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十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。  作者: あいみ
ルビアの場合

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3

 毎日が幸せで溢れた。そう言えるようになったのは、リックのおかげ。


 リックがくれるパナシア薬を飲み始めてから感じる体の軽さや痛みの和らぎは確かだった。

 苦しみや辛さはまだ残っているけど、前ほどではない。


 主治医も奇跡だと驚き、喜んでいた。


 このまま毎日、パナシア薬を飲み続ければ私は健康になれる。

 走ることも、長時間陽の下にいることも、以前は考えられなかったけど、今では夢ではなく現実になりつつあった。


 成長するにつれて多少の運動なら出来るようになり、リックが手伝ってくれるようになった。


 誰にも邪魔されない二人きりの運動は私に合っていて、無理なく続けられる。


 時々、運動が終わったあとに赤毛が部屋に入ってくるときもあった。


 余韻に浸っていた気分を台無しにされて、リックに怒られるのに学習しない。


 そんなときは決まっていつも


 「ルビアに呼ばれたから」


 と、口にするばかり。


 もちろん私は、否定する。


 だって、そうすれば赤毛はか弱い私を嘘つき呼ばわりした悪者になるんだもん。


 私が涙を流せばみんな信じてくれる。私の言っていることが正しいんだと。


 「たった一ヵ月とはいえ、お前みたいな性悪な女と婚約していたと思うと反吐が出る!!」


 悪女をこらしめるリックにときめきながらも、あんな汚い赤毛に素手で触れてほしくないから、躾用のムチを渡した。


 男のリックが使ったほうが速さも威力も桁違い。

 リックがムチを振るう姿は、まるで悪を懲らしめる騎士のように頼もしかった。


 彼は私のためなら何でもしてくれる。その揺るぎない真実は私の想いを膨らませていく。


 私の運命の相手はこんなにも素敵で、巡り会えたことに感謝しかない。


 「何よこれ」


 毎日が充実して、幸せを感じながら私は十五歳の誕生日を迎えた。


 朝日が差し込む窓辺で目を覚ますと、見慣れない鈍い光を放つ物が枕元に置かれているのに気づいた。


 結晶石と呼ばれる不思議な石。


 心臓が早く鼓動し、体中に寒気が走る。戸惑いと恐怖が入り混じった感情に襲われた。


 そんなはずはないと自分に言い聞かせながら、石を手に取った。冷たいのに温かさを感じる。



【貴女の魂は天に還る。残された時間を、愛する者達と過ごし、後悔のないように生きよ】




 「嫌ぁぁぁぁーーーー!!!!」



 私の叫びは屋敷に響く。


 結晶石が届くことが意味するのは一つ。私は死ぬということ。

 そして、残された猶予は一年。私は……十六歳の誕生日にこの世を去る。


 「どうしたんだ、ルビア!!」


 着替えることもなく寝巻きのまま、息を切らせながら駆け付けてくれた両親。その後ろには使用人も。


 「うぅ…お父様、お母様。私にこれが」

 「これは……結晶石!!?」

 「こんな物がどうして!!?」


 憎たらしい鈍い光を放つ結晶石を見て叫んだ。


 その疑問に答えられる人は誰もいない。


 誰もが困惑し、驚愕する。


 目の前にある現実は、現実なのかと。


 結晶石はいつ誰に届くのか、誰にもわからない。

 子供から老人まで、国に住む全員が対象。


 「どうして!!?私はもう病弱だったあの頃とは違う!!リックのおかげで、私は十五歳まで生きているわ!私の寿命はまだずっと先!そうでしょう!!?」

 「その通りよ、ルビア!!これは何かの間違い!私達の可愛いルビアが、そんな……」


 顔色が悪いお母様は辛い気持ちを押し殺して、一生懸命に私を慰めてくれる。


 他の人もそうだ。声にならない悲しみから涙を流しながらも、私が不安に押し潰されないように振る舞ってくれていた。


 荒ぶっていた感情は少しずつ落ち着きを取り戻していく。冷静になるとお腹が空いてきて、軽食を用意してもらう。


 温かいスープは美味しいのに、心の不安までは拭えない。


 私のために朝から薬を届けに来てくれたリックの顔を見ると、心の奥から不安が一気に押し寄せてきた。


 涙は止まらなくなり、たくましい胸に飛び込んだ。


 「ヒック…リック、私……死んじゃうの」


 震える声で告げた。


 「何言ってるんだ。この薬を飲んでいれば、ルビアは元気になる」

 「今朝、結晶石が届いたの」

 「え……?」


 信じられない、信じたくないという表情だった。彼の伸ばした手は震えていて、私の頬にそっと触れる。その指先から伝わる温もりに、私はまだ生きているのだと実感する。


 このままリックに身を委ねたい。


 不安げに見つめていると何度も何度もキスをして安心をくれようとする。


 「ルビア」


 私を呼ぶ声は優しく、どこか冷たさも感じた。


 「両親と醜女を呼んでくれるかい?」


 穏やかな笑顔。


 断る理由がないから呼んだはいいものの、私のリックがあんな赤毛を視界に入れるなんて耐えられない。


 隅で大人しくしているように命令した。


 「小公爵様。どうされたのですか」

 「ルビアの元に結晶石が届いたと聞いた」

 「それはきっと、何かの間違いでして。ルビアがそんな……」

 「そう。間違いだ」

 「「え?」」


 私の目の届かない所に隠していた結晶石を持ってこさせて、リックはそれを赤毛に投げつけた。


 俯いていた顔に直撃し、額から血が流れる。


 「それはお前に届いたんだ。ルビアにではない」

 「そ、そうか。そうだ!!私達の大切な娘が選ばれるなんておかしいと思ったんだ!!」

 「自分の命可愛さにルビアを犠牲にしようとするなんて」

 「違う。そんなことしてない!!そんなこと、私に出来るわけが……」


 段々と逸れていく視線。何かを言いたそうに開いた口をすぐに閉じた。


 「お姉様!!嘘はやめて……。だってお姉様、泣いてくれなかったじゃない。私に結晶石が届いたって知ったとき」


 みんなが泣いた。私の死を悲しんで。


 なのに、赤毛だけはいつもと同じ。辛気臭い顔をしているだけ。


 この私が!!死ぬかもしれないのに、平然としていたことがムカついた。


 「だって……」

 「言い訳はするな!!」

 「なんて醜い女なんだ。母親は違えど、たった一人の妹を殺そうとするなど!!お前のような悪女が今までルビアの傍にいたと思うとゾッとする!!」

 「私は……」

 「黙れ!!ルビアに少しでも詫びる気持ちがあれば、お前が死ね」

 「でも、結晶石が選んだのは……」

 「まぁ!!まさか貴女!!ルビアがいなくなれば、小公爵様の婚約者になれるなんて思っているの!?なんていやらしい子なの!!仮にも貴族令嬢がはしたない!!」

 「ぁ、っ……ほんと、なの?お姉様はリックのことを……ううん。お父様やお母様の愛情、使用人達の信頼も全部、奪うために私に死んでほしいと、そう願っているの?」

 「違う!!そんなことない!!」


 赤毛が否定すればするほど、火に油を注ぐだけ。


 怒りの炎はもっと燃え盛り、その感情は段々と殺意へと変わる。


 「私は本当に……」


 リックの握り締められた拳が赤毛の顔を殴った。跡がつくほどの力。


 女性に対して紳士に振る舞っていたリックも、赤毛の自己中心的な考えに我慢の限界がきたようだ。


 「いいか。もし仮に、世界が滅ぶ確率であり得ないことだが、ルビアがいなくなったとしても、俺はお前のように心まで醜く腐った女を選びはしない。絶対にだ!!」

 「自分の妹を殺そうとする貴様を娘と思ったことなど一度もない!!」

 「リック。お父様」

 「私は……本当に何も……」

 「だったら貴女が死になさい。私達の可愛い天使のようなルビアがたった十六歳で死ぬなんて、許されるわけがないのですから」

 「お母様」

 「お前のような女がルビアの役に立って死ねるのだ。光栄に思え!!」


 みんなが私のために頑張ってくれている。


 無限大の優しさと愛情が私の背中を押す。


 落ちた結晶石を拾い、赤毛の手にそっと握らせた。


 「お姉様。ありがとう。私のために死を選んでくれて。私、絶対にお姉様のことを忘れないからね」

 「ルビア!そんな女に優しくする必要はない」


 赤毛を蹴り飛ばしたリックはすぐに私のハンカチで拭いてくれる。


 汚らわしいものを触ったら、治りかけた体がまた悪くなるからと。


 「伯爵。部屋は余っていないのですか」

 「部屋?」

 「こんな汚い女がいた部屋にルビアがいたら、体に影響を及ぼす。もっと綺麗な部屋に変える必要がある」

 「た、確かに!!家具も新調しなければ」

 「その金は俺が出そう。ルビアのためなら出し惜しみはしない。全て最上級の物を用意してあげるからね」

 「わぁ!嬉しい!ありがとう、リック」

 「俺はルビアの婚約者だ。ルビアの望むことは何だってするさ」


 愛されるって、なんて気持ち良いのかしら。


 誰からも愛を貰えない惨めな赤毛。


 「そうだ!この部屋をお姉様にあげるわ」

 「何を言うの、ルビア。そんなもったいない!!」

 「死神が迎えに来たとき、あんな薄汚い屋根裏部屋だと、可哀想じゃない」

 「まぁ!!流石は私の娘。こんな卑しい赤毛だけじゃなくて、死神にまで配慮してあげるなんて」


 空気の悪い部屋を早々に退室して、私の新しい部屋に移動した。


 日当たりは良くて広い。自室として使えるようにするには、掃除をしなくては。


 部屋の汚れや空気の悪さは体に毒。

 良くなってきた今だからこそ、今まで以上に気を付けなければならない。


 困っていると使用人一同が、私のために頑張ると胸を叩いた。

 完璧に仕上げるために一日の猶予はほしいと申し訳なさそうに言うものだから、私は彼女達に感謝を伝える。


 「ありがとう。でもね、私のワガママでみんなの手を煩わせてしまうんだもん。無理はしないでね」

 「ルビア様はなんてお優しいんでしょう」

 「使用人なんかのためにお礼を言って下さるなんて」

 「あんな醜い赤毛とは大違いです」

 「みんなは仕事とはいえ毎日、頑張ってくれているんだもん。本当は労うだけじゃなくて手伝ってあげたいんだけど、私は体が弱いから」

 「ルビア様のお気持ちだけで充分です!!」

 「そうですよ!!ルビア様のような優しいお嬢様がいるお屋敷で働けるなんて光栄です」

 「じゃあ、みんな。よろしくね」

 「「はい!お任せ下さい!!」」


 自他共に認める私の優しさに感激しない人はいない。


 私の部屋が使えないため今日だけは客室が私の部屋。


 気持ちが沈んでいる私を一人にしたくないからと、リックは泊まってくれることになった。


 自暴自棄になった赤毛から私を守るためでもある。


 モヤモヤを吹き飛ばすには運動をするしかなくて、いつもみたいにリックに手伝ってもらう。

 今日はとても激しい気分で、リックにお願いすればまさかの同じ思い。


 激しい運動が終わった後は、体力を回復するためにベッドで横になったまま話をする。


 「問題は一年後にどうやって赤毛を殺すかだな」

 「毒を使うのはどう?」

 「そうだな。早速、購入しておこう」

 「いきなり死んじゃったら可哀想だから、ゆっくりと死を迎えさせてあげない?」

 「ルビア。さっきも言ったが、あんな赤毛如きに優しくするな」

 「ううん。違うの。毒で体を弱らせていって、生きる望みを断ち切ってあげるの。そうしたらもう、このまま死ぬしかないんだって諦めがつくでしょ?」

 「ルビア……。君はなんて賢い女性なんだ!流石は俺が惚れただけはある」

 「それほどでも……あるかな」


 ヴェレーノ。


 平民の間では有名な毒草。すり潰して食事に混ぜて、少しずつ摂取させることで体は弱り、最終的には衰弱死する。


 お母様が教えてくれた。初めて付き合った暴力男から解放されるために、ヴェレーノを使ったことを。


 この知識はいつか役に立つかもしれないからと、幼い私に教え、二人だけの秘密となった。


 健康な人間がいきなり死んだら不審がられるため、時間はかかってもゆっくりと、死んでもおかしくない状況を作り出す。


 量を調節すれば一年後には、確実に死んでくれる。


 大丈夫。失敗はしない。


 だって……。実験はもう成功している。醜いくせに正妻という理由から私を見下したあの女。

 私が病弱で愛人の子供だからと、優しいふりをして毒を飲ませようとした。


 だから!!殺される前に殺した。毒を使って。


 優しい私はすぐに殺すのではなく、ヴェレーノを使ってゆっくりと殺してあげた。


 あんなのでも母親。娘との最後の時間を一緒に過ごさせてあげようと私なりの配慮。


 私の慈悲深さ(やさしさ)に感謝をしてほしい。


 体が弱り、目に見えて衰弱していった女は呆気なく死んだ。


 死ぬ数週間前から何も食べられなくなり、頬はやつれ、体の肉は落ちた。


 死に顔まで不細工。


 それが最後に抱いた感想。


 葬式は簡素で死体を焼いて終わり。娘の赤毛だけはいつまでも棺桶にしがみついていた。


 もう十歳だというのに、未練がましくてみっともない。

 どんなに泣いても、死んだ人間は生き返らないのだから諦めればいいのに。


 人間の焼ける臭いはあまり体に良くなかったのか、体調が悪くなり私達は一足先に帰ることにした。


 女の葬式に顔を出した“ヘルサン”という男の貴族が、なぜか大金を包んでくれたから今日はご馳走が食べられる。


 顔はよく見えなかったけど、不細工の知り合いはどうせ不細工。

 しかも、勝手に葬儀場に駆け付ける非常識。そんな無礼者にも寛大な心で接してあげる私達は、なんて優しいのか


 青い空を見ていると、さっきまで感じていた体の不調はなくなり、気分を上げるためにも新しいドレスが欲しいと言った。


 残された私達が幸せに暮らすことこそが、死んだ女の供養になると伝えたら、死んだ人間にまで優しい私に両親は感動して、このお金は全額、私のために使ってくれると約束した。


 お金を渡した貴族は同封している手紙を赤毛に渡してほしいと言っていたけど、そんな物は破り捨てる。


 手紙の一通でさえ、あんな赤毛にはもったいない。


 正妻が病死したためお母様が伯爵夫人となり、私はもう愛人の子供ではなくなった。

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