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十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。  作者: あいみ
終わりの始まり

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 ──私は今日、この世を去る。


 十六歳の妹のために飾り付けられた部屋は、まるで華やかな夢のようだった。豪華な料理がテーブルを彩り、使用人達は数日前から慌ただしく動き回っている。失敗は許されない。


 今日という日は、ただの誕生日ではないのだ。


 元婚約者だったリックフォード様は、新たに私の妹と婚約した。父と義母は、妹が生まれたこの日を感謝し、涙を流している。私は、彼らの喜びを遠くから見守るしかなかった。


 今日は誕生日だけではない。二人の婚約を発表する日でもある。


 体の痛みは激しく、鎮痛剤も効かず、ベッドの上でただ苦しむばかり。誰も私を心配してくれない。


 みんなは妹のために会場に集まっている。私は死ぬときは一人だと覚悟していたから、孤独に寂しさは感じなかった。


 開かれた窓から吹く冷たい風が私の頬を撫でた。


 「天に還る魂よ。お迎えに上がりました」


 どこからか声がする。


 満足に目も開けられない。


 死にゆく私の手を取り、祈るその人は死神。


 ぼんやりとした視界には、死神を象徴する黒い髪が映る。もう風なんて吹いていないのに、死神の髪は揺れた。


 「君は……。どういうことだ?」


 死神の手が私の目を覆った。視界は次第にクリアになり、翡翠色の瞳が私を見つめていた。驚きと動揺がその瞳に宿っている。


 「君は天還者(てんかいしゃ)ではないじゃないか」


 震える声は恐怖そのもの。


 ──変なの。死神が何かを怖がるなんて。


 面白いわけじゃないのに不思議と口角が上がる。笑顔なんていつぶりだろうか。

 笑い方なんてとっくに忘れたと思っていた。


 死神とは魂を刈る存在。それ以上でも以下でもない。


 死ぬべき人間が違っていたとしても、予定の日に魂を刈ることが使命。

 要は誰でもいいってこと。死神にとって人間は姿形が違うだけの生き物。魂さえ取れたら後のことに興味はない。


 残された人間の悲しみも、天に還る人間のことさえ。


 故に人間は恐れる。死神を。


 「本来、天に還るべき魂はどこに?」


 死神は優しく問う。


 ──なぜそんなことを聞くのだろう?


 魂なら目の前に在る。


 憂いを帯びた翡翠の瞳は揺れていた。


 死にたくないと懇願する人の魂でさえ、無慈悲に刈り取ってきたとは思えない。


 話に聞く死神と違いすぎて拍子抜けもいいとこ。感傷に浸る間もなく死ぬと思っていたのに。

 私には思い出すような幸せな記憶はない。


 母が亡くなってから、私の世界は変わった。

 幸せを感じることなく、暴言と暴力に溢れかえる。


 体が痛みに慣れ始めると、現実を受け入れるしかないのだと諦めた。


 部屋の外から聞こえてくる笑い声。

 祝福している。大切な娘が生きていることを。

 もう一人の娘(わたし)なんて存在していないかのように。


 昔は羨ましかった。

 その輪の中に入りたくて、何度も歩み寄ろうとした。笑顔を見せ、話しかけ、手を差し伸べた。でも返ってきたのは無視や冷たい言葉ばかり。長い年月の中で、私は学んだ。拒絶され続けることが、私にとっての“正しいこと”なのだと。


 それでも、心の奥底ではいつも願っていた。いつか本当の家族として認められたい。いつか、私の存在を祝福してほしいと。


 「貴方は優しいのね」


 死神の姿を目にした瞬間、私は死ななくてはならないと悟った。


 万が一、死神が来たときに私が死んでいなかったらいけないからと毒が用意されている。

 渡してきたリックフォード様の表情は死ぬまで忘れない。


 か弱い妹の肩を抱きながら、死ななかったら殺してやるとすごい剣幕だった。


 まるで物語に出てきそうな王子様。

 愛しい人を守るために悪を討つ。


 何もしていなくても、醜い私が生き残り美しい妹が死ぬ。それはどんな罪より重い。


 だって彼らにとって妹こそが全て。あの子が私を嫌うなら、それはもう悪なのだ。


 「何をしている!!?」


 毒を飲んだ直後、死神は私から瓶を奪うも、もう遅い。


 苦い液体が喉を焼く。吐き気が襲い、体の中が燃えるように熱い。咳をするたびに、血が混じった痰が口からこぼれ出る。


 「ぅ…ゴホッゴホッ」

 「なんてバカなことを!本来の魂が還れば、君は死なずに済むんだぞ!」


 死神は慌てて私の肩を掴み、必死に叫んだ。彼の声には切実さが滲んでいた。


 ──いいのよ、これで。


 声にならない思いは届いていなかった。


 私が生きていても誰も喜ばない。


 苦しみと激痛に満ちた日々。最後には、まるでゴミのように扱われ、殺されてしまうのが目に見えていた。


 「僕は無関係の魂を還したいわけではなかったのに」


 泣いてくれた。


 私の死を悼んでくれる人がいる。


 その人は人間ではなくて死神。私の魂を天に還す者。


 「ごめ……ごめん、ね。僕が無能なばかりに、君を殺してしまった」


 その言葉を聞いた瞬間、心の奥底に温かさが広がった。


 この世界でたった一人でも泣いてくれる人がいたのなら。私は……生まれてきて良かった。そう思える。


 ありがとう、心優しい死神。私のために泣いてくれて。

 ありがとう。私の命に価値を与えてくれて。


 想い(こえ)の代わりに微笑んだ。


 静かな部屋に死神の泣き声だけが響く。


 ──私の魂を天に還す死神が貴方で良かった。


 この国で死は恐れるものではない。


 新しい命になるために、天に還るだけ。


 病的なまでに白い手が胸を貫く。嘘のように痛みは引き、体が軽い。


 私は死んだのだと理解し、実感したのは、次に目を開けたときだった。


 辺り一面、色とりどりの花々が咲き誇る静かな場所。死んだ者の魂はここに集められる。


 そして決めるのだ。行くべき場所を。

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