序章 転生編 - 第1話「綺麗なお花畑は妖市役所のロビーだった」
「……今、なんて?」
美月は片方の口角を引きつらせながら、目の前にいる性別不詳のシルエットに言葉を投げた。
「輪廻の輪に乗れませんと言ったのです」
一拍。
「聞き間違いじゃなかったぁぁぁあ!!」
昔から、運が悪かった。
美月が自分の人生を一言で説明しろと言われたなら、たぶんそれが一番しっくりくる。
楽しみにしていた遠足の日だけ雨が降る。
買ったばかりの傘は翌日に強風でひっくり返る。
急いでいる日に限って電車が止まり、並んだレジだけ妙に進まず、最後の一個だった限定商品は目の前で売り切れる。
その程度ならまだ笑い話だったが、大人になってからも妙な不運は続いた。
働き始めた会社は業績が傾き、転職先では入社早々に設備トラブル。
引っ越せば給湯器が壊れ、旅行に行けば悪天候。
けれど、不思議なこともあった。
美月が辞めた会社は、その後なぜか持ち直した。
引っ越した後の部屋にはすぐに次の住人も入った。
「あなたが住んでいた頃から、妙に空室が減った」
大家さんからも感謝された。
学生時代、美月が卒業した後に母校の部活動が全国大会へ進んだこともある。
だから友人の也実からは、よくこう言われた。
「美月って、自分の運を周りに全部配ってるんじゃない?」
笑いながら返していた。
まさか本当にその通りだったなんて、その時の美月は、知る由もなかった。
その日は、よく晴れていた。
「……珍しい」
青空を見上げながら、そんなことを思ったくらいには、美月にとって予定のある日の快晴は珍しかった。
用事を済ませ、スーパーの袋を片手に歩いていた帰り道。
横断歩道の信号は青。
左右も確認した。
車も遠い。
「今日は何も起きなかったなぁ」
そんなことを呟いた直後だった。
キィィィイ―――。
甲高いブレーキ音。
誰かの悲鳴。
視界の端から、信じられない速度で迫る車体。
「……え?」
避ける暇など、なかった。
「……ん」
頬を撫でる風が、やけに優しかった。
鼻先をくすぐる甘い香り。
美月はゆっくりと目を開ける。
「…………」
青空だった。
それも、自分が死ぬ直前に見たものより、ずっと深く澄んだ青。
「…………え?」
ゆっくりと身体を起こす。
周囲には、一面の花畑が広がっていた。
白。
薄桃。
紫。
青。
見たことのない花ばかりが、風に揺れている。
「…………」
自分の身体を見る。
手がある。
足もある。
痛くない。
血も出ていない。
「……病院?」
もちろん、どう考えても病院ではない。
美月はもう一度周囲を見渡した。
「……天国?」
その時、目の前にシルエットが降りる。
「厳密には違います」
「うわあっ!?」
美月は飛び上がる。
4DXの映画のようだった。
目の前には年齢も性別も判然としない、黒のシルエットが、帳面のようなものを抱えて立っている。
「驚かせてしまい申し訳ありません」
シルエットは軽く頭を下げた。
「私はこの世界に来た者の案内をしています。とりあえず、管理人とでも呼んでください」
淡々と述べられた言葉は、半分ほどしか理解できなかった。
美月は胸を押さえながら立ち上がる。
「ここ、どこですか?」
「隠世です」
「…………」
「隠世です」
「聞こえてます」
「それは良かったです」
「理解が追いついてないんです」
人物は静かに頷いた。
「順を追ってご説明いたします」
「お、お願いします……」
美月は改めて自分の身体を見た。
「あの、私……」
「死亡していますよ」
「早い」
「事実ですので」
「もうちょっとこう……心の準備とか」
「すでに死亡したのに必要ですか?」
「死亡したから必要なんです!」
どうやら、とても事務的な人らしい。
美月は額を押さえた。
事故。
車。
衝撃。
そこまでは覚えているが、その先の記憶はさっぱりなかった。
「……本当に死んだんですね」
「はい」
「そうですか……」
不思議と涙が出ることはなかった。
実感がないだけかもしれない。
それとも、自分の人生なら最後までこんなものかと、どこかで納得してしまっているのかもしれない。
「じゃあ、ここは死後の世界で……これから、天国とか地獄とか、そういうところに行くんですね」
「いいえ?」
「え?」
人物は手元の帳面を開いた。
「美月さん。あなたは、輪廻に乗れません」
「はい?」
今度こそ、美月の思考が停止した。
「…………輪廻に、乗れない?」
「はい」
「私、何かしました?」
「特に何も」
「地獄よりひどい判定!?」
「そういう意味ではありません」
「じゃあどういう意味なんですか!」
管理人は、ゆっくりと帳面へ視線を落とす。
これから告げられるであろう内容に、美月はただ動揺しながら、胸の前で手を握ったのだった。
序章 転生編 - 第1話
「綺麗なお花畑は妖市役所のロビーだった」-完-
→序章 転生編 - 第2話
「人間が乗れるはずの輪廻、私だけ席ナシ」へ
読んで頂きありがとうございます。
面白かったらぜひ評価や★を押して頂ければ、やる気が上がります。




