sideなし
捕らえられた使用人達は今日も地下にいる。
冷たい石の壁に囲まれた牢獄は、薄暗く、湿気と腐敗した空気がこもり、まるで時間が止まったかのようだった。
彼らは自由を奪われ、外の世界の光は遠く、彼らの心からも次第に消えかけていた。
あの日以来、この地下に人が足を踏み入れることはない。終わることのない絶望だけが広がる。
時間の流れがわからない。何日経ったのか。まだ一日も経っていないのか。
暗闇はただ、じわじわと心に恐怖を与えるばかり。
「ここから出して!!」
牢屋の薄暗い壁に響く叫び声が交錯し、絶望が空気を重くしていた。
「こんな所、もう嫌だ!!」
何度も何度も繰り返される怒りと悲痛な叫び。
気が狂いそうになりながらも、きっと助けが来ると希望の欠片に縋る。
誠心誠意、仕えてきた自分達がいなくなれば、優しいルビアはきっと探してくれるはず。
不当な扱いを受けていることを知れば、リックフォードに頼んであの無礼者達に罰を与えてくれる。
その未来を想像するだけで、正気を保っていられた。
だが、そんな彼らとは別に、ここを出ることが叶わないと知っている者もいる。
これは罰。真実を見誤り、愚かな犯罪に手を染めてしまったことへの。
ここから出たいと叫ぶ者と、ひたすらスカーレットに謝り続ける者。愚かな自分を演じるために口を閉ざす者。
それぞれの目に映るものは異なる。
溢れる涙を拭うことすら出来ない。
次第に叫び声は聞こえなくなっていく。水一滴すら口にできず、喉はヒリヒリと痛み、枯れ果てていく。
空腹と喉の渇き、そして絶望。それらは全て、スカーレットが味わってきたこと。
自分達が同じ苦しみを味わっているにもかかわらず、かつてスカーレットに対して非道な振る舞いをした過去を反省する者はほとんどいなかった。
むしろ、怨みや疑問の声がうごめいていた。なぜこんな目に遭っているのか。ルビアはいつになったら助けに来てくれるのか。
そろそろ新婚旅行から帰ってきてもおかしくはない。
屋敷に戻ったとき、誰も出迎えなければ異変に気付く。
彼らはただただ祈るばかり。早くルビアが助けに来てくれることを。
尽くしてきたからこそ知っている。病弱でか弱い少女は守られるだけではない。時に、悪に立ち向かう強さを胸に秘めていることを。
陰湿ないじめにも屈することなく、真実の愛を貫いたその姿はまるで物語のお姫様。
同じく平民の使用人に希望を与えた。身分を理由に何かを諦めることは一つもない。
「赤毛。醜女の赤毛。絶対に許さないんだから」
呪いのように繰り返すのは、ルビアの侍女。
子爵と身分は低いものの、王族からの信頼は厚く誰もが羨む家門に生まれた。
正当な貴族であり、いずれは王妃様の筆頭侍女になるはずだったと豪語する。
「醜女の分際で私に嫉妬したのね。身の程知らずの無礼者が。あんたなんかが王妃様の侍女になれるわけがないじゃない。醜くて穢らわしい存在のくせに」
使用人の間で、スカーレットはルビアの婚約者を寝取ろうとした恥知らずと呼ばれている。
公爵家の手違いでリックフォードの婚約者の座が、ルビアではなくスカーレットになってしまった。
そのことを黙認していただけではなく、あろうことかたった一人の妹を人質に体の関係まで強要した。
あの一件以来、ルビアは人を信じられなくなる一歩手前までいったが、リックフォードの強い愛がルビアを救ったのだ。
「汚い汚い汚い汚い。汚らしい存在のくせに!!!!」
心の底から強い拒絶。ルビアの温情がなければ、さっさと屋敷を追い出されて野垂れ死にしていただろう。
彼女は知っているのだ。ルビアの体調が悪く、リックフォードと会えない日に、スカーレットが誘惑していることを。
パナシア薬があるため病気はすぐに治るが心は違う。目に見えないからこそ、深い傷を負ってしまうと、そう簡単には治らない。
リックフォードがスカーレットの部屋に入り、しばらくして部屋を出ていく姿を何度も目撃した。
すぐにでもルビアに報告しなければならなかったが、今度こそ本当に心臓が止まってしまったら?
そんな不安と恐怖から口を噤むしかなかった。
スカーレットがリックフォードを脅して体の関係を持ち続けていることは明白。なぜなら……リックフォードが部屋を出た後に中を覗くと、ベッドの上で乱れ、白く汚れたスカーレットが眠っていたのだから。
何度、殺そうと思ったことか。ルビアの優しさで許された罪を、繰り返すスカーレットを。
獣以下のスカーレットは自身の欲を満たすためだけに、か弱いルビアの命を人質にする。
穢らわしいだけでなく、何食わぬ顔で侍女が手にするはずだった輝かしい未来を奪った。とても、呪わずにはいられない。
「スカーレット様。申し訳ありません。申し訳……」
料理長と若いメイドは涙ながらに謝罪を口にするばかり。彼らの声は震え、胸の奥に重く沈んだ後悔が響いていた。
家族の言葉により、ようやく見るべき現実を見たが、時すでに遅し。スカーレットはルビアの身代わりとなり、この世を去った。
いや、身代わりなんて優しいものではない。殺したのだ。ルビアを生かすために。結晶石を押し付けて。スカーレットから生きる選択肢を奪った。
謝罪をしたいのに、それすら許されない。彼らに与えられたのは後悔するだけの時間のみ。
もう一人のメイドもまた、深い後悔に飲み込まれていた。
あの日から消えないスカーレットの幻に、何度も謝りそうになったが愚か者は絶対に自らの罪を認めはしない。
恨まれ続けるために、スカーレットの存在を悪に仕立て上げる。
その行動が間違っているとわかっていても、謝ったところで何も変わらない。時間が巻き戻るわけでもないのだ。
胸の痛みを少しでも和らげたいための謝罪に意味はない。謝って気持ちが楽になるのは加害者で、スカーレットが受けた痛みや苦しみが消えるわけでもない。
平民から伯爵夫人に成り上がったミュルに仕える侍女は、とっくに亡くなったカメリアへの恨み言ばかりを漏らす。
「あの女が私の優秀さをさっさと認めていれば、こんなことにはならなかったのに……!!」
あんなに尽くしてあげたのに、カメリアは一度として侍女を褒めたことがない。
他人を貶し、主人を上げる侍女のやり方をカメリアは認めなかった。 それが侍女の癇に障り、心の中では醜い赤毛と見下していた。
数人を除く使用人は、スカーレットへの過ちを認めない。
病弱なルビア様の代わりに、無知で無能なスカーレットを躾けただけ。それは罪ではない。
ではなぜ、自分達はこんな所に閉じ込められているのか。
スカーレットのせいだ。醜く卑しい存在が生まれたせいで、ルビアがどれだけ心を痛めて過ごしていたことか。
その悲しみや痛みを知ろうともしないで、ルビアの優しさに甘えてばかりいたスカーレットが、自分達を閉じ込めた。
ふつふつと怒りが湧き上がるも、空腹が限界に達して何も考えられない。
死ぬまで、いや、死んでも恨んでやる。そんな思いが彼らの感情を支配していた。
過ちを認めてもここから出られるわけではないが、罪と向き合わなければ、こうして生きる資格さえない。
少なくとも、料理長と若いメイドはもう現実から目を逸らさないと決めた。
このまま餓死することも、首をはねられ処刑されることも、どんな未来も受け入れる。
静かに目を閉じて、ただ待つだけ。自分達に訪れる罰を覚悟しながら、暗闇の中で時を過ごす。
遠くから聞こえる足音が、突然その静寂を破った。鈍い金属の響きとともに、鍵の開く音が響く。視界は霞み、ぼやけていたが、ゆっくりと牢の扉が開かれるのを彼らは感じ取った。
目の前に人が立つ。ついに処刑が決まったのか。
いざ、その瞬間がくると、やはり恐怖は拭えない。
怖い。死にたくない。今更ながらにそんなことを思ってしまう。覚悟なら、とっくに決めていたのに。
それでも、たった一人だけ微かに笑っていた。
ようやくスカーレットに報いることが出来る、と。人々の記憶に残るような、残酷な死を望む。
そんなメイドの願いとは裏腹に、鎖が解かれた。
他の使用人達も次々に鎖を外され、誰一人言葉を発することなく、無言で腕を掴まれていく。彼らの顔には恐怖の色が濃く浮かび、深い地下へ連れて行かれるのではという恐怖が心を締め付ける。
しかし、体は思うように動かない。掴まれた手を振り払う力さえなく、黙って連れられるしかなかった。
死が体にまとわりつく感覚。鼓動は速まり、呼吸も乱れる。
だが、彼らが連れられたのは地下ではない。
暗闇に閉じ込められていたせいで、時間の流れなどとうに狂ってしまったが、何日かぶりに陽の光を浴びた。
そう、彼らは久しく地上に出たのだった。地上は冷たくもあり、温かくもあった。彼らの瞳には、久々の光景が鮮やかに映る。
しかし、それは決して自由を意味するわけではなかった……。




