新しい街での二日目 ユウの過去
あの後、宿に泊まる。
それぞれ、個人で部屋を取る。まあ、別にゲームの世界なので一緒の部屋で寝るのだって問題は無いのだろうが……。何というか、個人の部屋が欲しいので除外する。
まあ、部屋代は同じなのだ。
それに、同室にできるのはハヤテぐらいだろう。
女性と同じ部屋なんてなったら……吐いてしまいそうだ。
「……姉さん。心配しているだろうな」
と、俺は呟く。
姉さんにあまり、迷惑をかけたくないのに……迷惑をかけてしまった。と、僕はため息をつく。姉さんは良い人だ。
僕が姉さんの父親と母親をころしたようなものだというのに、僕の面倒を見てくれているのだから……。
と、僕は思う。
「ねえ」
と、考え事をしていると窓の外から声が聞こえた。
僕はそちらへと向かうと、
「ハヤテ。それに、みんな」
と、現れた。
「なんのようだ?」
「あのさ。あんた、なんであたし達をそんなに拒絶するの?」
と、クレセントが尋ねてきた。
「えっ? な、なにを」
「いやさ。あんた、そもそも女性の顔を見ると吐くとか……。
女性に関わるのを嫌がっている。
あんた、……まさかホモ」
「失礼な!」
失礼な。
思わず声を上げる。
「俺は、男に欲情したことはない!」
なんで、ゲームの世界に閉じ込められてそんな事を宣言しなければならないんだ。
「いや、言っておくけれどよ。
それ、わりと影で言われて居たからな」
と、言うハヤテ。
なんと!
「失礼な。俺は恋愛をしたくないだけだ」
「お前のは、それだけに感じられないんだよ。
事情を知らない人間にはな」
と、ハヤテが言う。まあ、たしかにハヤテは事情を知っているが、クレセント達はしらない。普通なら、ゲームで出会っただけの人の事情に踏み込む事はないだろう。
だが、今は危機的状況だ。
それに、おれがギルドを作るのを拒否している。
その理由の一つなのがこれだ。いや、これ以外に理由は無いとも言えるかもしれない。
「……あのさ。俺には姉がいるんだ」
「まあ、そりゃおってもええわな。
わてかて兄弟ぐらいはおるし」
と、俺の言葉にカエデが言う。
「ああ。うん。それなんだけれどね。
ただの姉じゃなくて母親が違う姉なんだ」
そう、異母姉なのである。
腹違いの姉。と、言う事にクレセント達が沈黙する。
まあ、察しがよい人間ならばそこで俺の家庭事情が複雑だと言う事が解る。
「父親……まあ、生物学上の分類で親らしい事なんてしてくれたことはないけれどな。その男は、無駄に顔だけは良かったらしい。
で、女にもてる事だけは長けているやつだった」
と、俺は忌々しい思いで顔をしかめて言う。
生物学上、父親に値する男はろくに働かずキャリアウーマンの女性と結婚。主婦……もとい、主夫として家事をしていた。
まあ、言ってしまえばヒモ男だったのである。まあ、そこで真面目に家事をしていたらそれは、それでちょっと新しい形だが家庭の形だろう。
だが、そいつは最低だった。
家事をしつつ近所に住んでいた女性ともいかがわしい関係になっていたのだ。子供も出来たというのに、そいつは浮気を繰り返しついには、妻以外との間に子供が出来た。
それが、俺である。
その事を、知ったのがその男の奥さんである姉さんの母親である。
メチャクチャにその顔だけ男に惚れ込んでいたその女性は、怒り狂った。そして、自分の旦那、そしてその浮気相手、さらに自分まで殺したのである。
そもそも、浮気相手……つまり、俺の母親である。彼女もその男が結婚していると言う事を知らずに、錯乱をしていたらしい。
結果として、浮気した男、浮気相手の女、浮気された女。三人とも死んでしまい、遺されたのは子供だけだった。
と、言うオチである。
まるで愛憎溢れる昼ドラマの台本みたいだ。それも頭に三流がつく。
とは言え、ドラマと違いそこで終わりにはならない。
遺された子供、つまり俺と姉さん。姉さんの母親の親戚としては、百歩譲っても俺を引き取るつもりはない。まあ、娘を嫁に与えた相手が浮気をして別の女性と子供を作ったのだ。そんな子供なんて不愉快だろう。俺でも不愉快だ。
だが、姉さんも引き取られなかった。
姉さんにもそんな最低な男の血を半分は継いでいるのだ。
その事から、親戚からも引き取りを拒否された。
そして、俺の方も母方に値する人物から受け取り拒否された。
向こうの実家にしても、結婚している中で自分の所の娘をもてあそび、結婚していたことも秘密にしていた。そして、孕ませてそして、死なせた原因の男の子供なのだ。
そりゃ、見るのも嫌だろう。当然ながら、自分の娘を殺した女の子供も受けとり拒否。
では、父親側の親族は……と、言うとやっぱり受け取り拒否だった。
なんて事は無い。その父親に値する男の親族は、居なかった。なんでも孤児だったらしい男の親戚は居なかったそうだ。
お金だけは両方の親から渡されて、俺と姉さんは孤児となった。
俺が産まれなければ、姉さんは経験せずにすんだ苦労があったはずだ。
もちろん、最も悪いのは下半身に節操がない男だ。
だが、
「俺はさ。その父親と顔がそっくりなんだよ」
と、言う。
幼少の頃、どちらも引き取りを拒否したが世間体を気にした良家は、数年単位で交代制で俺たちを預かった。とは言え、それは軒先を貸しているというような環境であった。
とにかくであるが、その中で俺はあの男に似ていると言われる。
そして、幼稚園の頃から俺は女性からよくキャーキャーと言われた。
そんな中で、お前はあの男にそっくりだ。
と、それまた同じように親戚一同に言われ続けた。
「俺はさ。
もう、これ以上に誰かを不幸にしたくないんだよ」
その思いからか、それからは女性などを見ると吐くようになった。
姉さんが独り立ちして就職してからは、姉さんと二人暮らしであるが……。
それでも、身内である姉以外では顔を合わせるのが苦手だ。
親戚などなら、気まずいしあまり顔を合わせたくない。
姉以外で、顔を見せても大丈夫な人間といえば、
「八十とか九十を超えたお婆さんなら大丈夫なんだけれど」
「あんた、生涯、独り身で生きていく気か?」
「不幸な女は作りたくないんだよ」
カエデに俺がそう言い返すと、
「それ、お前の事情を知らずに聞くと腹が立つ台詞だからな」
「……まあ、事情は分かったわ」
と、ハヤテの言葉を聞きながらクレセントが言う。
「けれど、ずっとそのままなんて困ると思うわよ。
結婚云々とか恋愛はさておき、……これから生きてきて女性と関わらない。
そんな人生を送ることが出来る。と、本気で思っているの?」
「うっ」
その通りなのだ。
事実、学校生活でも師匠が出て居る。
男子校に通いたかったのだが、通学圏内に無かった事や姉さんから、いつまでも逃げているわけにはいかない。と、言う事もあり共学で通っている。
とは言え、このままだとたしかに進学、就職と困るだろう。男所帯の職場と言うのは存在するだろうが、長い人生の中で女性に関わらない事はないだろう。
そして、女性に関わる度に嘔吐する人間なんぞまともに社会人として生きていく事も出来やしない。
「まずはサングラスごしでも会話が出来るようになりなさいよ。
所詮は、ゲームなんだしさ」
と、言われて俺は渋々に頷いたのだった。




