第64話 黄金か姫か
中納言は姫の返事を一日千秋の思いで待っていました。武人たちの野良仕事の手伝いをしていると気は紛れるのですが、慣れないので遠慮がちながらも色々と言われます。もう、村の生活をすると決めた武人たちの中に貴族が一人―――。
自分たちが村へ来るきっかけとなった弥作とも顔を合わせました。しかし、もう自分たちにとっても村人の一人でしかありません。京での話など、終わったことなのです。
そして自分もいずれ姫と祝言を挙げてここで暮らすのだからと思うと、野良仕事の不器用さに何事かを言われても別に腹も立ちません。いい練習になる、と思っていました。元々貴族や官職としての生活が性に合っていたわけではないのです。家柄と親の策謀で若いうちから中納言に据えられてしまい、前々からどこかへ行ってしまいたいという気持ちは少なからずありました。ちょうどいいきっかけなのです。もう、勝手に行方知れずでも死んだとでも何とでもしてくれ―――。
四、五日して姫の家を訪ねたときには、父君から「あの品々は確かに本物であろうとかぐやは見立てております。が、しかし四人ものお方に見捨てられたことを悲しんでもおります。あなた様お一人が全てを背負ってご帰還なされたことは大変嬉しゅう、ありがたいことにございますが、もうひとつまとまらぬこの気持ちを、自分で何とか致しますので、それまで今しばらく時をお貸しください、と申しております」と、何となく棒読みで言われてしまったのです。「わたくしがお支え申します」と粘りましたが「まだひと目すらお会いせぬうちからあなた様に甘えるのは、わたくしの気持ちが許しませぬ」と断られてしまいました。姫自身の声で。御簾の向こうの締め切られた引き戸の向こうから。初めて聞かせてもらえた、囁きではないまともな言葉でした。
何だか姫の気持ちがわからなくなってきました。自分のことを好ましく思ってくれているのかどうか。第一、顔も見せてくれないのは姫の勝手なのです。それを「まだひと目すら会ってない」と言われても・・・。
まあ、自ら気持ちを聞かせてくれただけでも良しとしよう。先は長い。ゆっくり時をかけて、少しずつ心を解きほぐしていくか―――。
中納言は明日に夢を見ていました。
タケとかぐや姫はただ待つしかありませんでした。物語が進んで、帝が現れるのを。
そして、姫は中納言ではなく、帝を魅了せねばならないのです。物語を完結させるためにも。
事態の進展に備えて、タケとタケルは竹職人のおじいの家に当分泊まり込むことになり、おじいとおばあは、また部屋を多めに持っている親戚の家へ移動しました。そして、村じゅうにこの先の進展に心の準備をするよう伝えられました。武器もなく、戦い方も知らない村は、それこそ軍勢に攻め込まれたらひとたまりもないでしょう。それでも、鋤や鍬や斧や、狩猟用の弓矢など、武器になりそうなものをすぐ手に取れるように準備します。誰もが初めての事態です。文庫の村の史書にもありません。
元先遣隊の十人にも、あの摘発隊の生き残りが京に向かったことでこの村がそんなことに巻き込まれるなど許せないことでした。「来るな!」と呪詛にも近い思いを抱きながら、村から返還された刀剣類を磨いています。村を出る予定の六人も、この事態を収めてから、と覚悟を決めていました。かと言って、いつどれほどの規模で来るかわからない軍勢を途中で押し留めるようなことも、十人全員が出張ったところでできるとも思えません。村人の力も借りて迎え撃つしかないのです。
中納言も、姫を守るためにもこの村を守るつもりです。自分にとっても、毎日どこかへ行ってしまいたいと思い暮らしていた『新天地』なのですから。失いたくはありませんでした。
京を目指した摘発隊は、がむしゃらに北を目指すうち、いつか来た道に辿り着いていました。とうに食糧は尽きていましたが、見覚えのある道に出たことで気力は蘇っていました。これならこの中の誰かの面識のある寺を訪ねることもでき、そこで一宿を願うこともできる―――。
必ず、黄金を暴いて見せる。
特に右大臣はそう意志を固めていました。金満家で資産持ちである右大臣は、集められるべき金が集まらぬと言うのは納得のいかないことでした。
村を出てからひと月余り―――。
ようやく京に辿り着いた摘発隊は、途中ではぐれ、誠に悲しきことにも行方知れずになった中納言をようよう諦めて、四名が何とか無事に戻ったことを帝の前で報告していました。
内裏はいきなり帰ってきた摘発隊に、少しあわてたようです。
「ようようご無事で」
「案じておりましたぞ」
などとは皆して声をかけたものの、彼らは行方知れずで、この件は『迷宮入り』として片付いた一件になっているのです。黄金の袋も丸ごと金蔵に没収済み。ただでさえ得体の知れない伝説絡みなのですから、「それはその時で」と思っていたら本当に「その時」が起こってしまいました。
右大臣は京を出立してからのことをお歴々が打ち揃う前で延々と語りました。既に自分たちの役職についている者もいます。代理なのか正式なのか。とにかく今は村を何とかする方が先です。
先遣隊十名も無事で今も村に滞在していること。村は独自の生活を築いていて、相当の人数がいる。田畑も豊かで、何不自由なく暮らしている。裕福な金品なしであの暮らしが成り立つはずはない。崖落ちの看護を受けた手前、黄金を見つけ出すことはできなかったが、軍勢で攻め入れば必ずや見つけることができるであろう。もちろん、どうやって黄金を手に入れているのかも探らねばならない。今、手をこまねいていると、将来、京に対してどのような勢力となるともわからぬ。幸い、崖落ちせずとも山々を大回りすれば南側から易々と入れることもわかった―――。
そして、先遣隊を置いて自分たちだけが先発したのが『麗しき姫君』が理由であるなど言えるわけもありません。村を監視し、機会があれば黄金のことを探るよう全員を残してきた、ともっともらしい理由をつけます。事実、隊長にはそう言い置いたのですから。病棟で衝立を立ててからは先遣隊の面々とも疎遠になり、彼らが何を考えているかわかっている訳ではないのですが、まさか村の側につこうとしているなどとは思いもしません。
しかし―――。
「誠に見目麗しき姫君がおるという噂は如何に?」
ひと通り報告が終わると、帝がいきなり仰せになりました。
右大臣は固まりました。え? そっち?
できれば避けたい話なのですが、質問には答えねばなりません。
「確かに・・・世にも稀なる美しき姫君におじゃりまする」
「なに? そなたは姫君に会うたと申すのか?」 帝が少し身を乗り出されます。
「会うたと申しますか、そのう・・・」 報告会として今は右大臣の背後に座る皇子二人と、大納言の視線が背中に突き刺さります。
「恐れながら」 急に頼りなくなった右大臣に代わって大納言が声を上げました。「ただ美しいばかりの姫君ではおじゃりませぬ。何やら怪しげな光をその身から発し、宮中でもあらざるに御簾の内側に隠れ住まわれて、ほんのひとまばたきほどの間も姿をお見せにならぬのでおじゃります。誠にもって、神秘の姫君におじゃりまする」
立板に水の如くに語る大納言に、右大臣は、この後に及んでもまだ諦めきっておらぬのかと頼りない思いになりました。そして、姫君の話を利用して脱出してきたなどと言わなくてよかったとも思いました。この調子ならその時点で反論されかねません。道中も、大人しく諦めたように見えていた彼らと内輪揉めするのを恐れて意志統一を確かめずに来たのです。この分なら、自分たちが反故にした以上に姫を悲しませるようなことをしたくないなどと思っているに違いないでしょう。
「何と、それは何としてでも会うてみたきものよのう。ぜひ参内させよ」 帝も本気になられました。摘発隊が戻ってきたからにはその噂を確かめたいとお考えでした。まわりの官職たちも大納言の言葉に低くざわめきます。
「参内は無理かと存じまする。勅使を遣わしたところで、軽く無視されるのがオチかと」 右大臣は現実を申し述べました。
「何? そやつらは勅命を無視すると?」 左大臣が驚いて問います。
「あの村には京などないのでおじゃります。さればこそ、力づくしかないのでおじゃります!」
皆がざわめきます。京を畏れぬ村などあるのか? たかが姫一人を参内させるのに逆らうと?
右大臣は話が姫の方に行ってしまいそうで焦り始めました。「あのう・・・黄金の件は・・・」 畏れながら帝を伺いました。
「そちらに任せる。専門の者が良きにはからえば良いのじゃ。余が報告を受けて同意するかどうかはそちら次第であるがの」
「では、まずは軍勢を仕立てて」 右大臣が言いかけました。
「そうじゃ!」 帝が何かを思いつかれたかのように姿勢を正して遮りました。「その豊かに暮らしおる村というのも是非見てみたいものよ。それが『伝説の村』の正体なれば、豊かなる『伝説の村』におわす光り輝く姫君じゃ。何と魅惑的なことよのう」 居並ぶ一同に向かって言います。皆、仰せの通りというようにうなづき、「わたくしも見とうおじゃりまする」という声もあちこちから上がります。
「参内が叶わぬならこちらから出向くまでよ」 帝はすっかり姫に御心を奪われてしまったようです。
「それはいくら何でも・・・」 確かにそんな声も上がります。
「しかし、徴収すべきものはせねば他の村々と不公平になりまする」 右大臣は姫関係の騒ぎはよそにして言い張りました。皆、なぜ黄金のことを追及しようとしないのか? そんなに皆、『美しき姫』というものに飢えておるのか?
それにしてもこの件で自分の後押しの発言をしてくれない皇子と大納言が恨めしく思えます。はたから見れば、黄金黄金と騒いでいるのは自分だけのような・・・。それでも京の形としてせねばならぬものはせねばならぬのです。
「必要ならばすれば良い。京を脅かすものでなくなる程度にの」 帝が仰せになります。
「では、交渉して話の通じる村とも思えませぬので、万全の備えとして戦覚悟で、一軍を組みまする」 右大臣は決然と言い放ちました。「それでよろしいかな?」 一同を睨みつけるように見まわします。
確かに、税収が増えるに越したことはないのです。特に、豊かさを誇るような村ならば、それ相応、ということも必要でしょう。帝の仰せのように「脅威の存在」とならぬように。
右大臣に異を唱える者はいませんでした。
「それで姫と見えることができるのであればな」
帝はあくまでも姫にご執心のようです。
旅の疲れをゆっくり癒す間もなく、翌日から右大臣は活発に動きまわりました。まだ代理のもう一人が控えているので、助手のように使えてはかどります。大納言も同じように代理と共に、右大臣のそれに関して生じる業務は素直に果たしているようです。が、積極的に関わろうとはしないようです。姫の願いを反故にした、という引け目でも感じているのでしょうか。
それでも三日が過ぎると、立派な軍勢が仕立て上がっていました。あまり道中に時をかけたくもないので、どうしても隊に同行すると仰せになる帝には、牛車ではなく、馬にお乗り頂くことになりました。迷いながらの道だったとはいえ、京からあの崖落ち必須の南の山々までの距離よりも、その山々を大回りしてさらに村の南方に辿り着く方が遥かであるという点では別の意味で『難所』となるかも知れません。そんな行程をずっと輿にお乗り頂くのは、帝にとっても担ぎ手たちにとっても地獄でしょう。なので、馬と輿を要所要所でお乗り換え頂くのです。帝が京を留守にするなどそうあることではありませんが、右大臣は本当に帝でも出さなければどうにもならぬのではないかと思いあぐねていました。あの村では「権力」が空回りするのですから。帝が自ら「行く」と仰せになったのは、渡りに船とも言えそうです。
そして、旅の名目は、
「新しき村を御内見のための帝の行幸」
となりました。そして、調査目的でもあるので軍も同行するのです。到着の何日か前にはその旨を村に知らせる者を書状と共に走らせる算段にもなりました。近衛隊や摘発隊の報告からしても十分な様子が把握できた訳でもなく、右大臣の言によると「とにかく常識が通じない」ということなのですから、まずは様子見に下手に出てみるしかありません。力づくにはいつでも変更できるのですから。




