【三章外伝】 花鳥風月
「英雄の、宍戸を殺した奴の正体が分かった」
それはとても衝撃的な言葉。
我を含め皆が必死にその情報が行きわたらない様に彼の前で口を噤んできたのに何処からか隠してきた言葉バレてしまった。
本格的に不味い。
あの予言の事に紫水を近づかせてはならない。
そこには紫水が勝つとも、あの眼を淀ませ何もかもにも絶望しきっている彼奴が勝つとも書かれてはいない。
だからこそ不安なのだ。確証が無いから、負けると言う可能性が僅かでもあるから我は怯え、そしてその未来を変えようとしている。
あやつは確実に奴らの施しを受けていた。
ただ疑問もある。
何故、彼奴は奴らをその身におろしておらなんだ。
彼奴は、草薙大和の身体はまだ高位のモノその者には成っていなかった。
というか、奴は自らの辿る運命に気付いているのか?
もしかしたら、もしかしたら。
まだ奴は何も知らずに、自分が操り人形だと言う事さえ自覚せずに奴らの手の中で踊らされているだけなのかもしれない。
まだつけ入るスキはあるかも知れない。
「おーい、レイ。どうした?」
おっと、ほかの事を考えてしまい、愛しの紫水の話の続きを聴くのを忘れていた。
「それで、英雄とは誰だったのじゃ」
知らないふり、知らないふり。笑顔を忘れずに。
目の前の紫水はやはり真剣な顔そのもの、ああ気付かれてしまったか。
「英雄は俺の知っている奴だったよ」
「へぇーそーなーんだー」
どう紫水を言いくるめ様か、とにかく大和と紫水を合わせてはいけない、絶対に。
どこかの大いなるモノとやらは我に言ったよ。
後にお互いがお互いに友と認める人間のような正しき鬼と鬼のような悪しき人間が一戦を交えると。
紫水は軽く深呼吸をする。とても言いたくなさそうに、そしてまだ何かそのことを疑っているように。
「英雄は……。宍戸の仇は……。俺の親友をぶっ壊した奴だ」
「何を言っておるのじゃ? 英雄とはお前の……」
かつての親友だろと言う言葉が込み上げてきたがそれを喉元でそっと止める。
いいや言う前に紫水が先にその正体を明かした。
「一色、一色裕樹」
「は? 誰そいつ」
いや知っている、そいつの事も知ってはいるけど違う。そいつも紫水の為に殺さなければならないと思う。
そいつが紫水を傷付けたことも知っている。
でも
違う
「ん? レイ、いかにもさっきの口振りから知っているような感じに聞こえたのだが」
またまてまて、全然予想とは違う答えだぞ。何故に一色が英雄として名を上げている、何故英雄が二人もいるのか。
我の眼の前に立ったあの眼の死んだ英雄はいったい何なんだ。
おい軍よ、貴様らポンポンと英雄の称号を渡し過ぎだ、一人に絞れよ。
「あーそれはこっちの話」
軌道修正、軌道修正。
よしまだバレてない、よしこの鈍感はまだ大和の事は知っていない。
我は作りに作ったいい笑顔で紫水に向かう。もうこの話はさせない、あとは裏でこっそりと草薙大和を消せば我と紫水の幸せな毎日が来るであろう。
きっと我に味方した者は運命を変えろと言っているのであろう。
ならば変えてみせる、愛しき紫水の為に。
となればこの話は終わらせなければならない。どこでボロが出るか分かったもんでもないからな。
この鈍感は鈍感な癖して妙な所で察しがいいのも事実。
ということでまた馬鹿な事ばかり考えてないか紫水の内情にも探りを入れておく必要がある。
だから我は……。
いやこれは理由だ、本当はそれが楽しみで楽しみで仕方がない。
「しすぃ、あのだなぁ」
完全に、完璧に計算し尽くされた仕草や表情。今までの人間との対話で学んできた思ったことを通すための最強の手段。
さぁさぁ我の可愛さに悶えるが良いぞ、紫水。
「何だ?」
表情一つ、眉一つ動かさずに素直すぎる疑問が投げかけられる。
知ってたよ……。
あー、なんか急に恥ずかしくなって来たぞ。
「えーっとなぁ、うんうん。あれじゃ」
ここで自身の行動を振り返ってはならない。恥ずかしさで悶えるのは後々。
今は何かもかも迷いも恐怖も羞恥も忘れて頭がお花畑な少女に戻ろうではないか。
「ん?」
我が最もこの世で濃密でずっと続けばいいのにと思う瞬間、理由がなければこの鈍感はこんなことはさせてはくれない。
この力を使えば我はきっと最強にも最恐にも最高にも最優にも成れる。
この力で紫水と我二人だけの世界を気付くことも可能だ。
能力。
それはとても不可思議な力。
それは望んだモノには決して与えられない。この力は我がそれをしないと分かった上できっと我に廻って来たのであろう。
この力はセカイを滅ぼせる
この力一つで我は神に成れる。
でも我は神などには成りたくない、我は誰にも冷徹で無為な我と我の母を見捨てた神などより紫水の傍に居られる鬼でありたい。
我はこの力を制御できるようになってから。紫水のお陰でこの力の正体を知ってから一つ取り決めをしたのだ。
「能力を使った、最後の一回も……。またやらせてくれないか」
「そういえば、皆の奇襲はほぼ成功したのにレイの隊だけは撤退していたな。お前があの能力を使うとはよほど手強い敵と戦ったんだ」
それはな我が相手にしたのはお前の元親友だからな。黙れと口で言う代わりに紫水に身体を寄せる。
力を抜く、力を抜く。目の前の細身の男は我が地面に打ち付けられない様にとその身を挺して我の身体を受け止めるだろう。
ふれ合っている、分かり合っている? 伝わってはいる。
でもこの男は優しさでしているのだ。この年下の男は同じ状況になれば多分我以外にも同じことをするだろうなきっと。
我は紫水のなんなのか。
我は紫水を愛しておる、でも紫水はそれを理解してはくれない。紫水はこの行為にもきっと適当な理由を付けて勝手に納得しているだろう。
我は其方しかそれをせぬと決めたのに。
分かってくれない此奴に少々意地悪をするのだ。
此奴の肩にいきなり歯を立て肉を裂く。
「うっ」
強張る体、漏れる弱弱しい声。愛おしい、愛おしい、こやつは皆に弱い所を見せる。だからこそ皆も助けてやらねばなと言う気持ちになって紫水に付き従う。
我だけだ、我だけ。
――この弱さだけは我にしか見せない。我だけが見れる、紫水の全て。この瞬間だけはちょっとだけでも紫水を我は独占できているのだ。
我は血を操る。
我は血を司った。
死体の成れの果てである鬼などは触れずとも内部から粉々にでき、その血を自在に、意のままに操れる。これだけでも恐ろしい力、これだけでこの世に肉体を持って存在して居る鬼の7割は殺せる。
ただこの力の恐ろしい所はこれだけではない。
餓鬼は人間の血肉を喰らえば多少賢くなる、鬼が人を喰らえば気分が高揚する。
血肉は確実に鬼に何かしらの影響を与える。
我が血を吸えば……。
それはそのものの記憶全てが我のモノになる。吸えば吸うほどそれは確かで盤石で確実な我に、我と一体化するのだ。
舌を使い紫水の血を啜る。この時ばかりは紫水を抱きしめ、我の思い通りにできる。
紫水の血を啜る。
鬼の血肉を喰らう、それはそのものの能力を我が使えるようになってしまう。
此処で紫水を殺すほどに血肉を喰らえば紫水と我はもはや完全に同じものになれる。
でもそれでは寂しい。いつもの量じゃ能力は大して限られた回数しか使えない。この力を使い他の鬼の能力を宿して、宿して取り込み続けて神のような力を得ることだってやろうと思えばできる。
でも我は決めた。
一滴たりとも他の者の血液なんて飲んでやらないし、一人たりとも紫水以外にはこの力は使わない、我は我だ、誰とも合わさる気はないし、レイという名の誰かと混じり合った我になる気なんて毛頭ない。
清らかなままで紫水の傍に居たい、だからほんのちょっとで私は満足するようにしている。
これだけの量じゃ紫水の記憶も朧げにしか感じられない。
紫水の怒りも、苦しみも、寂しさも感じだけなら、表面だけなら全て我は知っている。だから我は怖いのだ、いま歯を立てているこの体の持ち主は本気でヒトを救おうとしている。
本気で大和を……。
グッ。
流れ込む記憶、そして感情。
それだけでは無い……。
我は何故だか紫水を押し倒していた。いや分かっている。
「お主……」
「どうしたんだレイ」
つくづく馬鹿者だこいつは。
「お前、一色までも救おうとしているだろ。そして今日もかなりの数の人間に情けを掛け生かしたな」
馬鹿だ、本当に馬鹿だ。
「うん、そうだがそれがどうかしたか?」
此奴は何も迷いなく人も鬼も救おうとする。
「止めろと言っただろ、前にもそれだけはやるなと言っただろ。戦場で敵として対峙した者は生かすな、殺せ。情けを掛けられ生かされた方が屈辱だ、敵は敵とした立ちはだかったんだ。此方のそれ相応の対応をしなければならない」
紫水は首を振る。
「あの人たちには俺を殺す権利があるんだ、でも俺はあの人たちを殺す権利なんてない」
紫水の頬を叩く。鬼にはこんな攻撃なんて効きやしない、分かっている。
何だか目の前が今日にぼやけている。
「お前は鬼なんだ、鬼は鬼らしく人を殺せ。人を殺さなければ先になんて進まないんだよ」
「俺の敵は人なんかじゃない、それに鬼に成ったからといって人を殺していい訳では無い」
とても力強い、根っからの本音。でもそれは恨みを持つものを増やすだけ。
またどの男が草薙大和と化すか分かったものではない。
「この世界は間違っている、間違っているからこそせめて俺は正しく生きたい、そしてあるべき姿に正さねばならない。俺は世界を正しくする為に此方側に着いたのだ。そうでなければ人間側に付いていたさ」
この世界は間違っている。
この世界は――
この世界は……。
間違っている?
間違っているのか?
本当にこの世界は間違っているのか?
世界にあるべき形など、正しい在り方などない。
でも間違ってはいる。在り方そのものが、存在そのものが間違ってはいる。
でもこれだけは、これだけは紫水に同意できない。
我の言う間違ってはいると其方の言う間違っているは同じものではない。
紫水の言い方をするならば我はこの世界は正しいと思う。
「紫水、本当に救えると思っているのか? 本当にそのものが分かり合う事での解決を望んでいるとでも思うか?」
「ああ、そうだ。俺はきっと救って見せる。皆をだ、皆を、誰一人欠かすことなく、誰一人零すことなく救う。もう昔みたいなことなんてしたくないんだよ」
草薙大和の闇を知りながら何も出来なかった自分。あの男の家庭環境も薄々は気付いていた、そした多少は行動した。
それだけで何かした気になって満足していた。
そして最終的には草薙大和を守り切れずにあの男を壊してしまったとこの男は後悔している。
どうして主ばかりが悩み傷付かなければならない。
悪いのお前ではない。絶対に。
「泣いているのか……」
下に倒れている紫水の手が頬を伝う。
「我は心配なんじゃ、恨み・妬み・僻み・憎しみそれらはいとも簡単に人の在り方を変えてしまう。我はそれに殺されたから分かる、それを放置すると、それに情けを与えると恐ろしい事になる」
あの草薙大和の様にと言いたいがそれだけは口が裂けても言えない。
「大丈夫だレイ、俺はそんな事では死なない、世界を変えるまで俺は死なないよ」
ああ、この笑顔だけで何でも許せてしまう我も大概おかしいんだろうな……。
慈悲に満ち溢れた年下の眼、愛おしい、守りたい。
段々と心が落ち着き癒され……。
はっ我よ、なにをやっておるんだ。なに襲いかけてるんだよ。
冷静になってみるととってもとっても何とも言えない恥ずかしさが我を襲うのでした。
涙を拭おうと頬に当てられた紫水の手を片手で跳ねのけ問う。
「何度も聞くがお主は草薙大和を救いそして分かり合えると、また友に戻れると思っているのか?」
「ああ」
此奴は本当に重症だ。
改めて感じた、この男は狂っている。
狂っているからこそ我はこの男を好いたのかもしれない。どうしようもなく紫水が好きだ。
我は紫水の襟首を掴んだ手の力を緩め、跨っていた紫水から下り解放する。いっその事このまま襲ってしまえば良かったものを。
でも、そんなこと我自身がしないって分かっている。
我は本当に我儘に成ってしまったな。
何事も無かったかのようにはだけた服を整え直す紫水。
「そうか、我は応援しておるぞ」
にこやかに嘘を付いた。笑顔で紫水に嘘を言った。
そして我は足早に紫水に背を向けそこから立ち去る。
歩く、歩く、歩く。
周りなんて気にしない。
紫水といたあの場所から兎に角遠くへ。
今にも火が出そうだ、思い出すだけで何とも言えない気持ちが込み上げてくる。
ふぁっ、何やってんだ、我よ。恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。200歳も越えた我が十年ちょっとしか人生を歩んでいない年下の男の前で泣くなんて……。
はわぁぁぁ、思い出すだけで……。
恥ずかしいよぉ、ああ、いい年した大人が年下相手に。ああ、何泣いておるんだ。
ただ我はよりいっそ強く思うようになったぞ、我はお主を守って見せる。
例えこの身を捧げてでも我はお主を守る。
なに我も死ぬことは無いさ、きっとお主の元に戻って見せる。
-----------------------
「これより評定を始めます」
我々の軍の最高司令官である海道将軍の次に位の高い鬼が軍議の開始を皆に伝える。
これは紫水には何も伝えていない秘密の軍議。
海道将軍と呼ばれる東海地方の支配を任された鬼が上座で口を開く。
「レイよ、此度の戦の作戦の立案、見事であった。貴様の言う通り敵はまんまと貴様の配下の人間どもに騙され動揺し、蜘蛛の子を散らすように去って行きおった、誠に大儀である」
豪快に笑う鬼にしては珍しく見た目に補正を掛けていない将軍様。
「お褒めに預かり恐悦至極であります」
わざとらしい位に、そして他の奴らに見せつけるように深々とお辞儀をしておく。
「してレイよ、此度の評定の招集一体何用ぞ」
「将軍よ、前に岐阜」
「ここは美濃であり、稲葉山城だ」
恐ろしい顔でそう訂正する剣豪。
おおっ、そうであったな。将軍はここは岐阜で岐阜城だとは認めてはおらんかったな。
「これは申し訳ない将軍」
「分ればいい、続きを聴かせろ」
コホンと咳払いをして場を整え直す将軍。
「前に美濃方面と三河・遠江方面に軍団を二つに分け尾張の人間の領土に圧力を掛けていくと言う作戦が軍議で上がった事があったな?」
「ああ、確か岡崎殿お前の案であったよな」
静かに首肯する海道将軍の右腕、そして彼の有名な徳川家康の嫡子である徳川信康。そして彼の傍には彼の腹心である服部半蔵(自称三代目)がひっそりと気配を殺し控えている。
「あの時は羽島や鵜沼の辺りに兵を裂き、総力を挙げて敵の美濃進攻を食い止めていたためにそれが出来なかったが、此度の戦で敵は我らの力を思い知った筈じゃ。敵は迂闊に兵を出せなくなりきっと慎重に動いてくる、今こそがその作戦を実装に移せる好機ではないだろうか?」
将軍は腕を組み考える姿勢を見せた。
「また敵が一気に美濃に攻めてきたらどうするつもりか?」
源平合戦の武者である長田景致はそう疑問を口にする。
我がその疑問を答えようとすると、将軍が手でそれを止め。
「それは無いぞ、長田殿。敵は当分大攻勢には討って出られないであろうな。見たところ敵は絶対的な王が存在せず、主が複数存在する協和的な軍であった。多分今頃お互いがお互いに責任の擦り付け合いでもしているところであろう。それに土岐という家と瀬戸という家、羽柴と柴田と同じ匂いがした」
羽柴秀吉も柴田勝家も全くもって知らない長田景致は首をかしげるばかりであった。
「攻められる事が無いなら儂はこの作戦には賛成じゃな」
「俺もだ」
共にこの案を肯定する海道軍第三位の坂東武者の鏡と名高い畠山重忠と鬼による信州攻めを見事成功させた古強者、最強集団武田の四天王の一人である山県昌景もこの案に乗って来た。
この二人は一応紫水や我の理解者、この評定前に少しばかり話を通して貰えるよう協力を願い出て置いた。
「将軍よ、今三河、遠江、駿河の支配を確立しておくと奴らの盛り返しが来たとき、関東軍との連帯という道も選べるようになるでしょう」
畠山重忠が我の援護射撃をしてくれているようだ。
「あの癖の強い者達ばかりの坂東武者達が素直に力を貸してくれるとは思わんなぁ」
お主の眼の前で話している畠山重忠も坂東武者の中の坂東武者なんだがな……。
「逆も然りです、坂東武者たちが窮地に陥った時に我々が助太刀し、奴らに貸しを作るということも」
将軍は少しばかり目を閉じ顎に手を当て思考を巡らせる、そして顎の手が段々と下に落ちていきついには腕と腕が絡まり少しの間静止する。
そして将軍は組んでいた腕を解き頷く。
彼の中でもう事は決まったようだ。
「決めた、儂は決めた。畠山殿を総大将、山県殿を副将に、源義朝殿、長田殿。貴殿らは信濃や海路を経由して三河・遠江・駿河に向かってくれ」
「ハハッ」
皆々が一斉に頭を下げる。
「信康殿、森、レイ、そしてあの若者は儂らと共に美濃に残留じゃ」
「お待ちください」
徳川信康が海道将軍の決定に異を唱える。
「三河・遠江・駿河の事は我が一番知っております。なにとぞ我を総大将に御考え直し下さい」
「ならん」
将軍は力強く、威圧的に言葉と発した。見事にその案を一蹴したのだ。
「どうして……」
将軍は上座から下りて項垂れている信康の元に寄ってこういうのだ。
ポンと将軍は家康の嫡男の肩に手を置いた。
「儂に何かがあったら其方が海道将軍ぞ、分かったな。儂にもう二度と同じ事は言わせるな」
深々と信康はお辞儀をする。
さて此処からが我の勝負じゃな。
「海道将軍、いや北畠具教殿。先の戦の褒美と思って我の願い、聞き入れてはくれないか?」
「申してみよ。どうせ、またあの男関連の願いだろう」
周りのもの達もまた始まったと溜息交じりに苦笑する。まぁ辺りじゃ、紫水の事だ。
「ああ、あれじゃろ。紫水に軍団を与えろとでも申す気であろう? で、お前と森をその軍団の旗下に加えろとでも」
将軍の問いかけに首を振った。
「どうか、どうか。紫水を畠山殿の部隊に入れては貰えないでしょうか?」
「畠山達のの将としてではなく、畠山の下につかせろだと?」
「はい、出来るだけ。あやつ目を尾張から遠ざけ自由にならない職をお与えください」
これが認められれば当分大和との邂逅は避けられるはずだ。
「はっはっはっは、役立たずの姫君がよう言うようになったものだな。レイよ、本当はそれの為だけにこの作戦を推しただろう。ハッハッハッ、許そうではないか、まぁいいお主が美濃に残ってくれるなら儂としてはそれでいい」
役立たずの姫君とはまた懐かしい名前を……。
紫水に出会う前の能力の使えない我の蔑称であったな。
「姫様はそうとう肩入れなさっているようだなあの男に」
「まぁあの男のお陰で姫君は我が軍最強の能力を使えるようになったわけだが……」
皆々が微笑ましく笑い意味ありげな目で我を見てくる。
「畠山殿あの男の事任されてくれるな?」
「ハッ」
「それとレイ、畠山殿と山県殿にはあの話を話しておくように、きっと分かって協力してくれる筈じゃ」
「分かりました、では畠山殿と山県殿のこの評定の後に我から話しておきたい事が一つ」
これはきっと予言の話であろう。
この軍ではまだ紫水の仲間以外には将軍にしかその話をしていない。
将軍はこの話を信じてくれた、将軍はこの鬼の王の正体を知っているためにこの話を何も疑わずに信じた。
ただ彼らは信じてくれるだろうか?
我の直感はこの二人は信じてくれると言っている、でも我は歴戦の戦人でも博打打でもない。この直感は信じていいモノなのか……。
不用意にこの話が紫水に伝わるのは避けたい。
紫水もまた運命を運命として自覚しないでほしいのじゃ。
人のような鬼と鬼のような人が相対する、どちらが勝っても世界は壊れ、鬼が勝てば世界には革新が齎され、人間が勝てば世には停滞が訪れると。
予言者は我にそう語った。
多分これが最後の機会。
紫水が畠山殿の指揮下に入っているうちに知らない所で草薙大和を殺す。
我は運命を変えてみせる。




