第57話 姫の願い
その日は再び姫にまみえることもできず、五人は重苦しい心を姫の元に残しながら、すごすごと寝床に帰って行きました。しかし、一旦燃え上がってしまった炎は鎮めようがありません。もう、何とかして姫を手に入れるしかどうしようもなくなってしまったのです。
それでも、五人は『礼節ある貴族』らしく、いきなり求婚に押しかけるというようなことはためらわれました。時を置けば、少しは落ち着いて考えることもできるのではなかろうか?
そうは思いますが、この気持ちはどうにも、どうしようも、おさまりません。そして、矢も盾もたまらず、日がな一日、御簾を眺められる竹垣のそばをうろつくのです。そうしていれば、隊長のような幸運に恵まれることもあるのではないか?と。
しかし、いつ京に帰れるともわからぬこの日々を、この気持ちがおさまることだけを待って過ごす、などということもとんでもないことでした。ただでさえ村についてはまだ何の成果も得られていないのですから、「村を出る」と決めることも早急だと思えます。
五人は再び姫の家を訪れました。正式に求婚するため、この中の一人を選んでもらうために。それは姫次第なのですから、誰が選ばれても恨みっこなしです。姫を伴い京に帰れば、妻のいる者は「新たな側室を持った」と告げるのみ。
文を送ろうともしてみましたが、父君の姫からの伝言として伝えられたのは、「文では人の心の確かなところはわかる気がいたしませぬ」という言葉でした。ここでは京の常識など通用しない・・・ということで、直談判しか方法はなくなってしまったのです。
まずは順番に、姫への思いの丈を締め切られた引き戸に向かって一人一人が滔々と語っていきます。次の者は前にしゃべった者より熱烈な言葉を贈ろうとします。最初に言わされた中納言は損な役まわりでした。
当然ながら、一人一人名を名乗り、京で何の職務にあるかも告げました。初めて身分を明かすのです。村人の名は誰一人知らぬまま。それが危険なことであるかどうかは、この際、感じていながら誰も言い出しませんでした。
土間の台所でもてなしの用意をしていたおばあが、それを聞きつけると陰に隠れて紙に書き留めていきました。
五人のそれぞれの訴えが終わると、おばあは物を取りに行くふりをして外へ行き、最寄りの家へ必要なことを書き留めた紙を渡しました。その紙は何枚かに書き写され、一気に次々と家々に回されていき、あっという間に村全体が五人の素性を知ることとなりました。
しかし五人も黙ってはいませんでした。
「我らはこうして全員名乗り申した。姫の名も聞かせてはもらえぬか。名も知らぬままではこの先も立ちゆかぬで」
右大臣がおじいに向かって言いました。おじいは、自分らで勝手に思い詰めとってからに、と思いながらも困ったような顔になると、
「実のところ、姫はわしらの実の子ではございませんでしてな。赤子の頃に竹林の中に置かれておりまして、それをわしらが連れ帰って我が子として育てたところ、このような姫に育ったところでありまして」
「なに⁉︎ 姫は捨て子と申すか⁉︎」 金持の皇子が腰を浮かせました。
「いずれのお子かわからぬわけじゃな?」と石尽の皇子が言うと、
「なれば、如何なるやんごとなき御身であったやも知れぬのじゃな⁉︎」 大納言が同意しました。
中納言は息を呑むだけです。
そう思うと、皆、ますます姫を我が妻としたいという思いは燃え上がっていきました。
「是非、姫ご自身のお声でお名前を!」 右大臣が引き戸に向かって叫びました。
五人とも一斉に引き戸に向かって両手を伸ばし、立ち上がりかけます。
「わしら、『かぐや』と名づけて大事に育てたんでございます」
「あああ」
おじいにさらっと割り込まれて五人とも力が抜けたようにその場にコケました。
「余計なことをするでない」
「姫の声も聞かせてはもらえぬのか」
皆、おじいに不平タラタラです。用意を終えて席についていたおばあは隣で、短いたもとで顔の下半分を隠し、その内側で笑いを堪えていました。
「『かぐや姫』・・・良き名じゃ・・・」
中納言だけが幸せそうな顔をしていました。
「まあまあ、一息入れましょうな」 笑いを堪え切ったおばあは席を立って土間へ行き、もてなしの膳を一人ずつに運び始めました。
確かに、供された膳は京でも滅多にあるまいと思えるほど豊かな山の幸が添えられ、絶妙に焼かれた川魚が食欲をそそります。極上に炊き上げられた飯もうまい! 汁物の具も豊かで深い味わいが―――。
しかし、なぜか酒は供されませんでした。「宴席」とは思ってないのかもしれません。それをどうこう言うのも気が引けるような空気が、やはりここにも漂っています。
それにしても、我らはこんな村から年貢を取りっぱぐれていたのか?
やはり役人です。右大臣は久しぶりの美味に舌鼓を打ちながらもそんなことを考えていました。
しかし、食事の間のもっぱらの話題はかぐや姫のことばかりです。姫は如何に我らの訴えを聞いてくれたであろうか。そして、そなたの話はどうじゃこうじゃと、お互いの姫への言葉を批評し合います。
やがて食事を終え、膳が引かれると、皆、このあと姫の返事でももらえるのかとそわそわし始めました。
「では、そろそろ姫の意見を聞いてみましょうかな。わしらは姫に任せておりますゆえ、どなたに決められようと何も申しますまい」
おじいがもったいぶったようにそう言うと、例の如く竹の衝立の向こうに消えました。もそもそ、と話す声は聞こえてきます。おじいはしばらく出てきませんでした。五人が不安になってざわざわし始めた頃、おじいはやっと衝立から出て席に戻りました。
「姫はこのように申しております。
『皆様方の私に対する愛情の深さは、お一人お一人、決して優劣がつけられるものではないと拝聴致しました。しかしながら、私もこれでお一人に決めよと求められるのはあまりにも心許なき思いでございます。つきましては、お一人ずつに私からお願いを申し上げまして、それを叶えて下さった方を一番の愛情深き方と見定めて、その方の元に参りとうございます』
わしゃ、いや、わたくしは、それは大変良い考えじゃと賛同いたしましたでございます」
おじいが何だか棒読みで報告しました。
誰かがパン、と扇で膝を打ちました。
「なるほど、仰せの通りでおじゃる」
「そうじゃそうじゃ。姫様には一生の問題でおじゃるからの」
「我ら、如何なる望みも叶えて差し上げましょうぞ」
「して、その願いとは?」
「ささ、姫様、早う願いを聞かせて下され」
皆、引き戸に向かって色めき立ちます。
おじいは再び衝立の向こうに行きました。姫の願いを書き取っているのか、またじりじりする時の流れのあと、おじいは一巻の巻物を持って現れました。今度は引き戸の前に立ちます。実はここの内容は決まっているので、前もって用意しておいた巻物でした。書き加えたのは各人の氏名だけです。
「では、姫の願いを読み上げまする」
おじいは巻物を両手に持ち、目の高さにしてくるくると引き出しました。皆、緊張して姿勢を正します。
「一つ、石尽の皇子様」
石尽の皇子は、自分が最初か、とばかりにさらに背を伸ばしました。
「石尽の皇子様には『仏の御石の鉢』というものがございますので、それをお持ち頂きたいとお願い申し上げます。続きまして」おじいは巻物をくるくるとたぐりました。
「一つ、金持の皇子様」
うつむいて聞いていた皇子は、呼ばれて、はっと顔を上げました。
「金持の皇子様には、『蓬莱の玉の枝』をひと枝手折ってきて頂きたいとお願い申し上げます。そして」おじいは息をつきました。
「一つ、右大臣阿布御主人様」 右大臣は順位を心得おるな、と満足しました。
「阿布の右大臣様には、中国にあるといわれる『火鼠の皮衣』をお願い申し上げます。またまた続きまして」 おじいの発表は続きます。
「一つ、大納言大珠御行様」 大納言は最後に残された中納言の方を見ました。
「大珠の大納言様には、『竜の首の珠』、五色に光る珠をお願い申し上げます。最後に」また紙をたぐります。
「一つ、中納言石貝麻呂足様」 中納言はまたわき腹がしくしく痛むのを覚えました。
「石貝の中納言様には『燕の子安貝』、燕が巣の中に持つ貝をお願い申し上げます」
おじいはやっと終わった、というように紙を巻き戻すと「以上でございます」と席に戻り、平然としていました。
五人はしばらくしーんとしていました。姫の願いがあまりにも荒唐無稽だからです。言い伝えばかりで、本当にあるかどうかわからないものばかり! まるで『伝説の村』のような。
・・・もしかして、『伝説の村』なればこそそんな願いを出すのか?
しかし、この日々を悶々と過ごさないためにも、願いに挑戦してみるしかないようです。まかり間違ってそれらが実在したら大変な儲けものでもあるのですから。『伝説の村』のように。




