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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第三章】新世界より From the New World
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【三章第三十話】 aLIEz


 何が起こったのかイマイチ覚えていない。

 あれが何を意味してなのか考える気にすらない。

 彼奴の言葉の意味に思考を巡らす気にもならない。


 いささか疲れた。

 何が起こったのか、何が起きたのか、何を無くしたのか、何を知ったのか、何を諦めたのか俺の頭はその何かで一杯一杯だ。


 岐阜奪還作戦の初戦である敵砦の攻略は失敗。

 それどころか膨大な犠牲を払うことになってしまった。


 原因は判明している、認めたくないが皆理解している。

 俺達は向こう側の人間を同胞はらからだと勘違いしていたことこそがこの失敗の発端。


 我々が見捨てた人類は生も死も敵さんたちに委ねてしまっているようだ。


 この戦い、初めから敵の手の中だった。

 おそらくあの少女も敵の手先、俺達が必死になって助け出した人々も皆鬼の信奉者。

 助け出した人間は皆揃いも揃って刃を手に取りその手を人の血で染めた。


 救出に向かった隊は皆々動揺し、そして追い打ちの新手の鬼の軍隊の出現。大いに、盛大に城の包囲に回った清和の兵たちは殺されていった。

 そして最後の一撃と言わんばかりに鬼の総大将の出馬。海道将軍とか呼ばれる総大将は驚くべき強さと文字通り太刀打ちできない超人的な剣捌きで清和の兵の戦うと言う気力を完全に奪いとってみせた。


 正しく、誰が見ても人類の負けであった。


 俺達は何とか敵を跳ね退け本軍と合流することが出来たが未帰還の全滅が確認された隊は膨大な数あった。勿論それで終わる筈などある訳が無い。敵は勝ちを完全勝利にするために城から打って出て追撃を始める。


 それでも何とか敵の猛烈な追撃を凌ぎ、熾烈を極めた撤退戦を制して軍は安全圏に入った……。


 つもりでいた。


 この戦い最初から最後まで相手の掌の上であった。

 川の向かいの街が黒煙を上げ鬼たちは続々と攻城戦でもするように岸に陣を張り、川を渡り、壁に群がっている、そんな様子が外へ出兵した皆の眼に映し出された。


 その時、皆は思い出した、とでも言っておこうか。


 武器を地に落とし、目の前にある確かなる真実に絶望した。

 あの鬼に攻められる街を、少し前本当にあったあの理不尽極まりない虐殺劇が皆の記憶から克明に掘り起こされる。


 村木大将は、瀬戸中将は、土岐大将は、額田中将は叫んだ。

『城門は開いていない、鬼はまだ我々の領地を踏みしめてなどいない』

 その言葉はどれだけの人々に届いただろうか……。

 そんな曖昧な小さな真実からの予測よりも目の前にある大きな真実からの決めつけに人は靡いてしまう。

 ただ狂った者達は別だ。


 動かない軍勢に見限りを付け、アポカリプスapocalypseと名乗る学生を主体に結成された集団は誰しもが足を止めず敵に向かって行った。

 まるで死したスパルタ王レオニダスの死体を取り返しにでも行くみたいにアポカリプスapocalypseは敵目掛けて駆けた。


 そんな彼らを恐れてか、これすらも敵の策略の内なのか鬼は木曽川を渡っている兵すら回収することなく韋駄天の撤退を見せた。

 残りの鬼たちは内と外から挟み撃ちにされてあっけなく木曽川の底に沈むこととなる。


 ただ今回は人類の完敗に終わった。


 俺達が砦で鬼と戦っていたころにとある人類の集団が助けを求めて人の世界に逃げ込んできた、だがこいつ等も鬼の手先。

 手先だけでは無く、その集団には人に化けた鬼も混じており、何も知らない防衛部隊は彼らを救うために門を開け敵を中へ入れてしまった。

 その結果彼らは晴れて遮る物の無い内側で思い通りに暴れ周り、外からは続々と鬼たちが攻城戦でもせんと集まり敵を内地で野放しにしてしまった。


 最終的には犬山や名古屋から土岐家の兵隊が鎮圧に来るまで彼らは喜々として思い通りに暴れ続けた。

 まんまと此方は敵の策略全てに引っかかってしまったみたいだ。

 

 その日はいろいろと有り過ぎた。軍も俺もいろいろと予想だにしない事が多く起き過ぎた。

 奪還戦に打って出た兵士もふらふらになり最前線だが紛う事無き内地にやっと戻って来たのだ。


 振り返る、振り返って見る。

 大まかな事態を上げればこんな所、でも俺はそれ以上に思う所が有り過ぎた。

 振り返る、振り返って見た。


「大和、あの戦場に俺の仇が居た、俺の家族を殺した敵がいた」

 一方的に友達宣言をされている守山黄平は俺を見るなりそんな事を愚痴った。

 彼は涙を流した。彼奴は俺と同じで敵討ちを成すことが出来なかった。

 それどころか守山は討つべき敵に命を救われたと言う。彼の家族を皆殺しにした、鎖鎌の宍戸と共に行動していた現代人と刃を交えた、しかし彼は敗れた。


 だがそいつは彼を捨て置き他の者とまた刃を交えた。


 そいつは姿形だけは立派な鎧武者になっていたようだが守山は敵の顔をしっかりと脳に焼き付けているために。間違えなく、間違えようもなく仇だと認識したそうだ。


 ただその敵に命を奪われることは無かった、その仇は彼の命に不要と見なした。

 守山は兵士としてすら扱われなかった、敵としてすら見られなかったことに心底嘆き悲しんでいた。

 そして今までより激しく敵を憎んだ。


 憎んだだけで彼はそこに圧倒的な力の差があることを自覚してもいたようだ。

 守山の仇は現代人、それも俺達と同じ学生のようだったと……。

 まぁいいや。まぁいいよ。


「大和、お前がもしそんな奴を見かけたら俺の代わりにそいつをぶち殺しといてくれ……。なぁに俺だって諦めた訳じゃ無いさ、でもお前が俺の仇を討ってくれるなら俺は納得も出来るし許せもする」

 うんともすんとも言わない俺に言葉だけを、自らの身の上だけを語って自称友達は寂しそうに影のある方に消えていった。

 守山は最後に振り返った、陰に隠れて良く見えなかったが、彼はどんな顔をしていたんだろうか……。



 なぁ紫水よ……。

 いや何でもない。


 -----------------------

 


 二〇一八年 三月 十三日

 寒い寒い冬を超え待ち望んだ穏やかな春間近、五感で冬の終わりを感じ取れるようになったこの頃、俺は部下を失った。

 友は春を見ずして天に上った。人やら命やらを沢山殺しているけど、俺は天に昇ったと信じたい。

 俺は友の為に精一杯祈る。

 冥府に繋がる大穴を探して連れ戻したい気分だ。俺は絶対に振り向かない、俺は外に出るまできっと振り返らない。


 でも彼奴は自ら最後の生きる道を拒んだ。


 人外になってまでも生きる。

 鬼を滅する我々にはとても残酷で今までして来たこと全てを否定事だ。それに彼奴はそれだけで自らの家系全てを否定することにもなる。


 本当は抹香を投げ付けてやりたい。


 那智も隊の皆も、あの戦場で死んだ者全ては一所に纏められ埋葬された。

 土地は有限、だからこそ彼らは同じところに眠る事となる。

 江戸から続く由緒ある鬼を討伐できる技術を持った京極家は後継ぎが居ない為ここで断絶。

 主を失った彼の家は軍に接収され。どこかの誰か、見込みのある学生が住まう家となることも決まった。


 時間は彼を亡き者にしようと進む。


 鬼に内地を攻められた責任を取り瀬戸家は清州以外の全ての土地の統治権を放棄。その殆どが村木家と土岐家の物となった。

 今や新たなる勢力となりつつあるアポカリプスapocalypseは瀬戸家からの独立を発表。彼らを支持する政治家を立て自らが防衛した一宮市の統治権を主張。


 彼らの信者はいいや、英雄の信者は多い。それが一番俺がよく分かっている。


 鬼の脅威を再度認識した民衆は彼らに救いを求め、世論を無視できなくなった本営はアポカリプスapocalypseを一宮の防人として起用。

 そして統治権を土岐家に与えた。裏も表も無く、版図拡大を目指す者同士一宮の中で醜く潰し合えと言う事だ。


 幸か不幸か鬼の襲撃があったことによって民衆は軍の敗戦を必要以上には咎めることは無かった。必要の部分は全て瀬戸家が請け負った。

 勿瀬戸家に身を置くものは大なり小なり被害を被った。

 瀬戸家に援助されている莉乃的には駄目な事なんだろう、でももうそんな事……。


 ドウダッテイイ。


 本当にどうでもいい。


 あれ以来俺が友だと思った者は皆俺の元から去っていく。


 耳障りな声が響く響く響く。


 イフリート、那智……。

 俺はどんな選択をすればお前らを救えた。

 成りたかった俺になった筈だ。俺は変わった筈だ。


 何度も何度もこの問答を繰り返しては同じ答えに行きついてしまう。


 本当に成りたかったのは……。


 俺が本当に欲しいモノは……。


「久しぶりね、貴方がこうして私を呼び出すなんて」

 彼女は怪し気に、そして変わってしまった己で変わらない姿形の笑顔を見せる。


「貴方はとても酷い顔をしている、血みどろの復讐に飢えたその顔は純粋な女の子に見せて良いモノでは無いわ」

 何一つ、眉すらも動かさずに幼馴染は俺を突き放す。少なくとも俺の知っていた美優はこんな風では無かった。

 多分美優の知ってる俺もこんなのでは無かっただろう。


「そうか、なら気を付けてる」


「無理ね、昔から貴方は感情を隠すのが下手だもの、そんなのになっても私には手に取るように見える」

 透き通った瞳が俺の全てを視る。見られたくない所も、知られたくない部分も、美優は全てを見通した様に俺を見る。


「残念ながらだけど、私はどうやら貴方の周り以上に貴方の事を知っているもの、今回何故呼び出したかだって大体分かっているわ」


「凄いな」


「怖いなの間違えじゃない?」


「でどーゆー事で呼び出したのか分るのか?」


「ええ、嫌でも見えてしまうから、これは言わば未来視に似た力」

 未来視に似た力それは幼馴染にしか使えない力であるだろうな。

 俺の心は嬉しも寂しいも恐ろしいも全てが入り混じってドロドロの訳の分からないモノになっている。


「幼馴染限定では無いわ。私が見ることが出来るのは二人だけ、それも結論だけははぐらかされた曖昧な未来視。啓示と言った方が表現的にはあっているかしら?」


「俺に聞かれても……」


「へぇ、私と貴方は同じなはずよ、でも貴方は選ばなかったのね」

 私と貴方は同じ……。そんな単純な言葉を嬉しいと思ってしまっている。

 でも美優はどうやら違うようだ。


「貴方本当に何も知らないようね、英雄さん」

 風が吹き抜ける、歪に満ちた風が駆け抜ける。

 同情と悲しみと憂いる様な眼、美優は何を知っていると言うのだ。そして俺は何を知らないと言うのだ。

 悲し気をいっそ強めるように、過去の関係を打ち払いながら風はとうとうと流れ去る。


 ふわりと舞う美優の髪。

 何だか懐かしい匂いがする。


 美優はゆっくりと目を閉じた、そして小さく息を吸う。

 分る、美優は何かを決意した。

 美優は何かを手放した。


「ごめんなさい」

 何度もその言葉が頭の中で繰り返される。

 期待した、勝手に期待した。

 分かっているのに期待した。

 勝手に、都合の良い展開を考えてしまった。

 美優があの時の事を謝りまた一からやり直そうと、また幼馴染であり友に戻ってくれるのではないかという淡い願いに似た期待。


「知っているでしょ? 私はもう貴方を好きじゃない、だからごめんなさい」


「は?」


「えっ、今回の呼び出しって私に告白するためのものじゃないの? さぁさ諦めた諦めた、長い片思いも此処で終りね。これからは心機一転莉乃さんとイチャイチャしてなさい」

 正直泣きそうです。告白してもないのに好きな子から振られました。


 知ったよ、こうなる事くらい。

 知ってたよ、美優が俺の事を好いていない事くらい。でもね唐突なんだよね、覚悟すら決められずに粉砕されるなんて……。


「あのなぁ、俺はそんな話をしに来たわけじゃないんだ」


「さぁ泣きたいなら莉乃さんの所で泣いてきなさい」


「なぁ……」


「ああ大和、莉乃さんと喧嘩中だったかしら?」

 その一言であの光景がよぎる。考えないようにしていたことが思い出される。

 莉乃の加減されたビンタは痛かった。とてもとても痛かった。


 それに……。

 あれとそれとは違う事くらい分かっている。でも……。


 俺を叩くときの莉乃と、俺を殴る時の親が重なって見えてしまった。


 ――とても恐ろしかった。


 それから莉乃とは何となくしか会話できていない。

 莉乃を見る度に見たくないモノが、過りたくない亡霊が眼にも頭にも過ってしまうから。

「なぁ、今日はそんな話をしに来た訳じゃ無いんだよ」

「知ってるわ、それで……」



 ――紫水が生きていると知ってどう思ったの?


 あの戦場に居なかった、何も知らない筈の幼馴染は確かにそう俺に問いかけた。


「何驚いてるの、残念だけど。貴方の周りで大和の事を一番知っているのは幼馴染わたしなんだから」



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