第73話 撤収
右大臣は騒乱を鎮めるのを諦めました。村人たちと訳のわからない一戦を交え、一晩中激しい雨に打たれて消耗しているところへろくに食事も取らせる間もなかったのです。空腹と疲れで、力尽きて自然鎮火するのを待つしかないと思えました。
「これはもう待つしかおじゃりませぬ。陛下も中にお戻りくだされ」
帝にそう促して、帝がおとなしくお側の者と共に病棟の部屋にお上がりになるのを見届けると、右大臣は自分も騒ぎが収まるまで少しは休もう、と廊下に上がりかけて、沓脱石のそばに何かが落ちているのがふと目に止まりました。
右大臣は何気なくそれを拾い上げました。
それは一冊の書物でした。
「竹取・・・物語・・・?」
書かれた表題を読みます。雨にこそ濡れた形跡はありませんが、まるで文庫の楼閣と同じように半ば焼け焦げたような状態で、表題も一部が虫食いのようになって読み切れません。
「はて? なぜにいきなりこのような所に?」
いつから落ちていたのかわかりません。誰も気がつかなかっただけなのか・・・少なくとも地面が乾いてからではと思えました。
右大臣は次々と押し寄せてくる奇怪な現象に、早く京へ帰りたくなってきました。ここは長居する所ではない。さっさとけりをつけて納めるべきものを納めさせるようにさえすれば、もうここへ来ることはない───。
右大臣は衝立で囲まれた帝のお休み所が静かなのを見ると、部屋の片隅にどっかりと腰を落ち着け、ものはついでとばかりにその書物を調べ始めました。
もちろん、物語の類だとすると作者名などないのが『常識』ですから、その焼け焦げた部分に氏名が記してあったなど思いもしません。所々、中も焦げたり破れたりしていますが、右大臣が何が書いてあるのかと読み始めると・・・
姫が竹から生まれた・・・?
何? 竹から黄金が出ると・・・?
そうなると、引き込まれずにはいられません。まさに何かの物語のようです。
話の途中から、何だか自分達のことが書かれているような気がしてきて・・・
名前まで全く同じとまではいかないものの、そっくりなのが出てくるではないか!
姫の名も『かぐや姫』、
そして、姫が与えるお題も全く同じ・・・
しかし、物語のこやつらは紛い物で姫をたぶらかそうとする・・・
そして、確かに帝も登場し・・・
この帝はかぐや姫と心を通わせる・・・
あの帝は・・・・姫と何かあったのか・・・?
右大臣は衝立を見やりました。
そして、
確かに、『かぐや姫』は月に帰ったような・・・。
この村はこの物語を演じていたというのか? 我らはそれに巻き込まれた・・・?
なぜにそのようなことが・・・?
あちこちに、焼け焦げて判読できない部分も多々あるが・・・。
何一つ解決できることはない。この物語が何を表しているにしろ、京に戻ってからの詮議の貴重な資料となるのは間違いない。そこに我ら摘発隊五名の体験も、証言となる。
右大臣は黄金同様、証拠の一つとして、その書物を持ち帰ることにしました。無断で。
拒否されるわけにはいかないのです。村には文庫の炎上時に焼失したとでも思わせておけばいい───。
兵たちの騒ぎは鎮まりました。村人たちとの一戦もあり、ケガ人が多数出ていましたが、死者までは出なかったようです。そうなれば仕方ないので、村人たちの世話になるしかありませんでした。村人たちは自らやって来ました。そして世話をするのに何の条件もつけてこないのです。病棟は満杯になり、軽傷の者は急場凌ぎにいくつも建てられた屋根だけの小屋に収容されていました。
前庭には黄金の詰められた袋が山積みになっています。見つかる限りは全部詰め終えているようです。しかし、村は密かに二袋は確保していました。この先、鍛治士や思い立った者が楽しみに金細工などをするのに不自由しないぐらいの量を。いくら何でもその分まで持って行かれるわけにはいかないのです。せっかく月が与えてくれた黄金なのですから。
そして食事の世話もなされました。さすがに行列全員で千人超えは大変でしたが、村にはそれだけの蓄えがあったのです。時間さえかけて順に配れば、全員に行き渡らせるのはできないことではありませんでした。それにお付きの者たちやケガの大したことのない兵たちにも手伝うよう帝からの命が下されていました。村人たちと、京の人々とが協力し合ってこの場の対応がなされていました。兵たちは皆、頭を下げて食べ物を受け取っていました。全く、キツネにつままれたような遠征でした。皆、何をしに来たのか、早く帰りたいという思いになっていました。
そんな、どちらかというと『平和』に忙しくしているあたりの様子を見て、帝はつぶやかれました。
「ここは、これで良い。手を出すには及ばない」
そばに控えていた右大臣はそれを聞いて、まずい!と思いました。
「それは、あくまでも検非違使が判断することでおじゃりまする」
かしこまって申し上げます。当然、その判断を追認するのが帝の仕事であって、よほどの理屈がない限り覆すことなどできないのです。
帝は夕暮れの空を仰いで、何かを探すように扇を額にかざされました。
「今宵の月は、まだ昇らぬのか・・・」
そして、間を置いて、こうもつぶやかれました。
「我らさえ、何もかもを忘れて『なかったこと』として京に戻れば、これは終わるのではなかろうか・・・」
その視線を右大臣に落とします。
「のう。右大臣阿布御主人よ」
翌日、朝早くから軍勢は撤収の準備に入りました。これ以上、村人の世話になる訳にはいきません。兵の一人ずつが黄金の袋を一つずつ持つことになりました。悠に百袋以上はあるようです。村人は黄金の引き取りを喜んでいるように見えます。
村人は見送る気のある者たちだけがまわりに集まっていました。
輿に乗る前に、帝は村人たちに向かって仰せになりました。
「世話になり申した。この文庫という建物に火をかけたのも誠に申し訳ないことと思う。許してたもれ」 民衆に向かって頭を下げます。
「陛下⁉︎」 右大臣はあわてました。全く、土壇場まで何を宣われるやら!
「そうじゃな。どんだけのもんが燃えたんか、これから調べるが」
村人の一人が応えます。
「何を⁉︎」 右大臣はまた刀に手をやって叫びましたが、「出立せよ!」 即座に帝が割り込みました。軍勢が一斉に立ち上がります。帝はさっさと輿に乗り込んで御簾の奥に姿を消されました。
もう村人は帰り道を先導したりはしませんでした。彼らが侵入してきた南の山裾はすぐそこです。もちろん、隠し山道ならば北方面の近道にはなりますが、そこを使わせてやる理由もないのです。わざわざそんな道があることを教える理由も。また迷いながらでも南から回って行ってもらえばいいこと───。
* * * *
『地の星』はナミが地上に降ろされた最初から事の顛末を見守っていました。
前から、その平和な人々が集う地を地磁気や自然を利用して保護してきたのです。
後に『縄文』と呼ばれる人々の気質を受け継ぎ、他の気質と交わらずに争い事とは一切無縁の形を自ら守り通してきた・・・
『地の星』はそんな人々が増えてこの地上を覆い尽くし、美しく喜びの感情に満ちた世界を創り上げてくれることをひたすら願っていたのです。
しかし、その地が広がることはなく、争いと我欲に満ち満ちた世界ばかりが蔓延ってしまいました。
『月』はナミに地上で絶望を味合わせようとしましたが、『地の星』を選んでないものまでそんな目に遭わせるのは許せませんでした。だから、赤子として無理やり地上に生まれさせられたナミを、せめてその『絶望しない』地へと移動させたのです。『月』に『地の星』の仕業と気づかれないように。『月』の思惑通りにさせては、ここまでやって来て『魂』となったものたちがあまりにも気の毒───。
そして、ナミは幸せになり、色々な体験をしながら、絶望することなく人生を送りました。でも『月』は諦めることなく、今度はナミ自身が書いた『物語』を利用して絶望の機会を作り出そうと仕掛けて来ました。それでも、思い通りには行かなかったのです。平和な村の気質のせいで。『姫のお題』なるものにちょっと手助けをしてみたこともそれに加担したことになるのかもしれません。そして、その結果の苦肉の策が、二人の合体───。
結局、ナミ自身は地上世界に絶望することなく終わったのです。『月』の目論見は大失敗でした。
───そんなことは考えるな、それではこの地上で争い合っている者たちと同じではないか───
そう『月』に語りかけてみるのですが、『月』は聞きません。
そして───。
地上のあの『村』はどうなるのか。争いを好む者たちに取り込まれてしまうのか?
せっかく続いてきた『平和の芽』を潰したくはありませんでした。それでも、争い合う土地の方が遥かに強大なのです。彼らにその存在をはっきりとつかまれてしまった以上、そのままでいることは難しいのではないかと思えました。差し当たっては彼らの勢力を削いでおかねばならないでしょう。それで諦めるとも思えませんが。
この地上で『人』としての体を持ち、世界を創ることを知った魂たちには、早く悟って欲しいのです。何のために『生きること』を体験しているのかを。
『地の星』は決めました。循環を保つため以外の目的になるが、ここは自然を動かそうと───。




