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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第二章】The Time They Are A-Changin
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【二章第十話】 守ってなんて言ってない

暇だ、暇だ。


 怠い、怠い、怠い。

 あの命を懸けた戦いから俺は妙に現実から心が離れてしまっている。

 それは夏に入っても、短い短い夏休みが終わっても。


 夏休みが終了して数週間、なんだか俺は心がとんでしまっている。


 俺の中の狭い狭い範囲でしかない世界の行動ですら妙に頭に入ってこない。この日常から妙に心が離れてしまっている。

 周りの人間もクラスの奴らも、皆詰まらない奴らばかりだ。


 こんなガヤガヤと活気に溢れた場所で独り静かに主張しないよう気を使い、出された食事を食べてもあまり味が感じられない。正しく鉛のような飯だ。

 空気を喰っている感じだ。


 食堂での食事を終えても、あのお貴族様たちに溢れ返っているクラスに中々戻る気になれない。

 かと言って何処かに行く気にもなれない。


「どこか独りになれる場所が欲しいな」

 俺はそんなことを口走っていた。

 アニメでいう学校の屋上のような、そんな一人になれる場所が欲しい。しかし現実で屋上が解放されているところなんて滅多にない。


 俺が孤独に静かに誰とも関わらず一人でいられる場所が欲しい。

 あの連中の近くにいるだけでなんだか気が滅入ってしまう。


 熊の様にのそのそと重い足を引きずりながら適当に学校を徘徊していた。


「ああっ、なんだよ」

「殴りたいなら殴ればいいじゃない。暴力でしか自分を誇示できない憐れな人たち」

 お昼時だというのに、いやお昼時で教師たちがいない時だからこんなことが出来るのであろう。人目もはばからず徒党を組んだ少女たちが一人の少女を虐めていた。

 遠ざかる人々はそれはもう速足に、そして関わらないように早々とそれを見殺しにして通り過ぎていく。

 その集団のリーダーと思わしき女が虐げられているモノの腹に向かって拳を飛ばした。


 彼女はいとも簡単に地面に崩れ落ちた。

 そして彼女を負い討つように周りの連中が彼女に向かって足を振り下ろした。

 彼女は息を漏らしながらその振り下ろされる理不尽なまでの暴力に耐えている。周囲の連中も目を逸らすか瞼を下ろしてその瞬間を見ようとはしていない。


 彼女はどうしてこうなっているかも分からないし、知らない、そして何より知る気も湧かない。

 彼女を助けてあげるほど別に俺もお人好しでもないし、大衆が考え出した正義に殉ずるものでもない。いや、言葉や理屈、立場を変えれば逆に彼女たちに正義が宿っているのかもしれない。

 力ある者が正義の範疇を好き勝手に決める、それは昔も今も変わらないことだ。

 それ故に誰も目を潤ませてまでも芯までは屈していない彼女の事を誰も助けようとなんてしていない。むしろ力を行使することを干渉しないという形で黙認している。


 彼女の顔にリーダー格らしき女の蹴りが直撃した。

 目を逸らしているだけじゃ、目を伏せているだけではあの痛々しい音はどうにも聞き逃すことは出来ないようだ。

 周囲の人は皆、顔を少しばかり歪めているが直ぐに切り替え無いモノと扱い、その場から逃げ出すように離れて行っている。

 そして俺もそんな彼女らが占拠している廊下の隅をダラダラと歩みの速度を変えずに歩いて行った。


 彼女は泣いていた。彼女はそれでも反抗的な眼をしていた。

 いっそプライドも尊厳も捨てて従っちまえば楽になるものを……。


 どうして彼女は抵抗しているのだろうか。

 彼女自身も到底敵わないと諦めてしまっているのに。


 どうして彼女は現実を受け入れないのであろうか……。

 どうして彼女は自分のやり方で彼女たちをどうこう出来ると思っているのであろうか。


「ムカつくんだよ」

 俺の背中からそんな声が聞こえてくる。

「そんなこと言われても……。私はただいつも通りにしてただけじゃない」

 はぁはぁか細いと息を零しながら彼女は冷静そうな口ぶりで反論する。

「いつも言ってるだろうが、そのいつも通りがムカツクんだよ」


 そんなものは・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・。


 まぁいいや。


 ああ、段々彼女らの声が俺の意識からフェードアウトしていく。

 別に俺がやらずともどこぞの某が自身の正義感に駆られて彼女を助けてあげるだろう。

 

 誰かが……。

 俺ではない誰かが。

 

「何をしているのかな?」

 聞き覚えのある声が廊下中に響いた。

「ねぇ、何をしているの?」

 それはそれは優しい優しい声色の中に冷たく凍てった感情が乗せられたような聞き方であった。

 虐げられている彼女を無視して歩みを進めていた生徒たちは皆後ろを振り返っていた。勿論俺も例外ではなかった。


 そりゃまぁ、聞こえた声が知った声でなければ俺は振り向いていなかったと思う。いや違うな、この状況であの作り出された空気に逆らって虐げられている彼女に手を差し伸べた勇気のある人間を俺は見て見たかったのだ。

 そして俺の耳に響いたのは、振り向いた先に居たのは……。


 莉乃だった。


「ねぇ、黙ってないで答えなよ」

 だんまりを決め込んでいる彼女たちに向かって薄ら笑いを浮かべながら莉乃が問いかける。


「それは……」

 グループの端々から何とも言えない声が上がっている。予想外人物の介入があったことに動揺しているのだ。


「A組の御貴族様だからって調子に乗ってんじゃねぇよ」

 リーダー格と思わしき女が莉乃に向かって逆上しながら声を荒らげた。

 ただ逆らっている彼女以外は皆もう戦意喪失して、撤退を決め込もうとしている感じであった。

「ならば殴ったら? 私の顔でもお腹でもさっきみたいに力のままに殴ってみたら?」

 五~六名の集団に一人で立ち向かっているどこぞの没落貴族である娘は笑みを溢しながら佇んだままだ。


「みずきっ、此奴ヤバいよ。もう止めようよ……。じゃないとこの女がもしお金持ちのお父様方にチクったりしたら私達この学校から簡単に追い出されちゃうよ」

 貴族ってそんなイメージなのかよ。確かに俺のクラスの連中は何かと生徒や先生からも特別扱いされているし、いじめだのなんだのは聞いたことも見た事も無いがそんな力あるのか。


「ああ、そんなことした子もいるんだ。お望みならならそうしてあげましょうか? ねぇ、みずきちゃんよ。一度生まれ持った格の違いってのを見せてあげた方がいいのかなぁ」

 莉乃の一言に集団が竦む。どうやらこの集団のリーダーのみずき? 以外はさっきまでの態度と一変し、今はもう目も当てられないような状態であった。

 蛇に睨まれた蛙という奴だ。

 莉乃って、貴族ってこの学校でそんなにも権力がある存在だったんだなぁ。


「金持ちの親の下に生まれたからって調子に乗ってんじゃねぇよ」

 少女の拳をひらりと躱した莉乃は見事に技をかけてリーダー格の女を地に伏せさせる。

「その言葉そっくりそのまま返してあげましょうか。ねぇ、みずきちゃん、調子に乗ってんじゃねぇよ」

 それはそれは優しい笑顔をチラつかせながら莉乃は言い放つ。


「私の友達に手を挙げてんじゃないよ。ねぇ、この学校を出ていきたい?」

 薄茶色の髪を靡かせ、黒々とした莉乃の眼は仰向けに倒れている人間を見下みおろしていた。

 莉乃の眼は目の前に敵として立ちはだかった者を確かに見下みくだしている、しかしそれに気付いている者も少ないだろう。


「もう今みたいなことはやらないよね」

 正しくそれは押しつけだ。彼女は相手の真意すら聞かずにあたかもそれに同意したかのように扱い、そのまま眼を向ける対象を切り替え、隅で静かに涙を流し震えていたモノに向かって手を差し伸べた。


「大丈夫だった? ユキ」

 ユキと呼ばれた少女は彼女はパッと目の色を整え直し冷え切った眼をして自ら立ち上がった。

「ええ、あれくらいなら全然大丈夫だわ」

 彼女をイジメていた集団が去ったと同時に冷え切った眼をしたユキとよばれた女が口を開いた。


 これで一件落着と。

 皆が皆もう興味を無くしたのか、事の顛末を見たのか人々はもう元の生活に戻り始めている。

 そして俺も彼女たちを背に歩き始めた。


「またやられたら私に言ってね」

 朧気ながら莉乃の声が聞こえてくる。

 多分彼女は……。

 ああまぁいいや。

 だが久々に面白いものを見せて貰った。

 心が躍った。

 あの時のあの光景のような、そしてあの時の少年とは全く違う手段を取った人間がいた。

 多分、あの集団は莉乃に手を出すことは出来ないだろう。


 ――ならばやることは一つだ。


 さてあのユキとか呼ばれていた少女は何処でプライドを捨てるんだろうな。

 ふっふっふ、楽しみだな。

 久しぶりにこの廃退的な学校の人々に興味が湧いて来た気がする、久しぶりに何かの感情を持った気がする。

 俺口を歪ませながら教室に向かって遠回りに歩き始めた。

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