【三章第十二話】 Die Fahne hoch!
只今時刻は午後九時丁度。
自分の頭の中にどっかのゲームの時報がなんの躊躇なく流された。
周りはこんなにも真剣だと言うのに。
作戦計画が書かれた紙を眺めるふりをしてコーヒーを啜る。
口の中に広がる熱量、そうして送れるようにやってくる程よい苦み。カップからはその優しい香りが漏れ出て自分を包んでいた。
食物の溜まった胃袋に注ぎ込まれる緩やかな温もり。それはそれは今日あった全てを飲み込んで溶かしてくれそうな穏やかな温もり。
ああ、今日もこれは相も変わらず美味い。
「とっ、この様に今回自衛隊はこう動かせて頂きます」
清和軍には犯すことが出来ない唯一の禁忌が存在する。
それは銃火器の所持を一切認めていないこと。
神帝兵であった時代からそれは制定され固く守られてきた。
それ故に今でも自衛隊が息をし、解体されずに活動することが出来ている。
ただしこれも眉唾物なんだよな……。正直言って皆ルールを破っているし、表向きの戦いでは出てこないにしても先ほどの様な裏の戦いでは普通に銃が放たれそうだ。
「上空からのヘリコプター二機による一斉射撃ねぇ。まぁ普通の敵ならここで大打撃を受ける筈だが」
「敵は砲火を無視する、理外のモンスター」
いくらヘリに積んだガトリングガンの掃射だろうと正直言って敵はそんなものをものともしない。三分の一狩り取れば大金星ってレベルだ。
「別に殺さなくてもよい。夜を照らす篝火を消し去り、眠りこけている敵を弾丸や爆音や擲弾で叩き起こしてくれれば十分だ、随分と高価な目覚ましだがな」
「敵が我々に釘付けになっているところを後ろから急襲ですな」
男はうんうんと頷いた。
「数分は無敵状態だろうな。奇襲に奇襲を重ねられちゃ」
「ただし敵はすぐさま対応してきますよ。その間に大将の首を刈り取るなんてまず無理」
自衛隊の人との話の最中、隣に居た莉乃が割ってはいって来た。
「闇に紛れての奇襲も敵は夜に慣れているので敵に存在を認識された時点で力負けは確実、一気に此方の不利になりますね」
きっぱりと法師が呟いた。
「まぁそのとこは考えている。あんな暗くてよく分からない所で戦うのではなくいっそのこと昼で戦おうと思っている」
法師は首を捻った。
「照明弾の合図は無線での連絡ということで」
ガサガサと鞄から小型のインカムを取り出して此方に渡した。
やっぱこれを貰ったんだからそこは……。
「で私たちはどう動けばよいのか? やはりこれを貰ったのならばコードネームが必要でしょう、英雄殿」
三十後半であろうか、髭がトレードマークだと自称する他部隊の隊長が自身に渡されたインカムを手に取り無邪気に笑った。
しかしこの男、結構な歳して分かってるじゃないか。
「いえ、敵は此方の無線の傍受などを出来ないのでそのようなモノは必要ないかと…」
盛り上がるいい年した隊長に向かって自衛隊の人間は申し訳なさそうにそういった。
「Admiraだ。で、貴方達の部隊はヘリが機銃を撃っている側面から矢を撃ちかけて貰うだけでいい。無理攻めはご無用、ヘリと共に撤退して貰って構わん」
そう、この男の部隊は清和軍でも数少ない、神の祝福を受けた弓を使う部隊。
発射の瞬間に矢に神の力を纏わせることによって法外な鬼への対抗手段を持てている唯一の遠距離型の武器を自在に操る集団の長。
弓は弓だけが神器で、そこら中にありふれた人が量産したカーボンの矢を使おうが鬼の体など容易く射抜くことが出来ると言うかなりの代物だ。
「yeahッ。了解した英雄。そして私のコールサインは」
そしてそんな貴重な弓だけで編成された部隊を持てるこの男も案外優秀なんであろう。
ただし今の男はそんなようには見えず、腕を組んで必死に自分のコードネームを考えていた。
「そうだなぁ。どういたしましょうかねぇ。アッ、決めた」
男は組んでいた腕を解いた。
そしてぱぁっとこの会議には似合わない明るい雰囲気を出しながら。
「英雄がAdmira(提督)ならば、私はKing George V class battleship(戦艦キングジョージ5世)だ」
男は子供っぽく笑った。
歳に見合わない、幼げな一面が見え隠れするほどの無邪気な笑顔だ。そんな男の顔を眺めつつもコーヒーに舌鼓を打った。
「提督に戦艦ですか」
自衛隊の男が盛り上がる男を尻目に小声で呟いた。冷めた目をしながら、なにか恥ずかしい事をしている人間でも見つめるように。
「あと照明弾の指示はこれではするつもりないので、慣れないモノを身に付けながらの戦闘は正直きついです。閃光が見えた瞬間に構わず照らして下さい」
だってこれしながら戦闘とかなんか違和感がヤバそう。
終始頭に違和感が……。
というよりもその状態になってしまえば、ヘリが撤退してしまえばそんなものはいらないのだ。ただの狂乱、ただの戦闘、ただの戦。
力だけが全てを決めるそんな戦いにこれはいらないのだ。
これにすがれるような、これに助けをこえる様な心意気で挑んでは駄目なのだ。
「えぇ。そんなこと言われましても」
すまんな自衛隊の方色々と振り回してしまって。現実でも軍と民衆の板挟みを受けているかわいそうな一団だが……。
「まぁいいじゃねーかよ。タイミングが分からないっていうなら俺が合図を送ってやるよ」
こうして男に押し切られ形で苦労人の自衛隊さんに話を呑んでいただいた。
物分かりがいい隊長がいて助かるよ本当に。
それに今日はいろいろと疲れた。殺したり殺されかけたりと。
「莉乃そしてそこの隊長、これからの打ち合わせは頼みましたよ」
「大和君どこ行く気ですか?」
莉乃が慌てふためきながら駆け寄って来た。
「寝る。疲れた。作戦は12時からだろ? なら小一時間寝る」
止める莉乃を無視して零番隊に与えられた待機場に向かった。
「隊長、お疲れ様です」
そんな整った立派な敬礼で出迎える部下たちを無視して俺は一番淵の壁を占領して座り込んだ。
スマホでアラームの設定をして耳にイヤホンを押し込み音楽を流した。
最近この音楽が流れていないと嫌な夢ばかりを見てしまう。
しかし……。
視線が気になる……。
というかなんだか隊の人間がそそくさと部屋から出ていっている。
「どうかしたか?」
俺に虚ろな目線を向ける最初に色々と説明をしてくれた彼女に蹲ったまま声を掛けた。
「いぇ……。仕事の方は無い丈夫なのかと?」
「莉奈に任せて来た」
正確に言えば押し付けてきただが。
「あとえっーと」
何だか少女は手をグーパーさせそわそわと体を振るわせていた。
「あっ、俺そのアニメ見てましたよ」
「おいコラ、京極。そんなド直球に言ったら班長に失礼だろ。もうちょっと気の利いた言い回しで音楽を止めさせろよ」
少女は大きな声を上げて俺を迎えに来た男を殴りつけた。
演奏停止ッと。
「アニソンですと」
「音漏れてたのか……」
まぁ別にオタバレしようとなんともないんだが。
「はい……」
彼女は申し訳なさそうに俯きながら呟いた。
まぁ流れていた曲が【最終兵器彼女】のOPだからセーフセーフ。
別に彼女もドン引きしている訳では無さそうだ。
「悪かったな」
そして俺は一気にスマホの音量を落して目を閉じた。
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一所に集う黒衣の兵隊。
皆々闇に照らされて顔なんて見えたものじゃない。
しかし分る。こいつ等は狂気を我が物としてこの場に立っている。
「総員傾注、アハトウング」
地面を叩く軍靴の音。擦れ合う軍服が奏でる音色。
一糸乱れぬ完璧な敬礼。
それは張り詰められた糸のように全てにおいて緩みがなかった。
「ナオレ」
何のラグも無く皆が動いた。
「さて諸君、時は満ちた戦争の時間だ。現世を支配する魔を討ち倒す時間だ、人類の怒りを、人間の怒りを奴らに振り下ろす時が遂にやって来た」
壇上に上がり歴戦の猛者の卵のを見据えた。
「敵は時代に取り残された無様な敗者たち。一度も勝った事の無い無力なフリークスのにわか衆。未だに死ぬことが叶わない雑魚共の集まり、神に背いてしまっために神仏に救われず、冥府の王にも受け入れ拒否を受けた救い難き集団だ」
この世の全てを掴み取ろうと手を振り撒いた。
「さて諸君、そんな塵芥どもに、人間でいられなかった弱きモノに我々人類が後れを取っていいのか? 我々が斯様な目に遭っていてもいいのか?」
すべてを薙ぎ払う如く腕を振り払う。
自身に纏った狂気を放出するために、皆に纏った黒雲の如く不安を振り払うために。
「否、いいわけないであろう。あのような過去の廃棄物などにこれ以上でかい顔などさせてはならない。我々は人類が作り出した狂気の代弁者だ。奴らの腹の底に存在する肉塊の思いの果てだ」
口を吊り上げ、目を見開く。
「奴らに嬲られ死んでいった少女の仇を、化け物に立ち向かっていった勇者に報いを、道半ばで倒れた青年の無念を、ゴミのような残骸だけを残された老婆に弔いを……。彼らの墓場に一匹でも多く敵の首を、彼らの命の対価として一つでも多くの命を薙ぎ払え、刈り取れ」
狂気を身に纏い、正義を振り撒いた。
「鬼を討ち倒し、化け物を殺し、怪異をつるし上げ、物の怪を踏み潰し、モンスターを嬲り、フリークスを蹂躙し、グールを口を塞ぎ、アンデットを亡き者にしろ、心無き奴らに心のない一撃を加えよ。なに躊躇などしなくてもよい、敵はただの動く肉塊だ。物に態々そのような感情を抱くなど誠にもったいない」
月に影が宿り一向に世界は暗く恐ろし気に変わりゆく。なぁに今日はいい夜戦日和だ。
「これは戦ではない。繰り返す、これは奴らの得意分野の戦などではないのだ。これは戦争だ、奴らの知らない、奴らの理の外にある我々しか知らない戦い方だ。理不尽なまでに銃火が全てを薙ぎ払い、鋼の雨に怯んだ敵を一気に叩く。弾幕による洗礼を受けた彼らを刃で救いを齎す」
黒い黒い夜の大きな闇雲を飲み込む。さもこの人類の鬼への狂気を全て浄化し正気に返るように。
「正義も正気も正しさも全ては此方に存在する。かまうな殺せ、目につくモノ全てに己の全てをぶつけよ、存分に刀で喰らえ、存分に敵を陣形で飲み込め。取り返せ、人類の栄華を、取り戻せ人類の誇りを」
Formez vos bataillons,(隊列を組め)
Marchons, marchons!(進もう 進もう!)
Qu'un sang impur (汚れた血が)
Abreuve nos sillons! (我らの畑の畝を満たすまで!)
「さぁ諸君我々が作るのは地獄などではない。奴らを地獄に冥府の王に受け入れては貰うが。諸君、我々の作るのは楽園だ、エデンだ、桃源郷だ。La Marseillaiseでも口ずさみながら征こうではないか」
拳を握り、猛きもの共に変わる集団。歴戦の新兵諸君が、無戦、全勝の雄の者たちが、引き絞られた弓が今にも発射されんそんな勢いだ。
「目標は大将首だ。大将さえ打ち倒してしまえば敵の統率など在って無いようなものだ。さすれば残されたのは一方的な狩りの如き殲滅、奴らが我々にやったと同じくただただ一方的な情け容赦のない狩猟だ」
踊れや踊れ出陣の歌で。
戦えや戦え耳に響く革命の歌で。
「さぁ諸君ら盛者必衰の夜に、戦争の夜にしようではないか。そうして皆で満願成就の暁を拝もうではないか」
――HUAAAAA。
地を揺るがすほどの音声。世界を変えてしまう勢いを持った意志の終結。
武士たちの子孫が作り出した奇跡の歌声。
殺し殺され、死のうではないか人類の為に。
「堰を切れ、自身の狂気の関を切れ、心に宿った正気を濁流で押し流せ諸君」
最期の戦いに
今こそ点呼は鳴り響く
我らは既に
闘争準備は
「総員出陣、征くぞ世界を救いに」
大きく踏み飛ばされる地面。
揺れる世界、震える世界。
押しつぶされる弱さ。
「応‼‼」
万全なり
フランス国歌 ラ・マルセイエーズとホルスト.ヴェッセル.リート行進曲の一部を使用しております
何か問題があればすぐさま変えさせていただきます




