幕間「美月の意志」
ドアの修繕が終わった頃には、すっかり夜も深くなっていた。
しばらくして、美月は被っていた毛布を脱ぎ、二人の前に立つ。
「……二人とも」
そして、声をかけると、ジャジーと鳳が同時に振り返った。
美月は自分の服の裾をぎゅっと掴む。
「さっきは……その……」
妙に緊張して、美月は一度視線を逸らした。
「⋯⋯すごく、嬉しかった」
ジャジーの翼がぴくりと揺れる。
鳳もわずかに目を見開いた。
「⋯⋯でも」
美月は再び二人を見る。
「返事は、ちょっと待っててほしい」
数秒。
先に口を開いたのはジャジーだった。
「……分かった」
思っていたよりも素直な返事だった。
「ただ、聞いていいか」
「うん?」
ジャジーは腕を組む。
「人間は、何日で伴侶契約すんだ?」
「何日!?」
美月の声が裏返った。
「なんだよ。こっちじゃ普通だぞ」
「人生の曲がり角がF1!」
「曲がり角を高速で駆け抜ければ、事故を起こすでござる」
「私、リアル事故起こしてここにいるんだった」
「じゃあ実質事故にならねぇな」
「なんでよ」
「事故った先がお前の本来の世界だったんだ。事故でもF1でもなく、ただ帰宅しただけの話だろ」
「帰宅にそんなアグレッシブさいらないよ!」
しかも死んでいる。
帰宅方法としてはあまりにも物騒である。
美月は一度深呼吸すると、ぱんっと両手を叩いた。
「というわけで、はい!皆さん注目!」
その音に、なぜかジャジーと鳳の背筋が同時に伸びた。
「まず、人間は結婚……こっちで言う契約をするまでに、いっぱい過程があります」
「何個あんだよ」
「今から説明します」
美月は咳払いをすると、人差し指を一本立てた。
「はじめに、知人や友達になります」
「その二つは、どう違うのでござるか」
「知人は、顔を知ってる人かな。で、友達は、そこからもっと関係が進んだ人」
「百之鬼殿や写仝殿は何になるのでござるか」
「……知人、かな」
「圧倒的に顔見知り以上だろ」
「友達の枠に入れるかは、その人の匙加減もあります!」
鳳の眉間に皺が寄った。
「難儀でござる……」
「俺らは美月の何になんだよ」
「順を追って説明するから!」
人差し指に、中指が加わる。
「友達以上になると、関係性が枝分かれします」
「人間面倒だな」
「それは私も思う」
「ならこっち側理論でいいじゃねぇか。数日ありゃ契約大体契約だぞ」
「コシヒカリで慣れた人がいきなりタイ米に変えられないのと一緒だよ!」
「もはや何の話でござるか……」
美月は構わず続けた。
「これはあくまで私の感覚だけど、友達以上になると、“親友”とか“恋人未満”とか、いろんな方向へ分かれます。同性なら親友になることが多いし、異性なら恋人未満まで進む人もいる」
「じれってぇ!」
「そこがいいの!」
「友達超えたなら“未満”じゃなくて“恋人”でいいだろ!」
「そこは告白したかしてないか、告白されて“はい”って返事したかで変わるの!」
鳳が顎へ手を添える。
「相手の意思確認のための期間でござるか」
「御名答!」
「じゃあ俺たちがさっきしたのは、“告白”ってやつか」
「……うん」
少しだけ美月の声が小さくなる。
「じゃあ恋人だな」
「鳳が今意思確認って言ってたでしょ!」
「断わんのか?」
「保留で」
「“保留”がもはや回答のレギュラーメンバーじゃねぇか!」
「ジャジー殿、話が進まぬでござる」
美月は三本目の指を立てた。
「そして、どちらかが告白して、告白された方が“はい”って答えれば、晴れて恋人としての日々が始まります」
「やっとゴールか?」
「まだあります」
「何個試験があんだよ……」
「そもそも恋人も、結婚を前提にしたものと、そうじゃないものがあります」
「じゃあ何のために付き合うんだよ」
「青春です!」
「俺、もうわけ分からなくなってきたぞ」
鳳までわずかに困った顔をする。
「関係性が葉脈のようでござる」
「俺らは一本なのにな」
「私は葉脈の方で育ったので!」
四本目。
「それから、結婚前に同棲期間を作る人もいます」
「……俺ら、もうやってねぇか?」
「勘違いするでない。拙者達は“同棲”ではなく、“居候”をさせていただいておるのでござる」
「言葉変えただけだろ」
「言葉を変えれば意味も変わるでござろう!」
鳳は美月を見る。
「つまり同棲とは、着飾っておらぬ普段の相手を見る期間なのでござるな」
「まぁ、そういう意味もあるかな」
ジャジーが首を傾げた。
「俺はもともと何も着てねぇ」
「初対面の人襲うとか、服どころか倫理まで着てないよ!」
「種族特性だ!」
美月はとうとう親指まで立てた。
「そして、プロポーズを経て、ようやく“結婚”。こっちで言う“伴侶契約”になります」
「ぷろぽーず」
「告白とは何が違うのでござろうか」
美月の顔が急に真剣になる。
「ぜんっっぜん重みが違います!」
二人が黙った。
「まず、シチュエーションは大事です」
美月は直されたばかりの扉を指さす。
「破壊されたドアの前でのプロポーズなんて、なしんこなしなしです」
「なしんこなしなし」
「急に語彙死んだぞ」
「それくらいナシってこと!」
美月は卓をバンと叩いた。
「いい!? プロポーズは人生の中で、いっっっっちばん言葉にGがかかるの!」
「言葉に重力がかかるのでござるか」
「比喩!」
「で、その言葉一つで返事が百八十度変わると思って!」
鳳は真剣に頷いた。
「なるほど。それこそ、不惜身命の覚悟でござるな」
「プロポーズには、そのくらい覚悟持っていい。いや、持つべき」
ジャジーが少し考える。
「じゃあ、“お前が好きだ。俺専用の補給源になってくれ”は?」
美月は無言で扉を指さした。
「お出口はあちらです」
「なんでだよ!」
「論外オブ論外!」
そして。
ようやく説明を終えた美月は、二人を見比べる。
「で……」
一度、息を吸う。
「二人は今、“友達以上、恋人未満”っていう立ち位置です」
ジャジーの肩が、目に見えて落ちた。
対する鳳は、少し考えた後、一度だけ頷く。
「承知した」
「納得すんのかよ……」
「美月殿がそう感じておられるのであれば、それが今の答えでござろう」
「人間は、色々あるの」
美月は少しだけ視線を落とした。
「まず、その人のことをちゃんと知りたいって思う人が多いし……私も、そう」
ジャジーは、一緒に過ごした時間で言えば鳳よりずっと長い。
けれど、知らないことはまだたくさんある。
次に、鳳を見る。
過去を聞いた。
それでも、出会ってからの日々は、まだ片手で足りるほどしかない。
自分自身のことさえ、まだ分からない。
何の妖なのか、この隠世でこれからどう生きていくのか。
「だから……」
美月の指先が、膝の上で少しだけ縮こまり、頬に熱が集まる。
それでも、今度は逃げずに二人を見る。
「……二人のこと、もっと知りたい」
ジャジーが目を見開く。
鳳も、僅かに息を止めた。
「その上で、ちゃんと返事したい」
そして、柔らかく笑った。
「だから……もうちょっとだけ、待ってて」
今度は二人とも、すぐには何も言わなかった。
やがてジャジーが頭を掻き、鳳も静かに頷いた。
「……しゃあねぇな」
「承知したでござる」
美月は、ほっと息を吐いた。
二人との関係には、まだちゃんとした名前はない。
ただ―――
“友達”では説明のつかない胸の高鳴りを、美月は確実に感じているのだった。
幕間「美月の意志」- 完 -
→第4章 穏やか(?)な日常編 - 第1話
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