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第79話 語り部

 旅の一団が都大路を南へと進んで参ります。

 男女取り混ぜた、二十名ほどの列でございます。

 (わたくし)はこの一団を取り仕切る者として、行ける所までは牛車に乗っての旅立ちとなり───

 一介の宮仕え女房としては、破格の待遇でございました。 


 私は『藤式部(とうのしきぶ)』と申します。宮中での通り名は『紫式部』とも申します。

 私は、時の関白、左大臣藤原道長様より承った『使命』を果たすべく、南への旅に出たのでございます。そして、その道中で出会った『篠坂桃太郎』と氏名(うじな)を名乗る美しい若者と、目的地である『村』に到着したあと、そこに住む人々によって語られた摩訶不思議な物語についてお伝えすべく、こちらに参上致した次第でございます。それを一編の『物語』として書物に著すかどうかは、未だ心に戸惑うところでございますが。

 まずは、私の旅が始まった経緯(いきさつ)から、お話を申し上げたいと存じます。

 

 あれは、道長様が栄華を極め、その頂点におられた頃にございました。私の宮中勤めも長きに渡る頃───

 

 

 私はそろそろ宮中を辞して里へ下がることを考えておりました。時の帝が崩御され、御代替わりの慌ただしさも終わり、新しき帝に世が落ち着きを取り戻して平穏に過ごす日々が続いていた頃にございます。私としては、源氏物語も形を見て久しくたち、中宮彰子(ちゅうぐうしょうし)様付き女房として官職たちの取り次ぎ役をここ長らく勤めて参りましたが、日々の宮仕えの中で、もう自分の仕事はやり尽くしたのではないかと思っておりました。日記に書くことも、日常の事どもを書き綴るぐらいで、特に出来事というほどのことも起こらない、平穏な日々が続いていたのでございます。

 左大臣藤原道長様の栄華は今も続いています。だからこその平穏であろうとも思えます。栄華のうちに、栄華のお姿をこの目に留めるうちにこの場を辞したい・・・。

 私は近々中宮彰子様に上申すべく、辞職願いを(したた)めました。

 そしてそれを提出し、彰子様との面談が持たれたあと、数日たって道長様から直々のお呼び出しがございました。

 私が参内すると、道長様はお人払いをされました。

 人々が席を外して二人だけになると、道長様は私をじっと見つめるだけでなかなか用件に入ろうとなさいません。

 「私、老けまして?」

 ここしばらくお顔を合わせていないのです。彰子様とは他の官職たちとの取り次ぎが多く、道長様の御用はこのところございませんでした。間が持たないような気がした私はついそんな言葉をお出ししたのでございます。

 「いや・・・確かに時の経つのは早いものよのう。そなたから辞職の申し出があるとは」

 道長様は半ば残念そうな表情を浮かべながらお応えになりました。辞職願いは道長様にまで伝わったようです。彰子様からお許しを頂けましたら、道長様にもご挨拶に参じるつもりでした。

 「潮時でございますわ」 

 「彰子様も残念がっておられるが・・・そなたは頑固じゃからのう。そのあと、どうするつもりなんじゃ?」

 道長様はいつものように気軽にお声をかけてこられます。

 「さあ・・・しばらくはゆっくりと我が身のことでも振り返ってみましょうか」 私も気兼ねなくお応えするのですが、正直、特にこの先を何か考えているわけでもないのです。

 「他に・・・物語の類など書かんのか?」 

 「まだ書けと仰せに?」

 道長様は私の返答に少し驚かれたようです。何にしろ、執筆への気力が尽きたとは思いたくないというご様子なのですから。

 「何だか、寺の小部屋で尼僧姿で文机(ふづくえ)に向こうておるそなたの姿が目に浮かぶようじゃ」 冗談めかして仰せられます。

 「出家するなどとは申しておりませぬが?」 私は少しふくれたように道長様を見やりました。普段から仏様の教えに傾倒する私をご覧になってのことでしょうが、毎度、道長様は人のことを勝手に想像なさるのです。しかし、思うと、こういうやり取りから自ら離れようとしているのでございます。

 「そうであったな・・・。とりあえず本気と見えるな」

 「戯れで辞職願いを書くとでも?」 ますますふくれます。 

 道長様は楽に崩しておられた姿勢を真っ直ぐに直されると、改まったように始められました。

 「実は、帝から一つ承っておる仕事がある」

 「・・・・」

 私は思わぬ話に戸惑いました。辞職するというのに仕事の話が出るとは・・・。

 「直々の仰せだが、帝の御命令、と言うよりは、お望みを叶える、と言う方が近いかも知れぬ」

 「・・・・」 なぜ、今、そんな大事な話を、宮中を去ろうとしている私になさるのか、道長様の真意を測りかねて私はますます言葉を失いました。慰留しようとでもなさるのでしょうか?

 「『竹取物語』のことじゃ」 

 道長様の唐突な話題に私はさらに訳がわからなくなりました。

 「そちも聞いておろう。あの物語がどういう経緯で作られたか」

 「はい、それは存じておりますが」

 「献上本は当時の帝が崩御された時、(のこ)されたお言葉通りに共に天界へお持ちになった。これは代々引き継ぐものではなく、ご自分の私物であると。そして『竹取物語』自体は今や宮中の外にも広まって、民草の間にも伝えられていく物語に落ち着いた」

 「はい。特に宮中で所蔵するだけのものではないと」

 「それで、宮中を去るそなたに打ってつけの・・・いや、そなたにしかできんであろう仕事が残っておるのだ」

 「・・・何でございましょうか?」 私は少し不安になりました。できればあっさりと出て行きたいのです。

 「当時の帝のご遺言が一つ、実行されずに残ったままになっておる。それをその後の帝は忘れたかのように顧みてこられなかったが、何としても自分の世のうちに全うしたいと仰せられるのが、今の帝のお望みなのじゃ」

 「それが『竹取物語』と関わると?」

 単刀直入に仰せにならない道長様に、私は少し苛立ちのようなものを感じ始めました。道長様は少し私の方に身をかがめられました。

 「その『竹取物語』には元になったタネ本がある」

 「はい」 物語成立の経緯を知る者なら誰でも知っていることです。

 「それが、これじゃ」 道長様は、ご自分の後方に隠すかのように置いておられた台座の上の帛紗に包まれたものを台座ごと自分の前に置き直し、帛紗を広げられました。中から、一冊の古びた書物が現れました。

 「これが・・・」 私にとっては初めて見るものです。写本が女御やお付きの女房たち官職たちの自邸に配られておりましたので、実際の元を見たことがある者など、当時の人々ぐらいしかないでしょう。

 「とくと、検分するがよい」 道長様は台座を私の方に押しやられました。 

 「拝見いたします」 私は膝立ちになって、少しばかり前に進み、拝礼しつつ台座を大切に受け取りました。元の座に下がると、自分の前に置いて、書物を帛紗から取り上げました。表紙を表裏と眺め、中を丁寧にめくり始めました。新たな和紙で補修された跡がそこここに見られ、表題も『竹取物語』ではないようです。至る所が虫食いのように文章が穴だらけになり、場所によっては綴じしろに元の紙が残っているぐらいで白紙に生き残った文字の部分が重ね貼りされているような部分もあります。『火事の中、焼け残ったもの』として持ち帰られたと聞いておりますので、紙そのものを取り替えざるを得なかったのでしょう。よくこれであの物語に再生できたものだと思えます。ほとんど創作に近いような・・・。

 ざっと目を通して、それでも確かに、再生本の通りの部分もあり、全体として『竹取物語』のように読めるものではあるようです。

 「これを、そなたは如何に見る?」 道長様は興味深げに問いかけられます。

 私は顔を上げました。

 「女文字でありましょうが・・・あまり達筆とは申せませぬな」 まずは第一印象を述べてみました。

 「・・・そっちか」 道長様は拍子抜けしたように閉じた扇で自分の首筋をポンポンと叩かれました。

 「これが、その作者自身の手によるものであると?」 私はこれが今から言い渡されようとしている仕事にどう変わっていくのか興味が湧いてきました。

 「それはわからん。単なる写本なのか、大元の原本なのか。しかし、そんなことはどうでもいいのだ。要は、帝はこの『タネ本』の処分をお望みなのだ。帝のご遺言は『物語が世に定着したら、これは宮中で持つべきものではない。適宜の処分を申しつけておく』というものだ」

 「それは・・・なぜそのようにお考えに?」 私には別に都合の悪いものであるとは思えません。

 「そこまでは残しておられぬ。が、そこがまた厄介なのじゃ」 道長様は疲れたように言われました。「ご遺言には処分にあたって、せっかく火事の中を生き残ったのだから焼却するのは罷りならんと仰せなのじゃ。『人』ではないのだから土に葬ることもならず、かと言って誰か人に下げ渡すのも然りと」

 「では、如何にせよと・・・」 

 「そこじゃ。じゃからこれまでの帝はその面倒を先送りなされてきた。どうにもやりようがない、とな。が、今の帝はいい加減、どうにかせねばならぬと思し召された」

 「焼き捨ても、葬りも下げ渡しもならぬとなると・・・」

 「最後に残るのは・・・持ち主への返還じゃ」 道長様はきっぱりと仰せになりました。

 「持ち主?」

 「無論、もう幾星霜の昔のことじゃ。じゃから、これを『持ち主』と言うより、出どころである元の村へ返すしか帝の御心を叶える方法はないのじゃろうと思う」

 「今もその『村』はあると?」

 「あるじゃろうな。帝は村のことは一切、捨ておけと仰せられたが、その後の帝もそれを引き継いでこられ、結局宮中もそれに流されて関知せぬままにきた。しかし、このたった一冊のためにそうもいかなくなったのじゃ」

 「それを私に返しに行けと言うことでございましょうか?」 

 この使命の出どころが帝である以上、そして道長様が私を抜擢なされたのですから断ることなどできるはずもありません。

 「もちろん、護衛や共の者は充分に付ける。村への道筋も大回りして南の方角から入る道が、村に知られぬようにその手前までもう何度も往復して一応の形を成しておる。敵対的な村でないことは確かであろうから、むくつけき男どもが乗り込んでいくより、そなたのような女人(にょにん)が訪ねる方が和やかに進むであろうということじゃ。それに向こうを京へ呼びつけるのも、交渉が常識破りに面倒だということはわかっておる。使者を送って叶うものではない」 道長様は立って私の間近まで来られると、そこに腰を下ろされました。

 「この使命にそなたをと考えておったところに、そなたから辞表が出たと彰子様から聞いた。ならば、これを最後のご奉公として、今までの宮仕えの褒賞の意味も込めて、村までは好きに寄り道の旅をして良いということに致そうかと。もちろん、帰り道でもな。別に急ぐ旅にすることもない。そして、そなたさえ望むなら、使命を果たした後の報告は共の者に任せて、そなたはわざわざ京まで戻ってくる必要はない。一応、山科の奥に何かの折りの土地を見繕ってはおるが・・・京でよければ実家に戻るもよし、旅の中で気に入った土地があれば、そこに庵を持つのもよかろう」───

 

 こうして、私、紫式部の、いにしえに呼ばれた『伝説の村』への『竹取物語原本返還の旅』は始まったのでございます───。

  

 

 

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