#14:悪い食べ物
廊下を歩きながら、さっきの会話を思い出す。
「食材が傷むのが早い」
(……気になる)
ただの雑談。
本来なら、それで終わる話
でも。
(妙に引っかかるのよね)
足が、自然と厨房の方へ向かっていた。
理由なんて、後付けでいい。
「少し様子を見たいだけ」
小さく呟く。
誰に聞かせるでもなく。
厨房の前まで来ると、ほんのりとした香りが流れてきた。
焼きたてのパン。
煮込みの匂い。
(普通……よね?)
違和感はない。
むしろ、いい匂い。
中を覗く。
料理人たちが忙しそうに動いている。
いつも通りの光景。
包丁の音。
火の音。
声のやり取り。
全部、正常。
(……やっぱり気のせい?)
そう思いかけた、その時。
「ロゼリア様?」
声をかけられる。
振り向くと、年配の料理人がこちらを見ていた。
「どうかなさいましたか?」
柔らかい口調。
いつも通り。
「いえ、少し気になって」
適当に言葉を選ぶ。
「問題はありませんか?」
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、間があった。
「問題、ですか?」
すぐに笑顔に戻る。
でも。
(今の間……)
見逃さない。
「ええ」
軽く頷く。
料理人は、少し考えるようにしてから。
「特には」
そう答えた。
「いつも通りでございますよ」
にこやかに。
自然に。
……自然すぎるくらいに。
(……本当に?)
その時。
近くのテーブルに置かれていた皿が、目に入る。
綺麗に盛り付けられた料理。
見た目は完璧。
色も。
艶も。
(……なんか)
一歩、近づく。
香りを、少しだけ意識する。
(……変じゃない)
むしろ、良い香り。
でも。
(良すぎる?)
ふと、そんな感覚がよぎる。
「……」
自分でも、はっきりしない違和感。
説明できない。
でも。
(なんか、作られた感じがする)
見た目も。
香りも。
完璧すぎて――
逆に、気持ち悪い。
「ロゼリア様?」
料理人の声で、我に返る。
「お気に召しましたか?」
「……ええ」
曖昧に答える。
(分からない)
はっきりした異常はない。
証拠もない。
でも。
(これ、絶対なにかある)
胸の奥で、小さな確信が生まれる。
知らないイベント.
見覚えのない違和感。
(ゲームに、こんなのあった?)
記憶を探る。
でも――
出てこない。
(……やっぱり、おかしい)
ゆっくりと、視線を料理から外す。
厨房の奥。
人の出入りが少ない場所。
(もう少し、見た方がいいかも)
視線を外したはずなのに、もう一度だけ皿を見てしまう。
(……やっぱり変)
今度は、少しだけ意識して観察する。
盛り付けは完璧。香りもいい。色合いも自然。
でも――
(自然すぎる)
一口も食べていないのに、完成されすぎている感じ。
まるで「理想の料理」をそのまま再現したみたいな。
現実の料理じゃなくて。
ゲームの中のアイテムみたいな。
「……」
指先で、ほんの少しだけ皿の縁に触れる。
冷たい。
普通。
でも、その瞬間。
(……あれ)
ほんの一瞬だけ、違和感。
言葉にできない何かが、指先をかすめた。
すぐに消える。
(今の、なに?)
もう一度触れようとして、やめる。
直感的に、あまり触らない方がいい気がした。
「ロゼリア様?」
「……なんでもないわ」
軽く笑ってごまかす。
でも、頭の中は完全に別のことを考えている。
(これ、ただの食材の問題じゃない)
腐ってるわけでもない。
傷んでるわけでもない。
なのに――
(おかしい)
一歩、後ろに下がる。
視線を厨房全体に広げる。
人の動き。火の使い方。材料の配置。
全部、普通。
普通なのに。
(全部が“整いすぎてる”)
違和感が、逆に浮いて見える。
その時。
(……ゲームだったら)
思考が、自然とそっちに寄る。
(これはイベント)
しかも、メインじゃない。
サブでもない。
もっと曖昧な――
(隠しフラグ?)
そう考えた瞬間、少しだけ背筋が冷える。
(こんなの、知らない)
記憶にない。
ルートにもなかった。
つまり。
(私が関わったから?)
それとも。
(最初からあったけど、見えてなかった?)
どっちでも、面倒。
かなり。
小さく息を吐く。
「……セリア」
後ろにいた気配に声をかける。
「はい」
いつの間にか、すぐ後ろにいる。
「この料理、どう思う?」
短く聞く。
セリアは皿を見る。
ほんの数秒。
「問題はなさそうに見えます」
予想通りの答え。
でも。
「“見えます”ね」
そう付け足す。
(やっぱり気づいてる)
「断定はしないのね」
「違和感がありますので」
即答。
(そこは一緒か)
少しだけ安心する。
自分だけじゃない。
「食べない方がいいと思う?」
「現時点では」
わずかに間を置いてから。
「避けるのが無難かと」
(よね)
完全にクロじゃない。
でも、シロとも言えない。
一番面倒なやつ。
「……分かった」
小さく頷く。
視線をもう一度だけ、皿に向ける。
さっきと同じ。
完璧な料理。
でも今は。
(ちょっと、気持ち悪い)
はっきりそう思えた。
そのまま、踵を返す。
これ以上ここにいても、分かることは少ない。
(情報が足りない)
なら。
(集めるしかない)
誰が関わってるのか。
いつからなのか。
何が目的なのか。
やることは、決まってきた。
廊下に出る。
さっきより空気が軽い。
それでも。
(これは放置できない)
一歩、歩きながら考える。
(もしこれが毒だったら)
誰が狙われてる?
貴族?
それとも――
(無差別?)
最悪の想定が、頭をよぎる。
その時。
遠くの方から、声が聞こえた。
「……さっきの料理、もう運んだのか?」
「いや、まだのはずだが……」
(……え)
足が止まる。
ゆっくりと、その方向を見る。
(もう運ばれる?)
タイミングが、早い。
考えるより先に。
体が、動いた。
(ちょっと待って、それ――)
嫌な予感が、はっきりと形になる。
胸の奥で。
(まずい)
その一言だけが、強く響いた。
章が進行中…~
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しばらく更新が途絶えてしまい、申し訳ありません。
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