【三章第十九話】 はじまりは今
あー本日も誠に晴天なり。
予報ではですが。
ああ、いつかのあの時みたいに鎌持った頭のおかしい子やその一族が襲撃してくる可能性は大いにある日です。
雨もなく、誠に本日は襲撃日和であります。
朝方に急に降り出す可能性もないとは言えないがやはり予報的に。
そしてどこぞの天童さんが爵位を貰います。ついでと言っては何ですけど俺も一番下の位を賜る事となります。
はい、この爵位を貰った瞬間から、私達は清和の四大派閥の一つに喧嘩を売る事となってしまいます。
何と運命とは残酷な事よ。
せっかく英雄ともてはやされて悠々自適な生活が送れるというのに……。
家が燃やされるかもしれません、夜に襲撃されるかもしれません、財産を凍結させられるかもしれません。
家が燃やされると本格的に嫁のデータや嫁の絵が無くなるので困るのでどうか止めて頂きたいところ。
莉乃が明智梨奈として壇上に上がり、天童莉乃として爵位を貰い天童姓を公表した瞬間に毎日毎日ガタガタ震えながら暗殺の恐怖に怯えることとなるでしょう。
――んなこたぁどおでもいいだにょ。
もうすぐ二月になります。
もうすぐ如月です。睦月型二番艦と同じ名前の月です。
只今ふぇぶらりーが直ぐ傍で顔を覗かせている状態であります。
あれです、タワーの時の一件です。もう直ぐ美優が来ます。
たいちょー美優に鬼殺せって命令できるかどうか心配、人なんて猶更です。
そもそも彼女俺の命令聞いてくれるのかなぁ……。反抗されても何にも言い返せなさそうです、てかその図しか浮かんできません。
というかどんな風に話せばいいのかすら分かりません。
なんで美優は態々俺の隊に所属しようとしたんだと言いたいところですね。
うちの班は人でも鬼でも何でもオールマイティーに殺す忙しい班なのに。
最前線送りだよ、望んで来たいとかいう班じゃないよー。
たしか畠山にこの班への転属希望書の山を押し付けられた気がするが……。まぁ、てきとぉにハリマと莉乃と伊勢に流しといたんだがそれが悪かったかなぁ。
だってあの時期忙しかったんだもん。いろいろと対談や勝手に会社に変な契約結ばされてたからその会社巡り、会食に、なんか知らんけど軍に無理やりに高家の令嬢とのお見合いをやらされたり。
その書類の山に美優のがあったんかな?
それでも俺の知ってる美優は自分からこんなとこ来ようとしないはずだが。
あああれだ。
もしかしてだけど、もしかしてだけど。
もしかして、美優は実は俺の事が好きで、居ても立ってもいられなくなり俺の隊への転属願を……。
あー、あー。分かってるにゃー、分かってるにゃー。
んな事無いことくらい分かってるよ。
ただいいだろう、わんちゃん、わんちゃん。わんちゃん俺のこと好きかもしれないしねぇ。
英雄もなんだかんだで男ですからそんな望みくらい持ったっていいでしょう。
これでも顔は知らんが、前莉乃が言ってたように俺だって財力も地位もあるんだよー、理想の彼氏ランキング上位入賞は出来る筈。
えっ、オタクな時点で駄目だって。
「きぃれまふかぁやぁまとぉ」
「聞いとる、聞いとる」
ああ、どうしてこんな酔っ払いの相手なんて……。
美優も法師も寝やがって、絶対寝たふりの奴おるだろ。
一人はソファーの上で、もう一人は炬燵に座ったままの状態で机に突っ伏して眠っていた。
明日、実質的には今日だけど、公の式典に行くのの前夜にこんな酔っ払いの相手をしてていいのか……。
これ最後の晩餐フラグなのでは……。こんな酔っ払いが最期の晩餐の相手かよ。
「それでれすねぇ、それで、それで? ああ、なぁんでやぁまとやりなやハリマは学校辞めちゃったんですか。いいのかー英雄が中卒で」
未だに酒による寝落ちせずにもはや今までの性格の原型を留めていない銀雪が妙に明るくはっちゃけながら声を上げている。
しかもこの質問何回目だよ。
「だからなぁ、学校いってる暇なんてないんだよ。それに中卒じゃないぞ、辞めた瞬間にあの学校卒業証書を送りつけて来たし」
俺と莉乃と法師は学校を辞めた。別に中卒でもなんでもよかった、仕事もわんさかあるし時間を作るためにも学校を辞めた、ただ一週間もしないうちに学校から卒業証書が家に送りつけられ勝手に卒業という事となった。
まぁ、世間的な評判や次の入学生を増やす為にもこの学校から英雄が出たぞー、みたいな煽り文句で呼び込めば一定数は集まるだろうけど。
しかしそれなら学校行く意味なくないか。こんな風に卒業資格を貰えるなんて。
「えいゆう、えいゆうて貴方いったいどこが英雄なのよー」
この酔っ払いの相手誰か変わってくれませんかねぇ。
「おい、なぁーにねようとしてる、さけはのめんでもいいからわらひぃの相手をしろー、なぁえいゆうのくせしてわらひのあいてができんのかぁ」
ビール片手に銀雪が俺の隣に座る、がっしり、しっかりとと此方の肩まで腕を回して。
「寒くないの、炬燵入れよ」
(訳) 隣に来るな、自分の所に戻れ。
「寒くはないわぁ、でも冷たいぞーやまとぉ」
銀雪は此方のほっぺを突きながら楽し気に言うのであった。
あーうぜー。
「手元が狂う、止めろぉ」
おい莉乃そこで寝てていいんか俺が酔っ払いに襲われそうになっているというのに、いいのか炬燵で呑気に寝てても。
「お前なぁ今日どうした? いつもはこんなんになるまで飲まんだろ、優秀な人間は酒の飲む量も自分で調節できるんじゃないのか?」
半ば、というか完全に呆れている俺が其処に居た。
おっ、倒せた、倒せた。
今までオンライン機能があったから簡単に人が集まったけど、もはやネット環境なんてどこにもない。
ソロハンターはつらいよ。一人で阿保みたいにデカいモンスターや世界を終わりに導く古龍やなんかやたらに連携してくる竜の夫婦(希少種)のイベクエをソロでやらねばならんから。
「寂しかったぞー、毎日毎日祈ってたんだからね、待ってる方の気持ちだってちょっとは考えてよ」
と此奴は急に泣きそうな声色になるんだが一つ思った事がある。
もしかして酒飲んだ俺もこんな感じなのかな。
カフェインハイてきなあれなテンションになっているんではないだろうか。
「剥ぎ取りの邪魔をするなぁぁぁ」
この酔っ払いさっきからベタベタと、挙句の果てにはゆさゆさ揺すってきやがる。本当に今日の銀雪のテンションはおかしい。
お前もしやこれが本性じゃないだろうな。
「おいこら、眼鏡をいじるな」
「やぁまとは何故軍では眼鏡してないのー」
酔っぱらいは俺から眼鏡を取り上げ自分に掛けるのであった。
どうどう見てみてと言わんばかりに。
真面目そうな顔して眼鏡をかけていない此奴の眼鏡姿は案外新鮮と言えば新鮮なんだが、でもねぇ、それ俺のなんです。
あとちょっとズレかかってる。
「どーでもいいだろ、眼鏡あるかないかくらい」
「うんどーでもいい」
ああ、俺もどーでも良くなってきた。
ただ部屋の時計はもう四時半を回ってて、正直起きていた方が明日の式典に寝坊した~なんてことは無くなるだろう。
ねぇねぇ誰か起きるか、此奴が眠ってくれ。
「やぁまあとの髪の毛サラサラ―」
「髪の毛をいじるな、おいコラ、セーブさせよ」
「これは没収する」
何とかセーブは間に合ったのだが俺のゲームは銀雪によって手の届かない所に置かれてしまった。
いやー炬燵から出るのって本当に億劫だな。
「一つ質問です」
手まで上げてこいつは小学生か……。
「なんだ?」
いつもなら嫌だと言っていたが嫌だと言ったらまた面倒な方に進みそうなんで。
一先ず、長らく放置され冷め切ってしまったコーヒを一口。
「どーして大和の髪の毛から莉乃のシャンプーの匂いがするの?」
グッ……。
一瞬コーヒを吹き出しそうになった。
「毎日使ってるってわけじゃないからな。それにあれ高いやつだしいろいろと便利でいいんだよ。もともと髪がすごくぱさぱさな人間だったんだし」
あれだ、英雄になってから色々とそとのお偉いさんと会うことが多くなったから身だしなみの為に……。
別に下心があって使っている訳じゃ無いからな。莉乃と同じ匂いになりたいとかそんなことは微塵も思ってないからな。ただこれを思ってしまった時点でもう駄目なんじゃ。
「はげますよぉ」
「ハハッ、禿げるまで生きてれるかな」
何だか少々虚し気な声が漏れ出て来てしまった。
「生きるのです、生きねばならぬのです、生きなければいけないのです」
彼女の頭の上に置かれる手。
案外こいつもさらさらしてんな。
「それならな、明日とっても大切な式典があるんだ、だからさぁ……」
「浮気、寝取られ」
目の前の莉乃がばっと目を覚ました。
「おい今更起きるなよ、そして勘違いだ。おいお前はこーゆタイミングで寝るな」
さっきまで騒いでいた酔っぱらいは此方の肩を枕に夢の国へと船を漕ぎ出したようだ。
「お前もしや起きていただろ」
重い瞼をゴシゴシと擦ってる莉乃を指しながらそんな事を口走っていた。
「ふぇぇ? 今回は誤解です、本当にさっきまで寝てましたよ。ただなんかびくりと来るものが有って……」
結局俺は徹夜で式典を迎えることとなった。
まぁ徹夜は慣れてるけど、ちょっと今までとは違うんだよな。
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徹夜で大鎌持ちの頭の可笑しい娘や大太刀の彼奴と戦わなければならないんか、本当に鬱だ。せめてぐっすり睡眠をとってベストな状態で戦いたい。
それに銀雪は家で寝たまんま。帰ったら家が燃えてましたパターンとかないよな、流石に鬼畜の土岐家さんでもそこまではしてこんよね?
嫁をもし焼いたらどうなったって知らんぞ。。
だがまるでこの言い方銀雪があれみたいじゃん。
なんか今日はテンションが可笑しいな。
そして隣でそわそわしてる莉乃、やっぱこいつも襲撃の事警戒してるんか?
「たいちょ、たいちょ」
ぴょこぴょことこの幼女はオーダーメイドでしか手に入らないらしい正式な式典用の服をフワフワと浮かせながら飛び跳ねるのだ。
この響の話を聞くにはちょっとばかし腰を落さねばならぬので疲れるのだ。こちらも着慣れぬ礼服に勲章をふんだんに盛り込んでいるんで。
「何だ?」
よっこらせぇっと腰を下ろして。
「莉乃ちゃんの服装褒めなくていいんですか? あれは隊長の褒め待ちですよ」
というのはまぁ横流しして。
あれ? 響の言葉に何か引っかかるものがある、それは形を成し声となり……。
「そういえばだがお前何故に莉乃の事莉乃だと知ってるんだ?」
「私はこの隊の裏での仕事を取り仕切っていましたから分かりますよ、それに心配しなくても私は隊長や莉乃ちゃんの味方です」
そんな事ではい分りましたと計画を解くほど俺はいい人間じゃないんだよな。
最悪此奴が土岐家と繋がっている可能性だってあるのだし。
「口だけなら何とでも言える。それにで出会って間もないのに逆にどうして俺たちの味方だと言えるのだ?」
心の中の不信感膨張しどんどんを破裂に向かって突き進んでいっている。
「隊長また耳貸して」
いつものあのあざとさを消した多分響の本性の方の口調で彼女は言うのであった。
はいはいと腰を落して……。
「私はこの隊に入る前は天童家で仕事してたの。屋敷が襲撃された日というかその結構前から瀬戸家の応援として貸し出されていた、それで屋敷が襲撃されてそのまま瀬戸家の旗下になった、これで信用してくれる?」
口だけなら何とでもいえる、口だけならな。そんな物口から出まかせでも何とでも作れる。
「私は今でもそこに忠誠を捧げているつもりだよ、例え当主が私の顔を見た事無くても、例え主が私を知らなくても。それにほんとに裏切る気があるならもっとうまくやるさ」
彼女の唐突な言葉に周りの隊の人間はキョトンとなっている様だ。
響は俺の背中を力強く押した。
「ほら、褒めて、それくらいはしてあげてね」
だが、止まる。褒めるって如何褒めればいいの?
そーゆむちゃぶりは無しにしてもらいたい。
「みんなー隊長がこれから莉乃ちゃんの事褒めるよー」
周りの反応は様々だったが、明らかに数名莉乃で梨奈が莉乃だということを認識しているという反応を見せた者が居た。
ああ、案外バレているんだな。
「大和君……」
畠山と何かを話していた莉乃はくるりと後ろを向き俺の方に向き直る。
いつもとは違う、いつもは見ることも無いデティールの凝った服装。なんかフワフワモコモコしてそうな俗にいうゴスロリと軍服を混ぜたようなそんな感じだ。
そして周りも周りで一切茶化しなどを入れない、真剣な目で眼差しで此方を覗くのだ。
計ったな、響よ。
これ絶対に何か言わねば駄目な空気じゃん。
「お嬢様みたいだな」
一人を除いて皆が皆引きっった顔をした。しょうがないじゃん一番初めに思い浮かんだことなんだから。
「大和……」
「隊長……」
「英雄……」
それでも莉乃だけはどこか嬉しそうに微笑みを返してくる。
そうだよ、そうだよ。今のは何の裏表もなく褒めたんだよ、分かってくれたんだよな。
思えば面と向かって人を褒めたことなんて俺にあったのか?
褒められたかった俺は言葉に出して人を褒めたことはあるのか?
「莉乃ちゃん、通訳求む」
響が本人がいるのに態々莉乃に通訳を頼むのであった。俺日本語話してないん?
「つまりですねぇ~」
嬉しそうにこのお嬢様は頬に手を当てている。
「このお嬢様みたいだなぁという言葉には大和君のお嬢様萌えという意味も含まれている訳でありますよ。つまりこの一言に良いも、可愛いも、俺の好みだも、含まれていると、大和君は心から褒めているんですよ」
「大和……」
「隊長……」
「英雄……」
「隊長お嬢様萌えだったんですね」
にやけたような面で那智はポンと肩に手を当てうんうんと頷くのだ。
間違ってはない、間違ってはないが俺が好きなのはこんなポンコツな落ちぶれたお嬢様じゃないんだよ。残念ながら。我儘、プライドが高い、高飛車、それは現実世界ではただ単に嫌な人間だ。
まぁ確かに莉乃はどれも当てはまらないけど……。
俺の理想のお嬢様ってのは。
まぁちょっと世間知らずな所があるのは可愛いと思う、二次元のに限るが、甘えたがり屋なのに尽くしてくれる所があるのも可愛いと思う、二次元に限る、ちょっと天然で、でもそれを隠そうと背伸びしている姿がある方が可愛いと思う、でも二次元に限る。
あれ一言抜くと……。
まぁな、まぁな、確かに前も思ったことあるが昔は莉乃のような感じの娘が好きだったよ……。でも、でもね。
つまり二次元でない時点でダメなんだよ、三次のお嬢様なんてロクな奴がいない、あの学校で大勢のお嬢様を見て来たけど。
「ありがとう、大和君。地位だけでも私をまたお嬢様にしてくれて」
「気が早いんだよ、気が。もしかしたらどっかの頭おかしい大鎌女が襲ってくるかもしれないし、その元締めが総力を結集して止めに入ってくるかもしれない」
「だから我々が警備に回るんですよ隊長。この命に代えても絶対守り切って見せます。多分ここにいる人は皆そう思っていますよ」
伊勢の言葉を皆が真剣な顔つきで飲み込んだ。誰一人として嘘偽りを言っているような感じではなかった。
俺と莉乃はこの式典に参加して晴れてお貴族となるのでここでの指揮を全て伊勢に一任して伊勢たちと別れた。
そのまま何事もなく式典は始まった。
周りの人間はどれだけ金を積んで貴族階級を手に居れたんだろうな。
ただ企業の社長や上層部よりも、どちらかというと今回の式典は軍人の方が比率は多めだ。
流石にここを襲撃するほど土岐家も馬鹿では無かった。
少なくとも俺が貴族の一番下の爵位を貰うまでは何事も起きずにダラダラと式典は進んだ。
そして晴れて俺は特権階級となった。
別にどこぞの国みたく肩に剣を当たられることも無くただ証明書と徽章を受け取ると言う至極簡単な内容であった。
学校の表彰式かという位に流れ作業で大勢の者が特権階級へと上がるっている。
といっても金持ちの一族の息子などはこんな一番下の爵位くらいなら普通に持っているのだからこんなものなのかもしれない。
この爵位を得たからと言って議会に参加するのはほんの一握りだ。
それ以外は象徴程度にしか扱っていない。
まぁ俺もそうだ。軍が配慮してこちらにも一番下の爵位に付けることとなったが、この位はお飾りでしかない。
しかしそのお飾りがこの狭き世界では大きな影響を及ぼすんだよな。
式は何事もなく過ぎていき、俺が爵位を貰った数時間後には莉乃も公爵の位を賜っていた。
莉乃もまるで快晴、何一つアクシデントも起こらずに市長から公爵の位を賜った。
よく考えてみたら流石にこの場を襲撃できるほどに土岐家に力がある訳でもない。此処を襲撃して無事に名古屋で生き続けられる家なんて……。
ただ変えられない事実が其処に、明智梨奈は明智梨奈という名を捨てて、市長から天童莉乃と呼ばれ天童莉奈としてその公爵の徽章を受け取った。
此処に天童家は再興された。かつての栄光などそこにはない。
主君一人、部下一人、化け物一匹の天童家が再興された。




