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輝きは空の花




もう何度も聴いた音源がスタジオに響く。マイクを通さないそのままの歌声に指示を飛ばしていく。


「神田さんダンスに気を取られてそこの入りのアウフタクトに引っ掛かりがちです、もっと意識して。中谷さんは立ち上がりが少し低いです。奏太はロングトーン萎みすぎもっと伸ばす!新堂さん最後のフレーズだけ音が上がるのを忘れないで」


無事にレコーディングを終えたその後、本番を想定してのレッスンに切り替わり振り付けの先生も加わった。そこまでハードなダンスではないけれど、歌いながら踊ると言うのはかなり神経を使うらしい。こうしてあえて途中で止めることはせずに一曲を歌いきると、最初の頃は疲労困憊も良いところだった。

本番まであと3週間。今では不安要素も大方は取り除けるようになってきたと思う。

真冬だと言うのに汗だくになって途中で着替えタイムを挟むほどに4人の気合いの入りようは大きい。

本番の会場は小さなステージだ。だからこそ客席との距離も近く粗があれば分かる人には簡単に分かってしまうので、私の指導にも熱が入り少しばかり厳しくなってしまうのは致し方ないことだろう。


「お疲れ様です。皆さん細かな注意点はありますがだいぶん良い感じに仕上がってきてると思います。これだけ耳と身体で覚えておけば不安があっても自然に思い出してくれますから」


ついにレッスンもあと2回。長かった私の慣れない仕事もようやく終わりが見えてきた。

各々片付けと帰る支度をしていたら、いつかのように新堂さんが私に声を掛けた。


「如月さん、今日この後って少しだけ時間ありますか?」


「え、はい。特に何もないので大丈夫ですが」


「見せたいものがあって…ちょっと時間をもらっていいですか?」


相変わらずの優しい笑顔に首を傾げる。どこかに行くと言うなら分かるけれど見せたいものとは何だろう。ワンショルダーの鞄を身に付けながら「もしかしてあれですか?」と声を掛けたのは神田さんだ。


「じゃあ温かい飲み物でも買ってから行きましょうか、絶対寒いし」


「…みんな来るのか?」


「だってここで見るのが一番いいスポットじゃないですか。心配しなくても二人の分は俺らが用意していきますからしばらくは二人きりにしてあげます!」


ニッと笑って立てて見せた右手の親指に、諦めたようにため息を溢した。あとの2人は全くピンときていないようだけれど。


「じゃあ珈琲でよろしく…。如月さんもう出られますか?」


「は、はい。えっと、どこに…」


「よく分かんねぇけどとりあえず飲み物買ってきゃいいのか?風歌はいつものヤツでいい?」


「あ、うんお願い」





















ビルのエレベーターは下るどころか最上階へ向かった。降りた先の廊下を少し行って短い階段を登ると何やら少し賑やかにざわついている。

扉を潜ると既に数人が手摺に凭れて話に花を咲かせているようだった。


「屋上…?」


「よかった、間に合った」


2月初旬の夜の屋外、しかも遮るものの少ない屋上はかなり寒い。にもかかわらずこれだけ人がいると言うのは、新堂さんの発言もあるし何かが行われるんだろうけれど。屋上にはこれといって何かがあるわけではなくただ広い空間に2つのベンチと申し訳程度の花が飾られているだけ。


「何が…」


あるんですか?そう訪ねる前に口笛のような音が上がり、次いでドンと低く響く。聞き覚えのある突然のそれに驚いてバッと空を見上げると火花が丸く高度を下げていくところだった。


「えっ」


始まった、と周囲がにわかに騒ぎ出す。

困惑している間にも次々と打ち上がるそれは冬場の澄んだ空気のせいか、吐き出される白い息と重なって幻想的に見えた。


「何でこの時期に花火?え、これ匠馬さんが用意したんですか?」


「そんな訳ないだろ、どこの金持ちだよ俺は」


ただただ見上げていたその目の前に差し出された小さいペットボトルのカフェオレ。呆けているうちに奏太たちも追い付いたらしい。


「近くの企業が創立100周年?とかで記念に花火を上げるってSNSで告知してたんだよ。距離も遠くないしここで見られそうだなと思って。同じ考えの人も多かったみたいだな」


確かに何の前触れもなくこんな音が響いたら周囲は騒然とするだろう。と言ってもこのメンバーでも半分以上が知らなかったことを思うとそこまで規模は大きくないようだ。始まって10分足らず。既にフィナーレとばかりに盛大に夜空を彩っている。


「って言うか、このことを知らなそうな先生に何も言わずに連れ出すとか…匠馬さんキザ…」


「うるさいな!」


からかうような言葉に合わせて最後の一発がひときわ大きく散っていく。拍手が巻き起こる中、頼りない屋上の明かりに照らされた新堂さんの頬は少し赤い。


「ありがとうございます新堂さん、連れてきて貰わないと知らずに帰っていたと思うので」


堪えきれず溢れた笑いはそのままにお礼を告げると、あーともうーともつかない呻き声が漏れる。


「喜んで貰えたなら、よかったですけど…ホント格好つかないな俺…」


「まあまあ、とりあえず明日もあるし帰りましょ」


「そうだな…」


悪びれない神田さんの口振りにガクリと肩を落としかけて、何とか持ち直した表情が私に向けられる。


「如月さん、帰りましょうか」


メンバーと別れるまで冷やかされながら、同じ場所に帰るはずの奏太には姉カップルと帰りたくないと振られ、結局帰り道はまた2人。


「……如月さんは外で飲み物を頼むときは大体珈琲ですか?」


今日の花火のように唐突なそれに、疑問符を飛ばす。


「そう、ですね…カフェオレとか微糖のとか、紅茶なこともありますけど…」


言外に、どうしたんですか?と込めて顔を上げるとどこか複雑な面持ちが星空を見上げていた。


「奏太が飲み物を買いに行ったときに、いつものって言ってたじゃないですか。双子だしそれくらい日常なのかもしれないですけど、俺は如月さんのことを何も知らないなと思ってしまって」


だから。

そう言って重なった視線。一瞬触れそうになった手が躊躇うように拳を結んだ。


「忙しくて延び延びになっちゃってますけど、次のデートではのんびり話が出来たら嬉しいです。好きなものとか、逆に嫌いなものとか、如月さんのことを色々教えてください」


微笑みの中に真剣な眼差しが垣間見えた気がして、ピリオドが迫る関係にどう反応すればいいのか正解が見えないままに小さく頷いた。


その日が来ないことも心の片隅に控えて。









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