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スカーレットと婚約をして一ヵ月。
今日はいつもより早く帰ることにした。
その選択が俺の運命を大きく変えて、真実の愛を見つける要因でもあった。
部屋を出ると、思わず息を呑むような美しい令嬢がそこにいたんだ。
宝石のように輝く青い髪をした、天使のような愛らしさ。
色んな社交に出席してきたが、これほどまでに可愛らしい女性は初めて。
胸が高鳴る。体の奥が熱い。無性に彼女を抱きしめたくなった。
俺に伸ばされた小さな手が遠慮がちに袖を掴む。
無礼だとその手を振り払えばいいものを、そんな簡単なことが俺には出来なかった。
この子は愛人の娘。瞬時にわかったのに、目が離せない。
平民はもっとみすぼらしいものだと記憶している。
いくら貴族の屋敷で暮らしていても、本性までが変わるわけもない。
だが、目の前にいるのはずっと見ていたいと思わせる愛らしい娘。
彼女は俺と話がしたいからと、部屋に招いた。
こんな愛らしい笑顔と声で誘われて、断れる男がいるのだろうか?
「驚いたよ。まさかこんな美人な妹がいたなんて」
血の繋がらない平民の妹がいることは、貴族ならば全員が知っている。
が、これほどまでに美しいとは予想もしていなかった。
「姉は私のことをリックフォード様に話していなかったんですね。私が醜いからかしら」
「なっ!!醜いだと!!?君は美しい!!私が出会った女性の中で一番!!」
「嘘です!!だって、それじゃあ姉は……故意に私のことを話さなかったことになるではありませんか。優しい姉がそんな意地悪をするはずがありません」
──優しい?
これまで俺のそばにいたスカーレットが浮かぶ。
本当に優しかったら妹を俺に紹介したはず。俺の妻となれば、その妹だって義理とはいえ家族になるのだから。
「君の名前は?」
「ルビアです」
「ルビア。いいかい。君は美しい。あんな赤毛のみすぼらしい女なんかよりも!!あの女はルビアの美しさに嫉妬して、わざと何も言わなかったんだ」
それなら納得がいく。
いつも俯いていたのは、自分の醜さを理解しているから。
目を奪われるほど美しく愛らしい妹と、みすぼらしく視界に入れたくもない姉。
女の嫉妬は醜いとよく聞くが、アイツのは度を超えている。
たった一人の妹の存在を隠すなど、性根が腐っている証拠。
「でも、リックフォード様は姉に婚約を申し込んだんですよね」
俺があんな醜い女に婚約を?
ルビアにだけは誤解をされたくなくて、首を横に振り否定した。
「俺の意志じゃない。父上が勝手に決めたんだ。あの赤毛と結婚しろと。本当はルビアのように可憐で美しい女性と結婚したかったのに」
「それは……私のような人なら誰でもいいってことですか」
「ち、違う!!俺は、その……ルビアと結婚したい」
しまった。今の言い方ではルビアを傷つけてしまう。
すぐさま本心を伝えた。
伝わったかはわからないが、俺の胸に体を預けてくれるルビアに鼓動は速まるばかり。
「ルビア!!」
俺の運命の相手。それは目の前にいるこのルビア。
他の女が俺の隣に立つなどありえない。
「どうしたんですか、リックフォード様」
「リックで構わない。そんな他人行儀な呼び方はやめてくれ」
「でも……。リックフォード様は姉の婚約者ですから」
「私の婚約者はルビアだ!!将来、私の妻となる女性が、あんな醜い女であっていいはずがない!!」
「リック……」
潤んだ瞳に俺の熱が吸い込まれていく。
瞬きをすることなく見つめ合い、引き寄せられるように唇を重ねた。
初めてのキスは人生で一番緊張した。
離れても未だに熱は冷めない。
「リック。すぐにでもお父様に報告してもいいかしら」
「もちろんだ!!」
こんな大切なことは一刻も早く報告するべき。
ベルを鳴らせば侍女がノックと共に部屋に入ってきた。
伯爵を連れてきてほしいと、命令ではなくお願いするルビアの謙虚さに胸を打たれる。
貴族という立場にいる者の中には、その地位を誇示するかのように傲慢に振る舞う者も少なくない。
特に、かつては平民であった者達が煌びやかな世界に足を踏み入れると、自分は特別だと勘違いしてしまうことが多い。しかし、ルビアはそんな典型的な「新貴族」とはまったく違っていた。
彼女は決して態度を変えず、誰にでも公平で優しく接する。使用人に対しても同じだった。彼らの仕事ぶりや努力を認め、感謝の気持ちを忘れない。
これこそが本物の優しさ。
──なぜ俺は、ただいるだけの、あんな女を優しいなどと勘違いしていたんだ?
ルビアはまさに、本物の優しさを体現していた。彼女の優しさは、言葉で飾るものでも、地位や権力で作り上げるものでもない。
彼女自身の内面から自然と溢れ出るものであり、それが周囲の人々に温かさを届けていたのだ。
本物の優しさ、それは決して偽りや見せかけではなく、誰にでも平等に注がれる愛情と敬意のことを指すの。ルビアはその証明だった。
大慌てでやって来た伯爵の顔色は悪い。
遅れて来た夫人は主治医を連れていた。
いの一番にルビアの体調を気にする伯爵に疑問が浮かぶ。
それを口にする雰囲気ではないため、言葉を飲み込んだ。
しばらく口を閉ざすルビアが、あの女と重なる。
だが、決定的に違うのは、ずっと見ていられるということ。目を閉じることを拒み、その姿を脳裏に焼き付けたい。
柔らかな光が彼女の輪郭を優しく包み込み、その姿はまるで一幅の名画の中に息づいているかのようだった。俺はその美しさに息をするのも忘れてしまう。
胸の中で熱がじわじわと膨れ上がり、体が熱を帯びていくのを感じた。
「ルビア?」
ずっと見ていたい気持ちを抑えて声をかけた。
少し俯き気味だったから、下から覗き込むと、愛らしさとは無縁の表情が一瞬だけ見えた気がした。
その美しい瞳が俺ではない、別の人間を映していると思うと気が狂いそうになる。
頬に添えた手からルビアの体温が伝わってきた。どこか遠くを見ていた瞳が次第に俺だけを映す。
柔らかな微笑みは、ぎこちなく不細工な笑顔しか作れないあの女とは天と地ほどの差がある。
「お父様。私ね、決めたの」
「うん?何をだ」
「私がリックのお嫁さんになるの。リックだってあんな醜い赤毛なんかよりも、お姫様みたいに可愛い私と結婚したほうが、絶対幸せになるわ」
それは……。それを言葉にしてくれるということは……。
ルビアが俺と同じ想いを抱き、俺の幸せを願ってくれている証でもあった。
「ルビア……。私は感動したぞ!!小公爵様のことをこんなにも考えられる令嬢は他にはいない!!」
「ええ、ええ!!相手の気持ちを思いやれる、なんて良い子なのかしら」
「じゃあ……!!」
「もちろん!いいに決まっている!!その話をするということは、小公爵様もあんな醜女ではなくルビアを嫁に迎えたい、そういうことなのでしょう!?」
「当然だ。私達は一目見て、運命を感じた。真実の愛がすぐそこにあるのに、誰があのような女を選ぶものか。父上には今日にでも話をして、婚約者をルビアに変えて……いえ、戻してもらいます」
「戻す?」
「父上はきっと間違えたんだ。私の婚約者に相応しいのは誰がどう見てもルビアなのに、あんな醜女を宛てがうなんて」
あの女、いや、醜い赤毛を思い浮かべたとき、吐き気がしてきた。
全身を虫が這う気持ち悪さ。
あんな醜女と二人きりでいたなんて……!!
父上が婚約者の名前を間違えさえしなければ、こんな不快な思いをしなくて済んだ。
尊敬していた父上に失望をあらわにしていると、ルビアが優しく慰めてくれた。
それだけではない。父上の失態さえ、許してくれる心の広さに感動して抱きしめた。
まだそこに、親がいるというのに。
ルビアを想う気持ちが抑えられない。
すると、綺麗な瞳から綺麗な涙が零れ落ちる。
「ど、どうしたんだ、ルビア。私との結婚が嫌なのか?」
「ううん、すごく嬉しい。でもね、私……あと何年生きられるか、わからないの」
「何?どういうことだ?」
ルビアは僅かに開いた口を閉ざすも、俺の真剣な思いに応えて話してくれた。
辛く苦しいことを。
ルビアは生まれたときから体が弱く、病弱だった。
医者からも長くは生きられないと、過酷な運命を告げられている。
伯爵が血相を変えていたのも、夫人が主治医を連れて来たのも、ルビアの体調を心配してのこと。
何も知らなかったとはいえ俺は、ルビアとの明るく幸せな未来しか想像していなかった。
ルビアはこんなにも、残される俺の心配をしてくれているというのに!!!!
「大丈夫だ、ルビア!!ルビアが健康になれるよう、私と幸せな未来を歩めるように薬を届けるよ」
「薬なんか効かないわ」
医者から様々な薬を処方してもらっているが、生まれ持っての虚弱体質が治るわけではない。
ある一つの薬を除いて。
「パナシア薬は飲んだかい?」
「いいえ。だってあれは高いのよ。どんなに欲しくても伯爵家では手が出ない……まさか、リック」
「あぁ。パナシア薬ならきっと良くなる」
「ダメよ!!あれは本当に高いのよ!私なんかのために……」
「ルビアのために私が用意したいんだ。薬は毎日、私が届けに来るよ」
かつて。遥か昔。王が不治の病に体が蝕まれたときがあった。
どんな薬も効かず、死を待つだけだった王の元に届いたのがパナシア薬。
希少な薬草で作られるその薬を飲んだことにより、病は完治して長い間、床に伏していたとは思えない回復を見せた。
金のない庶民は手が出ないどころか一目見ることも叶わない。
貴族でさえ滅多に手に入れることが出来ない、それほど貴重な薬。
だが、公爵家は違う。
パナシア薬を買える財力を誇る。
ルビアが元気になってくれるなら安い買い物だ。
薬の効果も噂だけではなく、この目でしっかりと見た。
祖父が病に倒れたとき、父上はすぐさまパナシア薬を届けた。
医者も匙を投げた病気を治したその薬は本物で、あの奇跡は一生忘れることはない。
「リック!貴方と出会えて私は世界一の幸せ者よ!!」
そんな可愛いことを言ってくれるルビアを、俺は俺の全てを懸けて愛すると誓った。




