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星の戯れ 竹取物語変化  作者: 龍月小夜
月の章 其の一・・・竹取降臨
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第40話 村の女

 今や『かぐや姫』は村の女と全く同じ格好をし、近所の赤子を背負っては子たちも引き連れて村じゅうを走りまわっているという。子たちがいない時は女たちに囲まれ、男たちにつけいる隙は全くない。どちらにしろ、男たちが近づけないのは物語と同じ。タケルも窯場に現れた姫に骨を抜かれ、しばらく立ち直れなかったらしい・・・。

 タケルの報告を聞かずとも、外での村の衆の会話が聞こえてきたりすることで、おおよその様子はタケにも伝わっていました。

 そういえば、タケルが工房から帰ってくるなり何も言わずにすぐにタケを外へ連れ出し、いつもの笛の練習場まで行くと、半ば無理やりタケに笛を聴かせたことがありました。激しい水の流れにも負けじとばかりにタケルは全身で笛の音を響かせました。年老いた身には少々荒々しいことかも知れません。タケルはそのあとも何も言いませんでしたが、吹き終わって疲れたようにその場に膝をついているタケルを、タケも何も言わずにただ抱きしめました。タケルは時に激情を表します。そしてそれは大抵、自分自身に向かってしまうのです。タケはそんな時はただ寄り添うしかない・・・。多分、その日が『かぐや姫』と初めて遭遇した時だったのでしょう。タケルを骨抜きにするなど許せるものではありませんが、何だか『竹から生まれた』こと以外にもよくわからない何かが姫を拒絶させているのです。

 それでも、日常のことはやらねばなりません。

 タケは回数を減らしていた洗い物を、もうそろそろせねばならん、と、タライに入れて家を出ました。タケルも洗い物はしてくれるのですが、そうそう任せっぱなしにもできません。自分がやるから、と溜め込んでしまっていました。久しぶりに浴びる陽の光がまぶしく、タケはしばらく手を陽にかざすと、まさか姫はおらんだろうなとあたりを伺いながら洗濯場へと向かいました。

 

 洗濯場では、女たちが明るい声で世間話や噂話をしながら洗い物にいそしんでいます。涼やかな渓流の傍らに、池のように溜まりとなって清らかな水をたたえている淵があり、そこに張り出した平らな岩場が村の共同の洗濯場となっていました。池は子たちも遊べる浅い所やそれなりの深さがある所もあり、水底ではあちこちで湧き水がポコポコと砂を踊らせています。家からタライや洗濯板や手桶などを持ち寄っての洗濯も楽しいひと時ではあります。

 もちろん、女たちの間に、『かぐや姫』の姿もありました。

 姫は洗濯をしながら、陽光に眩しいほどに照り映える水面を眺めるうち、「気持ちいいだろうなあ。水浴びしたら」と言い出しました。「え⁉︎」とばかりに皆が驚いて姫を見ます。が、言うが早いか姫はあっという間に小袖を脱ぎ、頭の手ぬぐいも取り払って髪を振りほどくと、下衣さえも脱ぎ去って素っ裸のままいきなり深みに向かって光を散らしながら宙を飛びました。

 「ぎゃあ〜〜!」「姫様、何を⁉︎」 皆が大あわてで姫がいた場所に駆け寄りました。確かに皆ここで泳いだりしたことがないとは言いませんが、まさかやんごとなきはずの姫君が突如として及ぶべき暴挙ではありません。

 姫はその姿を追うヒマもなく透き通った水の中に完全に沈んだまま、揺らぐ黒髪の中で笑顔を上に向けています。身にまとったキラキラが水中で波紋のように広がっていき、水面の上にもお椀状に輝きが湧き出しています。皆がどうしていいか決めかねてうろうろしていると、突然、姫が水の中から空中に飛び上がりました。何ともはや、足の先まで完全に空中に出ています。水しぶきと自ら発するキラキラと、さらに陽光とが反射し合って、金粉を散らしたような虹色の輝きがいつもの二倍にも三倍にも広がっていきます。反射光の中に姫の体が消え入ってしまい、あまりの眩しさに目を逸らさざるを得ません。誰の目にもその姿を見ることなどできませんでした。まさに『月の人』である証拠を見せられたようです。ただ、その輝きの反射が何を見ても美しいと思えなくなるほど衝撃的な美しさであることだけが、目を逸らす一瞬前の光景として閉じた瞼の裏側に焼きついてしまったのです。

 「わわわわわ」

 こっそり姫のあとを追って女たちについてきていた男たちが少し高い所の岩陰からごろごろと転がり落ちてきました。岩にへばりついている力が抜けてしまったようです。いつもならこっそりのぞいているのがバレたりすると女たちにボコボコにされるところですが、今回は姫の行動に囚われていて見向きもされません。

 嘘のように長い一瞬が過ぎ、姫は再び水の中に落ちました。

 「気もっちいい〜〜!」

 一旦深く沈んだ姫は肩ほどにまで浮き上がると心の底からのような喜びの声を上げ、両腕を天に向かって伸ばしました。そして何度も両手で思いっきりバシャバシャと水を跳ね上げました。それに合わせて光の波も飛び散っていきます。

 女たちはポカンと姫を見守っていました。水に入ってこれほど喜ぶとは・・・。確かに半端ではない喜び方で・・・。月に水はないんかのう・・・? 

 女たちはそれぞれの思いに頭がぐるぐると回っていました。男たちも転げ落ちたその場でへたり込んでいます。そこらを擦りむいた者もいるようです。

 「ねえ! みんなも入ったら? 一緒に遊ぼ!」 無邪気な声が響きます。

 はっと我に返ったような女たちは、これは付き合わねばならんとでも思ったのか、一斉に小袖を脱ぎ始めました。後ろでは男たちの中にも、小袖や絞り袴を脱ぎ出す者がいます。それに気づいた女たちの二、三人が洗濯板や洗濯物を叩く棒を振り回しながら男たちに迫っていきました。

 「来るなー! 男どもに入ってええとは言うてないぞ!」

 もともと姫を守る立場になれない男たちは逃げるしかありません。追いまわされて、とうとうみんなそこらの木の上に追い上げられてしまいました。

 男たちを遠くへ追いやった女たちはやはり姫と同じ格好にはなりきれずに下衣のまま、先に入って姫とキャーキャーと水のかけ合いなどをしている仲間に加わりました。透き通った水から守るように白い下衣が姫のまわりに群がります。まるで御簾が囲むようです。男たちはその一団そのものが光に包まれているようなその景色を眺めながらも、所詮物語の中に自分たちのような者が姫と仲良くなれる場面はないのだから、と諦めてばらばらと帰っていきました。

 そこへ、堤の上にタケがやってきました。堤の手前のちょっとした木々の間を歩いているうちからキャーキャーと騒ぐ楽しげな声が聞こえていました。タケは不穏なものを感じましたが、何をやっているのか気になります。堤を登り、洗濯場が見渡せる場所に出ました。何だか大勢で水浴びでもしているような、眩しげな景色です。堤を下りて行き・・・

 その時、バシャバシャと水しぶきを上げて遊んでいる合間に姫がふと振り返りました。

 タケと見事に目が合ってしまいました。

 タケは心臓が飛び出るかと思うほどドキリ!としました。

 ・・・光っとる・・・あれが『かぐや姫』・・・!?

 キラキラと虹のような光に包まれているのを見て、タケは反射的に身を翻して逃げ出しました。

 「あのお方は初めてね」 姫が皆に聞きます。皆もタライを抱えて堤を駆け登っていくタケの姿に気がつきました。

 「ああ・・・おタケばあさんじゃ。気にせんでええ」 誰かが答えます。

 「どうして逃げるのかしら?」 心配するように聞きます。

 「さあ・・・? おまえ様が美しすぎるからじゃないかの?」

 「あのばあさんもその昔は旦那のタケルじいさんと一緒に美形の名を馳せたんじゃと」 一人が付け足すように言うと、

 「まあ、あの横笛のじい様と・・・」 姫は何かに感じ入ったかのように言いました。

 「もしかして、姫様見て負けたと思うたんじゃなかろうかのう」

 その言葉に女たちはギャハハと水の中で笑い転げました。沈んで溺れそうになる者までいます。

 「だからもう、姫様はやめて。かぐやでええよ」 女たちにいっそう水をかけます。

 「姫様、『ええよ』て・・・」 一人が水をよけながら言いました。

 「ほんまじゃ、もうすっかり村の(おなご)じゃて!」 嬉しそうに言います。

 「こりゃ、月に帰らんでも済むかものう!」 誰かが口をすべらせました。

 「わわ!」 寄ってたかって、その女の口を抑えて水の中に沈めます。

 「何してるのよ!」 姫はあわてて助けようと割って入りました。沈められている女が浮き上がってきて水を吐き、咳き込むと、「見えたぞー! ええ目の保養じゃ!」

 それを聞くとみんな一斉に沈み込みました。

 「ちょっと・・・何してるのよ」

 姫はまさか水の中で見られているなどとは思いもかけず、自分も沈むと更なる深みの方へと人魚が泳ぐかのように潜っていきました。みんな、それを水の中で半ばポワンと見送りました。

 やがて水の上に顔を出すと、

 「美しいのは顔だけじゃないて」

 「ほんにこんなのは村に出たことないて」

 「宝じゃ・・・何としても守らにゃな」

 「そうじゃ、もったいなさすぎて男どもには見せられんわ」

 みんな呆然とつぶやきます。

 「・・・あれ・・・?」

 何だか不安な空気が流れました。

 「姫、上がって来んぞ?」

 「ひめ〜〜〜」

 一斉に潜り始めました。

 「何してるのよ」

 後ろから呼びかけられて、ひとり潜り遅れた女が振り返りました。

 岩棚の淵に、まだ素っ裸のままの姫が濡れた髪を指ですきながら長い両のすねを斜めに揃えて座っています。

 「いつの間に!」

 みんなあわてて水から上がると、男どもに見られてはならじと寄ってたかって姫に脱いだものを着せ始めました。

 何だか、姫が『月に帰る』ということに何も返してこないので、女たちには『月のお人』であることが大した問題ではないように思えてきました。

 騒ぎが落ち着いてみんなが自分たちもびしょ濡れのまま洗い物の続きを始めると、姫はタケの去って行った方をしばらく見つめていました。

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