第39話 遭遇
かぐや姫はというと、その後もこの村で楽しく過ごしていました。やはりどうしても幻惑されてしまう男たちは姫に言い寄らずにはいられませんでしたが、女たちも親しく姫のまわりに集まりました。気品にあふれ、いつもキラキラとしていながら気さくな姫は女たちをも魅了しているようです。姫が男たちを鬱陶しがるので、女たちは姫を守るべく蹴散らしてまわります。物語の姫とはだいぶ違う暮らしになってしまったようです。竹職人のおじいとおばあが姫を箱入り娘にするのに失敗してしまったからかも知れません。娘を御簾で覆って隠して暮らす、というのがもう一つ要領を得なかったのでしょう。もしかしたら、女たちが御簾の役割でもしているのかも知れませんが。
姫はもはや大層な着物を着ることもなく、他の女たちと同じように裾丈が膝までの小袖と前掛けをして子たちも交えて野山を駆けまわっています。さらには近所の洗い物や赤子のお守りまで引き受けるようになりました。それでも相変わらずキラキラしたままです。
「ほんまに『かぐや姫』か?」
村では密かにそんな声が囁かれるようになってきました。もしかしたら、このまま村の女のひとりとして落ち着くんではなかろうか?
それでも、いずれ月には帰ってしまうのか?
書物があるのに、誰もこの先のことがわからなくなってきました。今まで隠してきた『竹取の姫の物語』をかぐや姫に見せてもいいのかどうかまでが話に出始めました。いや、物語のために天界から来たなら、物語のことはとっくに知っているのではないか・・・?
そうしている間にも、おじいは黄金入りの竹を見つけ続け、道具小屋には袋がどんどん積み上がっていきます。
かぐや姫は日に日に行動範囲を広げてきています。行く先々で喜ばれ、何かともてなされ、有り難いと拝む年寄りまでいます。姫は遠慮がちになるのですが、なぜ拝まれるのかはわかっているような感じです。まだ物語のことは誰も話してないはずなのですが。
そして男たちは姫が去ったあと、「え〜なあ〜」と、その残り香に酔ったかのようにふにゃふにゃになってしまいました。女房たちはそれを叩き起こしてまわります。
そんな姫がいよいよタケルの工房に現れました。タケは、外を出歩くといつ姫に遭遇するかわからん、と文庫にも行かず家に引きこもっています。が、窯の面倒を見たいタケルは家と工房を往復する毎日を過ごしていました。竹林までの半分ほどの距離に工房はあります。
何でそんなに姫を避けるのか? と聞いても「竹から生まれるヤツなんかおらんじゃろ」の一点張りです。
というタケルも朝早く出て日が暮れてから帰ってくるのですから、道で姫に出くわしたことはまだありません。まわりの者たちから、噂話に「村の女の格好をしておっても、やはり月のお人は違う」というような話を聞くばかりです。
「こんにちは!」
明るく弾むような高い声が響き、窯から取り出した素焼きの器を台に並べて検分していたタケルは聞いたことのない声にギクッ!として一瞬固まり、ゆっくりと振り返りました。
そこには五、六人の子たちを引き連れた『かぐや姫』が膝下丸出しの小袖姿で頭には手ぬぐいをかぶり、前結びにキリリと絞ってキラキラと立っていました。さらに背中には赤子がおんぶ紐でくくられています。前はバッテンにかけられた紐が胸の膨らみをこんもりと二つに分けており・・・
ガシャ!
びっくりのあまりタケルの手から器がすべり落ちてしまいました。思わずごくりと生唾を呑み込んでしまい・・・
「あらま、大変!」
姫はそばまで駆け寄ってきてしゃがみ込み、幾つもに割れたかけらを拾い始めました。他に工房にいた村人たちもばらばらと姫のまわりに集まってきます。しかし、子たちが背後を固めているので間近までは近寄れません。
「あな、羨ましやな、かぐや姫様直々のお声がけとは」 一人が芝居がかったようにくるりと回って形を決め、タケルに声を投げかけます。
「これ、どうしましょ?」 姫は無視して両手に乗せたかけらをタケルに差し出しました。
「あ?・・・ああ」 タケルはそばにあった不良品を入れておく木箱を取ろうとしました。どういうわけか姫に視線を絡め取られたままなので、半ば手探りです。何とか木箱を取り、姫の方に向けると、姫は空の木箱の底にそっとかけらを置きました。
「ごめんなさい。私がいきなり声をかけたから・・・」 姫は木箱をタケルの手からそっと取ると、元の場所に置きました。
「いや・・・どうせ不良品じゃから・・・」 タケルはドギマギしながら、こんなことではならんと必死で自制しつつ、確かにひび割れていたと数瞬前の記憶をたぐりながら答えました。
「こやつがタケルじゃ。村一番の陶芸士兼木工士兼横笛の達人の」 お節介にも一人がタケルを紹介します。どうやらまだ姫が顔を合わせていない面々の話まですでにしているようです。
「まあ、あなたが横笛の・・・素敵な音色なんでしょうね」 姫がキラキラの中でさらに目をキラキラさせながらタケルを見上げています。何だかタケルは息苦しくなってくるような気がしました。そして困惑しました。一人で吹くのはタケの前だけ、と決めているからです。それこそ姫のために吹いたりしたらタケにどんな目に遭わされるかわかりません。
「おお、音曲士との掛け合いはほんに見事なもんじゃぞ」 まるで助け舟のように一人が言いました。
「成人の祝いの時は音曲はついとったが、タケルがおらんかったでのう・・・何でおらんかったんじゃ?」 助け舟を沈めるかのような質問を誰かがタケルによこしてきました。
「そうじゃそうじゃ。今に来るかと楽しみにしとったのに」 みんなでうなづき合います。
「また掛け合いすることってあるの?」 男たちを見まわして言います。姫はタケルの笛だけを求めるようなことはしてきませんでした。
「・・・そう言や、今んとこ特に催しはなさそうじゃな」 一人がまわりに確かめるように、残念そうに言います。皆もうなづいています。
「タケルよ、笛取って来いや。わしらもいっぺんタケルの笛だけっちゅうの聞いてみたいで」
とうとう言われてしまいました。姫はタケルの困っている様子を目の端で伺うと、
「いつか、聞けると嬉しいわ」 まるで助けてくれるかのようです。
「かぐやの姉さま、もう行こうやあ」
子たちの一人が大人たちだけの会話に飽きたのか、それとも気が利いているのか、姫の袖口を引っ張って言いました。それにつられて他の子たちも、ねえねえと姫の手を引っ張ったりします。
「そうね、次はどこかしら?」
そう子たちに応えると、姫はタケルにあふれんばかりの美しい笑みを残し、まわりの男たちにも一周笑みをふりまくと、「さあみんな、次の所へ連れてって」と子たちに呼びかけて、子たちの「ワー」と言う声と一緒に小走りで去って行きました。
「行ってしもうた・・・」 後に残った光の跡を目で追うかのようにして誰かがぼんやりとつぶやきました。
タケルは姫の姿を見送ると、思わずその場にがくりと腰を落としました。体の力が抜けてしまったみたいです。ほとんど言葉を返せませんでした。
「じゃろ? 初めて会うたやつはみんなそんな感じになるんじゃ」 タケルを見て誰かが納得したように言います。特に成人の儀を終えてからの姫はそんなふうに男たちを捕らえてしまうのです。
「げに、月のお方はむべなるかな」 芝居がかっている男がまたしてもくるりと一回転して形を決めました。




