表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。  作者: あいみ
罪を裁く者と裁かれる者達の場合

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/41

2【リヒト】

 「僕が愛しているのはスカーレットだけだ」


 その言葉を口にした瞬間、僕の心は虚しさで満たされた。スカーレットはもうここにはいない。伝えたい想いは胸に閉じ込められ、彼女に届くことはなかった。


 惹かれていたのに。想いを伝えるチャンスだって、いくらでもあった。


 それを僕は、臆病風に吹かれて逃げた。また明日も会えるなんて、不確かな未来を信じて。


 ──でも……明日なんてなかった。


 僕は自分の弱さを呪い、後悔に押し潰されそうになった。こんなにも大切な人を目の前にして、なぜ言葉にしなかったのか。

 想いは伝わらなければ意味がない。蓋をしてしまったら、それはもう好きじゃないのと同じ。


 「違う違う違う!!王子様は私を愛しているの!!ルビア様がそう言ったんだから!!あんな醜く汚い赤毛なんかに、想いを寄せるはずがない!!」


 夢と現実の境界が崩れた若いメイドの瞳には、狂気にも似た確信が宿っている。


 僕はもう何の感情も湧かず、哀れみすら感じられなかった。


 「私は可愛いの!!王子様に相応しいのは私だけ!!ルビア様は私の恋を応援してくれてるのよ!!」


 ルビア……平民の娘が言ったから?


 ハッ。その娘は神か何かなのか?口にしたことが現実になるなんて、そんなバカな話があるはずもない。


 僕の顔を知らなかったくせに、よくもまぁ運命を語れるものだ。


 そもそも。王族と平民が結婚出来るはずがない。愛があろうと乗り越えられない障害は必ず出てくる。


 ──そんな常識、子供だって知っていることなのに。


 自然とため息をついた。これ以上の発言は頭痛の種。黙らせるためにフエルテに視線を送ろうとした次の瞬間。


 「ルビア様の婚約者を脅して、肉体関係を強要した穢らわしい売女のくせに!!私の王子様に色目使うなんて何様のつもり!!?」


 時間が止まったように感じた。

 フエルテも踏み出すために上げた足が固まっている。


 これまで押し殺していた感情が、胸の中で爆発しそうだった。


 「おい。今、何と言った……?」


 目を逸らし、無言でフエルテが数歩下がる姿を見て、僕の怒りは頂点に達したと確信した。


 妄言を喚き散らすばかりの若いメイドに剣を向けては


 「スカーレットが、何だって?」


 冷静を保とうとすればするほど、感情は激しく揺れ動く。


 「あの赤毛!!ルビア様を殺すと脅して、リックフォード様に抱かれたのよ!!」


 落ち着け。流されてはいけない。大きく深呼吸をして乱れた心を整えた。


 「ああ、なんて穢らわしいのかしら!!」


 僕の知るスカーレットと、連中の知るスカーレットは同一人物ではないのだろうか?


 誰に対しても優しく思いやりの心を持った彼女が、「殺す」なんて口にするはずがない。ましてや病弱な妹を脅迫材料に使うなんて。


 「証拠はあるのか?」

 「リックフォード様がそう言ったの!赤毛に脅されて仕方なくって。醜いくせにお二人の愛を引き裂こうとするなんて……!!」


 はは……何を言っているのか。


 片方の証言だけで罪が決まるなら、法なんて必要ない。

 ましてや、脅した証拠もないときた。


 恐怖に飲まれていた侍女も同調するように口を開く。


 「優しいルビア様があの赤毛を許してあげたから、伯爵家から追い出されずに済んだというのに……!!感謝をするどころか、いつだってルビア様を妬むばかり!!」


 泣きたいほどに胸が締め付けられた。もしも、二人の言っていることが事実だとすれば、それは……。


 ──スカーレットはリックフォード・ヘルサンに……。


 考えなくはないが、僕がどれだけ否定しても起きた事実は変わらない。


 伯爵家という小さな檻に閉じ込められたスカーレットは、命だけではなく人間としての自由や尊敬さえ奪われ続けていた。


 窓の外に広がる青空、鳥達の自由な飛翔、誰もが手に入れることができるはずの普通の生活。

 それらはスカーレットにとって手の届かない夢。


 特別を求めることなく、スカーレットはただ、人並みの幸せ(ふつう)を望んでいただけ。

 それはきっとちっぽけで、両手ですくって零れない程度で良かった。


 あの日、僕がちゃんと想いを伝えていればスカーレットの運命を変えられただろうか。


 「フエルテ」


 愚かな僕は後悔するしかない。今もずっと、スカーレットの痛みに気付けなかった自分を責め続けている。


 「何でしょう」

 「コイツらは罪を自白した?」

 「いいえ。まだです」


 彼女は痛みや苦しみに耐え、助けを求めることすら出来ないでいた。


 僕が気付くべきだったんだ。助けてと言えないスカーレットを、助けられるのは僕だけだったのに。


 「そう……。じゃあ、何人か連れて行くよ」


 言葉の意味を理解したフエルテは、他の牢獄から数人を連れて来た。


 平民の侍女。平民の娘の侍女。メイド。料理長。

 伯爵家の人物と屋敷をよく知る四人だ。


 「ま、待って!私は!?王子様と結婚する私をここに残していくの!?」

 「罪人なんかと結婚するはずないだろう」

 「私は可愛いの!!王子様と結婚するのはこの私!!貴族のくせにみすぼらしい赤毛なんかと違うのよ!!!!」


 声を荒げ、自らの価値を必死に主張した。彼女は自分の美しさこそが僕に相応しいと信じて疑わない。


 見当違いな怒りと嫉妬に駆られるその姿は醜かった。


 「そろそろ黙れ」


 自慢の顔を数回、斬り付けた。深く、傷跡が残るように。


 若いメイドは痛みと恐怖に震えながらも、言葉を失い、ようやく黙り込んだ。

 膝が崩れて静かに涙を流し続ける。


 拷問は引き続き隊員に任せるので、一瞬だろうと罪人を休ませるつもりはない。


 「それでは、行こうか」


 立場が逆転したように、今度は若いメイドが見下される。


 ようやく釈放されたと勘違いしているようで、暗かった表情が明るさを取り戻す。


 訂正するとまたうるさくなりそうなので、何も言わないことにした。


 常識的に考えて、いきなり釈放なんてありえないのに。


 彼らの罪は誰の目から見ても明らかであり、罪人である事実が消えることはない。


 間違っても逃げられないように、折れた手を拘束しては、用意したおんぼろ馬車に押し込み、無人で静かなジュエール家へと出発した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ