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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第二章】The Time They Are A-Changin
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【二章外伝】 表と裏のクリスマス

 クリスマスそれは楽しい日々の筈だ……。

 彩られた街、宵に咲く光の花、テーブルに並べられた華の料理たち。

 パーティー、プレゼント、皆の笑顔。

 輝きを持った人たち、手をつないで歩く二人。綺麗にラッピングされた箱や、クリスマス仕様の袋をぶら下げて小走りに雪道を走る男性。

 幼い頃から憧れていた。

 あの車の窓から見る景色は幾百の宝石よりも美しいと思った。

 クリスマスの時に決まって我が家で行われるパーティーが私の楽しみだった。光が舞い散るこの聖夜の下で私の目に入ってくる人々は皆笑い、幸せそうにしていた。

 勿論私も幸せだった。

 

 私は確かにこの季節が好きだった。


 ――クリスマスってのはな、皆が戦ってるんだよ孤独や他社やお財布と。幸せになれるのはごく一部ほんの一部だ。クリスマス休戦? なにそれ?おいしいの? バリバリ争いが起こってんだが。


 とまぁ大和君はこの季節は寒いし嫌だと言っていたが寒さすら私にとっては愛せるシーズンだった。

 

 だった。

 

 今なら分かる気がする。この日の真の恐ろしさが……。幸せの裏には悲しみというモノが同居している、物事は表裏一体だ。

 私は今まで表しか見ていなかった。いや違うかもしれない。私の周りの人間が私がその裏を見ないように、裏を見せないようにと陰ながら努力していたんだと今になって気が付いた。


 こんな日無くなってしまえばいい。こんな日なんてもういらない。

 赤いお爺さんは……。

 大和君の言う粛正お爺さんは……。

 あの赤いおじいさんはもう来てくれないし。逆に悲しみや空虚なものだけを私にプレゼントとして持ってきた。あの手紙と一緒に。

 クリスマスよりも以前に。


 私の大好きだった屋敷のイルミネーションも、もはや私にとっては大っ嫌いなものに変わってしまった。

 此処を見るたびに全てに裏切られた気持ちになる、人にも物にも。

 そう思うようになったのも大和君に出会ってからだ。

 

 いけない、いけない。此処では莉乃でいる事は許されない、莉乃はもう死んだのだ。どこまでも冷徹で無関心な梨奈でいなければならないのだ。

 土岐九十九様の部下の明智梨奈でなければならないのだ。

 

 別料金を払ってまで用意して貰ったクリスマス仕様の紙袋を二つその中に綺麗にラッピングされたプレゼントをいくつか入れて、ご機嫌伺をしなければならないのだ。

 あの手紙にはそんな風には書いおらず、クリスマスが来たので顔を出せ的な内容だがつまりはそうゆう事なんだろう。


「おやおや梨奈様、お久しぶりです」

 痩せ気味の一人の老人が屋敷へと続く道を歩いていた私に声を掛けた。

 途端私の中の何かがぱたりと音を立てて閉じた。

 この、従者失格が……。客人を迎え入れるときはそこで待っているんじゃなくて駆け寄ってくるだろうが普通。

 私はその老人の元まで行って口を開いた。

「私にはそれでいいが九十九様の前で突っ立っているってことは無いよな?」


「ご忠告感謝いたします。梨奈様」

 老人はきっちりと腰を折って礼をした。


「ささ、中にお入りを、九十九様が待っておられますよ」

 玄関の中に入りこのお手伝いさんにコートを預けた。

 幾らかまたされる覚悟で来ていたのだが、老人に言われるがままに私は執務室に連れられた。

 道中何人かの人とすれ違ったが互いに挨拶を交わし合っただけだ。プレゼントを渡すのは後、まず最初にこの家の主に渡さねば事は始まらない。


 艶々した木製の扉をノックして返事が返って来たので扉を開いた。

「梨奈か」

「梨奈です」


 従者に赤や緑できっちりと包装された長方形の箱を渡した。

 透かさず従者は箱を受け取り当主の前にそれを差し出した。


「開けていいか?」


「どうぞ」


 当主様は赤いリボンを解き丁寧に包装紙を取り外した。

「ペンケースか」

 表情も何もかも変えずにご当主は呟いた。

「ええ、そうです。気に入っていただけると幸いですわ」

「そうか使わせてもらう」

 四大派閥の一角の長であるこの男はそう一言だけ呟いた。


「向こうでは困っている事とかは無いよな?」

「ええ別に何にも困っていませんわ」

「ハリマ君の調子はどうだ」

「貴方の見込んだ通り、とても軍への忠誠も高く、技量の申し分ない優秀な兵士になりそうですわ」

 男はニヤリと笑った。

「村木家に取られないようにしろですね」


「瀬戸家もだ」


 あの学校の生徒は村木家か瀬戸家の所属になるともう裏で決定されている。勿論他校では土岐家に流れてくるようになる生徒もいる。


 ただし、あの学校の生徒は特別優秀なのだ。

 志願した人の全てにテストや体力測定を事前に行わせ上位の者だけを選別して入学させたいわば選ばれたもの達で作られた学校。

 だからこの土岐のご当主はその優秀な人材の中の最も優秀な生徒たちを奪いたいのだ。裏での決定の話だが本人が望んで志願すると言えば上での決定は無視される。

 心だけは土岐家に仕えさせといて、その決定を利用して村木家や瀬戸家に新兵と言う名のスパイを送り込ませることだって容易にできる。

 新興の土岐家は年中人手不足。 

 一刻も早く、一人でも多くの人員が必要なのだ。


 そのために私は送られた楠木ハリマと言う人物を土岐家の部下にするために。

 一人でも多く、あの学校の生徒を土岐家に組み入れさせるために。

 梨奈としては此奴の前ではそうしなければならない、全くもってそんな気はないが。


「優秀な生徒は全て土岐家が奪う、特に家族を殺されて復讐に燃えている奴は優先的に欲しい。これからの土岐を支えていく柱になるだろうな。まぁ策があるそいつ等には手を出さんでいい。お前は楠木だけを確実にこちら側に連れて来い」

 当主に向かって私は敬礼をした。


「下がっていいぞ」

 その言葉を聞き一礼して私は執務室を出た。

 外にはまた別の者が執務室を訪れていた。


「りーな」

 部屋を出た瞬間に誰かから呼び止められた。

 こんなとこから早く出たいんだが、これから部下の人にプレゼントを渡して回れなければならない。

 

「もうつれないな、返事くらい返してくれてもいいのに」

 少女は私の手を掴んだ。

「これはこれは桔梗様、では私はこの後も客人の案内がありますのでここから先は桔梗様に」

「はーい」

 私よりも少し背の低い少女は天真爛漫に返事をした。


「こっちよ、梨奈」

「私はまだ予定があるのだけど」

「プレゼントを配って回るんでしょ、私がやっといてあげる」

 彼女は私の手を引っ張ったまま食堂に連れて行った。

 時間はまだ10時を回ったところで食堂には人は誰もいなかった、いいや彼女は人が居ない所に連れていくだろう。

 こんな猫を被るような真似をして。


 厨房に顔を出して何かの注文をした後に彼女は私を椅子に座らせた。

「りーな、プレゼント頂戴な」

 子猫のような目で彼女は私にせがむ。猫は猫でも化け猫か、猫又な癖に。

 

「はいはいどうぞ」

 袋から彼女に特別に買ったプレゼントを用意する。

 リボンに包まれた黒猫のぬいぐるみ、まぁ彼女にピッタリなんじゃないかな。


「莉奈ってこーゆのが趣味なんだ。えへへ」


「悪い?」


「悪くはないけど……」

 

 それともう一つ、小さな箱を彼女に渡した。

「これもくれるの!」

 ぱぁっとそこらのイルミネーションなんかには負けないくらいの輝きをもって彼女は私を見つめた。


「それは皆に渡す用、貴方に渡さないってわけにはいかないからね」

 リボンを取って中身を見た彼女はちょっと大げさだってくらいビックリする真似をする。

「髪飾りじゃんやったー!」


「女性には髪飾り、男性にはネクタイピン。安物だけど種類だけはあるからデザインは被らないように選んでおいたわ」


「気が利くねー梨奈は……。どう似合う?」

 そのサラサラした髪にリボン状の髪飾りを付けた。

 ゴシックロリィタ系の黒を基調にした服に所々に刻まれた青色のラインと純白のフリル、赤茶色い潤んだ眼にカールがかかった髪。

 触れれば砕け散ってしまいそうなくらい白く白く彼女は儚くて……。

 一挙一動が小動物の様に愛らしい。


「可愛い、可愛い」


「もー適当」

 彼女はぷうーっと頬を膨らませた。身近にこんな感じの返しをする人が居るんだけどいつもこんな気持ちで返事をしていたのかな……。

 そう思うとちょっと悲しくなってくる。


「じゃぁ私からプレゼント! じゃじゃーん‼」

 彼女はマフラーを机の上に置いた。


「うわぁ~、有難う」

 棒読みで返しそうなものを必死にそれを取り繕って返す。

 ほんの一時だけ彼女の眼が蔑むような眼に変わった気がするが多分気のせいであろう。


「梨奈が付けているとこみたいな」


「分かったわ」

 マフラーに巻かれたリボンを取って自分の首にくるくると巻いておく。

 


「可愛いよ梨奈。もう天使、お嬢様みたい」

 彼女はパタパタとはしゃいだ。

 それに最後の言い回しは卑怯だと思う。


「桔梗様お飲み物をお持ちしました」

「有難う~、米原さん」

 厨房の人間が飲み物を持ってきたので話は一端止まった。テーブルには白い二つのカップと高級品となった乳製品がふんだんに使われてあるであろうチーズケーキが御供として添えられてある。


「おいしそーう」

 彼女はうーんっと唸った。

「それと米原さん、ここは乙女同士の話し合いなので邪魔しないでくださいね」

 

「これはこれは失礼、邪魔者はさっさと退散することにします」

 米原と言う男は一礼して去っていった。


「さぁーて梨奈ちゃんとの久しぶりに話が出来るよ~、やったー」

 見ていられないのでカップの中に眼を落した。

 これは……。


「どうしたの梨奈? 梨奈の好きな珈琲を用意しといたよ」

 遂に始まったか。

 彼女は天然なんかじゃない。天然なフリをしている。天使でも、天真爛漫でもない。そう彼女は、佐々木桔梗はどちらかと言うと悪魔だ。

 いやそれよりも酷い。

 月に照らされた闇夜に鎌をもって微笑み掛けながら首を刈り取る死神だ。


「どうしたの早く飲んで、ねっ」

 私はコーヒーはあまり好きじゃない……。

 昔大和君にお子様舌だと馬鹿にされたがこのコーヒーの苦みに美味しさを見出せることが出来ないのだ。お茶でも苦いのはあるんだけど別にそれはなんともないんだ。

 とにかくコーヒーのブラックだけは無理、せめて……。


「桔梗、お砂糖は何処? なんならミルクでもいいわ」

 砂糖をたっくさん入れたコーヒーなら飲めないことは無いんだけど

 確か大和君はこれはコーヒーなんてものじゃないと否定していたけど、私にとっては十分にこれでも苦みのある珈琲なんだ。


「これはブラックで飲むものよ、ささ」

 桔梗の勧めに従ってしょうがなくこの苦みの塊を一口口の中に流し込んだ。


 ニガッ……。

 顔に出さないように、顔に出さないように。

 カップを置くとフォークをもって隣のチーズケーキを食べて口直しをした。

 未だに口の中に苦みが残っている……。


 彼女はニヤッと笑いコーヒーを口にした。


「おいしかった?」

「ええ、美味しかったわ」

「へへへ、嘘でしょ、バレバレ。分かりやすいなー梨奈は、だがそこが可愛い」

 桔梗は初めからこの反応を楽しむためだけにコーヒーを用意したのだろう。


「帰るわよ、用が済んだんだし」


「えー、つれないな。じゃぁ本題を切り出そうかな」


「そうして貰えると有難いわ」


「どうして梨奈は髪を伸ばし始めたの?」

 顔は笑っている……。でも目だけは笑っていなかった。


「さぁ、これと言った理由はないわ」

 確かに私は大和君に自らの正体を明かした後から髪を伸ばし始めた。まだお嬢様やってた頃よりは全然短いけど……。

 大和君は髪の事については何も触れてくれないし。


「分かった! 好きな人が出来たんでしょ」


「そんな訳ないじゃない」


 彼女は微笑んだ。それはそれは慈愛を装った微笑み方だ。


「莉奈は分かりやすいねー。まっ、楠木君カッコいいしね。お似合いだよ」


「そうね」


「あれ違うのかな? まっそんなことはいいとして」


 彼女は席から立ち上がった。本当は私は逃げてしまいたい、このまま立ち上がって帰ってしまいたい。でもそんなことは許されない。


「私は前の短い髪の梨奈の方が好きだよ。いやあの剃刀みたいな鋭い明智梨奈が好きだったよ、今でも」

 桔梗は私に抱き付き耳元で呟いた。


「けれど今の貴方はどこか歪んでしまっているわ、鋭さもないし。昔の貴方は何処に行ったの? ねぇ莉乃? 貴方は死んだんでしょ。どうして貴方がここにいるの」

 私の髪を手で解き降ろしながらおぞまし気に耳元でそれを呟いた。



「ねぇ、梨奈。貴方にはまた教育が必要みたいね」

 全身に走る嫌悪感……。

 もう二度とあんな風にはされたくない。

 

 そう、私は明智梨奈だ、明智 明智 明 智  明  智  明智 明  智   明智 明  智 明   智  あ け ち 明智


 明智梨奈だ。


 呼び覚まされる記憶。耳に嫌に残る明智梨奈と言う名前。

 恐怖、苦痛、大きい音。

 明智梨奈。


「貴方の名前は?」

 絡みつくような声で桔梗は問いかけた。


「明智梨奈」

 私は無意識にそう答えてしまっていた。


「貴方の恩人は? 貴方の忠誠を誓った主君は?」


「土岐九十九様です」

 嫌だ嫌だ嫌だ。でもこう答えなければまたあの部屋に戻されてしまう。

 あの音以外の全てがいないあの部屋に。

 明智梨奈と土岐九十九以外呼ばれないあの音の中に。


 いやだ、いやだ、嫌だ。い・や・だ。


「そうそう、その顔その顔が見たかったの莉乃の」

 抱き付いたままの彼女は呟いた。


「莉乃って誰よ」

 震えながら私は答えた。


「無様にも部下にクーデターにあって全てを失ってしまったお嬢様よ。最後は事故で死んじゃった。別に貴方の事じゃないわ」

 そうそれは可哀相な人ね。と私は返事を返して置いた。

 返事を返すのに精一杯だった。


「貴方には幸せそうな顔は似合わないわ。どこまでも悲しみを背負った暗くて冷徹で血に塗れた顔が一番似合ってるわ」

 明るい声でそんな可愛らしくもない事を呟いた。


「えへへ、梨奈いい匂っ」


「そんなことしててあなたの好きな人に見られたらどう釈明するの?」

 

「さぁね、彼は私の気持ちに気付いてくれないし」 

 今日初めて彼女から寂し気な声が漏れ出た。


「寂しかったよ梨奈。うん、寂しかった。イジメる相手がいなくて寂しかった。私の相手をしてくれる梨奈が遠くに行っちゃいそうで」

「どうして? 私はここにいるわ」

「違う。以前の梨奈なら私のプレゼントを受け取るときにあんな風に有難うなんて言わないわ。以前の貴方なら棒読みで有難うって言ってた」

「それそろ離して頂戴。ごめんなさいね学校に長く居すぎたせいかそーゆ社交辞令に慣れてしまっていて」


 彼女はやっと私を解放した。


「莉奈は大変だね~、学校なんて行っちゃってさ」

 確か彼女は確か孤児で捨てられているところを九十九様の御父上に拾われてそれからは土岐家の為に働けるように教えられたと聞いたな。

 学校も中学校まででそれから鬼が攻めてくるまでの半年間は裏の仕事をしていたとも言っていたな。

 

「そうね、けどそれも全部命令だもん」


「お勤めご苦労様です」

 桔梗は一糸乱れぬ敬礼をした。


「桔梗ここに居たのか、探したぞ」

 扉を開けて体躯の良い鍛え上げられた肉体を持つ男が私を助けに来てくれた。

 やっと話が終わる。


「仕事ですねー、ハイハイ」

 少女は年相応の不貞腐れた態度を取った。


「まだ梨奈と話したかったのにー」

 話すという名のイジメでしょうね。分かります分かります。


「おお梨奈か久しぶりだな」

 整った軍服を着た同い年の男が私に会釈した。


こうの君も久しぶりね」


「ああ、特別任務を与えられたそうだが進捗はどうだ」


「まぁまぁと言った所よ」

 

「もー私を置いてきぼりにして」

 

「お前はさっさと軍服に着替えて来い」

 目の前の少女が大好きな男の子は彼女の私服には触れずにそう言い放った。


「あとこれ、クリスマスプレゼントよ」

 生真面目な男にラッピングされたプレゼントを渡した。


「おお有難う梨奈、済まんが任務前故に何も返せんがいつか返すよ」

 

「中身はネクタイピンよ。後で確認してね、じゃぁ忙しいようだから私はここらで帰らせてもらうわ」

 桔梗に有無を言わさず出口に向かった。


「それと約束した通りそこのプレゼントは皆に配っておいてね。男性はリボンの色が緑で、女性はリボンの色が赤よ」

 彼女の返事を聞く前に扉を閉めた。

 やった、やっと帰れる。大和君の下に。

 怖かった、辛かった。

 けどきっと大和君は励ましても優しくしてもくれないだろう。


 クリスマスという理由で呼ばれるくらいならクリスマスなんて無くなってしまえばいい。

 クリスマスなんて大っ嫌いだ。


 そうクリスマスなんてもの消えてしまえば……。きっときっと今日みたいな悲しい思いはしなかっただろうに。


 私はすぐさまコートに着替えて逃げるようにこの屋敷を後にした。

 この屋敷を出てしまえばまた莉乃として平和な日常が送れる。こんな堅苦しい話方なんてしなくてよくなる。

 怖い思いをした。

 早く、大和君に会いたい。

 何もしてくれなくてもいい、ただただ大和君を見ていたい。

 私は不幸な人間なんかじゃない。

 そうだ、私は戦うって決めたんだ。


 いずれ私はあそこから彼奴らを叩き落す。

 けれど今日はちょっと疲れてしまった。


 歩みを進めて屋敷からは遠く離れ、家の近くの商店街を横切っていく。


 こんな日は嫌いだ。クリスマスなんて。クリスマスなんか。


 私が甘ったれたお嬢様だったって証明する日みたいで私は嫌いだ。

 私が愛したクリスマスは部下たちの影の努力によって作り上げられたものだった、そんな事も知らずに私は……。 私は……。


「おお梨奈じゃないですか大和」

「そうだな」

 両手いっぱいの荷物を抱えた鬼と何かの箱を抱えた大和君がいた。

 私は泣きそうだった。大和君に飛びかかりたい衝動に駆られた、慰めて欲しかった。 

 けどそんなことを彼がしてくれないことくらいわかっている。


「どうして大和君がここに?」


「ここにって、お前が七面鳥の予約しといたから取りに行って来いって言ったんだろうが」


「七面鳥?」

 もう頭がいっぱいで正常な返しが出来ていなかった。

「ん? お前忘れたのか」


「忘れたって何を?」


「美浜を招いて家でクリスマスパーティーするんじゃなかったのか?」


 ああ、そういえばそんな話もあったな……。


 土岐家に行くことで一杯一杯で忘れていた。


「その様子じゃぁまだなんもやっていないな……。はぁ~、料理位なら手伝ってやるよ」


「私も会場の準備位なら」


 ああ、そうだった。

 そうだった。今日は楽しいクリスマスの日だ。

 私の好きな人に囲まれて過ごせる。

 あの楽しいクリスマスはまだ消えてはいなかった。あれには劣るかもしれないけど、私にとってはそれでもう十分だ。



「大和君有難う」

 なんだかとっても大和君にお礼が言いたい気持ちになった。


「そうか……」

 彼のお得意の話を終らせるときに使う言葉だ。

「そーやっていつも話を終らせようとするのずるいです」


「だってなんか面倒じゃん。何があったか聞いてくれって顔してるし。おおよそ察しはつくが」


「いいですよそんなことはもう。私は大和君がここに居てくれたことに感謝してるんです」


「うぁ……。今日のは一段と面倒なのだ。絶対に酒飲んだらぶっ壊れる奴だ」


 今日は年に一度の奇跡の日。どうか私の周りの、私の手の中に入っている人間が幸せにいられますように。

 大和君にハッピークリスマスを。

 私の周りの人間に幸せなクリスマスをを。

 

「さぁ~今日は楽しいクリスマスですよ。楽しみましょう大和君」

 

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