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転生先は隠世!?〜属性過多の妖怪達に愛され過ぎて、念願のスローライフは享年1日で終了しました〜  作者: 桜桃
第3章 - 近づく距離編 -

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第3章 近づく距離編 - 第3話「鳳という者」

美月は朝食後の食器を片付けると、湯気の立つ茶を二つ、小さなテーブルへ運んだ。


「どうぞ。熱いので気をつけてください」

「かたじけない。いただくでござる」


鳳《ほう》は座布団の上へ正座し、湯呑みを両手で受け取った。

美月も向かいへ腰を下ろす。


「じゃあ、鳳《ほう》さんのこと。たくさん教えてください」


鳳《ほう》はしばらく美月を見つめた後、静かに頷いた。


「無論」


姿勢を正し、美月へと向き直る。


「拙者は鳳《ほう》。もとより九千坊河童《くせんぼうがっぱ》でござった」

「九千坊河童《くせんぼうがっぱ》って、確か河童達のボスみたいな存在ですよね?」

「左様。だが、現在は拙者のみでござる」


美月は茶を一口飲んだ。


聞きたいことはいくつもある。

その中でも、一番気になっていたものを口にした。


「本題ですけど、どうして僵尸《きょうし》が混ざっちゃったんですか?」


鳳《ほう》の黄色い瞳が、わずかに伏せられる。


「種族の掛け合わされた存在が生まれる理由は、伴侶となった者達が眷族《けんぞく》を増やすことだけではござらぬ」


そこから、鳳はぽつりぽつりと自身の過去を語り始めた。


もともとは、人間界を住処としていたこと。

今とは違い、様々な罪を犯していたこと。

それによって一度は土地を追われたが、その後に己の行いを悔い、水天宮《すいてんぐう》の使いとして、人々を守る側へ回ったこと。


「隠世にはたびたび訪れておった。こちらで出会った百之鬼《モモノキ》殿より、『陸を住処とする青札が足りぬ』との話を聞き、こちらの救助も担いつつ、人間界と隠世を行き来していたのでござる」

「だから百之鬼《モモノキ》さん、鳳《ほう》さんのこと知ってたんですね」

「左様」


鳳《ほう》は湯呑みを静かに置いた。


「だが、ある夜。事件が起きた」

「事件?」

「人間界の境界が崩壊したのでござる」


美月の目が見開かれた。


「人間界にも、妖の世界としての境界がある。それは人の国境とは異なれど、国と国との関係、人の思想、長く積み重なった恨みや恐れによって揺らぐことがあるのでござる」


鳳《ほう》の視線が、遠い場所へ向けられる。


「その夜は、完全に崩れおった」


暗く、先すら見えない亀裂。

そこから溢れ出したのは、数え切れぬほどの僵尸《きょうし》だった。


「拙者達は必死に制圧を試みた。だが、僵尸《きょうし》を操る術師がおらず、倒しても倒しても勢いは増すばかりであった」


美月は膝の上で手を握り締めていた。


「そして拙者は、最後の手段を取った」


鳳《ほう》の声が低くなる。


「己の身を、人柱のように使った」

「……まさか」

「数多の僵尸《きょうし》を、己の内へ封じたのでござる」


美月の喉が詰まった。

同時に、鳳《ほう》の手が静かに拳を作る。


「内側から裂かれ、抉られた。僵尸《きょうし》は拙者の中で暴れ続け、やがて肉体のみならず、存在そのものへ食い込み始めた」


美月の唇が震える。


「このままでは拙者自身が乗っ取られる。ゆえに拙者は、己《おのれ》を己《おのれ》が操る術者とした」


鳳《ほう》は頭へ手を伸ばす。

赤い皿に貼られた、一枚の霊符。

美月もその文字へ視線を向ける。


『勅命陏身保命』


“神に等しい天子の命により、死してなお従い、生きる者のように動け”。


僵尸《きょうし》を縛る命令を、鳳《ほう》は自分自身へ課したのだ。


「そして気づけば、隠世の川の淵に倒れておった」


鳳《ほう》は自らの牙へ触れる。


「身体は動いた。水の妖術も使えた。ただ、口にはこの牙が生え、拙者の内側には明らかに別のものが混ざっておった」

「それで……昨日の」

「左様」


鳳《ほう》の目が、美月の包帯を巻いた左手へ移る。


「何を食そうとも、力にならなんだ。水も、食物も、妖力すらも。日に日に身体は弱っていった」

「そんな状態で……!?」

「あの通信が届いた時には、四肢を動かす力が尽きかけておった」


絡新婦《じょろうぐも》の暴走。

美月の住む居住区から届いた、青札を求める声。


「応えずにおれば、もう少し長く存在を保てたやもしれぬ。戦えば、己が限界を迎える可能性も分かっておった」

「なのに来たんですか……?」


鳳《ほう》の視線が上がる。


そして、美月と目が合った。


「だが、そなたを救えた」


ほんの少し、鳳《ほう》が笑った。


「あの時の判断は正しかったと、今は思えるでござる」

「……」


数秒。

美月の唇が震えた。


「ぅ……」

「美月殿?」


そして。


「わ゛ぁぁぁぁあん!!」


突然の号泣に、鳳《ほう》が飛び上がるように身を震わせた。


「美月殿!?」


美月は涙の流れる顔を鳳《ほう》へと向けた。


「なんでそんなに無理するんですか!!自分だけが背負えば他が幸せに生きられると思ってるんですか!!?」

「な、なぜ拙者は怒られておる……!?」

「そりゃ怒ります!!命はやすやすとかけるものじゃないので!!」

「そなたには言われとうないでござる!!」

「ぐぅ正論!!」


昨日、自分の掌を切った女に言われる筋合いではない。

美月は布で涙と鼻を拭きながら、それでも鳳《ほう》を睨んだ。


「でも……鳳《ほう》さんが無事でよかった……」

「……美月殿」

「ただし!」


美月がずいっと身を乗り出す。

鳳《ほう》は反射的に少しだけ後ろへ下がった。


「これだけは忘れないでください」

「な、何でござるか……」

「鳳《ほう》さんが勝手に無理して消えたりしたら、悲しむ人がいます」


美月は自分の胸を指した。


「はい!私です!」

「そ、そうか……」

「はい!だから今後、勝手に無理するのは禁止!血が欲しいのを我慢するのも禁止!」

「だが、それでは美月殿の負担が……」

「問答無用!守れなかったら罰ゲームです!」

「ばつげーむ?」


美月は左手をぱっと広げ、鳳《ほう》の前へ突き出した。


包帯の奥から微かに漂った血の香りに、鳳《ほう》の瞳孔がすっと細くなる。


牙が疼き、鳳《ほう》は慌てて鼻と口を手で覆った。


「美月殿…!何を…!」


美月は、にっと笑う。


「もし無理したら、昨日みたいに手を切って、鳳《ほう》さんの口にねじ込みます」


鳳《ほう》は思わず勢いよく立ち上がった。

ガタッとテーブルが揺れる。


「『命はやすやすとかけるものではない』と申したばかりのそなたが己を傷つけることを言うでない!!」

「また正論!!でもやりますからね!」

「……まったく、そなたという者は……」


鳳《ほう》は額へ手を当て、大きく息を吐いた。

しばらくして、美月をまっすぐ見る。


「……では、こうしよう」

「はい?」

「拙者も無理はせぬと約束する。ゆえに美月殿も、己を粗末にせぬと、拙者に約束してくだされ」


美月は少しだけ考えた後、頷いた。


「……分かりました。それなら約束します」

「ならばよい」

「でも緊急だったらやりますので」

「美月殿」

「ふふっ」


困り果てた鳳《ほう》と、笑う美月。

重かった空気は、ようやく朝の日常へ戻っていった。


二人の間にあった距離も、ほんの少しだけ近づいている。








―――その頃。






常夜の森の奥。







美月から遠ざかった淫魔の抱える胸の穴だけが―――



―――埋まるどころか、さらに深さを増していた。






第3章 近づく距離編 - 第3話

「鳳《ほう》という者」- 完 -

→第3章 近づく距離編 - 第4話

「未定」

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