王都で大騒動!? スキルなしの俺がなぜか貴族令嬢の婚約者に!?
「……で? 俺、なんで今こんな格好してるんですか?」
ヒロトは自分の姿を見下ろした。金の刺繍が施された白い礼服、光沢のあるブーツ、無駄にきらびやかな肩章――まごうことなき貴族スタイルである。
「似合ってるよ、ヒロト君! 貴族オブ貴族! ナイフとフォークの使い分けができなそう枠として最高だ!」
「その枠、恥ずかしいからやめてください!!」
話は少し遡る――
迷宮調査での活躍が認められたヒロトたちは、王都で開かれる「冒険者功労者感謝会」に招待された。
もちろん主賓ではない。あくまで「ちょっと目立った地方の新人枠」としての出席だ。
「王都なんて、俺が来ていい場所じゃ……」
と弱気なヒロトだったが、ルミナの
「ヒロトさんなら大丈夫です! この世界にだって、庶民代表の誇りがありますから!」
という謎の励ましに背中を押されて、ここまで来てしまった。
王都の貴族会館――
高い天井、煌びやかなシャンデリア、見たこともない料理が並ぶビュッフェ。すべてがヒロトには、異世界成金の夢のあとである。
「ああ……緊張で手が震える……」
「持ってるグラスが違いますよ、ヒロトさん。そっちはスープ入れるやつです」
「えっ!? 違うの!?」
レイナは静かにため息をついた。
「……帰りたい」
そんな気分で壁の花になろうとしていたその時――
「――あら。あなたが、例のスキルなし冒険者?」
突如、ヒロトの前に現れたのは、絵画のように整った顔立ちの金髪碧眼の少女だった。
年の頃はヒロトと同じか、少し年下だろうか。
しかし、その立ち振る舞い、背筋の伸び方、そして高飛車な目線は、まさしく貴族令嬢のそれ。
「は、はい。あの、どちら様で……?」
「私? 私は――エリザベート=フォン=ルミネッセンス。この王都にて五本の指に入る名門貴族の娘よ」
「あ、はい。お、お初に……」
「気に入ったわ」
「えっ!?」
「あなた、私の婚約者になりなさい」
「えええええええええええええええええっ!!??」
「はぁああああああああああ!?!?!?!?!?!?!?!?」
控室に連れ戻されたヒロトの絶叫が響き渡った。
「……何が起きたんですか?」
クラウスが目を輝かせて訊ねる。
「だから! なんか気に入られて、婚約者に指名されて! 俺まだ心の準備とか人生プランとかスキルもないし!!」
「つまり、人生ハプニング系スキルを獲得したわけだね! おめでとう!」
「そういうスキル欲しくなかったよ!!」
エリザベートとの会話を思い返してみる。
曰く、ヒロトの無欲で純朴な雰囲気が新鮮であり、他の男どもはみな下心まみれなので、顔はまあまあだけど誠実さで+50点とのこと。
「いや、点数の内訳どうなってるんですか……」
その後、ヒロトは王都の貴族たちの間で一躍話題の的となった。
⚫︎スキルなしで迷宮調査成功
⚫︎平民出身だが礼儀を知る(※主にレイナの指導)
⚫︎エリザベートに気に入られるという快挙(?)
「やばい……このままだとマジで貴族になってしまう……!」
そんな中、事態はさらに混乱の渦へ。
王宮側からの発表で、エリザベートの婚約話が正式に、仮承認されたと告げられたのだ。
「いやいやいや!! 仮って何!? 俺の意思どこいった!?」
「王都ではよくあることよ。特に私のような立場では」
エリザベートはサラッと言ってのける。
「だが、私も形だけの婚約など望まない。だから――試練を与えるわ」
「出たよ、貴族式・婚約者トライアル……!!」
そして与えられた試練は――
「一晩、王都で一番の迷子猫を探し出せ」
「えっ、猫!?」
「この子は私が拾って育てた、唯一の相棒。アストラル・ミーシャよ」
「名前が猫の規模を超えてる……」
「一週間前に庭から逃げてしまって、それっきり。見つけたら、婚約を考えてもいいわ」
ヒロトは夜の王都を駆け回った。
街の裏路地、市場の屋根、貧民街の小屋の影――
地道な聞き込みと、かすかな足跡、毛の痕跡から、猫の通ったルートを予測していく。
(地味力、ここでも発動してるな……)
そして、日付が変わるころ――
「……いた!」
夜の鐘が鳴る頃、ヒロトはひと気のない聖堂裏で、一匹の白い猫と出会った。
「君が……アストラル・ミーシャ?」
ミーシャは警戒しつつも、ヒロトが差し出した魚に反応し、足元に近づいてきた。
(よかった……!)
そっと抱きかかえたその瞬間――
「まさか、本当に……見つけてくるなんて」
振り返ると、そこには夜会服姿のエリザベートがいた。表情は、珍しく柔らかい。
「おかえり、ミーシャ」
そして彼女は、ヒロトの目をじっと見て言った。
「あなた、本当にスキルは持っていないのね」
「え? まあ、そうですね……」
「でも、それがいいわ」
「え、でも俺、無力ですよ?」
「無力なのに、ここまで来た。それが何よりも強いと、私は思うわ」
その時、ミーシャがヒロトの胸元でゴロゴロと喉を鳴らした。
「ふふっ……あなたが選ばれたみたい」
「……猫に!? 人生、猫に決められるんですか!?」
「ええ。うちの家系、昔から猫の言うことには逆らえないの」
「そんな貴族聞いたことない!!」
ヒロトの仮婚約話は、翌日、謎の「猫裁定により保留」となり、なんとか婚約危機は回避された。
だが――
「ふふ、また王都に来るときは知らせて。次は正式に、お茶会で決闘しましょう」
「どんなデスマッチなんですかそれ!」
ヒロトはひとまず、貴族界の嵐を逃れたのだった――