第3章 近づく距離編 - 第6話「育つもの」
美月はイライラしたまま朝食を平らげると、その勢いのまま畑へ出た。
「よし!やるぞ!」
「美月殿、必要な準備はできているのでござるか?」
「多分!」
そして、以前管理所から貰った、妖生保証手当の支給品であった種を植えていなかったことに気づき、種子の確認をする。
ネギ、キュウリ、そして人参。
「わぁぁ初心者セットの人参が被ってた!」
「確認は大切でござるな」
「まぁ人参はよく使うし、セーフってことで」
美月は畑へしゃがみ込み、鳳もその隣へしゃがむ。
初心者セットの人参。
じゃがいもの種芋。
玉ねぎの球根。
それに加え、支給品の野菜の種によって条播きと点播を行なった。
そして両手を土へ向けた。
「よっしゃいくぞー!」
「その声量は必要なのでござるか?」
「気合い!」
土の付いた笑顔が鳳へと向けられる。
鳳は目を細めると、美月の土の付く頬へ手を近づけた。
「え?なに?」
一瞬、鳳の手が美月の頬に触れかける。
「…失礼」
しかし、すぐに手を引いた。
そして鳳は、美月の頬についた土を水の妖術で拭った。
「ひぃん冷たい!」
「土がついていたのでござる」
「ふふっ。ありがと」
「……礼には及ばぬ」
そして、美月の妖力が畑へ流れ込んだ。
土が震え、芽が伸びていく。
そして、わずか一分後。
「………」
「………」
二人の前には、作物という言葉だけでは説明しづらい物体が並んでいた。
自分の身の丈ほどある大根と人参。
岩石のようなじゃがいも。
何かのオブジェに見えなくもない玉ねぎと茄子。
以前よりさらに巨大化しており、茄子やトマトは、穴を開ければ美月くらいなら中へ入れそうなものまである。
さらに今回新たに植えたネギ。
美月が試しに引き抜く。
「ゔぅん゛っ!」
「美月殿、拙者が代わろう」
「何事もチャレンジ!」
そして。
ぼごん、と抜けたそれは、美月の背丈ほどあった。
「刺股じゃん!」
鳳はしばらく無言だったが、ようやく口を開く。
「……作物、なのでござるな?」
「やっぱりその反応!」
「……いささか、拙者の思う作物よりも主張が激しいでござる」
「だから見れば分かるって言ったでしょ?」
「見ても分からぬから聞いておるのでござる!」
収穫は、やはり大型モンスターの討伐に等しかった。
鳳が大根の葉を掴み、腰を落とす。
「くぅっ……!」
「頑張って!」
「作物相手に応援されるとは思わなんだ!」
ずずず、と土を押し上げながら姿を現したのは、樹齢数百年の丸太のような大根。
「クエストクリア!」
「なぜ達成感が妖獣討伐と同じなのでござる……」
次はじゃがいも。
掘り出されたそれを前に、鳳は腕を組んだ。
「美月殿」
「なに?」
「これは、本当に芋でござるな?」
「芋です」
「岩ではなく?」
「芋です!」
その返事の直後。
「…あ゛!」
美月の叫び声が響いた。
鳳が肩を跳ねさせる。
「なんでござるか!」
「時間停止魔法のことまだ聞いてないのに、野菜作っちゃった!」
「……」
「これ全部どうする!?今日中に食べきれる量じゃないよ!」
すると。
瞬間的に、鳳の視線が美月から逸らされる。
肩をわずかに震わせ、よく見れば口元がわずかに緩んでいた。
「……鳳」
「……なんでござるか」
「今、“だから言ったのに”とか、“アホだなぁ”とか思った?」
一瞬の沈黙。
「……そのようなことは、思っておらぬ」
「じゃあ、なんで今笑いながら目を逸らしてるの」
「……忙しい御方であると思ったゆえにござる」
「遠回しに“落ち着いて考えられないのか”って言われてるみたい!」
「思っておらぬ!」
その時だった。
「やはり、忘れていましたか」
「うわぁ!?」
いつの間にか畑の入口に、写仝が立っていた。
「管理人さん、気配消して来ないでください!」
「消していません」
「拙者も気づかなかったでござる……」
「話がございましたので伺いました。農地被害の確認も兼ねています」
写仝は巨大作物群を見る。
数秒。
「何か、そこまで妖力を放出しなければならない問題でも生じたのですか」
「いえ、ないです」
「妙に断言されましたが、まぁいいです」
写仝は淡々と続けた。
「先日お話に出ていた時間停止魔法ですが、美月さんは使用条件を満たしました」
「ほんと!?」
「ただし、“魔法”は魔力を持つ者が使用出来るものなので、美月さんの妖力を使用するとなれば少々力の使い方が変わります」
「それでもやります!」
「なら、条件は二つ。飲食物を正式に販売している者であること。そして、魔法の使用対象を販売用、保存用を含む食物と、保存庫に限定することです」
「じゃあ、この大根とか人参にも?」
「可能です。時間停止魔法を付与した保管場所へ入れれば、収穫時の状態を維持できます」
美月の目が輝く。
「納屋そのものに時間停止を使ってもいいんですか?」
「はい。ただし食物以外へ意図的に作用させた場合、資格停止となります」
「人を入れて老化止めたりは?」
「禁止です」
「ですよね」
「では、手を出してください」
写仝は美月の手へ、自身の手を添えた。
淡い光が小さな球体となり、美月の手に落とされる。
やがて光は一つの紋となり、美月の内側に馴染んでいった。
「付与完了です」
「こんなお菓子1個もらったみたいな感じで完了なんだ…」
「あとは美月さんが納屋や飲食物に時間停止を意識して妖力を使用すれば、劣化、腐敗することはありません」
美月は勢いよく納屋を覗き込んだ。
「これなら納屋に入る量ならいくらでも作れる!」
鳳の表情が一瞬固まる。
嫌な予感を察知した時には、もう遅かった。
「鳳!またよろしく!」
「……承知した」
美月は新たな種を畑へ植え、再び、妖力を盛大にぶちまけた。
土が震え、芽が一斉に顔を出す。
「いっぱい作るぞー!」
その姿を見ながら、鳳は小さく笑った。
昨日までなら、騒がしいと思っていたかもしれない。
けれど、今は違った。
よく笑い、よく慌て、思いつけば全力で走り出す。
そんな美月を、鳳はこれまでで一番暖かな目で見つめていた。
そして。
遠く、常夜の森を抜ける黒い翼が、美月のいる場所へ向かっていた―――。
第3章 近づく距離編 - 第6話
「育つもの」- 完 -
→第3章 近づく距離編 - 第7話
「踏み込んだ距離」
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