【三章第二十六話】 戦争するなら弓、槍、剣で戦え!
人は歌った。
死んでいった皆々へのレクイエムを。
軍人は歌った。
刀剣に倒れた者達の事を、そしてそれさえも乗り越え進んでいく戦うことで自由を取り戻そうとした者達の事を。
戦場は叫んだ。
死に逝く己の悲しみを。
戦場は慟哭した。
今まさに人を殺すと、そんな叫びを。
血が落ちた、首が落ちた、旗が落ちた、命が落ちた、騎者が落ちた、砦が落ちた……。
弾が落ちた。
轟音と白く濁った煙に煽られながらもそれは射出される。音が響くたびに何処かの誰かは死ぬのだ。
一瞬だ。
喚きも、嘆きも、悟ることも無く人々は血を噴き上げた。
一瞬にして大量の人が倒れた。
悪魔は嗤った。
それを突き付けながら奴らは砕ける杯を見て嘲るのだ。
敵の指揮官の指示一つで穴の底から湧き出てくる雑兵、葉武者共。
馬は駆ける、矢は滝のように降り注ぐ、兵は怒涛の勢いで怯んでしまったモノ共に殺到する。
「抜かれました」
誰かの怒りを孕んだ音声が味方の誰も彼もに伝わった。
皆々は一瞬で決めた。殺す覚悟を、殺される覚悟を、生きる覚悟を、死んでもいい覚悟を決めた。
「我々も仕事をせねばならんようだな、総員戦闘準備」
掛け声、返事は様々だ、多種多様の答え方だ。
ギラリと輝く戦場の冷たい風で鍛え上げられた刀剣が皆の手の中にしっかりと握られた。
「征くぞ諸君ら。これは岐阜奪還に影響する大きな戦だ。此処で勝利を収めて即刻岐阜を取り戻そうではないか」
異常なまでの怒りに身を委ねた人類が我先にと親の敵に向かって力の限りを解放した。
皆狂いに狂った。
怒り狂っているのである。
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二〇一八年 三月 七日 水曜日
長かった冬の寒さも日に日に和らぎ所々で少しづつだが春を垣間見えるようになってきた。
所々尾張に蔓延っていた鬼の砦も完全に掃討、駆逐し尾張の地には鬼など微塵も残ってはいない。
敵の鬼はな。
尾張内の鬼の危機が消滅したことにより、人類は岐阜奪還戦の為の敵地の拠点確保を目的として尾張の兵をかき集めた。
ただ上の方たちは揉めに揉めていた。
一宮から羽島を超え直球で岐阜を強襲できる道を造るか、それとも犬山から鵜沼の方に出てじっくり時をかけてだんだんと敵の領地を喰っていくか。
一宮を事実上領有している瀬戸家や額田家は前者を推し、犬山を支配している土岐家は後者を推していた。
決定権のある村木大将は答えを出せないでいた。
それは自衛隊の上空からの偵察に出かけたヘリが持ち帰ったある知らせが原因である。
敵は羽島に大規模な砦を築き上げたというのだ。
ジグザグに掘られた敵専用の道に高く積まれた土塁、歩兵も騎兵も容易く阻めてしまう柵、それはまさに土が成ったその姿であった。
言葉だけだと一見中世式の砦だが堀は完全に塹壕そのものの形を留めていた。
敵は我々の銃火による、銃火の為の、銃火だけの戦いを知っている者が居るらしい。
ただ塹壕戦も最早時代遅れの戦術だ。対策など幾らでもある、特に鬼たちは制空権は取ることが出来ない。自衛隊の協力があれば多少の犠牲で済むと見積もられていた。
多少の犠牲覚悟で橋を渡るか、此方よりはある程度安全な方向を行くか。
上の人々は揉めていた。
ただそれも直ぐに終りを迎えた。
一人の少女敵地より逃げおおせて来たのだ。
少女は語った。
鬼の巣窟である岐阜の実態を、逃げる事の出来なかった人間がどのような仕打ちを受けて来たのかを。
木曽川を隔てた向こうの世界では人類は家畜の如く酷く憐れな扱いを受けているというのだ。
鬼に使役され、奴隷となり、酷使され、犯され、嬲られ、そして最後は食われる。
少女も酷く冷たい収容区の中で何時喰われるのか、何時犯されるのかと怯えて生きながらえて来たそうだ。
そして少女にも遂にその身を鬼に捧げる時が来たようだ。
食料として少女はその収容区から連れ出され敵軍に同行させられたようだ。
ただ少女は運が良かったみたいだ。
敵衆が砦作りに励んでいる中、一瞬のスキをついて其処から逃げ出した。
仲間をそこに置いてでも生きたい言う衝動が自らを突き動かしたそうだ。
そして少女はこちら側まで逃げおおせ、無事保護された。
少女は多くの情報を齎した。
ただその少女は数日後に発作のように鬼に怯え発狂し自殺した、唐突に無残にも可哀相にも簡単に死んでしまった。
それを聞いた村木大将は感情をあらわに酷く激怒し進軍を決めた。
目標はその敵の城。
人類も人類でその話を聞き皆怒った。
少女の死が起爆剤となった、兵士でない人類さえも言葉に出来ぬ怒りを露わにして木曽川の向こう側の敵に爆発させた。
兵の士気は上がりに上がった、最早最大限まで上がり人類が復讐の鬼と化していた。
鬼に怯え此方に逃げて来た少女は生前にこう言ったのだ。
あの敵の基地にはまだ人類が居ると、食料として連れて来られた毎晩死に震えながら囚われ生きながらえていると。
軍の目標はその囚われている人の救出と敵を砦から駆逐・退却させる事。
軍人、ブルドーザー、戦車などが一斉に敵に突撃して、敵の注意を引いているうちに上空から兵を下して少数精鋭での救出を行う。
そして救出を行った後は空中からの空爆で敵の砦を破壊し防衛能力を皆無にさせると言う作戦が立案された。
ただ敵は作戦通りに進めさせてくれるほど甘くもなかった。
自衛隊・清和軍の連合兵士計8千人が敵の砦と対峙したときに、推定一万五千の岐阜衆はとある奇策を繰り出してきた。
風に靡く各々の旗に紛れ込ませるように十字架に人を磔にし此方を威圧したのだ。
鬼どもは生きた人間を磔にした。まるで自軍の旗の一部であるかのように各所に生きた人間を吊るした。
先手での空爆はさせぬ、空からの攻撃をしてみるもんならこの者らの命はない。そう見せつけるかの如く人を盾としたのだ。
鬼たちは人類に焦りとより一層の正気を失わせるほどの怒りを植え付けた。
空を除けば、戦車を除外すれば戦線は予定通りに多方面に展開された。
当初予定されていた上空からの強襲は中止され、我が隊の役目は前線の兵たちが討ち漏らし中枢へと突撃して来る鬼の駆逐と、自軍が敵の主要地点の塹壕を突破し戦力が中央に集中しているところに手薄になっている側面を急襲しそこに囚われている同胞を救出すること。
始まりは午前7時、自衛隊の発煙弾の発射が狼煙となり、そして敵の眼を遮る霧となり幕が下ろされた。
塹壕を破壊せんとブルドーザーがけたたましいエンジン音を上げて敵地に突撃していった。
それに続くように兵士たちも人工的な霧の中へと突っ込んでいった。
確かに文明の利器である重機は多大なる功績を上げた、敵が幾夜も掛かって作り上げた堀を一瞬で更地にしてしまった。
だが一つ計算違いが起きたのだ。
人類には誰それを予測することは出来なかった。
前例がないのだ、それが使われることは想定すらされていないのだ。
霧が晴れると共に崩れ穴の開いた要塞が露わとなった。
霧が晴れると共に悪魔は嗤った。無知な人類どもに死をもって我を知れと、命を散らすことによって思い出せと言わんばかりに轟音を上げて悪魔は嗤ったのだ。
銃口がきらりと光り、嫌らしく笑う。
その遥か昔の老兵共は煙草みたく煙を吹かせ此方を睨むのだ。
双眼鏡を片手に戦況を見る部隊は、遥か空よりドローンを使い戦況を傍観する赤松吹雪は、自らの身体に向けられるはずのないそれを向けられた兵士たちは戦慄した。
おはよう、もしもし貴方方は誰ですか? と言わんばかりに引き絞られた弓から空へと矢が放たれる。
この攻撃は予想されている、この攻撃しか予想していなかった。
鉄の盾に身を隠した。
鉄の傘で降り注ぐ鋼の雨から身を守った。
刹那、それは叫びを声を轟かせた。
砲火銃撃。
それは先程の文明の利器には劣るものの確実にまた霧を呼び寄せ、煙を炊いた。
敵は鋼の雨と鉛の暴風を呼んだ。
乱れた乱れた、狂いに狂った。
怯えに怯えた、恐れに恐れた。
我々軍の人間は銃というものを知らないのだ。
与えても扱わさせても触れさせても知らせてもくれない。
初めて見る本物の銃撃。
初めて感じた爆音の、火薬の爆ぜる音。
ロバート・キャパの撮影した崩れ落ちる兵士のように人は地面に散っていった。
慣れていないのだ、知りすらしないのだ。
銃というものの、砲煙放火というものを、銃撃音というものを我々は知らなかった。
音とともに伝わる衝撃は、人々の心に押し寄せる衝撃はとても大きかった。
一瞬で最前線は乱れた。
そして畳みかけるように敵の鬼たちは塹壕からどっと出て崩れた兵士たちに突撃していった。
後方からの矢玉による援護射撃。
怯えた兵士の心を丸ごと折ってしまうほどの化け物衆の雄叫び。
装填を終えた鬼たちはまた正面に銃を向けた。
味方の背中に銃を向けた。
そうか、そうだよな。此処で撃ったとしても味方にその通る筈はない。
浮足立った前線の兵士たちは再度銃が自分たちに向けられたことに気付いている余裕なんてモノは無かった。
傍観者の我々の声は鬼の鬨の声によって妨げられている。
鬼が狙いを絞り引き金に手を掛けた、その時……。
彼らは知っていた、彼らは我々と違いそれに長けている。故に彼らの対応は柔軟でとても速かった。
味方の兵たちが入り乱れ足を止めてしまっているダンプカーを盾代わりにそれを防ぎ彼らは博物館の展示品であるご先祖に向かって今なお最前線で活躍する子孫をぶち当てた。
銃は敵の身体に効き難いであろう、ただ彼らの者らの武器は何も違わぬ普通の火縄銃であった。ならば如何様にも戦い壊すことは出来る。
緑の迷彩に身を包んだ、軍では無き戦う集団は見事に敵のガラクタをあの那須与一が海上の扇を射抜いたように一撃で屠って見せた。
「英雄殿出番だそうです。あの歩兵どもを蹴散らしダンプを動かせるようにしろとの上からの御達しです」
耳のインカムから聞こえる部下の声。
「抜かれました」
観測手である畠山が大音声を上げ味方に伝える。
俺は余裕をもって味方に命を下した。
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「殺せ殺せ、目に付く鬼全てが敵だ」
突進してくる鬼に影を飛ばして深く斬り込む。
「背を向けた敵を殺せ、二組になって一人は側面を狙え」
俺の隊は言われんでも分かっているだが前線の連合の兵士たちは浮足立っていてどうも怪しい。
鬼の一刀を躱した所に、透かさず法師の強烈な一撃が敵を薙ぐ。
「入り乱れるな、一所に集まれ、重機の道を作れ」
零番隊の皆々は叫んだ。
そして斬った、殺した。
「敵の鉄砲など此処にはもう飛んでこない、怯えるな、射程を意識して戦え」
味方が少しずつだが真面に機能するようになってきた。
敵の繰り出される槍を刀で受け、影を飛ばし応戦する。
莉乃に斬りかかった敵を側面から一気に叩く。
狙うは敵の露わになった脇か、顔、首。其処に攻撃が行きさえすれば敵はいとも簡単に崩れ落ちる。
敵の旗を踏み付け、敵の功績である味方の亡骸を蹴飛ばし、鬼を殺し、角を削ぎ、味方を鼓舞し戦った。
味方は後退し塹壕から少し離れているせいか矢玉は飛んでくることは無い。
ただここが完全に抜かれると本営の方に敵が行き味方にとても損害が加わる。
「吹雪、この衆を仕切っている将の位置を知らせろ」
何も無い所に向かって叫んだ。
耳からは少々の雑音に混じった吹雪の声が聞こえてくる。
「それが……。先程から探しているようですが全く見つかりません」
「では此方に損害を与えているモノの位置を知らせろ。とにかく少しでも流れを此方のモノとしたい」
「了解、しばしお待ちを」
ドローンを飛ばしきっと吹雪は一体をくまなく捜索するであろう。
だが……。
思った以上に鬼の動きが早いく強い。
味方が建て直せば、味方の混乱が元に戻ればきっと突出し過ぎた鬼には残虐の限りを尽くし殲滅するだろう。
一帯に響くエンジン音。
一瞬のスキをついて一機のダンプカーが鬼をなぎ倒し、地を抉り敵の塹壕目掛けて突進した。
塹壕は一瞬で一部が欠けた。
畳みかけるように投擲される自衛隊の手投弾。
多くの敵が一瞬にして生き埋めとなり、そして歩兵の侵入を防ぐために築かれていた策に風穴が開けられた。
兵士たちはハッと我に返った。
「隊長見つけました」
「聴こえる」
「はい?」
「これ以上はいい、敵がどいつだか分かった」
奴め鬼としてはとても装備が最新式だな。
それは御味方が崩れに崩れ恐れるわな。
向かってくる鬼を斬って一気にその鬼の所まで駆ける。
敵は鬼神の如き戦いっぷりだ、どうやら奴も此方の戦いに、今の戦いに触れた奴みたいだな。
味方をなぎ倒し鬼は此方を見定め敵とした。
「強き者の気を辿っていたらお前に辿り着いた」
角を露わにし此方との臨戦状態に入る敵。
弾籠めを行いレバーを引き安全装置を解除する。
「へへ、こんな戦いあの203高地での戦いに比べれば随分と楽なもんよ」
敵の鬼は銃口を此方に突き付けた。
「その刀と俺の有坂銃何方が早いかやってみるか?」
顔が少しばかり歪む、とてもとても面白い。
生きるか死ぬかの戦い、それは面白いものだ。
まるでいつもの様に俺は笑った。
此方は突きの姿勢、影が先に身体を貫くか、銃が先に俺を射抜くか。
まるで達人と達人が向き合ったように周りはとても静かで二人だけの世界となっている。
う・て・よ
静かに声もなく口を動かした。
「応」
その引き金を……。
鬼はとっさ身を捻り側面に向かって銃を発砲した。
戦人の本能で身の危機を伝えた様だ。
「効かぬわ」
銃弾を受けきった法師は渾身の一振りを旧日本軍の軍人に見舞う。
攻撃場所を予知していたかのように敵は小銃を使って受け止め、棍棒の如く振付けさっと姿勢を低くして法師に銃剣を突き付けた。
「効かない」
「それはどうかな裏切り者の鬼さんよ。この位置から撃てばただでは済まない」
銃剣は鬼の装甲に阻まれぽきりと折れてしまった。
ただ銃口は未だに法師の身体を真正面で捉えている。
「そうかな? お前さんの頭もよく見てみることだ」
頭に振り落ちる刀、撃つことなく敵は後方に後退した。
ただ引く場所を読んで後方からの剣戟。
敵は銃を棄ててサーベルで此方の一撃を捌く。
「将軍とは大陸以来の付き合い、俺とて剣術は幾らかは教えて貰ったわ」
競り合う刃と刃、たが一瞬のスキをついて此方に皮を斬らせる覚悟で身を乗り出すように銃剣を握り突出する。
これならいける、いける筈だ。
敵の一撃が首筋を吹き抜ける風のように通り抜ける。
男の服の袖が首と重なり合った。
「やむなし」
此方の一撃を左腕の全てを使って封じ切り後ろに後退した。
血飛沫を上げ敵の左腕は地に落下する。
ただ後退際にお返しと言わんばかりに銃剣を投擲する構えを取った。
「終わりです」
鬼の頭に光の一撃が走った。
切り口に残る凍結の跡。
血すら噴き上げずに敵は死んだのだ。
「大丈夫ですか? 大和君」
にこりと笑いもせずに冷気を漂わせた莉乃は問うのだ。
「私の出る必要はなかったようですね」
周りを確認しながら法師は再度刀を外に構えた。
空に狼煙が上がった。
敵の陣から狼煙が吹き上がった。
どうやら中央での戦いは上手く進んでいるようだ。
ここの戦線の鬼たちもきょろきょろと狼煙を確認しながら段々と後退していっている。
そして塹壕には怒涛の勢いでダンプカーが到来して新たなる戦いへの架け橋を作っていっている。
敵が浮足立ったのを見て味方勢は怒涛の如く敵の開いた風穴に突撃していっている。
敵も味方もその穴に集中しきっているみたいだ。
「吹雪、一度皆に帰還命令を出してくれ」
さて吊るされた人々を助けに行くとしますか。
「助けますよ必ず」
莉乃の一言は戦場に吸い寄せられ消えていった。




