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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第二章】The Time They Are A-Changin
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【二章第十四話】 狂人は嗤う

 きっとやるさ、きっとな。


 人は救いがもたらされたならそれに縋るであろう。

 例えそれが不確定なものだとしても。


 忍び難い現状と手を伸ばせば届く幸せになるかもしれないという不確定な未来を天秤に載せてきっと人は不確定な可能性に満ち溢れた未来を取ってしまうであろう。


 彼女はきっと力に手を染める。

 彼女はきっと自分を捨てる。

 彼女はやっと狂人から常識人へをと姿を変える。


 いいや、もう変えているかもしれないな。

 もう既に奴らにやり返しているかもしれない。

 

 彼女はきっともう今までの彼女では無いだろう。狂っていると、彼女はそうする事しか出来なかったんだから。


 元よりこの世界はおかしいか、力ある者しか勝ち抜くことが出来ない。力さえあれば多少のズルやルール違反はどうにかなってしまう。

 多少の暴力も行き過ぎた虐げも、どうにかなってしまう。


 ――それなのに、それなのに……。俺の紫水への暴力は肯定されなかった。俺はあのクラスから野蛮な人間認定されてしまった。

 俺はあのクラス何にも知らない馬鹿な他人共から暴力を軽々しく振るう獣同然の扱いを受けた。


 ――きっとほかにも手段がある筈よ。

 

 おかしいよ、おかしいさ。

 じゃぁどうすればいいってんだよ。

 虐めを止める為には。


耐える? 忍ぶ? それはもう出来ないんだろ。


 話し合いなんてものは論外だ。上下関係が出来上がっているのに態々上の者が下のモノの言う事なんて聞く訳が無い。

 そんな話し合いで解決できるようなお人柄がいい人間ならそもそも虐めなんかには走っていない。


 手段はやはりこれしかない。

 これが唯一の手段だ。


 話し合いで解決するにしてもまず交渉席に相手を座らせねばならない、脅してもそっ首を掴んで無理にでも椅子に座らせねばならない。

 相手の首根っこを掴んででも自分と頭の位置を同じにせねばならない。

 相手を転ばせ倒れたところを踏み倒して相手の額を地べたに擦り付けねばならない。


 でなければ、同格になんて扱って貰えない。


 下剋上だ、革命だ、差別階層の解放だ。

 力で訴えねばならない事だってこの世にはある。

 力を使うことは悪い事ではない。それこそが人の本質だ。

 人としての当たり前の行動だ。


 きっと彼女は狂気に手を染め、五体を狂気で動かす。 そうなったときにやっと俺は心から彼女を助けるために動くことが出来る。

 彼女は面白いものを俺に見せてくれるだろう。

 代償はきっちり払うさ。お前をそうさせた責任は取るつもりだ。


 キーンコーンカーンコーン。

「よし今日はここまで」

 間の抜けたチャイムと共に教師の終わりの合図。

 そろいもそろって起立して教師への授業のお礼を言う。まぁ俺は立って頭を下げているだけだが。

 教科書を机の中にぶち込んで席を後にする。


 さぁて楽しい楽しいショーの時間だ。


 いち早く教室を出て俺は階段を下り一つ下の階にある彼女の教室に足を進める。


「大和……」

 ハリマが後ろからついて来た。

「お前はお友達とのお昼御飯があるだろう」

「まぁ一日くらいなら適当な理由を付けて何とか出来ますよ」

「そうか」


「おーお本当にやってますな」


 彼女の教室の前は異様な喧騒と人だかりに塗れていた。

 いつもと違い皆は慌ただしく行動している。

 もうこれで後戻りは出来まい。


「先生呼んできて」

「誰か止めて」


 ふっふっふっ、何と愉快な光景だ。


 今までそんなことはしてなかった癖に、いざ事が起きてしまったらやっと重たい腰を上げる有象無象。

 止めに入れるものを呼びに走る有像、止めに入る有像。

 慌てふためくだけの無像、蔑み見下す無像。


 ふっふっふ、面白い、面白い。

 もう吹っ切れてしまったのか同性の女子に止められても肩を震わせ敵を踏み付けるのを止めない美浜。

 今までの態度と一変してただただ恐れやられることしか出来ない彼女。


 もう美浜の眼には他の人々が映ってはいない、美浜はその手で人間だれしも持っている狂気を受け容れたのだ。


 服を乱れさせ、スカートを震わせ彼女は今までの怒りを振り下ろし続ける。

 無言で、静かに、冷徹に、倒れた女に向かってその足を振り下ろす。

 倒れた女の頬も幾らか赤くなっているんだから多分馬乗りになって何度殴ったんだろう。この女の取り巻きは慌てふためいて見ている事しか出来ていなかった。


 よい、よいぞ。

 ふっふっふ、強き者を統制するためにはより自分が強くならねばなるまい。銀雪はお前らの土俵に立ってお前と同じやり方で上下関係を見せつけたぞ、さぁどうする。どうするんだ、お前らはこのままでいいわけないだろ、なぁどうしてくれるんだ。


「嬉しそうですね」

「ああ、俺は一人の少女を道理から外したからな」

「ええ、そうですね。己の為に戦う彼女、それが例え邪なる理由での戦いであろうとも。その様はその正邪の理の狭間に咲いた自己という花は美しいに決まっていますね」


 さて美浜も美浜で流石に止めに入った人たちには攻撃できないようなのでその足が彼女から外れた瞬間に攻撃するのを止めた。

 彼女は彼女で取り巻きに囲まれて慰められていた。

「今まで気づかなくてごめんね」

「止められなくてごめんね」

「大変だったね、これからは私は美浜さんの味方だよ」

 美浜の周りには上っ面でしか言葉を発していないものたちの無意味なまでの同情の言葉に満ち溢れていた。


 これ以上はここに居ても不毛な幕間を見るだけだ、ここにいる必要は無いな。

 俺はハリマを引き連れて食堂に向かう為に廊下を引き返した。


「いいのですか? 何か言わなくて」


「今は優しい言葉で満たしてやれよ、例えそれが虚なる優しさでもな」


「彼女が望んでいるものはそんなものではない気が……」


「俺は他人だ、あくまで他人だ、今はな」


 そうだ、美浜は事を成した。しかし俺は美浜には何も返してもいない。

 俺は理由を捜していた。美浜を助けるための理由を。

 心から美浜を助けるための理由を、望んで美浜を助けたいを思う理由を。


 一人の少女は狂った人間によって穢されてしまった。その狂った人間が望むように。

 その狂人が望んだように彼女は変わった。

 自らでいる事を諦めて、自らを捨てた。


 彼女は俺の望みを的確に答えた、美浜は狂おしいほどに俺に面白いものを見せてくれた。俺は今にもはたはたと手を打ちたい気分だ。


 彼女は俺にそうさせたいという理由を与えてくれた。ならば彼女にもその等価を支払わねばならない。

 さてさて、これで本当に理由は出来た。

 偽善なんかじゃない、虚栄心や利己心もない。心から彼女を助けたいと思った。

 俺は自身の掌の中にある者しか救わないし助けようとも助けたいとも思わない。


 昔俺は救えるものは、周囲の困っている人間は皆助けようとした、自分の限界だってきっと分かっていたのに諦めきれなかった。

 でもそれはどうやら間違えだったようだ。

 俺はこのやり方でとても大きなミスを犯してしまった。


 だから、だから俺はもう自分が助けたいと思う人しか助ける気なんてない。


 だからだろうな、俺が紫水にも莉乃にも成れない理由は。

 紫水ならきっと俺よりもっと上手くやれた、莉乃ならこんな理由もなく動いていた、でも俺は、俺は最後までこの様だ。

 彼女が自発的に動くまでこの様だったよ。


「ハリマここからだ、ここからが本当の戦いだ」


「はぁ」


「莉奈に伝えて置け、お前は証言者を作り教師の前でそいつに全てを証言させろ。停学、休学はお金や権力で全て封じろ。そして最悪土岐家の力を使い彼女たちをこの学校から駆逐することも考えておけと」

 はっ、静かに力強く臣下は呟いた。


「もう一つ、今日一日何があっても俺に関わるな。梨奈もだ、お前が引き留めて置け、美浜に会せると面倒だ」

「それは……」

「いいな」

「はっ」

 渋々だが法師の賛同を貰えた。

 舞台は整った、あとは彼女たちが作り上げてきた青春という劇を無茶苦茶にするだけだ。



-----------------------


 毎度毎度なチャイムと共に終わる授業、そして意味のない担任の明日の日程連絡。

 興味の欠片すら湧いてこない。


「よし、帰っていいぞ」


 このまま一番に教室を飛び出したらまるで子供だ。いかんいかんと思いながら俺は体を伸ばし深呼吸をしてから立ち上がる。

 教室をいつもの様に出て階段を使い一つ下の階に下りる。

 美浜の教室が授業が終わるのを待って皆に一定の距離を取られながらも出て来た美浜を視界に映す。


 スマホよしっと……。ポケットをごそごそと漁り鬼が攻めて来てネットが使えなくなって以来ほぼカメラとアラームにしかなっていないスマホの感触を確かめる。


 美浜の教室の近くまで行き彼女がそこから出てくるのを待つ。

 そしてその後、ストーカーみたいだが美浜の後を付いて行く。


 それから美浜は生徒指導室に呼び出され1時間位後にその部屋から出て来た。

 美浜の顔にはもう迷いなんてものは無いように感じられた。


 それから後の行動は単純だ、帰宅するために下駄箱に行き靴を履き替えて家に帰る。しかし美浜のローファーは砂が詰まったゴミ箱に投げ入れられていた。


「あの人たちまだ懲りないみたいね」

 憐れむように美浜は独り呟いた。

 気付かれないように靴を履き替えて、後方から悠々とついて行く。


 美浜は学校の敷地から出るところで立ち止まって一度深呼吸をした。ああ、お前も分かっているみたいだな。これからどんな事が起きるかが。


 美浜はまたいつものスピードで歩き始める、体は少し震えているようにも見えた。


 学校から出て何とも言い難い距離にある交差点を渡ったところで美浜は数名の女に両サイドを取られて人通りも少ない路地に消えていった。

 ああそうだったな、ここはいつかの莉乃と共に美浜が虐げられているのを見たところ。あの時と同じところに立っておれはポケットからスマホを取り出して起動する。


「おまえさー、何で今日はあんな反抗的だったわけ? もう頭に来た、絶対にお前に刃向かったことを後悔させてやるからな」

 彼女の周りにはいつもの取り巻き数名以外にも総力戦と言わんばかりにいつもの女子と俺たちの学校の男子、そして他校の男子などの顔ぶれが揃っていた。


 我が校の人間は格好ばかりは大分真面目だがもう中身が終わっている道を外したもの達ばかり、他校の男共は皆金髪やピアスなどをしている如何にも不良って感じの人ばかりだ。

 噂で聞く程度だが他校の治安はもう大人が管理・統制出来ない位悪いところがあると聞いたこともある。


 それにうっわ、女子って怖いな。予想以上だよ、予想以上に楽しい思いが出来そうだよ。まぁまぁこれから俺がやるのは実験ってやつだね。


「もう貴方の暴力に付き合っているのに疲れたの。それに案外貴方って弱いのね」

 美浜は何の物おじせずにずけずけと言い放った。


「数を集めねば何かを成せない、烏合の衆ね」


「もう私は怒った。お前に一度酷い目を見させてやる、もう学校に来たくないっていうくらいな」

 やれと言う合図と共に一斉に討って出る配下共。

 あーあ、男までか弱い女子一人に何やってんだよ。


 しかし案外彼奴、統率力はあるんだな。皆が皆彼女の指示にすんなりと答えて皆彼女に忠誠を誓ったような顔つきで正邪すら考えずに一心不乱に彼女の為だけを思って行動している。

 美浜は手にしていた鞄を振り回して威嚇する行為を行う。


 しかし前方からじりじりと詰め寄られて美浜に群衆の手が伸びた。


 本当は彼女をほどほどに襲わせてからの方が証拠としてはいいだがなぁ。それにこれから俺がやろうとしていることもそれがあれば円滑に士気を折ることが出来る。

 しかし彼女を助けなければな、うん。彼女は自分なりに変わり戦ったんだ。


「十七、十八、十九……。ちと多いな」

 スマホを片手に美浜がいる路地に飛び出した。

 まぁこのグループなんて女子が大半だし実質、動ける奴は半数以下。


「誰だお前?」

 ここの首領がそう問いかけて来た。

「統率力も人員もなかなか悪くない。その力軍の為に使ったら良かったのになぁ」

「軍? 知るかよ。私は私が満たされていればいいんだよ」

「そうか……」

 美浜を掴み上げようとしていた人々は人の登場により後退して、その隙に美浜は彼らと距離を取った。


「撮ったぞお前らのやった事」


「はぁ、誰だよテメェ」

 彼女の取り巻きにいる男から声が上がった。


「正義の味方かな?」

 正義の味方ではあるな。ただし俺の中に存在する正義でしかモノは計らない。しかし自らの正義に殉じている者だ。


「アッハッハッハ、何それヒーロー気取り? チョーウケル」

 彼女たちの集団が笑いに包まれた。


「そうだなぁ、ヒーロー気取りではないんだよな。寧ろその逆かな?」

 彼女は俺の後ろに隠れるように位置を取る。

「はっ? 何それイミワカンネ」

 男は急に不機嫌そうになった。


「ともかくそのスマホ渡してくれねえか? そうしたらこいつは見逃してやるから」

 女王様がそう呟いた。


「どうしよっかなぁ」

 数歩下がって彼女に小声で話せる所に位置取りする。


「お前はいらん、というか邪魔だ。此処から戦いが起こるから振り返らずに逃げろ」

「えっ……。嫌よ」

「去れ、邪魔だ。消え失せろ」

 ここで俺の背中から離れるなよー、とか言ってあげるのがかっこいいんだろうなー。

 ただ本当に邪魔だ。後顧の憂いは取り除いておきたい。


「貴方のような口ばかりの非力な人間を残して逃げる訳にはいかないわ」

 後ろで美浜がそう呟いた。


「えぇ、嫌だよ。此処に嫁のデータが入っているのに、渡すかバーカ」

 もうネットは使えなくなってしまったんだ、だからこのスマホに入った画像は多分もう永遠に手に入る事は無いだろう。

 

「なら奪うまでだ」


「俺の宝だ、いいからこれをもって逃げろ」

 ポケットに入れてて動いていたら画面が割れてましたーって展開が嫌なので美浜にスマホを渡した。

 敵の首長は軍師が指揮でも執るかのように指を俺に向けて指示を出した。それと同時に男共が軍を成して襲い掛かってくる。


「貴方……。草薙君……」

「いいから行けって言ってるだろうが」

 俺の声は冷たく強張った声色だった。


「ごめん」

 彼女はその一言を言い終えるや否や、スマホを片手にカバンを抱えて小走りで逃げていった。


「美浜はいなくなったが止めるか?」


「馬鹿にしやがっって、んな訳ないだろが」

 ヒュウ。

 口笛のような息を漏らす。 


 人差し指を軽く人撫でするとともに、単騎で飛びかかって来た男の溝内に拳を飛ばした。


「単騎で突っ込んでくる馬鹿がいるか。それではこの草薙大和は倒せんぞ。それではA組の特別採用枠の生徒は倒せんぞ」

 さぁてさぁて、楽しい楽しいパーティーの、愉しい愉しいショータイムの幕開けだ。

 とことん俺を楽しませてくれよ。


「A組だか何だか知らんが知るかぁ、あんな奴やってしまえ」

 彼女の怒号が男たちに響き渡った。

 俺は片目だけ見開いたような状態で、にこりと昔の自分の自然な笑みを浮かべた。


「こいよ」

 俺は男共に向かって挑発した。


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