#20:ロゼリアがお願いをしています。-祝福-
空気は、完全に向こう側だった。
ざわめきは消えている。
でも、それは静まったわけじゃない。
押し固められているだけ。
(……流れ、最悪)
視線が痛い。
さっきまでの“様子見”じゃない。
はっきりとした警戒。
場合によっては――敵意。
正面では、王子が何も言わずにこちらを見ている。
あの一言で、十分だったらしい。
(さすがに強いね、そのポジション)
内心で皮肉る。
でも。
このままじゃ終わる。
本当に。
「……」
小さく息を吸う。
まだ、手はある。
使うかどうかの問題。
(ここで黙ったら、終わり)
だったら。
やるしかない。
一歩、前に出る。
床に響く音が、やけに大きく感じる。
「発言、いい?」
もう一度。
さっきより、少しだけはっきりと。
一瞬の沈黙。
数人が顔を見合わせる。
王子が、わずかに視線を動かす。
「……簡潔に」
短い許可。
(十分)
「じゃあ遠慮なく」
軽く息を吐く。
視線を、一度だけ全体に向ける。
全員を、見る。
逃げない。
「私、お願いがあるんだけど」
その一言で、空気が止まる。
(ほら、止まった)
予想通り。
戸惑い。
困惑。
そして、わずかな興味。
「……お願い?」
誰かが小さく繰り返す。
「そう」
あっさりと頷く。
「別に難しいことじゃない」
わざと軽く言う。
重くしない。
その方が刺さる。
「私を....」
一瞬だけ間を置く。
「監視下に置いて」
沈黙。
完全な。
音が消えたみたいに。
(来たね、この反応)
数秒。
誰も動かない。
誰もすぐには理解できていない。
「……どういう意味だ」
低い声。
ノアじゃない。
別の貴族。
警戒と困惑が混ざっている。
「そのままの意味」
肩をすくめる。
「危険なんでしょ、私」
否定しない。
むしろ利用する。
「だったら、放置する方が問題じゃない?」
視線を動かす。
何人かが、わずかに反応する。
(引っかかった)
「閉じ込めるでもいいし、監視つけるでもいい」
淡々と続ける。
「好きにすればいい」
そこで一度、言葉を切る。
そして。
「その代わり」
ほんの少しだけ、声を落とす。
「私も調べさせて」
空気が、また揺れる。
さっきとは違う揺れ方。
困惑じゃない。
思考。
(考え始めた)
「原因、不明なんでしょ?」
誰も否定しない。
できない。
「だったら」
一歩も引かずに言う。
「一番近い位置にいた私を使った方が効率いいと思うけど」
合理。
感情じゃない。
それで押す。
「……」
沈黙。
でも。
さっきより重くない。
明らかに変わってる。
「自分を利用しろと?」
誰かが呟く。
「そう」
即答。
迷いなし。
「どうせ疑ってるんでしょ」
軽く笑う。
「だったら、監視しながら使えばいい」
逃げない。
隠れない。
「その方が安全じゃない?」
視線を、正面に戻す。
王子と、目が合う。
(どう出る?)
数秒。
ほんのわずかな時間。
でも、長く感じる。
王子の表情は読めない。
でも。
完全な否定ではない。
(悪くない)
その時。
セリアが、ほんのわずかに息を吐いた。
横目で見ると、いつも通りの顔。
でも。
(納得してる顔)
ノアも黙っている。
否定しない。
それだけで十分。
マイケルは――
口元を押さえて、笑いをこらえている。
(なに笑ってんのよ)
でも。
その目は、完全に面白がっているわけじゃない。
(あー、これ)
手応え。
確かにある。
空気が変わった。
さっきまでの“断罪の流れ”じゃない。
(まだ勝ってないけど)
少なくとも。
詰みじゃない。
「……」
誰かが何かを言いかけて、止まる。
判断が割れている。
迷っている。
(いいね)
その状態が一番いい。
一方的じゃない。
崩せる余地がある。
小さく息を吐く。
(通るかどうかは別として)
やることはやった。
あとは
(向こうの判断次第)
沈黙が、ゆっくりと広がる。
さっきまでの重さとは違う。
止まっているわけじゃない。
考えている。
全員が。
(いい流れ)
完全に味方ではない。
でも、完全な敵でもない。
それだけで十分。
「……前例がないな」
誰かが呟く。
「当然でしょう」
別の声が返す。
「この状況自体が前例外です」
(その通り)
内心で頷く。
正論は、今は味方になる。
正面で、王子が静かに口を開く。
「監視下に置く、か」
低く、考えるように。
「自ら拘束を望むとは思わなかったな」
(でしょーね)
「安全のためでしょ」
軽く返す。
「そっちも、その方が安心なんじゃない?」
挑発ではない。
事実として。
王子は一瞬だけこちらを見る。
測るような視線。
(どう出る?)
数秒の沈黙。
その後――
「合理的ではある」
(お、来た)
小さく心の中で反応する。
完全否定じゃない。
それだけで大きい。
「だが」
続く言葉に、空気が引き締まる。
「条件が必要だ」
(まあそうなるよね)
「構わないわ」
即答。
迷う理由がない。
「提示してください」
静かに言う。
逃げない姿勢を崩さない。
周囲がざわつく。
でも、それはもう“疑い”だけじゃない。
「……いいだろう」
王子が前に出る。
場の中心として。
「ロゼリア・フォン・アルブレヒト」
名前を呼ばれる。
今度は、少しだけ重みが違う。
「貴女を当面、監視対象とする」
(はい確定)
「行動は制限される」
「了承するわ」
かぶせるように返す。
間を与えない。
「加えて」
一瞬の間。
「今回の件について、調査協力を義務とする」
(来たね)
思わず、ほんの少しだけ口元が上がる。
「望むところよ」
そのまま言い切る。
隠さない。
「……」
王子の視線がわずかに細くなる。
でも、否定しない。
「以上を条件に」
ゆっくりと。
はっきりと。
「現時点での処分は保留とする」
――ざわっ。
今度は、明確な動き。
抑えきれない反応。
(通った)
胸の奥で、小さく息を吐く。
完全な勝利じゃない。
でも。
(処刑ルート、とりあえず回避)
それだけで十分すぎる。
「異議はあるか」
王子の一言。
誰もすぐには答えない。
数人が顔を見合わせる。
でも――
否定は出ない。
(決まった)
空気が、静かに固まる。
「では、本件は以上とする」
終わりの宣言。
張り詰めていたものが、少しだけ緩む。
でも。
完全には解けない。
当然。
問題は何も解決していない。
ただ――
延びただけ。
「ロゼリア様」
横でセリアが小さく呼ぶ。
「……よくやりました」
(珍しい)
ほんの少しだけ驚く。
でも。
「まだ終わってないでしょ」
軽く返す。
実際その通り。
ノアも近づいてくる。
「判断としては妥当だ」
短く。
でも、それは評価。
マイケルは、くすっと笑う。
「想像以上に面白いな」
(うるさい)
でも、否定はしない。
視線を少しだけ上げる。
さっきまで立っていた場所。
裁くための空間。
(……生き残った)
実感が、少し遅れてくる。
処刑。
断罪。
バッドエンド。
全部、まだ消えてない。
でも。
(回避はできる)
可能性がある。
それだけで十分。
小さく息を吐く。
踵を返す。
出口へ向かう。
背中に、まだ視線を感じる。
評価。
興味。
警戒。
全部混ざった視線。
(めんどくさいことになったな、これ)
心の中でぼやく。
でも。
口元は、ほんの少しだけ上がっていた。
(まあ、嫌いじゃないけど)
次回は最終回です!!
今日「GANTZ」を読み終えたんだけど、結末が少し物足りなかった, それでも、私は9/10の評価を維持します。




