第60話 再会
先遣隊の面々は姫とまみえる機会を失い、しばらくは鬱々とした時を過ごしていました。
官職たちが姫の使命を受けて旅立つとなり、隊長は村を出る機会と思い立って、自分たちが近衛隊の代わりに護衛につくと官職たちに提案してみましたが、個人的な旅になるゆえ京の隊を使うわけにはいかぬ、と却下されてしまいました。目的が目的なので余計な世話を焼かれたくない、という本音もあるのでしょう。右大臣にはなぜか耳打ちするかのように間近で、戻ってくるまでここに留まり、村を監視しておれ、と言われてしまいました。そして隙あらば黄金のありかも探ってみよ、とまでも。少なくとも、村が村であるだけに今ここで京の者が一人もいなくなる、という状況にはしたくないようです。それにしても、道を造るだけの任務がこうまで拡大されるとは・・・。
自分たちが姫のための旅に出るに際してのなし崩し的な押し付けにも思えて、隊長は割り切れないものを感じていました。何だか留守の間、真面目に従っているのもどうかと思えてしまいます。
となると、いっそ五人の留守の間に抜け駆けや姫をかっさらって逃げるなどというようなことも妄想してみますが、そんなことをしても結局五人に追われるか、村からどんな目に遭わされるかもわからず、不幸になるだけだと思われました。そうである以上、無理とわかっていて姫の家へ通うのも辛いことです。そして姫の家へ行かないことで少しずつ思いが癒えてくると、隊の誰もが少しずつ村人に話しかけるようになっていきました。ケガも癒えるに従い、建物の外まわりを出歩くことも多くなりました。姫の家までの道しか知らなかったのですが、村人に連れられて、少しずつ動ける範囲が増え、人々の生活の様子も垣間見ることができるようになってきました。そうするうち、いつしか自然に互いに名前を教え合い、呼び合うようにもなり、京に家族を持たない者は、何の気兼ねもない生活をする村人たちをうらやましく思うようになりました。家族を持つ者はもちろん帰りたいと思います。今頃妻や子はどうしているのか、役所に夫のことを問い合わせる毎日を過ごしているのではなかろうか。
隊長の姿も早々に戻ってきました。結局、貴族の中に平民上がりの武人一人が居残ろうとしても「身の程をわきまえよ!」と一喝されて終わりました。病室の寝床を衝立で仕切られて別もののように扱われたことも、この村にいると「あり得んじゃろう」と思えてしまいます。
いつしか、『先遣隊』という名前も有名無実のようになり、『長殿』もただ名前のようにそう呼ばれるだけ、の空気になっていきました。皆がそう呼ぶので村人からも『長殿』と呼ばれています。
わざわざ崖を登らずとも、南からなら難なく村を出ることができる―――。しかし、その先がどうなっているかは村人にもわからない。村人も、たまにその先へ登ってみる者がいたりするが、ただ連なるだけの、別段何もなさそうな山々を見て、そこにわざわざどこへ行くともわからぬ道を作ろうとは思わない。
そして、そんななだらかな山々の方から入ってくる人は今まで誰もいなかったのです。どの方角からやって来たにしろ、皆、迷いに迷っていつしかあの北側の崖へと吸い寄せられてしまう。まるで、崖落ちして救助されるのが村へ入るための儀式ででもあるかのように。不思議なことに、崖落ちで命を落とした者もいない。そこまで辿り着けば、必ず村には生きて入れるのです。
そうであるとしても―――。
村に残りたいと希望する者が四人。隊長を含め、京に帰ろうとする者が六人。
残りたいと思う者たちは『武人』という身分以上に村の暮らし方に魅力を感じたようです。物をやり取りするのに『金銭』を使うこともなく、必要なものはそれを作る者から提供され、代わりに何かが要求されることもありません。自分は自分ができることを必要な人に提供すればいいのです。それは物品でなくとも、力仕事や何かについて『教える』ことでも、日常の手伝いでも何でもいい。そして、その提供は自分が何かをしてもらった相手でなくともいいのです。そのやり取りに価値の優劣がつくわけでもありません。上下関係もなく、芸事にしても師匠と弟子のような形もありません。できる者が寄ってたかって教え、教わる者は色々なものを吸収して自分なりのものを作り上げます。タケとタケルが自分のやることに関して『千両役者』となれたのも、そんな中で自らの才能を花開かせることができたからでしょう。竹職人のおじいも、音曲士たちも、他の村人たちも同じです。役者的にはなれなくとも、自分の身につけたものに関しては皆が皆、村の宝なのです。その宝を分け合い、与え合って暮らしているのが村の生き方―――。
そして、そんな環境で育った子供は決して怠け者の大人にはならない、といいます。それはそう聞いた訳ではなく、「怠けて世話になるだけの者は出て来んのか?」と質問した時に、「何を言ってるかわからない」というようなことを言われたので、怠けるヤツなど見たことがない、ということなのでしょう。「怠ける」という言葉自体、ほとんど使われたこともないようです。人からもらうだけでなく、与えるのも当たり前の暮らしなのですから。何をすることもなく、ただ食って寝て遊んで暮らすというのが決して楽しい人生ではないと言うことも常識のようです。
村人たちと付き合えば付き合うほど、自分の生きたいように生きられる場所であることをひしひしと感じます。それは決して『立身出世』などという欲望を満たすようなものではなく、本来あるべき人間としての自由さなのではないか、と思えるのです。元々、ここには『出世』が必要な場所もないのですから。
そんな村のひとりになりたい―――。
この村に来たまま戻らなかった者は皆そういう思いで元の村との関係を断つのです。外に知られて、この村の形を乱すことが起こらないように。
戻りたい六人にしても同じです。仲間が四人も残ろうとしているのですから、戻ったとしても村のことを何だかだと喋って彼らを不幸にする理由などありません。六人しか戻らないことも、今までどうしていたかも、言い訳は何とでもつくでしょう。帰り着く道々に考えてもいいことです。が、とりあえず、それはあの五人がどうなるかを見極めてから。京で摘発隊のことを報告するハメになったとしても、勝手に旅に出たなど自分たちが代わりに言い訳できるものでもないし、したくもありません。
そんな思いを一同は抱き始めていました。そして晴れて京へ戻る時が来たならば、自分は妻や子、家族のために戻るのだ、と。決して『京』のためではなく。そして、できるならば身分を捨て、家族を連れてここへ戻ってくることができればそれが一番いい―――。いや、多分、そうなるだろう。そうなったら、何とか南の穏やかな山々の方から入る道を探ろう。
しかし、一族郎党とか知り合いとかあまり多くを連れてくることはできません。弥作が必要なものは可能な限り与えられるものの、見返りを一切期待せずに自分の労力を提供するという生活に溶け込むのに時を要したのと同じように、新参者で固まって孤立し、それが村を乱す元になるかも知れないからです。それは村人たちから折に触れ、薄々ながら言われていることでした。弥作のときがそうであったように、村人も必要以上に声をかけることもなく、無理に馴染ませようとはしません。本人任せなのです。
どちらにしろこうなった以上、五人が戻って来たとしても、次の隊がやって来たとしても、『村人』側で対峙することになるのだろう―――。
もう『先遣隊』は事実上、解散同然のような状態になっていました。元々、山越えの道を造り終えたら任務としては終了するはずだったのですから。「監視」などさせられるいわれはないのです。まして黄金を探るなど、今となっては冗談としか思えません。
ある日。
隊長を始めとする十人が、村人に頼んで分担してもらった畑で野良仕事をしていました。村全体のための畑です。
「おお、そなたは・・・」
隊長がやって来た男を見て驚きました。
「その節は、お世話になりましたな」
初めて弥作が姿を現しました。顔の二重線はくっきりと残っています。先遣隊や貴族たちの様子は村人たちから毎日のように聞いていました。
弥作は当たり前のように手近に残っている農具を手に取ると、野良仕事に混じっていきました。男たちも当たり前のように場所を譲ったりします。
今さら、お互いに何も言うことはありませんでした。




