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オマケ(3)

コンテストに応募するついでにオマケを追加しました。

前半がノア視点の過去話と、後半が現在(後日談後の時系列)の話です。




「惚れ薬?」


 僕の問いかけに、先生が目をぱちくりさせる。


 自分の先生への気持ちがどうやら「惚れた腫れた」に類するものだと気付いた僕は、先生の一挙手一投足に振り回される日々を送っていた。


 寝ても覚めても先生のことばかりで、でも先生にとって僕はたくさんいる教え子の一人で。

 早く先生に相応しい大人の男になりたい、と思うものの、こんなに聡明で美しくて無邪気で可愛らしい先生をそれまで他の男たちが放っておくなんて夢物語を信じられるほど、僕は子どもじゃない。


 でも僕みたいな子どもを相手にする先生は解釈違いだ。

 そのあたりを悶々と考えた末に出た、そんなものありえないはずだという、それこそ夢物語みたいな問いかけだった……のだけど。


「あるよ」

「あ、あるんですか!?」

「禁薬だけどねー」


 先生がからからとおかしそうに笑った。

 屈託なく口を大きく開けて笑う表情に、また「好きだ」という気持ちが溢れ出てたまらなくなる。


 禁薬とか禁術とか、禁忌とされる魔法に対しても探究を怠らない先生は、本当に勤勉で素敵だ。


「にしても、ノアがそんなものに興味を持つなんて……まさか」


 こちらを覗き込んだ先生の言葉に、ぎくりと身体を硬くする。

 しまった。賢くて勘の鋭い先生には……僕が何でそんな質問をしたかなんて、簡単に分かってしまう。


 先生が僕の両肩にそっと、手を置いて。

 え、え、まさか、そんな、先生、!?


「ま、魔法薬学のほうが良くなった!?」

「はい?」


 ガッと力強く僕の肩を握りしめて、必死の形相でこちらを見つめる先生に、力が抜ける。

 困惑している僕を見て、先生がはぁと大きなため息をついた。


「人気なんだよね、魔法薬学……」

「はぁ」

「魔法薬学士だと就職口たくさんあるし、賃金も高いし、地方でも魔法薬のお店は重宝されるし」

「そう、なんですか」

「対して魔方陣学は、極めても王立の魔法研究所に入るか魔法警察に入るかがほとんどで――魔法研究所は狭き門だし、魔法警察は仕事キツいし。雇われの下請け魔導師なんてもっと給料安くて扱い悪いらしいし」


 後半はぶつぶつと独り言のようになっている。

 そんな狭き門を潜り抜けて大魔導師になった先生は、やっぱりすごい。


「学問を選ぶのに就職先から考えるなんて、世知辛い世の中だよね。はぁ〜」


 先生がまたため息をついた。

 浮世離れしているというか、……いつも子どもみたいに目をキラキラさせているから、魔法以外のことで思い悩んでいる先生は新鮮だった。

 思慮深くて聡明な一面にも心を揺さぶられてしまう。


「ノアは手先も器用だし、魔法薬学の方でも十分通用するとは思うけど……」


 先生が僕の手に触れた。

 じっと指先を見つめられて、心臓が早鐘を打つ。

 先生に他意がないのはわかっているけど、頬が熱くなるのを止められない。


 息って、どうやってするんだっけ。

 先生の手が僕の手に触れている、それだけでそんな簡単なことも分からなくなってしまう。


「私としてはやっぱり、魔法陣学極めてほしいというか。だってセンスあるし、向いてると思うし。ほら、禁術が気になるなら時間遡行とかどう!? ちょっと気持ち悪くなるけど数分なら魔法警察にもバレないし、」

「…………」

「あ。もちろんノアの意思が一番だとは思うけど。嫌々やって嫌いになっちゃったらもったいないもんね」


 僕が沈黙しているのを別の意味に受け取ったのだろう、先生がそう付け足した。


 実際は息もできなくて、声が出せなかっただけなのに。

 嫌いになんて、なるわけない。

 だって魔法は、僕にとって……先生、そのもので。


 先生がじっと、僕の瞳を覗き込んだ。

 燃えるように赤い髪に、琥珀色の瞳。心臓が耳の奥に移動してきたんじゃないかというくらい、鼓動がうるさい。


「ノアは、魔法、楽しくない? 好きじゃない?」

「す、好きですよ!」

「よかった」


 先生は嬉しそうに笑うと、ぱっと僕の手を離した。

 やっとまともに息が吸えて、ほっとする。

 それと同時に、名残惜しくもあった。


 慌てて口にした言葉は、もちろん魔法のことを指しているけど……でも、本当は。


「私が好きなもの、ノアも好きになってくれたなら……すっごく嬉しい」


 白い歯を見せて子どもみたいに笑う先生に、視線を奪われる。

 本当に言葉通りに、嬉しそうで……僕も嬉しいと、そんな言葉が喉元まで出かかった。


「それでもっと魔法陣学を好きになる人が増えたら、もっともーっと嬉しいわ」


 そう続けた先生に、なんとか言葉を飲み込む。

 僕は……もし魔法のことを好きなのが、この世で僕と先生の二人だけになっても構わない。

 そんなこと、言えるはずないけど。


「私ね、たまに考えるの。もし、世界に魔法がなかったらどうなっちゃうんだろうって」

「え? 魔法が?」

「そんなの考えられないでしょ?」


 そんなの、考えられない。

 だって僕にとって魔法は、先生そのもので。

 先生のいない世界なんて、僕には。


「そのぐらい当たり前で、身近にあって、でもまだまだ不思議なことがたくさん。こんなに面白いこと、私は他に知らないから」


 魔法のことを話している時の先生は、本当に楽しそうで、キラキラしていて……眩しい。


 僕も早く、その隣に立ちたいと……そう思うのに。

 ずっと僕の手が届かない存在でいてほしいような。そんな相反する気持ちが胸の中を暴れ回って、苦しくなった。


「だからまだまだ、魔法のことが知りたいし、みんなにも知ってほしいの」

「僕も、」


 焦がれるような、締め付けられるようなその気持ちを……僕は。

 ゆっくりと、言葉に乗せる。


「僕も、もっと知りたいです」

「あは。ノアが一人前の魔導師になる日が楽しみね!」



 ◇ ◇ ◇



「旦那様、惚れ薬はどうして禁薬なんでしょう」


 アイシャの質問に、飲んでいた紅茶を吹き出した。


 は?

 何、珍しく静かに本読んでるなと思ったら、いきなり。


「何でそんなこと」

「他の禁薬と違って、人に害をなすようなものではないので気になって」

「……知らないけど」


 口元を拭いてから、ため息混じりに答える。

 専門分野じゃないけど、精神汚染系の魔法は大体禁術扱いだ。それと同じなんじゃないか。


「人の心を操るのは倫理に反する、とかそういうのじゃない」

「倫理……」

「そもそも薬で無理やり好意を発生させても、虚しいだけだろ」

「ロマンチックなこと言いますねぇ」


 僕の言葉に、キッチンでパンケーキを焼いていたフェイがにやにやと相槌を打った。


 アイシャがいるからってしょっちゅうフェイが様子を見に来るようになって迷惑している。

 追い出したって良いんだけど……こいつが作るパンケーキをアイシャがいたく気に入っているので、仕方なく家に入れていた。

 僕だってパンケーキくらい作れるのに。


 テーブルにジャムと蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキの皿を置きながら、フェイがアイシャに向かって言う。


「これは魔法薬学の第一人者からの受け売りなんだが……禁薬なのは単に副作用がデカすぎるからだ」

「副作用?」

「骨が溶けるらしい」

「え」

「歯も溶けるらしい」


 そういえば、書物でも副作用のところにそんなことが書いてあった気もする。

 そんなもの程度によるだろうと思うが、禁薬になるくらいだから重篤な症状が出るのかもしれない。


「歯が浮くとか骨抜きとか言うけど、そういうことじゃねぇだろって感じだよな」

「あは、言えてる」


 フェイの言葉に、アイシャがおかしそうに笑った。


 馴れ馴れしい。

 アイシャがフェイと話していると時々昔の先生みたいになるところも気に入らない。

 僕にはそんな話し方、しないじゃないか。


 部屋の隅でぽーっとした顔でフェイを見つめていたジェイドが、はっと我に返ったように声を上げた。


「それで、どうしてアイシャちゃんは惚れ薬なんて気になったの? も・し・か・し・て、学校で好きな子でも出来た!?」

「いえ、ダメと言われるとどうしてもやってみたくなる性分で」

「ちょっとノアこの子ちゃんと見張っといた方がいいわよ」

「分かってる」


 先生が禁術に抵抗がない人っていうのはもう嫌というほど理解している。

 今世ではちゃんと加護がついてるけど……僕なりに手は打ってある。もう二度と、魔法の暴発なんかで死なせたりしない。


 アイシャの手から、魔法薬学の教科書を取り上げた。


「君は魔法薬学より魔法陣学だろ」

「それは、」

「僕の、弟子なんだから」


 アイシャがきょとんとした顔で僕を見上げる。

 金色でまんまるの瞳が揺れて……そこに映る自分の顔は、だらしなくゆるんでいた。

 咳払いでそれを隠して、アイシャの手に魔法で引き寄せた本を押し付ける。


「どうせ禁術なら時間遡行とかにしなよ。去年遡行中の身体的な負荷を軽減する可能性がある公式が見つかったって論文が」

「まぁ! そうなんですか!?」

「こらこら、警察の前で違法行為の相談はやめてくださいよ」


 フェイが呆れた様子で割って入ってきた。

 だがアイシャはもう論文に夢中になっていて、僕たちのことなんて目に入っていないようだ。


 きらきらと目を輝かせている横顔は……先生には、似ても似つかない。

 それでもやっぱり、面影を感じずにはいられなかった。


 しばらく黙って論文を読み耽っていたアイシャが、はっと顔を上げる。


「……骨が溶けない惚れ薬を作ったら、それって禁薬じゃなくなるんでしょうか」

「何? 惚れ薬作って使うアテでもあるの?」

「……あは」


 アイシャが意味深に笑う。

 どこのどいつだ。まさかこの前誕生日会に誘ってきたやつじゃないだろうな。

 僕がじとりと睨んでいるのに、アイシャは何が面白いのか、にっと白い歯を見せて、楽しそうに笑う。


「ナイショです!」



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