第76話 見果てぬ夢
三月ほどをかけて、物語の再生は成し遂げられました。
今、帝の手元には贅を尽くした『献上本』が置かれています。紫の生地で特別な装丁がなされ、金糸で表題が刺繍されています。この献上本以外は通常の書物の装丁で、官職や女御たちの各屋敷に写本が配られていました。帝の私物という形だとしても、非公開のものではないのですから、宮中で共有するのは当然のことでした。
『竹取物語』
───ではなかったのでしょうが、間の文字が消失しているので表題としては前後をつなげるしかありませんでした。
そして、『作者不詳』。
この頃の『物語』は一般的には特に作者名は必要とされないものでもあったのです。ただ、宮中の編纂である、というだけです。
帝は色々と思い返しながら、竹取物語を読み終えられました。
あれからもはや三年近く・・・
月の姫はどうしておるであろうか?
この物語の通り、天の羽衣で何もかもを忘れ去ったのか・・・。
そして、今も大切に持っているかぐや姫からの文も読み返されました。
・・・あなた様の『何ゆえ民に弓を引く』というお言葉をこの胸に抱き、
天に昇る所存にございます。
永遠のお別れを申し上げます・・・
とても物語と同じ姫とは思えません。
しかし、姫の言う通り、『永遠の別れ』であることは間違いないのです。もう、その面影を追って暮らすのも決して良い生き方であるとは思えません。
帝は物語に倣い、側の者に、文と薬包紙を共に、駿河の国にあるという最も天に近き所、月に近き所でもある、いと高き山の頂きにて焼き捨てよと命じました。その炎の光が月の上のかぐや姫にも届くようにと願いながら。
私はあなたへの想いをこうして断ち切りましたよ―――。
いよいよ物語の結末を実行する時が来たのです。
側の者がその命を実行して印としての灰の一握りを持ち帰り、無事に完了したとの報告を受けると、帝は証拠の灰を、やがて大海へと注ぐであろう庭を流れるせせらぎに託しました。あの戦など夢幻であったかのような、柔らかな陽の光の中で。
・・・かぐや姫は月でこの地上のことを思い出してくれるのであろうか・・・?
心をよぎったそんな想いを帝は振り払うかのように、光豊かに揺蕩うあの地に想いを馳せ、いつしか、あの村人たちと手を取り合ってみたいものよ、と見果てぬ夢に心をさまよわせました。少なくとも、あの村は伝説でも何でもなく、現実の村なのですから。
帝は『竹取物語』の献上本は後には残さないことを決めました。私物なのですから自分がこの世を去ったら、共に天に返すようにと。ただ一つのこの世の形見として、黄泉の国への道行きを共にしたいと願われたのです。
宮中に配られた物語は単なる物語として、謂れもなく広がっていけばいい。後世の慰みの一つとして。
できる限り『なかったこと』にする───。災厄から立ち直るための原資を与えてくれた村に対して、なかったことにすることで村への礼を尽くしたことにならないだろうか?
そのためにも今回の記録を一切合切、可能な限り抹消することにしたのです。
ただでさえ、村は神仏に加護でもされているかのように、その災厄の覚えすらないのです。ならば、人が神仏に逆らう道理もありません。
しかし、これでどこまであの村を守れるか・・・それは、人々の抹消を生き延びた口伝や噂話や・・・時と世の流れに任せるしかない。
ああ、千年の命でもあれば、見届けることもできようものを───。
かぐや姫が帝に与えた『不老長寿』の薬包は、もしや、それではなかったのか・・・?




