【三章第十三話】 遠き山に日は落ちて
「かまうな殺せ」
どこかの誰かさんが大層なポーズを決めながらそう呟いた。
それってどっかで聞いた事有るな、どっかで。
「我々の目標は大将首だー」
浮かれた声で、尚且つ満面の笑みをもってそんな言動をしている。これから戦場に向かうと言うのに。
「おい、さっきの台詞に文句があると言うなら聞こうじゃないか」
「あれって何の引用なんですか? 大和君。あれっていつから考えてましたか?」
口に手を当て目を輝かせながら目の前の鬱陶しいこいつは俺に向かって質問を投げかけた。
「どっかの狂った大隊の少佐っぽい演説でしたねぇ」
一人の男がこれまた目を輝かせながら俺と莉乃の話に入って来た。
えーっと此奴誰だっけ。
「あ?」
「ほらほら大和君そんな声を出すとただでさえ表情が乏しくてみんなから怖いと言われているのに余計に恐ろしく思われますよ」
こんな俺の為に愛想を振り撒いてくれた男は俺の反応を見るなりガタガタと体を震わせて、口をパクパクさせて申し訳なさそうに一礼した。
すいませんねぇ、君じゃないんだよ。莉乃に向かっての発言なんだよ。あれは引用ではなくオリジナルだ。参考にしたのはあるけど。
「おい京極お前のような糞アニメオタクが、隊長殿の話にそうも気安く入っていくでないわ。それに隊長の渾身の演説をどこぞの訳の分からんアニメと一緒にする出ないわ、失礼だろうが」
眼鏡の女の子はこの男の頭を掴んで大きく地に振り落とし深い深いお辞儀をさせた。
「すいませんねぇ、英雄様。うちの京極が変なこと言っちゃって。こいつオタクなんで時々、というか毎日変なこと言っていますがまぁ無視してもらって結構です」
「うっ、見えるぞ。見えるぞ、私は見えるぞ、この先の展開が」
中二病みたく片目を押さえながら莉乃は謎の茶番を始めた。
「お前厨二っぽいな、遂に目覚めたのかそっちの方面に。ねぇお嬢様、かっこわら」
「大和君の真似です、かっこわら」
「あれの何処が?」
「いやいや、邪気眼がとか、呪術とか、人知れず魔と戦っているとかいつも言ってるじゃないですかねぇ」
お前やけにあの演説からテンションが高いよな。
「あ? な事一言も言った事ねーよ。どちらかというと彼奴だろ。呪術(笑)な陰陽師とか魔と戦ってきた(笑)と抜かしちゃってる晴明の宿敵さん」
視界の端に位置しているハリマがぶるっと肩を振るさせた。
「なぁに言ってるんですかねぇ、大和君。陰陽師? 晴明の宿敵? 何の設定ですかね、そんな人何処にいるんですかねぇ」
「仲いいですね、俺そーゆ厨二話大好きですんで、だからここでは、少なくとも私の前では自分をさらけ出していいんですよ隊長」
眼鏡の女子に襟首をつかまれていた男が指を立てながら俺にグッドのサインを送って来た。
「お前は黙れ糞オタク。オタク辞めるまで口を開くな、汚らわしい」
男の軍道の腕に撓りもうねりも入った渾身の手刀が振り落とされた。
「すいませんね英雄殿。うちの糞みたいなゴミオタクが変な事ばかり言っちゃって、本当に邪魔して申し訳ないです。今度このゴミオタにはちゃんと言い聞かせておきますので」
彼女は今度こそ男のをどこかに連れて行こうと服を引っ張りズリズリと後ろに引きずっていた。
「入り江の江に風と書いて何と読む」
「かわかぜ」
男は何のためらいも躊躇もなくそう言い放った。
「千に反対の反に田は?」
「えるたそー」
「毒に島」
「濡れるッ!」
「三十一秒ルール」
「きれー、かわいーまち、ここなら楽しく暮らせそう」
「悔い改めよ亡者ども。信仰とは」
「死ぬことと見つけたり!」
「小鳥遊びと書いて何と読む」
「かたなし、邪王真眼」
ふっふっふっ、多分これが始めてだ。ネトゲ仲間やTwitterの友達などではなく、リアルで同志に巡り合えるのは本当にこれが始めてだ。
「おいちょっと手を出せ」
眼鏡の子から解放された同志は困惑を隠せない様子で恐る恐る手を宙に掲げた。
そんな不安な顔した男の動作を見つつそのまま彼に向かって近づいて。
パチーン。
手と手が当たり合い心地の良い音が響き渡った。
「おい、お前名は? お前となら仲良く出来そうだ」
男の方も心なしか嬉しそうに見えた。
「京極那智、京極那智一等兵であります」
「そうか覚えておこう。で? 俺もこうなんだが黙るべきか? オタク辞めるまで口を開かない方がいいかな? ねぇ、名前教えてよ。今なら君の名前もしっかりと頭に入ってきそうだから」
ノリというか冗談っぽく彼女に向かってそう言い放った。
「申し訳ありませんでした」
目にも止まらぬ速さで彼女は腰を限界まで折った謝罪をした。
「アハ、予想通り」
「あれ? 畠山榛名さんさっきと言っていることが全然違うような」
ワザとらしく俺に分るように京極は畠山のフルネームを公開した。
「へぇ畠山さんね。覚えておくよ」
「ヒッ、先程の事は誠に申し訳ありませんでした」
彼女は少々涙目になりながら体を震わしている。
心なしか段々と彼女は俺から距離を取ろうとしている気もする。
「ハッハッハ」
正し周りからは笑いが零れ落ちていた。
「なんだー怖い人だと思ったが、京極と同類かぁ」
「良かった良かった自ら前線行きを志願しちゃうような頭のおかしい復讐者とかじゃなくてよー」
隊の皆々は安心したように俺の周りに駆け寄って来た。
「どうです? 大和君の良さを分かってもらう作戦成功です」
ぴょこぴょこと跳ねながら莉乃はそういった。
忙しいやつだよ、此奴は本当に。
「だからお前テンションが壊れてたのか? ただなぁ良さというか変な勘違いを受けている気もするんだが、イタさだけが伝わっている気も」
莉乃はにこりと笑った。
「気にしたら負けです、それにそれなりの信頼関係がないと隊なんて成り立っていきませんよ。だから切っ掛けや始まりの部分は成功です。何せ初めて何のいざこざも無く友達が出来そうなんですから。大和君に」
「で? 成功の判断基準は何だよ」
「私です」
-----------------------
「目標時刻まであと十秒」
後方で独りの男が無線に乗せて言葉を流した。
「9・8・7」
別班のキングジョージの声が送られてきた。
「6・5・4」
莉乃法師俺の順番に無線に向かってカウントを流した。
「3」
自衛隊の隊員の雑音交じりの濁った声が耳の中に木霊する。
「2」
誰とも知らぬ多分上層部の人間の硬くなった、柔軟性のない声が乗せられる。
「いっち、作戦開始‼」
斯波市長の号令を期に敵陣に大口径の方から放たれる砲弾による鉄槌が振り下ろされた。
砲弾だけではない。所々で包煙を発しアスファルトまでをも巻き込んだ炸裂が息を巻いている。
「おお、これは凄い」
思わず夜中の余興の花火に感嘆の言葉が漏れ出てしまった。
鬼を叩き起こすように、鬼の顔を此方に向かせるように彼らは思いっきり彼らを殴り付けて見せた。
使えうるすべての手を叩きこんで。
戦車による後方からの援護射撃、味方の自衛隊のフルバーストの乱れ撃ち。彼らは盛大に乱れた。
そして心地よい眠りから爆音によって起こされた鬼らは怒りに怒った。
全員の戦闘準備が整った所で少々戦った所で、獲物が餌を齧ったところで、彼らは釣り竿を引いてみせた。
それはまぁまぁ見事な煽動劇だった。軍隊の3分の1が彼らに向かって追撃に出張るのだから。
彼らは怒りに身を任せて釣り針に掛かりに行ってしまったのだ。
「アドミラル準備は出来ているか?」
インカムからあの筋骨隆々の武人の声が聞こえてくる。
「ああ、すでにわれわれは闘争準備は終わっている」
「ああ、そうかならよかった」
初めての奇襲があってから十五分とちょっと、暗黒の空を鋼鉄の翼が斬り刻む音が耳の奥の園に響いた。
光も明かりもつけない、おぼろげな物体は不気味な音だけを立てて勢いよく鬼の本陣の上空に向かって行った。
真っ黒で真っ暗な鉄の塊は突如、鬼の陣の上空で停止して一気に明かりがともされた生命体へと変化した。
それは聞きなれた曲を奏でながらその物体は自らの存在を大々的に周囲に喧伝した。
そしてそれは銃声という名の、轟音という名の、爆音という名の声を持ち、自らが流した曲の歌詞を歌う。
流れるように、流れ落ちるように彼らは自らの歌を歌い続け、踊り狂った。
オレンジ色のきら星の様な光、紅い飛沫、砕け散る朱肉。
理を破りし、全てをくっつき合わせてその色を得た狂気。全てはそれを飲み込んだ、人類の化学力は彼らの足元にしか到達していないのだ。
しかし何の躊躇も何の慈悲も無くそれは彼らに天啓を、戦争を示した。
ただただ、彼らはのたうち回り這いずり回る事しか出来てはいない。
悠々と上空の天馬は歌を歌いながらハンティングゲームを、ご機嫌に箱舟は鼻歌を溢しながらFPSを楽しんでいた。
機銃は濁流の如く地面事大地を薙ぎ払った。
悲鳴、唸り声、叫び声、鬨の声。大地を震わすそれらは丸ごと陸を支配した人類の救済の歌の歌詞になっていた。
――新大陸に血のように赤い夕日は沈む。
日いずる国の日没する処の軍隊は赤く、朱い、夕日の如き血を流しながら彼らは皆々地面に沈んでいっている。
一歩的な、無慈悲で無尽蔵なまでの蹂躙。それは理を捨てたもの達でも、理に沿った古式の武器を使っているのだから対処しようもない。
彼らはただただ体に高速な鉄の塊を浴びせられ続けた。
彼らの陣屋の宵を照らす篝火は全てが全て消し去られ、ただただ薄い暗黒の中に赤黒いものが蠢いた。
―――こちらキングジョージ……。
偉大なる英国王はその自らの力を使い鬼の撃滅を行った。
効果の薄い弾に混じって奴らを断つにはうってつけの弾が時より束となって一斉に降り注いでくるのだ。
さぞかし敵は混乱したことだろう。
急な弓なりの軌道を描き宙を舞う、お前らを経ち殺してしまう力を持った武器の到来と共にお前らにも確実に死ぬという恐怖は植え付けられたはずだ。
敵の注意も攪乱も行った仲間たちは皆撤退の目途を付けて行動に移そうとしている。
「さぁて、お前らの仕事の時間だ。ガチョウ共、rock'n'-roll?」
皆が一斉に虚空から武器を取り出し、余興の鑑賞を止め此方に向き直った。
「yeahッ。Lock (安全装置解除)and load(弾薬装填)!」
部隊の一員である京極が此方の台詞にノリノリで返事を返した。
「さて、ここからは此方が敵に全滅に追いやられるか、敵の大将を討ち取り敵を散り散りにさせるか、二つに一つだ。さぁ選べ諸君ら、どっちがいいか?」
ハッハッハッハツハ。そこら中から笑いのようなものが湧き上がってきている。
「隊長そんなものは後者に決まってますよ」
俺にこの隊の事を説明した男が笑みを溢しながらサラリと答えた。
「自らの死をもって平和を、敵の死をもって平和を。これは踊りだ、舞踊だ、演舞だ。こっから向かうのはただの舞踏会だ、相手がいなくなるまで踊り続ける、敵がいなくなるまでそのステップを止める事は絶対にない。歌い踊れそして殺せ、体が動くままに殺し続けろ」
彼らは歴戦の武人のような顔に段々と変わっていく。
「取り返せ自らの手で、自らの剣で戦え、殺せ、抗え。これは全ての始まりでもあり全ての終わりでもある。またあの屈辱に塗れた蹂躙をその身で味わいたいか? 否、蹂躙されるだけのひ弱な人類など此処にはもういない」
皆の指揮が上がっているのが体で感じられる。
「掻き乱せ、斬り捨てろ、殺せ、殺せ」
分る今が最高点だ。
「大将の首以外は全て捨て置け、敵大将の首級以外は手柄などにはならん、敵将の首以外斬って捨てろ、狙うは大将首ただ一つ、さぁ皆の者今日妙取りじゃァ、寄って集って一人の鬼をぶち殺そうぞ」
助走の為に後方に数歩下がる。
弓は限界まで引かれて、絞りももう出来ている。あとは離れるだけ、あとは的に向かって飛んでいくだけ。
――会。
ふうッ。
溜息を一つ零して、一気に地を蹴った。
「征くぞ。すは、かかれっ。すは、かかれ」
大地を揺るがす大音声を切っ掛けに皆々が本能的に飛び出していっている。
幕を破り、倒れた旗を踏み付け、血の川を渡り、死体を踏み付け、敵を蹴り付け、闇夜に紛れて兵士たちは武者を打ち倒していっている。
不意の、不意の、不意を討つ三段構えの攻勢。
彼らは家路でも奏でながらもう帰路についているであろ。しかし俺たちの戦いはこれからだ。
眠れよ眠れ安らかに、安き御手に守られて。
さぁ夢夜に、最期の夢を見よ。
戦い足りないっていうのならば七十二人の悪鬼と戦でもしておればよい。
草よ花よ、過ぎし日よ。
眠れ、眠れ。日は落ちよ。
永久にお前らは戻る事の出来ない世界で夢でも見てろ。
後方に下がり、前方の敵に剣を投擲した。
また一体駆逐。
対峙する両雄、お互いはお互いに明確な敵というモノを認識しあっていた。
5、4、3、2、1。
時が止まったように皆々が停止した。
天界に、世界に、宇宙に、輪廻に響け、救いの歌よ。
地獄にこそ響けわが愛の唄。
轟け、俺の信仰の証を。
自然と口角が弾き上がる。ひと目で尋常じゃないもふもふだと見抜いたよってな。
救いの音楽と共に、突如一体に瞬きできぬほどの、そして直視し出来ぬほど神々しい奇跡の如き光が顕現した。




