#19: 私と裁判所
扉が開いた瞬間、空気が変わった。
重い。
分かりやすいくらいに。
(うわ、最悪)
一歩、中に入る。
視線が、一斉に集まる。
正面。
左右。
上からも見られている気がするくらい。
(見世物じゃん)
心の中でぼやく。
でも、足は止めない。
まっすぐ歩く。
堂々と。
それだけは崩さない。
高い天井。
整えられた席。
そして中央...
裁くための場所。
(いかにも、って感じ)
小さく息を吐く。
用意された位置に立つ。
逃げ場はない。
「ロゼリア・フォン・アルブレヒト嬢」
名前を呼ばれる。
淡々とした声。
感情はない。
それが逆に、重い。
「本日の件について、いくつか確認を行います」
(確認、ね)
言い方が優しいだけ。
やってることはほぼ断罪イベント。
「了承しています」
短く返す。
声はぶれない。
たぶん。
「では」
男が一歩前に出る。
周囲の視線が、さらに集中する。
「昨日発生した異常個体について」
(来た)
「その場に貴女が居合わせたこと」
「そして」
ほんの一瞬、間を置く。
「対象が貴女に対して、特異な反応を示したこと」
ざわ、と空気が揺れる。
小さなざわめき。
(まあそうなるよね)
「これらについて、説明を求めます」
直球。
逃げ道なし。
(想定通り)
内心で頷く。
「まず一つ」
すぐに言葉を返す。
待たない。
主導権は、少しでも取る。
「“居合わせた”ことについてですが」
視線を正面に向けたまま話す。
「それ自体は偶然です」
淡々と。
事実だけ。
「証明は?」
すぐに返される。
(早いね)
「ありません」
はっきり言う。
ざわめきが少し大きくなる。
(でも、ここで変に濁す方が怪しい)
「ですが」
一歩も引かない。
「逆に、意図的である証明もないはずです」
ほんの少しだけ、間を取る。
「違いますか?」
一瞬、沈黙。
相手が言葉を選ぶ。
(よし)
流れは悪くない。
「……続けます」
男が仕切り直す。
「では二点目」
視線が鋭くなる。
「なぜ、対象が貴女に執着するような行動を取ったのか」
(それ分かったら苦労しないんだけど)
内心で吐き捨てる。
でも、顔には出さない。
「それについては」
ゆっくりと息を整える。
「私にも分かりません」
正直に言う。
「不明、ということですか」
「はい」
即答。
変に言い訳しない。
それが一番安全。
「……」
空気が少しだけ冷える。
疑いが、濃くなるのが分かる。
(ここからだね)
視線を上げる。
逃げない。
「ただし」
一言、付け足す。
全員の注意が、またこちらに向く。
「“異常である”という点については同意します」
(これ重要)
否定しない。
むしろ認める。
「通常の個体ではありませんでした」
静かに言い切る。
「そして」
ほんの少しだけ、声を落とす。
「私自身も、その理由を知りたい立場です」
ざわめきが止まる。
一瞬だけ。
(引っかかった)
何人かの視線が変わる。
完全な被疑者から、
“関係者”へ。
「……」
男がこちらを見つめる。
測るような目。
(どう出る?)
数秒の沈黙。
やけに長く感じる。
その間も。
視線は逸らさない。
「……質問を変えます」
(来た)
流れが動く。
「貴女は、その個体に対して接触を行いましたね」
(そこも見られてたか)
当然。
「はい」
否定しない。
「その結果、対象の挙動に変化が見られました」
(核心)
「意図的なものですか?」
会場が静まり返る。
完全に。
(いいとこ突いてくるじゃん)
でも。
ここで崩れたら終わり。
「いいえ」
迷わず答える。
「意図していません」
一切の躊躇なし。
「結果として、そうなっただけです」
(ここは押し通す)
「……」
また沈黙。
でも、さっきとは違う。
完全な否定じゃない。
でも。
完全な肯定でもない。
揺れている。
(まだいける)
小さく息を吐く。
流れは、悪くない。
少なくとも。
一方的に断罪される空気ではなくなっている。
(このまま)
そう思った瞬間。
空気が、変わった。
ざわ、と。
さっきとは違う種類のざわめき。
(……なに?)
視線が、一方向に流れる。
入口。
ゆっくりと開く扉。
足音。
規則正しく、重い。
(まさか)
嫌な予感が、当たる。
その姿を見た瞬間。
内心で、はっきりと舌打ちした。
(最悪のタイミングで来たな)
足音が、やけに響く。
一歩ごとに、空気が重くなる。
誰も止めない。
止められない。
(……やっぱり)
視線の先。
現れたのは――
王子。
見慣れた顔。
でも、この場では最悪の存在。
「遅れて申し訳ない」
落ち着いた声。
形式的な謝罪。
でも、誰も咎めない。
むしろ――
空気が“整う”。
(あー、完全にそっち側ね)
内心で吐き捨てる。
王子はゆっくりと前に出る。
そのまま、視線がこちらに向く。
逃げない。
逸らさない。
(来るなら来い)
「……ロゼリア」
名前を呼ばれる。
昔とは違う響き。
感情が、薄い。
「随分と落ち着いているな」
「そう見える?」
軽く返す。
わざと。
崩さない。
「少なくとも」
一瞬、間。
「以前よりは」
(皮肉?評価?どっちでもいいか)
「どうも」
短く返す。
これ以上は乗らない。
沈黙。
ほんの数秒。
でも、その間に全員が見ている。
次に何が起きるかを。
王子が、視線を外す。
そして、前方へ。
「発言の許可を」
静かに言う。
即座に頷きが返る。
(そりゃ通るよね)
心の中でため息。
「本件について」
空気が、さらに張り詰める。
「私から一つ、意見がある」
(意見、ね)
嫌な予感しかしない。
王子の視線が、再びこちらに戻る。
真っ直ぐ。
迷いなく。
「彼女は」
一瞬、時間が止まる。
「危険だ」
ざわ――
一気に空気が揺れる。
さっきとは比べ物にならない。
重い。
はっきりとした“断定”。
(はい来た)
内心で冷静に受け止める。
驚きはない。
予想通り。
「理由は単純だ」
王子は続ける。
「不明な存在に対し、異常な影響を及ぼした」
(事実だけ並べてきたか)
否定しづらい形。
上手い。
「そして」
わずかに声が低くなる。
「その原因を説明できていない」
完全に詰めに来てる。
「偶然で片付けるには、あまりにも都合が良すぎる」
(まあ、そう見えるよね)
反論の余地はある。
でも。
空気が問題。
今、この場は――
王子の言葉を重く受け取る流れ。
(流れ、持ってかれたな)
周囲の視線が変わる。
疑いが、濃くなる。
さっきまでの“様子見”じゃない。
明確な“危険視”。
「よって」
王子が結論を出す。
「慎重な判断が必要だと考える」
(慎重、ね)
便利な言葉。
いくらでも厳しくできる。
沈黙が落ちる。
誰もすぐには口を開かない。
重い空気。
押しつぶされそうな。
(……でも)
小さく息を吸う。
ここで黙ったら終わる。
「発言、いい?」
一歩、前に出る。
全員の視線が、またこちらに戻る。
王子も、わずかに目を細める。
「……許可する」
短く。
(ありがとよ)
内心で返す。
「“危険”っていうのは否定しない」
まず認める。
一番大事なとこ。
ざわめきが、少し揺れる。
「少なくとも、普通じゃないのは事実」
逃げない。
正面から。
「でも」
一歩も引かずに続ける。
「それが“私の意思”だって証拠は?」
静かに問い返す。
空気が、止まる。
(ここ)
視線を王子に固定する。
逃がさない。
「あるの?」
もう一度。
今度ははっきり。
王子はすぐには答えない。
ほんの一瞬だけ。
間が空く。
(よし)
完全には崩れてない。
でも。
空気はまだ不利。
完全にひっくり返したわけじゃない。
(これ、まだ終わらない)
むしろ。
ここからが本番。
視線をゆっくりと巡らせる。
この場。
この空気。
この流れ。
全部が敵になる可能性。
(ほんとにめんどくさい)
心の中でぼやく。
でも。
口元は、わずかに上がる。
(でも、嫌いじゃない)
勝てるかどうかじゃない。
どう崩すか。
それだけ。
昨日、字がきれいな女の子(偽名:橘みなみ)が今日の活動の写真を送ってほしいと頼んできて、
私たちの会話はどうで:
「プロブレラジオさん、作業の写真を送っていただけますか?」
「南さん、作業の写真を送っていただけますか?」




