【三章第三十一話】 あした
「どうしてそれを?」
「紫水は生きている。それはとても歪で人の生き死から見れば死んでいるけど、確かに紫水は生きている。彼を最後に見たのは私だから」
それはそれはカッコ良かった~とでも言いたげなここに来て一番明るい表情をしていた。
「じゃぁ彼奴は人を取らなかったんだな、彼奴はもう人間側ではないんだな」
「ええ、鬼として鬼側に付くみたいね」
「ああそのようだな」
「紫水とは斬り合ったの?」
風が吹く。怒りの乗った、雑で大雑把な風が強く周囲の木々を揺する。
美優の服が周囲とは違いとても穏やかに揺れている。
「お前は言わんでも分るんだろ? 美優」
「性根以外にも貴方は大概意地悪になったものね」
「さっきのお返しだ」
「話してくれないともっと貴方の事嫌いになるから」
なんで俺はそんなにもビクビクと美優の機嫌を損ねないようにしているのか、勿論答えは知っている。
負い目からだ。
そして美優こそが、あの関係こそが俺の欲しかったものでもあるから。
でも無理だ。
もしかしたら、もしかしたら……。
分かっている、そのもしかしたらも叶わない事くらい。それでも草薙大和はとてもとても諦めが悪いんだ。
親からだって理解されないと、愛されないと分かっていても、そのもしかしたら、もしかしたらが起こるんでは無いかとずっと信じていた。
いや? 信じてはいなかった、あの時でも。捨てられなかった、捨てきれなかった、その気持ちを。そうだ、結果的に言えば俺はただ諦められなかっただけ。
「俺と紫水は会っていない、勿論戦ってすらいない」
「それはおかしいわ」
「はぁ?」
「いや何でも、こっちの話」
おかしいとはどちらに向かっての話なのだろうか。
俺と紫水が合わなかったことについて。
俺と紫水が戦わなかったことについて。
そういえばあの姫君……。 まるで全てが何かによって仕組まれ筋書き通りに進まされているような気分だ。
「俺は紫水の彼女? から聞いたんだよ、鬼神様と崇められる」
「彼女⁈」
美優は動揺に動揺を上塗りし驚きと衝撃の真実を突き付けられフリーズしてしまっていた。
「おーい、おーい。その反応割とショックだぞ」
「私だってショックよ。それでどんな娘だったのよ?」
「紫水は我のモノじゃとでも言いそうな」
「見た目の話」
何時にもなく怖いですよ、美優さん。
「銀髪ロングでどちらかというとロリがかってる、華奢で麗しい話したがり屋の姫君様であったよ」
「胸は?」
興味津々にそんなこと聞かれてもなぁ……。
うーん。
「同じ位かな?」
とは言ったものの、そんなところなんて気にしたことも無い大和君です。殺しに掛かってくる敵の胸に興味を示しながら戦えるか……。
それに美優の方も敢えて気にしない様にしていたというか、そーゆことを見知った人に興味を示したり、意識したりするのが妙に生々しく感じられると言うか……。
「ハッ、ロリで可愛くて、妹キャラで、それでいて胸も……。私の勝っているところが幼馴染位しかない」
ただ今回ばかりは言わせてもらおう、心の中で。美優も大概に大きい方だと思うよ、俺の最後の記憶と、今でだともう見違えるくらいには。
「ハッ、視姦された気がする」
「美優さん、女の子が軽々しくそーゆことを言うのはどーかと思いますよ。それに俺は妹キャラとは言ってないよね」
「きっとそうだわ、紫水は一人っ子だから、きっとその寂しさに妹として付け込んだに違いないわ」
一瞬俺を蔑むような眼で見たものの思い出した様にガクッと項垂れる美優。こいつ紫水の事になると結構な残念な娘に……。
「妹キャラでは無いと思うよ、どちらかというと精神年齢は高そうな感じだったし」
「幼女で精神年齢は高い、甘られるし甘えても貰える」
「おっ、おう」
「あの鈍感、私のアピールは散々気付かなかった癖して、バカバカ」
何だか俺の心が……。
途轍もなく心の痛む儚く切なげな囁き。完全なまでの紫水へのデレ。ねぇ、せめて俺のいない所でやってくれよ。
あのねぇ、さっき振ったとはいえねぇ……。
「鬼だから姿形をいじっている可能性もある。実は結構なBBAであることも」
「鬼なのね、その娘、てっきり人だと思っていたけど鬼なんだね」
風が吹く、吹く、吹く。
冷たく凍てった、真冬の風が音を上げる。
目の前にいる幼馴染はとてもとても恐ろしかった。今まで見たことも無い顔で、俺の知らない美優が其処にはいた。
「へぇっ、鬼ねぇ、鬼、鬼、鬼、人類の敵の鬼ねぇ」
気のせいだか彼女の口角が少しだけ上がる。
いいや、俺は知っていた。
美優が大和の事を知っているように俺も彼女の闇を知っている。というかむしろこの身で味わった。
俺は知ってて彼女を利用するのだ。
紫水はきっと今でも鈍感できっとあの姫君の愛の籠った言葉にさえ何ら疑問を抱かずに普通の言葉として受け取っているだろう。
「ハハハ、幼馴染が『彼女』に嫉妬とはな」
スプーン一杯の嘘を入れる。恋は盲目、恋する乙女は必死なんだろうよ。
会話の中に一言だけ嘘を混ぜる。
「まぁいいわ、貴方に騙されてあげる。今回だけは利用されてあげるわ」
気が付いていたか、これはちと予想外だな。
「ふっふっふ、お前も騙されたフリをしている方が都合がいいもんな」
ハイライトも何もかも消えた眼で美優は俺を見た、多分俺も。
美優の髪が宙を舞う。
「貴方はいったい何がしたいの?」
言葉に困る、とても難しい質問だ。
「それは莉乃さんに殺される事なの? それとも莉乃さんはもう用済みなのかしら? 莉乃さん以上に貴方を殺す適任者が出てきたからね」
うんともすんとも違うとも正解だとも答えない。
冬の亡霊染みた風が自らを貫く。
「貴方は紫水に恨まれるために紫水の彼女を殺そうとしているの?」
「今回は違う、今回は仲間の復讐、それしか頭にないしそれをしてどうなろうと知ったこっちゃない」
「今回は、ねぇ。じゃぁ、最終的には何が望みなの?」
「俺は昔のあの関係が欲しいのさ、紫水が居て、美優が居て俺が居て……」
彼女は憐れむような眼をして首を振った。
「貴方の願いも望みも叶わない、貴方の欲しているモノももう手に入りやしない。叶わないのよ、絶対に」
言葉が出ない、言葉か詰まる。
「大和、貴方はいつまで過去に縋っているつもり、その過去を捨てたのは貴方なのに。貴方は何時になったら後ろではなく前に眼を向けるの?」
それはとても残酷な言葉だ。
考えたくもなかった事だ。
一番言われたくなかった人に一番言われたくない言葉を言われた。
「大和はもっと周りを見るべきよ。視野を広げれば、過去への執着を捨てれば、きっと貴方の望んだものはそこにある」
彼女はとても優しく、いつかのどこか、紫水もいない頃に見せた優しい顔で俺を諭してくる。
「今にさえ眼を向けれればきっと生きたいって思う筈よ」
俺は静かに笑った。
「もういいんだ、もうほんとにいいんだ。俺はこんなんになってもこの世に意味を見出せなかった。変われると信じていた、変わりたいと願っていた。でも変わってもこの様でしかなかった。もう苦痛なんだ、嫌なんだ生きるのが」
「貴方は変わってなどいないわ、ただ昔感じた恐怖に固執して執着しているだけ。未だに貴方は貴方のままよ」
それが嫌なんだ、薄々分かっていたよ。目を反らし続けた、でも目を反らし続けても見えてしまう。
俺は昔我慢し続けていたことが出来るようになったと言うだけで何一つ変われていない。俺はただ力を手にしただけでなぁんにも変われちゃいない。
きっと世界が壊れれば否が応でも変われると思っていた。
世界は崩壊した、そして俺の常識も打ち砕かれた。俺は変われたと思っていた、俺は変わったと信じていた。
でも違った……。
俺は未だに失うばかり、誰一人として守れもしない。
あの弱いガキから何一つとして変われていない、那智の死で俺は全てを悟った。
「未だに紫水に執着して、粘着してるお前に言われたかねーよ」
無理に笑って何でもない様に答えた。
「フフ、そうね。貴方も私も似た者同士だからね。きっとあの人たちはお零れで私を選んだんでしょうね」
諦めた顔で美優は笑った。
訳が分からんよ。時々美優は訳の分からない詩的な言葉を話す。
「大和、一つ聞いていい?」
「何だ?」
「貴方は紫水と会ったらどうするつもりなの? 例え紫水が居なくなって私はもう貴方を好きになる事なんていわ、紫水を殺しても私は貴方に靡くことなんてない」
確実にはっきりと幼馴染は答えた。
「紫水の彼女を私に殺させて紫水と無理に敵対させようとしても無駄よ、全部貴方のせいにして私はやってないってことにするから」
「俺は……」
止めだ、それ以上を話したい気分じゃない。
「美優の未来視とやらでどうするか見てみたらどうだ? お前はどう見える」
「視える、手に取るように見える」
「そうか」
「先に言って置くけど私は紫水の味方よ。世界が紫水を悪だとしても私は最後まで紫水の味方で居続ける……」
例え貴方が敵になっても、そう言いたげであった。
「まぁ俺は別に紫水をどうこうする気なんてない。俺だってまた彼奴と友に戻れるならそうしたいよ」
これは俺の本心。確かなものだ。
美優の前で自然に笑って見せた。
「そうね……。でも貴方はきっと……」
「ん? 何か言ったか?」
「いいや。でも今回は貴方の仲間でいてあげる。大和の復讐に協力してあげる」
「じゃぁ俺も美優の正妻奪還作戦の口実になってやるよ。次の作戦からお前たちは戦場に出ることになる、彼奴らの調子はどうだ」
人やら鬼やらを無理にでも殺した新兵の調子はどうかと窺う。
「まぁ皆貴方の思うようにはなってるね、罪悪感なんてものはもう無いみたい」
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幾つか準備が必要だ。
あの反則な鬼の能力に勝つには。
「英雄さん、今日は何の御用で?」
応接室での会談。いや密談と言うべきかな。
机の上に二つのお茶が置かれる。
「大和!?」
予想外の見知った声が傍から聞こえる。声のするように顔を向けると
「銀雪か、どうしてここに?」
「あー、お二人は知り合いかい?」
清和軍の武器工場の長が何でもなく疑問を口にする。
「はい、彼と私は友達です」
「はっはっは、そうか、そうか」
ガハガハとこの中年は豪快に笑った。
「彼女は私の秘書だ。知っての通り私の工場は軍の武器工場の端くれでしかない。秘書を雇っている余裕なんて無かったから銀雪君が此処に来てくれて本当に助かっている」
そういえばそういえば、あの学校も卒業式を終え、いろいろと学生たちを世に出したと人づてで聞いたなぁ。
まぁ俺ら中退したからよく知らんが。
「それにしても来て即刻秘書とはすごいな」
「ええ、とても優秀な娘でスケジュール管理とかはもう完全に任せてしまってます」
張り付いた笑顔を見せる工場長。そしていつも通りにそんなの当たり前よと言わんばかりにテレもせず堂々とした銀雪。
「それで……。英雄さんが何でこんな小さな工場に?」
「武器が欲しい」
「それならば名古屋の大きなところに行った方が英雄さんのお望みの物が手に入ると……」
いいや俺の欲しいのはここでしか手に入らない武器だ。
「銃が欲しい、銃を作って欲しい」
彼は飲みかけたお茶により噎せ返っていた。
清和軍で銃を持つことは一種の禁忌だ。敵を倒すためには多少なりのルール破りは必要だ。
「それでウチのような所に来たのか……」
頭を押さえいかにも面倒事に巻き込まれたと言う顔をしている。
「あのっ……。私は聞かなかったことにして席を外した方が良いですか?」
「それは彼が決めることだ」
まだ春なのに汗をだらだと流す工場長は怒鳴るように答える。
「別に好きにして貰って構わんぞ」
そういうと銀雪はその場に残った。
工場長も工場長で色々と整理を付ける必要があるのだろう、眼を閉じ黙ったままであった。
そして数分が過ぎやっと眼を開け……。
「さて本題に入ろうか」
真剣な顔をして工場長が言葉を漏らした。
「銃が欲しい……。なぜウチに来たのか思い当たる節はある、多分君もそれを知っていて来たのだろう? ならば隠しても無駄だな」
工場長は一人で頷いた。
過去に土岐家の武装集団に銃を突き付けられた。そしてその後まひるに土岐家の銃の出どころを探らせたのだ。
そしたら此処が出てきた。
此処は表向きは清和軍の共同の武器工場、いわば公の工場。でも裏では土岐家と密接に金で通じ合っている親土岐家の工場なのだ。それに日ごろからここの工場長は軍に鬼を殺せる銃の導入を常々訴えており、それが原因でもあり彼は軍の思想を変えかねない危険分子と見なされこんな所に左遷されたと。
「これは私の首が飛び兼ねない事だ、君は本当に必要なのかね?」
「とても強い能力を持った鬼と対峙した、法外に強かった」
「それはどんな力なのか聞いてもいいかな?」
「血を操る力だ」
眼の前の人はキョトンとしてあまりにも反応が悪い。どうやらこれだけではその強さが伝わらなかったのか工場長は素直に首を捻った。
「私にはそれがどれほどの脅威か分からないな」
まぁ確かにそうだろうな。
「血を変形させて硬化させる能力と言った方が良かったかな? 人の形をした動く何かや血を固めて作った刃物、そして瞬間移動。奴は何でもしてくるよ」
「瞬間移動? 最後のそれ血とは関係なくないか?」
それについては俺も分からんのだよね、何故彼奴は荷物付きで瞬間移動出来たの?
「厄介な能力だ、近づくことすら困難な敵だ」
それから色々と工場長に敵の恐ろしさを説いた。
兎に角強敵で肉弾戦で倒すのが難しいという説明を聞いた工場長はそこで腕を組み眼を閉じ唸った。
「法外な強さな相手にルール外の力を使うと……。銃を作っても良いが君は英雄だ、それを使っているところを人に見られると私の首が飛ぶんだ」
はぁ、俺は静かに溜息を吐いた。あまりやりたくなかったが仕方ない。
俺は此処に交渉しに来た訳じゃ無い、俺は此奴を脅しに来たんだ。
「工場長、私は何処の所属か分かってますか? 貴方が作らないと言うのなら、土岐家の工場は……」
親指をいやらしく下に向ける。そしてゆっくりと首を掻き切る真似をする。
その動作を見ていた工場長も理解したようだ。
ここですでに銃を作っていると言う証拠は押さえてあるんだ。
「分かりました……。作りますよ、作ればいいんでしょう」
いい大人がもう完全に投げやりの態度だ。
「そうだ、ここの工場史上最高の銃を用意しろ」
「ああ、やるからには銃好きとして最高傑作を作るつもりでやるよ」
吹っ切れた様に眼の前の男は意気揚々と立ち上がる。
「貴方はいつもそんなやり方ね……」
後ろで新米秘書である銀雪が申し訳なさそうに一人頭に手を当てていた。




