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星の戯れ 竹取物語変化  作者: 龍月小夜
    其の三・・・第二の関門『白浜』
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第96話 『竜ノ宮城』

 桃太郎は甲羅から離れることもできずに諸共に海へ引き入れられてしまいました。何だか甲羅が足に吸いついているみたいです。

 ・・・ぐぐ・・・苦しい・・・死ぬ・・・

 もがきながら耐えきれずに思わず水を吸い込んでしまうと・・・

 まるで水は空気のように体の中に流れ込んできました。

 朦朧となりかけながらも桃太郎は水の中でも普通に息をしている自分に気がつきました。気がつくと、意識がはっきりしてきました。

 (正直、どうかと思っていたが、さすがに『月』が力を使い果たしただけのことはある。陸でも海でも暮らせるのか。おまえが一番盛大に出来損なってるな)

 (ようわからん。・・・とにかく、どこへ連れて行く気なんじゃ?) 桃太郎も頭の中での会話を始めました。何だかよくわからないものが理解できたような気がします。やはりいくら何でも水の中では喋れなさそうです。

 (わかってきたようだな・・・ま、行けばもっとわかるさ)

 海亀は悠々と水をかいて、碧い世界をさらに濃い青の深みへと進んでいきました。海面の荒々しさと比べて、ここは風一つなく、静寂です。色々な海の生きものたち、イルカやクジラ、魚たちが追い抜き、すれ違っていきます。人の乗った亀を気にすることもなく。これは天然の生きものたちなのか・・・?

 やがて、一つの、大きな城郭のような建物が見えてきました。そんなものを斜め上の方向から見ることなど想像もつかないことです。亀は豪勢な門構えを越えて、岩石や海の植物で装飾された大きな庭を渡り、直接その玄関口に着けました。

 (特別な客人だ。月から降りた第一号が来たとなると、皆、大喜びさ) 

 甲羅にしっかりと吸いつかれていた桃太郎の両足がふわりと浮き上がりました。海亀はすっとその場から抜けると、翻って門の外へと向かっていきます。

 (精々楽しみな)

 海亀はそう言い残して、光線が幾重にも射し込む明るい青天に向かって昇っていきました。

 亀の「特別な客人」というのが中にも伝わったのか、大勢の『人』たちが出迎えるかのようにニコニコした顔で現れました。海藻類など海の植物で機織りでもしているのか、緑や茶色や黒っぽい着物で身を包んでいます。

 (ようこそ、『(たつ)宮城(みやしろ)』へ!)

 一人の女が前に進み出て、ゆらゆらと地に足のつかない桃太郎の方に手を差し伸べました。暗い色の着物に色付けるかのように色とりどりの貝殻や石で首飾りにしたり帯にしたり頭を飾っていたりします。髪の毛が揺らがないようにするためか、巻貝のように頭上に高く巻き上げています。

 (ここは、何なんだ?) 桃太郎は女に手を引かれながら、歩くこともなく建物の中へと漂っていきました。女も、他の者たちもちゃんと地面を歩いているようです。地上とは違う、何となく緩やかな動きです。

 (あなた、さすがに地上に生まれてわけがわからなくなってるみたいね)

 女は桃太郎を導きながら言いました。

 三人ぐらいは横並びで通れるような幅のある長い廊下を、桃太郎の後に続くように出迎えた者たちがゾロゾロと列を作ってついてきます。建物の中は陽の光もあまり入ってこないようで、外よりも一段と薄暗さが増しています。両側には何でできているのか、ポツポツと穴ボコのある白っぽい、何の飾りもない無愛想な壁が立ち上がっています。天井にもそのまま丸くつながっているようです。

 廊下を突き当たると、時を計ったかのように大きな観音開きの扉が向こう側へと勝手に開きました。

 桃太郎はうっと眩しさに目を背けました。一体、何の明かりなのか、地上の真昼のような光が目に射し込んできました。そんな桃太郎にも構わず、女はどんどん手をを引いていきます。

 ようやく桃太郎が目を開けると、二人は・・・というよりついてきた全員が大広間のような部屋の真ん中あたりにかたまっていました。次第に目が慣れてきてあたりを見回すと、何だか宴会でも開いているような、長机が長々と何列も並べられた上に御馳走のような大小の器が所狭しと並べられています。

 (ここは・・・何なんだ?) 桃太郎は同じ質問を繰り返しました。

 (羅仙(らせん)から聞いたでしょ。あなたの後からみんな面白がってどんどん『月』に降ろしてもらったのよ。みんなお手軽に地上を楽しめると思ってね)

 (羅仙?)

 (さっきの亀よ・・・そしたら、とんでもないわ。地上どころかこんなとこでしか生きられないような出来損ないにされてしまった)

 (そうさ。もう『月』には我々を引き上げる力もないみたいだから、しょうがない、地上の人らと付き合うこともできんし、ここで適当に楽しんだら適当に死んで、一から『地の星』を選び直してきっちり地上に生まれて、お手軽でない人生をやってみるしかないのさ)

 別の声が割り込んできました。その方を見ると、今喋った男は片方の肩に何だか足の数の多い、ぐにゃぐにゃした生き物を乗せています。それは明らかにタコなのですが、もちろん、桃太郎はタコなど知りません。白浜でもたまたま料理には出ていなかったようです。しかし、それも出来損ないの仲間なのか? というぐらいは思うことができました。

 よく見ると、男も女も・・・年寄りは見当たりませんが・・・皆、何がしかの海の生きものを身に纏っているようです。白い蛇を羽衣のように首に掛けている女がいたり、桃太郎がしろを連れているようにイルカを連れていたり・・・

 (ところで、あなた、名前は?) 

 (も・・・桃太郎) 突然聞かれて、思わずドギマギと答えてしまいました。

 (なるほど、地上らしいわね・・・私は『乙姫』) 

 (オレは、浪源(ろうげん)だ) タコ乗せ男がまたも割り込みました。

 (桃太郎さん) 『乙姫』と名乗った女はまだ宙に浮いている桃太郎をぐっと引き寄せました。(せっかく来たんだから、おもてなしするわ。さ、座って) 

 桃太郎は長机の席の一つの敷物らしい藻の上に沈められました。が、地上の人らしくすぐに浮き上がりそうになります。すると、男の一人が連れていたイルカがやってきて、桃太郎の膝の上に押さえるように乗っかりました。桃太郎はびっくりしましたが、今は逆らってどうなるものとも思えません。

 机の上には見たこともないものが並んでいました。もしかしたら、話に聞く「海の幸」と呼ばれる類のものなのかも知れませんが、『村』では川で獲れるものしか知りません。白浜の村でご馳走になったものとも違うようです。

 (さ、どうぞ、遠慮せず召し上がれ) 乙姫が器の一つを桃太郎の前へと置き直しました。何だか桃色をした大きな丸っこい魚が生のまま一匹丸ごと皿の上に乗っています。となると、これは出来損ないの仲間ではなく、天然ものなのかな? まさか、仲間同士で食わないだろう。しかし・・・

 無理だ・・・

 (どうして?) 乙姫が聞きます。

 桃太郎は乙姫の顔をまじまじと見ました。独り言を思っただけなのに、それも言葉として聞こえてしまうのか・・・。どうやって使い分ければいいのか・・・。

 (こんなの・・・見たこともない) とりあえずそう答えました。

 (地上って違うものなのね) 乙姫は羨ましそうに言うと桃太郎の隣に座り、自分の前の皿の上にある同じような魚を、頭と尾を両手で取り上げ・・・

 「うわっ!」 桃太郎は思わず声に出しそうになり、口から大きな泡が一つぽこっと立ち昇っていきました。後ろに身を返してその場から逃げ出そうとしたいのですが、イルカに押さえ込まれています。

 見るに堪えない光景でした。乙姫は信じられないほどの大口を開け、魚の腹に『バクリ』と噛みついたのです。今まで目立たなかったまるで魚のような鋭く細い歯の並びも丸見えでした。

 (こうやって食べるのよ)

 口をもぐもぐさせる乙姫の言葉が流れ込んできました。

 (いや・・・オレは遠慮する・・・どうあっても無理無理無理無理・・・) 身をのけぞらせます。

 (そんな・・・もったいないじゃない。せっかく地上で暮らせて海の中でも生きられるんだから、両方楽しまない手はないんじゃない? ほら)と、乙姫は正面にある舞台のような場所を手で示しました。

 そこではあのタコ乗せ男が舞台上にいる何人かの女たちに何かの指示をしているところでした。と、すぐに女たちは手足を動かして踊りのような動作を始めました。さすがに音曲のようなものはないようです。桃太郎の頭の中に女たちの唱和する歌声が響いてきました。何とも音程のはっきりしない、奇妙な節回しです。

 見ると、いつの間にか大勢の人たちがこの宴席についていて、机の上の食べ物に舌鼓を打ち、女たちの動きを見ててんでに囃し立てたりざわざわ騒いだりする声が乱雑に、背景音のように頭の中に聞こえてきます。何だかだんだん耳に聞こえているような感覚になってきました。

 このまま地上に戻れなくなるんじゃないか・・・?

 そう思った途端、イルカが膝の上から離れてよそへ泳いで行きました。体は浮き上がらず、しっかりと藻の座布団の上に座っています。もしかして、体がだんだん馴染んでいってるのか? 

 乙姫はそれを見て優しげに微笑むと、桃太郎の考えていることなど頓着せずに美味しそうに魚にパクついています。まるで、その言葉が聞こえてないかのようです。もしかして、いつの間にか、自然に、会話と独り言の思い分けでもできるようになったのか・・・? 意思とは関係なく体が勝手にどんどん馴染んでいってる・・・? 

 しかし・・・この食いもんだけは、どうあっても嫌じゃ!

 ・・・それに、自分には地上での約束がある。物語の原本を取り返すという。

 有耶無耶にして村を落胆させるわけにはいかない。

 早く戻らなければ・・・けど、どうやって・・・? 

 考えれば考えるほど、『月』にいた頃の記憶が入り混じってきました。あの『しろ』と『ふうた』と『とびすけ』は、月の上で約束した仲間だったのだ。地上に降りたら、落ち合おうと。そして『人』として地上の人たちの中に混じって色々楽しもうと。だが、三人とも『人』にはしてもらえなかった。それどころか、かなり遅れて降ろされたのだ。その間にも、こんなにもたくさん『人』になり損なった人たちが生きられる場所で自分たちの世界を作っていたなんて・・・。お手軽に遊ぼうと考えたのはオレたちだけじゃなかった・・・。

 そうなると、地上に戻ったら、しろたちともこんなふうに頭の中で話ができたりするのか? ふうたも無理して喋らずにすむ・・・?

 自分のことがこんなふうにわかったのも、あの『羅仙』とかいう亀のおかげか・・・。

 桃太郎は切り出しました。こんな所よりも地上の人たちの方が自分にとって大事なのは間違いのないことなのです。

 (せっかく連れてきてくれたけど、オレには地上で約束した仕事がある。悪いがあんまりゆっくりしてるわけにもいかないんだ)

 (まあ、残念ね・・・でもせっかくだからせめてあの子たちの踊りだけでも見て行ってあげて) 乙姫はまた舞台の方を示します。(じきに終わるから)

 乙姫はそう言いましたが、踊りはなかなか終わりません。村の催しで見た踊りなどとは全然違う、何とも奇妙なくにゃくにゃした動きです。そのうちに色々な魚たちもそのまわりで泳ぎまわり始めました。一緒に踊っているかのように。魚たちが出来損なったものたちなのか天然ものなのか区別もつきません。連中にはわかるらしい天然ものたちだけを食料にしてるのかな?と思い、桃太郎は皿の上の桃色の魚を見やりました。ちょっと出かければいくらでも獲って来れるのでしょう。だから、こうして宴会三昧なのか・・・。

 乙姫の皿の上の魚はいつの間に食べたのか骨だけになっていました。

 ・・・よく考えたら、自分たちの仲間でないものを獲って食べる・・・村の暮らしも似たようなもんだな・・・

 桃太郎はそう思いました───いや、そんなことを思っている場合ではないのです。何だか、体の方が先に地上の暮らしを忘れてしまいそうです。そのうちに席で宴会していた人たちもこぞって舞台に上がり始めました。そしてあのタコ乗せ男も混じってますます舞台上は混沌とした踊りに満ちていきました。みんな踊りの狂乱の中に引き込まれていくようです。こんなことが楽しいのか? 桃太郎はますます恐ろしくなってきました。隣に座っている乙姫だけが冷静なのかその場を動きません。

 (いつ終わるんだ?) 桃太郎はたまらなくなって聞きました。

 (もう終わってるわ) 乙姫は素っ気なく言いました。

 ・・・え? もしかして聞かなかったらずっとこのまま・・・?

 そして乙姫は(帰るんだってよ)と遠く小さく、そうも言いました。すると、タコ乗せ男が一人踊りの中から何事もないように抜け出てきて、一旦、奥の方へ姿を消すと、手に一つの四角い箱のようなものを持って現れ、その箱を乙姫に手渡しました。乙姫はそれを桃太郎に向けて捧げ持つようにすると、(記念品の『玉手箱』よ。お土産に差し上げるわ。地上を知ってる出来損ないがこの『竜ノ宮城』を訪れたという。私たちにとっては羨ましい限りの人だもの)

 (何が入ってるんだ?) 桃太郎の気持ちは完全に引いてしまっていました。

 (開けてからのお楽しみ。海の中にこういう世界があるという印に。絶対に途中で開けないでね。完全に地上に戻ってからにして)

 (遠慮する方法はあるのか?) 桃太郎はもうやぶれかぶれでした。

 (あなた・・・) 乙姫は急に険しい表情になりました。(自分だけ地上を楽しんで、海の中に閉じ込められた私たちの気持ちをないがしろにするつもり?) 言うなり玉手箱を桃太郎に押し付けます。タコ乗せ男のタコがビューッと真っ黒いものを吹きました。(落ち着け!) 男が肩の上のタコをポンポンと叩き、もう一方の手であたりの墨を払いのけました。

 (さあ、そろそろ羅仙が到着するわ。お望み通り、地上へ帰してあげる) 乙姫は立ち上がりました。

 やっとか、と思いつつ桃太郎も玉手箱を持たされたまま立ち上がりました。浮くことなく足はしっかり地面を踏んでいます。草鞋の肌触りがぐちゃぐちゃしますが。

 乙姫とタコ乗せ男は再び桃太郎を先導しながら歩き出しました。そんな様子など全く無視するかのように舞台上は狂乱したままです。

 三人は宴会場を出て、再び薄暗い廊下へと進んで行きました。

 玄関に辿り着くと、既に目の前に羅仙が待機していました。桃太郎は気持ちははやるものの、ゆっくりした動きで甲羅にまたがりました。玉手箱を両手に持ち、自分の前に置きます。桃太郎の準備ができたと見るや、例のように両足が甲羅に吸いつけられました。

 (さようなら、お元気で) 柄にもなくしおらしい感じで乙姫が言いました。(羅仙、丁重にお見送りしてね。くれぐれもお土産を途中で放り出さないように)

 (合点ですら) 羅仙が応えました。

 何だ、見張り付きなのか・・・

 桃太郎が落胆するうちにも羅仙は出発しました。タコ乗せ男のタコがまた墨を吹きました。「あばよ」とでも言いたげです。

 羅仙はあっという間に竜ノ宮城の門を越えて遥かな高みへと、天の光に向かって昇っていきました。

 (地上って、ちゃんと元の場所に戻してくれるんだよな?) 桃太郎は急に不安になって尋ねました。とんでもない所に連れて行かれたら目も当てられません。

 羅仙は頭を桃太郎の方に捻るようにして応えました。

 (おまえさんがそのお土産を大事に抱えている限りはな) 笑っているような目をしています。そしてさらに言いました。(おまえさんがそいつを放り出したらどうしようかと思っていたが・・・そうか、その手があったな)

 桃太郎に『墓穴を掘る』という言葉が通りすぎていきました。何をやっているこっちゃら・・・。

 

 そうこうするうちに、羅仙はザブリと海の上に浮かんでいました。海上は嘘のように凪いでいて、羅仙を緩やかに漂わせるだけです。漁師たちが懸念したような荒天は起こらなかったのでしょう。桃太郎の体はしばらく水と空気の交換に苦しんで水を吐いたり、悲鳴のような音を立てて荒々しく肩で息を吸い込んだりして玉手箱の上に身を屈めていました。やがて、落ち着いてきたのか桃太郎は体の求めるまま、陽の光を浴びながら天を仰いで深呼吸しました。何度も。空気がこれほどありがたいものだったとは───地上の感触が、指の先々まで蘇ってきます。しかし、入れ替わりがこんなに苦しいなら、もう二度と海の中へなんぞ行きたくない。

 (蘇ったか?) 心配げに羅仙が声をかけてきました。

 「ああ・・・海のやつらは・・・ここへは来れんのか?」 久しぶりに声に出して喋りました。が、まだ喉に引っかかってかすれています。変に追いかけて来られないか心配だったのです。本当に自分だけが水陸両刀使いなのか。

 (連中は海から顔を出すことすらできない。外の空気に触れると、一発で腐るのさ。オレは亀にされたおかげで曲がりなりにも亀みたいに暮らせているが・・・とにかく、『月』はまともに『人』が作れなくなってる。それらしいのはおまえさんが最後で、あとは動物になったり無茶苦茶さ)

 「そうか・・・」 桃太郎は少し安心しました。やっとあたりを見まわします。まだ遠くに、自分が大波の間から見た切り立った崖が見覚えのある通りに聳え立っているのが見えました。その左手の方には白い砂浜が続いています。

 (どうだ? ここで間違いなかろ。砂浜へ向かうぞ) 

 羅仙は再び悠々と進み始めました。ここからは沈まず海面を辿っていくようです。

 

 

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