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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第三章】新世界より From the New World
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【三章???】 Sky message

 ただ自分の奥底に居ある何か。

 何の記憶かすらも私には分からない、でも感じることは出来る。


 私は何かに酷く憎み嫌われている。


 私は誰かに酷く恐れられている。


 愛とは恐ろしきものだ、愛とは時に人を傷つける。

 暗い暗い世界の中、私はただ一人。私は私にすらも未だ成れていない。未熟で発達途中の私、まだまだ一つの繋がった何かであった。


 運命共同体。

 私は人間ですらない何かであった。

 

 愛とは恐ろしい。

 愛とはとても恐ろしい。

 愛の名の元に人は狂人と化す。


 抵抗虚しく引きずられる私と繋がったもの、意地になって守ろうとしても結局ありふれた結末を迎えることになるであろう。


 生とは何か。

 生きるってなんだ?


 私は未だに何かにすら成れていない、私は私は生きてすらいない。

 私は生まれてすらいない。

 

 暗い暗い暗い。眩しい……。


 私を包み込んでいた暖かな水はその隙間から外へと流れだしていく、透明な私を受け容れてくれた液、赤く私を作り出そうとしてくれていた水。

 何が何だか分からなかった。

 あの時の私には何も分からない。


 だって生まれてすらないんだもん、斬られたと言う事さえも、死んでしまったという事さえも私は知ることは無かった。

 私はただただ母から意地に近い、半ば狂気に、復讐に、当てつけに近い愛だけを教えられた。

 私はそれしかなかった。

 

 私は生きることすら許されなかった。

 最後に感じた世界、それは酷く刺激的であった。


 目の前に咲く一輪の何か。

 母の眼の淵と同じ色。


 私は一秒たりとも生きることが出来なかった……。


 私は何か 私は何か 私は何だ 私は何だ 私は何者か 私は何者だ 私は何者だ 私は何者か 私は人か 私は人と呼んでいいのか 私はいったい 私はいったい 私は私を何と捉えればいいのだ 私は私自身を何と呼べばいいのか 私は何の為に 私はどうして 私はいったい 私はなんなのだ……。

 

 私は 私は 私は 私は 私は 私は

 私は 私は 私は 私は 私は 私は        我は……。わたしは われは われは われは 

                                       わがはいは われは


 我は我だ。

 我輩は我輩だ。

 我輩は知りたい。

 我は知りたい。

 我はいったい何者なのだ?

 我は一秒たりとも人でいることが許されなかった。


 我は人に憧れる。このようななりかけの人のような姿など……。

 このような母が途中で諦めた姿など。

 止められた姿などはもう要らぬ。

 我はどこかを進んでいる、暗き暗き。

  

 我は人に憧れる、我は人になってみたい、我は何者かでありたい、我は我に姿が欲しい。

 母から下ろされたこの体などもう要らぬ。

 母の腹の中でただただ裂かれるのを待っていたこの体などもう要らぬ。


 我は人になった。

 皆に愛される、皆が愛してくれる、皆が持て囃す一人の少女になった。

 この世のどんな綺麗な花をも入り交ぜた、可憐な姫となった。

 母のあの悍ましき液の匂いなど露知らず、全身からは誰も彼をも魅了する花の如き香しき匂い。白銀髪は風さえも手玉にとれてしまう。

 誰しもが誰しもに無垢な感情を振り撒けるこの愛らしい姿。

 我は我にやっとなったのだ。

 

 ただ我には名前など無かった……。姿形を手に入れようと我には人としての最低限の知識も良識も無かった。

 

 我は知りたい、我輩は知りたい。

 人についてもっと知りたい。

 我は我が何なのか知りたい。


 我は必死に様々な姿を仮て世を学んだ。

 どうやらこの世はあの母の園のように優しくはないようだ。


 ――お主鬼か、なんだ? はぁん、この世が知りたい? 私はこれから一つの時代が終わるところを見に行くがお前はどうする、付いてくるか?


 我を知っているような口振りの男。初めて我に理解者が出来た。

 初めて我は自分が何者か知れた、私は人では無いようだ。人の姿を借りた、人に似通っただけのモノであるようだ。


 ――お主名前が無いのか……。そうか同胞のよしみで私が付けてやろう。うーん、そうだなぁ。ああ、レイがいい、お前はレイがお似合いだ。


 陰陽師だと名乗る鬼は我にレイと言う名を与えた。

 我が人では無いという点を、人とは違うという点をいくつも教えてくれた。


 どうやら我は選ばれしモノであるらしい、我には秘めたる力があるしい、我には世界を一変させてしまうほどの強き力があるらしい。

 ただ我にはそんなモノどうでもいい、我はただただ知りたかった。

 我は人とは何か知りたかった。

 

 幕府が終わろうが、祖国が外の世界の者に下ろうが、同胞が此処とは別の何処かに追いやられようが、我は我を知りたかった。

 幾百年、我は様々な姿を仮て、様々な事を学んだ。

 そして様々な時代の人を見て来た。

 

 それでも我は愛だけを知ることは出来なかった。

 人間社会が壊れ、同胞がまたこの地を踏んでも我はそれを知れないでいた。

 我はどうやら可笑しな鬼らしい、我はどうやらとても変わった鬼らしい。

 力を持っていてもそれを制御できず、いいや使用すら出来ない我に同胞共から向けられる眼は酷く恐ろしかった。

 まるであの時感じた視線と同じものが混ざっていた。

  

 それでもあやつだけは違った。我を一人の人間としても、一人の鬼としても、一人の女性としても扱ってくれた。

 そして何より我を知ろうとしてくれた。

 あの我より何百も年下のあの男だけは我を我として扱ってくれた。

 その男はとても悲しい目をしていた。

 その男は我の理不尽を聞き泣いてくれた。

 その男は悲し気に自らの過去と、自らの境遇を我に語ってくれた。


 ――我は初めて思った。

 我は初めて心の何かが優しく締め付けられた。

 我はこの男を好いた。

 我はこの男の為なら何でもやると誓った、この男の力になりたいと切実に思った。

 

 一人の男の全てを受け容れ受け入れられたいた初めて思うことが出来た。


 ――紫水、我は好きだぞ。お主の事。お主の為ならきっとなんだって出来そうだ、紫水、我はもっと主の笑っている姿を見て居たいよ。

 

 我は今紫水の事ばかり考えているよ。


 紫水……。我は主の望みを叶えたい。


「これが最期だ、真柄まがら、我らと共に来る気は無いか? お主のその剣の腕や知識、紫水の下で使ってみる気は無いか?」

 我は紫水の為ならなんだってやる。 

 ただいささか、紫水は新人のせいもあってか付き従ってくれる部下も少ない。

 そして最近紫水の側近であったものが敵によって討ち取られてしまったのだ。


「ああ? 誰があの若造の下になんて、なぁレイお前が一発やらせてくれるなら考えてやらんことも無いぞ」

 嫌らしげに笑う長太刀をぶら下げる鬼。

 そうか……。

 

 目の前の鬼は一瞬で弾け飛んだ。

 赤い赤い情熱を蒔き散らかして盛大に死んだ。

 目の前の鬼は誰にも触れられずに死んだのだ。


「やり過ぎだレイ。殺すなと言っただろう」

「この男の態度、なんかムカついた」

「コラ、ゆうこと聞きなさい。ムカついたからって殺していいもんじゃありません」

 とてもとても加減された手刀が私の銀髪の上に落ちてくる。ああ、一挙一動が愛しいよ、私の為に何かやってくれるだけで心がふわふわするよ、紫水。

 

「ただ今日10人目だぞ、流石の我も怒りたくなってくるわ」

「俺は新入りだし、別にあんな風に罵倒されるのも慣れているからいいよ」

 慣れる必要なんてどこにある。


「以前ならお前の悪口を聞いたら宍戸が半殺しにしてくれたのになぁ、惜しい奴を失ったよ。見ておれ宍戸、あの軍の英雄とやら我はしかと同胞の仇を討つぞ」

 宍戸は一番最初に紫水の部下となったものだ。

 そして紫水も我も宍戸から剣を習った。

 宍戸は私達に戦場とはいかなる場所化を教えてくれた。ただそんな宍戸はもういない、あやつは武功に拘り過ぎた。

 あやつは名も知れぬ尾張の英雄とやらに殺され討ち取られてしまった。


「宍戸……。彼奴は残念だったよ」

 我の紫水は唇をぐっと噛んで今にも泣きそうになっていた。

 我はその宍戸の代わりを捜している、腕の立つ紫水の従者を探している。

 ただそれは中々に見つかることは無い。

 

 一部の人間以外、紫水に触れた事の無い鬼以外は皆揃って紫水を馬鹿にするのだ。想いお男の悪口など我は許すわけないであろう。


「長可、良き人材は見つかったか?」

 もう一人の紫水に臣従を誓った鬼に私は質問した。


「紫水さまの幕下に入りたいと言う下級の鬼どもなら大勢来ていますが、隊を率いる将となれるものは未だに……」

 長可はただただ首を振った。

「剣術指南なら俺がやりましょうか?」

「イヤダ、お前の剣の教え方は分かり辛い」

 擬音語だけで剣の振り方を教えてくるのだ此奴は。流石の我でも理解に苦しむ、というか理解できない。

 多分此奴は自身の才とセンスだけで戦ってきているのだ。

 

「はぁ、やっぱ宍戸さんに生きててほしかったよ」

「それは我も同意見じゃ」

「ああ、宍戸には生きてて欲しかった。俺はまだまだ宍戸から学びたかった」

 三人は揃いも揃って溜息を吐くのだ。


「そういえば長可、ほかの皆は何処にいる?」

「ほかの連中はあれですよ」

 そう言って長可は策から身を乗り出して紫水に彼らのしていることを教えた。


「やはりこうなってしまうのか……」

 とても恨めし気にそして悲し気に声を上げる紫水。お主は優しすぎるのだ。敵である人類の心配をするなんて。

「それが戦いですよ、まぁ相手が攻めて来なければ始まりませんが」

 我にも紫水も分かっている。

 きっと戦いは起こると、きっと敵は怒りに身を任せ、復讐で刀を研いで攻めてくるだろう。


「それにしてもこれが新しき戦ですか」

 とても広くて深い迷路のような塹壕に、見渡す限りの馬防柵。

 高々と大きく盛られた山には櫓のような施設が築かれている。


 見渡す限り鬼の皆々が絵地図を見て現場を監督する指揮者の指示のもとににモグラの如く広き穴を掘っているのだ。


「これが第二次世界大戦を大陸で戦い抜いて来た鬼のやる手段か、とても壮大だ」

「そうだな、これが本などで度々取り上げられてきた君たちの時代の戦」

「ここで大勢死ぬんだろうな、レイ」

「それは仕方のない事だ、戦いなのだから、殺し合いをするのだから」

 

 どれだけ足掻いても仕方のない事なのだ。

 鬼が死ぬのも人が死ぬのも、戦場に来てしまったのなら仕方のない事だ。


「じゃあ、俺も塹壕を掘りに出かけるか」

 服の袖をまくり、やらなくてもいい事を態々しに行こうとする、我はそんな誰にでも平等に分け与えるそんな優しい所が嫌いだよ。

 紫水、君は過去にその優しさで傷付いたんであろう。

 紫水、貴方はそこまでしてまでも皆に優しく振る舞う理由は何処にある。


「お供いたします」

 一人の忠臣は紫水のに付き従うだけであった。

「紫水、その服洗濯するの誰だと思っておる。別に行かなくてもいいじゃろ」

 そんな声を上げたところで彼奴は行く。

 ごめんと我に謝る仕草を見せながらも掛けていくのだ。


 銀色の髪がふわぁーっと風に靡く。

 

「レイ……。海道将軍様にあの話認めて貰ったぞ」

 紅く身を包んだ武将が後ろからそろりと現れ我に耳打ちするのであった。

「感謝する、山県殿」

「何の何の、誇れレイよ。あの作戦を考えたお前は誇ってよいのだぞ」

 

 私は一つ紫水に秘め事をしている。


「ただあの男にお熱なお前がこんなことを提案するとは思ってもいなかった」

「嫌な予感がしてな、お主にもそんな予感がするときはあるじゃろ」

 この歴戦の猛者は腕を組んで力強く頷いた。


「ではお主と紫水の配属先は離れお主には兵が与えられるであろう。では之にてご免、重忠殿と打ち合わせがある故」

 礼儀正しく武人は一礼すると鎧の音をガシガシと立てながら小走りに掛けていった。

 

 一人取り残された我は柵越しに周囲の景色を一望した。


 我は紫水に一つ隠している。

 本当はそれを嘘だと言いたい。

 本当は我ですらそんな事を信じていない。

 

 ただ我は確かに天の声を聴いた。

 天は我に確かに道をお示しになられた。

 我は半ば信じてはいないモノの、毎夜聴こえ、頭の奥底にこびり付く声を文字に残し書とした。


 予言者とやらは我にこの世の黙示を語った。

 ただ我は信じてはおらぬ。

 ただ我は気にしておるのだ。


 あの尾張の英雄とやらが、紫水が常々見せて来たあの男だったらと。

 あの黙示に記した人物の一人に紫水に酷似した人物が居る事に。


 黙示は語るのだ。

 紫水に酷似した人物は親友と刃を交える定めにあると。

 ただその結果は書いてはおらぬ。

 ただどちらが勝とうが世界は動くと。


 「我は心配だ、紫水。我は物凄く心配だ」

 我はお主にこれ以上悲しい目になど合わせたくない。

 我は知っている。お主はとても深い深い悲しみを抱えていると。

 

 でもどれだけ伝えようが我の愛はお主に届かないからな。

 あの鈍感……。


 我はお主の為なら何でもする。

 紫水、お主は知らなくてもいい。


 草薙大和……。この人物が尾張の英雄かどうかはもはやどうでもいい、だがこれだけは言える。このモノを決して紫水に合わせて居はいけない。

 心の何処かがそう言っているのだ。


 我は賭けに出るよ、我はその黙示から除外されているのか。

 我は因果の外にいるのか、因果律に関わらない音であるのか。


 きっと運命は我と草薙大和を結び付けるであろう。きっとあの声は我にそれをさせるなと言っている。


 ありふれた結末など我が変えてみせる。

 紫水よ、我が知らない間に草薙大和を殺すから、お主は何も知らないままでいてくれ。


 それに我はいささか草薙なるものに怒っているぞ。


 紫水を傷付けた奴は決して我が許しはしない。

 そのために我は力を己のモノとした。



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