねぇぞ」
「鍵の意味!」
「鍵より強ぇやつしかいねぇんだよ」
「スローライフが一日で終わった……!」
美月は布団を抱えて後ずさる。
対する男は、自分の手を握ったり開いたりしていた。
「マジで、なんだこれ」
「何が」
「大して触ってねぇのにめちゃくちゃ回復した」
「私は寝てたはずなのにめちゃくちゃ疲れたよ!」
「いや、本当に変だぞ。普通こんなんじゃ足りねぇ」
「知らないよ!」
ジャジーは改めて美月を眺めた。
「……つーか、すげぇなお前」
「何が」
「あの流れで続きヤらねぇ奴に初めて会ったわ」
「スローライフ一日目にしてスピーディーに貞操失ってたまるか!」
しばし沈黙。
やがて、男がふっと笑った。
「まぁお前、まだ俺でよかったと思うぞ」
「良くないよ!」
「あんなガバガバセキュリティ、他の奴らに『いつでもどうぞ』って言ってるようなもんだ」
「この世界の妖的解釈都合良すぎない!?」
「だから言ってんだよ」
男の顔から、少しだけ笑いが消える。
「お前、普通に食われてた可能性高ぇからな?」
「…………」
美月は黙った。
数秒後。
「この世界で食べられたら、魂ってどうなるの」
「消滅しかねぇ。当たり前だろ」
「当たり前じゃないよ!」
美月の肩からへたっと力が抜ける。
「……この世界、スローライフと縁なさすぎじゃない?」
「知らねぇよ」
「管理人さんそんなこと一言も言ってなかったよ……」
「……ん」
男が何かを決めたように立ち上がった。
「決めた」
「何を」
「守ってやるよ。他の奴から」
美月は無言で自身を指差した。
「たった今、私に馬乗りになってた人が?」
「あぁ」
「守ると?」
「そう言ってんだろ」
「自分の欲は守れなかったのに?」
「種族的な在り方はしっかり守った」
「誰も上手いこと言えなんて言ってないよ!」
「はいはい」
男は片手を上げた。
「次からは許可なく触らねぇ」
「当たり前!」
「許可もらえた時だけにしてやる」
「なんで上から!?」
「お前は俺に守られる。俺はお前に触れられて、飢えに困るこたぁねぇ」
金色の目が、美月を見る。
「利害の一致だろ?」
「う……」
確かに。
悔しいが、隠世に来て一日目の自分には、妖の常識も、身を守る術もない。
男はニヤリと笑った。
「俺はジャジー。インキュバスとハーピィの混合種だ」
ジャジーと名乗った男は、片手を美月に差し出した。
「だから、俺と契や―――」
「嫌です」
「まだ最後まで言ってねぇだろ!!」
「スローライフ一日目にして淫魔と契約は濃すぎるよ!!」
「……いいぜ」
「え?」
ジャジーはくるりと背を向けると、窓枠へ片足をかけた。
背中の翼が、大きく開く。
「ぜってぇ、お前から『契約したい』って言わせる」
「なんで勝負になってるの!?」
「覚悟しろ」
「しません!」
次の瞬間。
巨大な翼が夜気を打った。
ジャジーの身体が、月明かりの中へ舞い上がる。
「また来るぞ、ちんちくりん」
「来なくていい!あとちんちくりんじゃない!」
「じゃあな」
「話聞いて!」
ジャジーの黒い影は、そのまま夜空の向こうへ消えていった。
残された美月は、開け放たれた窓の前でしばらく固まった。
やがて。
布団へ崩れ落ちた。
「…………」
唐突な今日の振り返り。
死んだ。
隠世へ来た。
家、畑、食材など、必要な物をある程度もらった。
スローライフをすると決めた。
そして夜。
インキュバスとハーピィの混合種に夜這いされた。
「……あぁ」
美月は天井を見上げた。
「私のスローライフ、本当に一日で終わった……」
スローライフ、享年一日。
―――死因は。
種属混合淫魔だった。
第1章 夜の来訪者編 - 第2話
「スローライフの死因は種族混合淫魔」-完-
→第1章 夜の来訪者編 - 第3話
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