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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第三章】新世界より From the New World
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【三章第十八話】 ゼロイチキセキ

「知らない天井だ」

 とお約束を言っておこう。だが此処はホテル知らなくて当たり前だ。


 しかしどうしてこうなったと自分に問いたい。


 えーっと昨日は……。



 昨夜は……。



 最後どんな風だったっけ。



 おいおい、大和君はヘタレなんだろ? いきなりどれだけステップアップしてるんだよ。いったいどれだけの大人の階段飛び越えてるんだよ。


 大和君まだ、まだキスだってしていないのに……。


 魔法使いだと言うのに、せっかく魔法少女目指して頑張ってたっていうのに全部台無しだ。

 どうして俺はこんな事をしてしまったんだ。


 大和君は鈍感・難聴系の男の子なんだろ? 


いったい何故にそんなピュアな少年がいきなりラブコメ通り越してただのラブに手を染めてしまっているんだ。


「やまとくん」

 体が無意識にびくっと反応してしまった。

 ああ良かったただの寝言か。


 隣で莉乃が見えない何かを掴みようにワシワシとてを動かし幸せそうに寝ていた。

 頭が重たいが心臓が止まりそうなくらいに自分の謎の行動に驚いている。


 だがちと待てよ。


 仮にこれが事後だとするならば何故お互いの服装は此処までキチッとしているのだ?  


 莉乃も莉乃でその真っ白のフワフワもこもこしてそうなパジャマに全く乱れはない。

 俺の方も変わりない。


 で……。 多分ここは莉乃の部屋だな、多分。


 莉乃は未だスヤスヤとあざとい寝息を立てているような有様だ。

 自身の中に一つだけのとても強い考えが生まれた。そしてそれが生まれた時には……。


「よし、これを無かったことにしよう」


 そのままゆっくりと転げるように。そおっとそおっと風が極力入らないように極力静かに布団から這い出て、そのまま何事もなかったかのように俺は莉乃のベットに背を向けて……。


 何者かが抱き付くように自分の体を押さえた。


「やぁまぁとぉくーん。どこへいこうとしてるのかなぁ」


 童謡でも歌うようにゆっくりゆっくりと口ずさみながら俺をベットに引き戻そうと全力で引っ張ってきている。

 急だった為に、不意を打たれたが為に成す術もなく簡単にあのゆるふわな地獄に引き戻されてしまった。


 人間真実を知るって残酷ですね。

 っ取り敢えずベットの淵に腰を掛けた。


「昨日の記憶が全くないんだが……。俺何をしたんだ」

 視界が突然ぬくい漆黒の中に堕ちていく。


「さぁ、なぁにをしたんでしょうかねぇ」

 フフフっと笑う莉乃が、耳元で吐息交じりに呟く彼女の全てが怖かった。


「ただ英雄さんは部下に夜這いを掛けちゃう悪い英雄さんってことがわかりました」

 ああ、いっそのこともう事後ならばここで墜ちてしまおうか……。

 あれだけの狂ってしまうほどの悲しみや寂しさなどはもう見たくも感じたくもない。


 全身がナイフに刺されるように痛む。


 このままこの痛みを受け容れてしまったら……。また俺は逆戻りだ、いいや俺は弱いんだ、誰一人として守れない。


だから誰かに守って貰えればそれでいいのかもしれない。


 それに莉乃だってお嬢様だし、優秀だし、俺にもったいないくらいのスペックの持ち主だ。

 そもそもどうして拒否する理由があるんだ。


 ――大和。

 

 暗黒の中に篝火が一つ。

 自らの恐怖を薪にして焚き上げたメラメラと燃え盛る深炎が形を成し声を成した。


 み……。


 視界に光が射す、眼を朝日が焼き付けた。篝火は周りが暗いからより目立ちよく映える。

「せっかく財力も地位も見た目も全てが揃った理想の彼女ナンバーワンが大和君を包んであげているのに、ほかの女の子の事考える大和君なんてきらい」

 ぽかりとかなり加減された拳が背中に飛んだ。


「それで本当に俺は昨日の夜にお前に何をしたんだ?」

 くるりと振り返って莉乃の眼をしっつ狩りと見据えて質問を投げた。

「さぁーぁ。何をしたんでしょうかねぇ」

 怪し気に意味あり気にこのお嬢様は微笑むのであった。

 だが俺はこれで分かった。謎は全て解けた(キリッ)。


「よし昨日俺はお前に何もしてないな」


「どうしてこの状況をでそれを言えるのですか……」

 ため息交じりに莉乃は呟いた。


「お前俺が本当にやらかしたときはそれを盾に責任とれだのなんだのと責め立ててくるだろ。だが今回それはしなかった、つまりは俺は無罪だ」


「えぇ、何処をどうとれば無罪になるんでしょうかね……」

 呆れかえった莉乃は作り上げた微笑みを消して此方の此方の顔を覗くのであった。

 黒い黒い瞳に覗かれた瞬間にまるでギリシャ神話に出てくる怪物メデューサに見つめられたかのように動きを止めてしまった。

「まぁそうだね。大和君は何もしていないよ……」

 瞳に映った少年も瞳の持ち主もまるで世界が終わるかのような悲しい顔をしていた。


「でも大和君の中での私の立ち位置が分かったから、私はそれでいいの。私は大和君を肯定してあげる、私は代わりでも代用品でもいいよ」

 頭を撫でるように耳に彼女の手が触れた。


「きっ、昨日俺はお前に何を話したんだ……」

 とてもとても真剣な、強敵と対峙するときのような眼をして俺は彼女を睨むように見ているのであろう。

 彼女は寂しそうに二度髪を梳いて虚ろに笑った。


「アスタルテたん」

 それはとあるネトゲで昔使っていたプレイヤーネーム、正式には違うが。


「ふざけるなよ」

 気が付いたら体を反転させて莉乃の肩をがっしりと掴んでいた。いつの間にか考える間もなく体が動いてしまっていた。


「私はそれしか聞こえませんでしたよ。とてもとても泣きそうな大和君がアスタルテたんって言うなーと寝言を呟くことしか」

 真剣な目の莉乃がそう答えた。


「そうか」

 やり場を失った両手から力がするりと抜けていってしまう。良かった良かった、これで押し倒していたらそれこそ問題発生だからな。


「ヘタレですね大和君は。半ば無防備に寝ている美少女を襲わなかったんですし」

 半分ジト目がかった目からの視線が痛い。


 ん?


「お前もしや俺が起きた時から寝たふりしてただろ」

 いたずらっ子っぽく莉乃は笑うのであった。


「此方こそ言いたいですよ突然部屋の扉を叩いてきて、部屋に居れてあげたらベットに押し込んできて……。それで何で寝ちゃうんですか。私がどれだけ苦悶の夜を過ごしたことか」

 よく見たら薄っすらとクマを浮かべた莉乃が真剣に語っている、がしかし。昨日の俺そんなことしたのか。


「それで昨日は眠れませんでしたよ。大和君のせいです」

「んでなんで最初寝たふりなんてしてたの?」

「事案を作るためです」

 何のためらいも躊躇もない即答だった。


「それと女の子は寝言であんな風にわざとらしく人の名前なんて口にしませんよ」

 まてまてそれだと俺寝言で過去のネトゲネーム言ってたらしいんだが、そこんところは……。


「誰調べだ、ソース出せやソース」

 ソース? と彼女は首を捻った。


「私調べです。質問対象者二人。ただしさっきの寝言云々を落す作戦として考えたのは桔梗です」

 このお嬢様はどうこう言うつもりはないが、桔梗よ……。結構古典的というか大衆的だぞそれ。


「お前ら仲いいな。闇深だと思っていたけど……」

 やばっこれもしかして地雷か。踏み抜いてしまったか。

 一瞬彼女の心の闇が表に出たような気がしたがそれは簡単に引っ込んで優しい顔で首を振った。

 ただその動作の数十秒と経たないうちに彼女は一気に太陽の如く明るく、目がキラキラと輝いた。

「そーいえばですねぇ大和君。この前の戦いで大和君、私に主君の在り方が云々と明らかに当主として扱いましたよね」

「まぁそうだが」

「つまり大和君と私の関係では私の方が上。つまり主君である私が命令したのなら家臣である大和君は命令に従ってくれるんですよね勿論」


 はぁまた馬鹿な事を。


「傀儡の癖しておいおい本能寺起こすぞ。俺が織田家の名を奪って、織田大和とか名乗ってやるぞ」

 なんでだよ、何で此奴顔に手を当てて喜んでるんだよ。


「つまりはあれですね。大和君が私の婿養子になる、そーゆーことですね。そーすれば織田でも天童でも滝川でも名乗れますよ」


「まだ滝川の事覚えているんかよ」

 朝からやけに高い此奴のテンションは正直この頭の痛みの中では結構堪えるものだ。


「それとですねぇ、前言わないでおいてあげたんですけど。あの時の演説桶狭間の戦いでの今川義元の陣に突撃するときの信長公の台詞の一部を引用してましたよね」

「でなんだ、引用くらい別にいだろ」

「まぁいいですけど」


「なぁ一つ聞いていいか?」

 あざとげにこの少女は首を傾けるのであった。

 つまり聞いていいと。


「お前ってどっちが本物なんだ?」


「どっちがというと」

 明らかにさっきまでの笑顔溢れる余裕さなどはもう失われている。

 表情がどんどんと硬く強張ってしまっている。


「私は……。多分どっちも私なんだと思います。お父様といた時の私、大和君の言うお嬢様な私も私ですし、その頃から心の何処かでは、こんな風な子に憧れてたっていうのも事実ですし」

 頷くように考え、心の本心を覗いた莉乃は首を振った。


「いいえ、多分これは同じ女子高の友達のように、お嬢様で中々自分の思ったことを口に出せなかった私はあの娘のように容易く内心をさらけ出せる娘になりたいと願っていたんです」


「それで今の自分の事をどう思うんだ? こんな筈では無かった、こんなものに憧れていた訳じゃないんだ、どれだけ足掻いても所詮紛い物でしかない……。そんな風に感じることはあるのか?」


 心が陰るように、黒く黒くそして理解しがたい色でどんどんと塗りつぶされていく。混じりに混じった工業廃水に汚れたどぶ川のような色がどんどんと体全体を蝕んでいく感覚を覚えた。


 そんな中……。


 一気に降下するような感じ。


 俺の体に腕を巻き付けてベットに倒れた莉乃に従い俺もそのまま下へと墜ちていく。


 イタイ、イタイ。


 このままではなんだか駄目な気がする。このままいってしまうと本当に俺は消えてしまう。

 この最後の一線を流れるままに越えてしまったら……。


 必死に軟らかな地面に手を付いた。堪えるように抑えるように、蓋をするように。

 彼女は綺麗すぎるのだ。無垢で純粋でまだ何も知らない。こんな俺でさえも放っておいてくれない位に。


 責任なども何もかも放棄していく俺はこの先には進んではならない。


「大和君」

 心の中が冷めていく、何処かで冷めるなと望んでいる自分がいるとは思うのに。


「私は私です。あれも私、これも私です。誰かの真似をしている私も私で、誰かを演じきっている私も私です」

 陰に埋もれた莉乃はそういうのであった。諭すように、慰めるように。


「そりゃぁ、私じゃない誰かが自分の心の中に居たんですからそれくらいの事は手に取るように分かりますよ。だから今の私は私です、偽物でも紛い物でもなく紛う事無き私です」

 頬を撫で上げるようにその手が吸い付いた。

 

「大和君は自分の事嫌いなんですか? 私も正直言って自分の事は嫌いです。ふと考えてしまいます、そうしていつも辿り着く結論があります。私は足りないモノばかりだと。でも……」

 柔らかく滑らかでそして痛い。心をズキズキと刺すような。


 でも力が入らない。


「大和君の事は好きですよ。大和君の全てをどんな貴方でも、例え私の事を好きじゃなくても、私は貴方の事が好きです。だって貴方は私に私を与えてくれた人だもの、貴方が取り戻してくれたから私は私の事がほんの少しだけ好きになれたの」

 残された最後の線に斧が入りそうになった。ほんの一時だが完全に俺は願いを捨ててしまった時が存在した。


「知ってた」

 多分虚ろなジト目で莉乃を見返していただろう。


「愛が重い、その愛ほかの人に注ぎなさい。もっと権力を持った人とくっついて天童家を二度と乗っ取られない位の大きな家にしなさい」


「知ってるのを知っていましたよ。でも酷いですね大和君って。私の一世一代の告白をこうも簡単にふるなんて、自分から望んで来た癖して」


 もしだ、もしもの話だ。

 いやここでそんな事考えるのは止めておこう。もし俺にこの願いがなかったとしても俺は美優を取っていた可能性の方が高いから。


 莉乃の手が体から離れていく……。


「こんな事言って悪いが帰っていいか? 今すっごく体が怠くて頭が痛い」

「膝枕してあげましょうか」

「いやいや、俺そこまで膝枕信者じゃないから」

 思い出したように彼女は作った拳で掌を叩いた。


「大和君はなでなで信者ですからね」


「違うし、一体どこでそんな事を」


「ツンデレですね、いやこの場合は捻デレかも。まー昨日の大和君に聞いてみたらどうですか?」

 あーもうどうでもよくなってきた。

「そうそう、そーれーでー。9時に部屋をノックしてくれ」


「ああ、ムードも何もかもをもぶち壊していきますね……。まぁ分かりました」

 ベットから降りてスリッパを履こうと……。あれ俺スリッパすら履かずにここに来たんかよ。


「すまんかったな、いろいろと迷惑かけて」

 莉乃に背を向けているので表情は見ることは出来ない。

 そしてそのまま逃げるようにその部屋のドアノブに手を掛けた。


「別にそこは気にしてませんよ。だって私はどんな大和君でも愛していますから」

 閉まるドアの音と部屋の奥底からそんな声が聞こえた気もした。


 だが……。


「殿……」

「たいちょう」

 あれだ、ばったり会っちゃった的な。


 FPSなら構わず死ぬまで撃ちまくってた。

「おい、あっ、察しなんて目で見てくるんじゃねぇ、俺は何もしていないからなハリマ、吹雪」

 それからというもの一度部屋に戻って仮眠をとって、その光景を見たハリマや吹雪に必死の否定を行ったのだがその一日中、名古屋に戻るまでずっと微笑ましい眼が止まなかった。

 というか隊で実しやかに事後の噂が流れることとなった。比定しまくったが。

 

 二〇一八年 一月 二十日 土曜日。


 戦後処置もあらかたひと段落して爵位の授与式が行われる事となった。

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