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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第二章】The Time They Are A-Changin
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【二章第五話】 明智梨奈と草薙大和と

「今日は何かと酷い目に合いましたね」


 末森城で腹筋や腕立てなどを励み、途中から来た道摩にいつも通り剣術の指南をしてもらい、現在帰宅の真っ最中だ。

 周りを警戒しながら。

 もし出てきたら内臓を引き裂いて闇に葬ってやろうか。

 何故登校初日から変なもんに粘着されて憑りつかれなければならないのだ。


「大和、殺気、殺気。押さえて下さいよ、貴族の令嬢の失踪事件なんて大規模な捜査が行われますよ」

 冗談で思っていたつもりなのだが……。

 それから軽い武術に関する談笑をして家に辿り着いた。剣術以外にも身に着ける必要は大いにありそうだな。


「ここまで来たらもう大丈夫だろう」

 家のドアの前で止まり金剛のラバーキーホルダーのついたカギをポケットから取り出しまだ住み慣れていない新しい家の扉を開ける。


「お帰りなさいませ」

 それは最も予想していない、そして最も聞きたくない声が俺の家の中から聞こえて来た。

 俺は静かに扉を閉めようと手に力を入れた。 


「ちょ、何で閉めようとするの、話せば分かる、待って、待って、話せば」

 彼女は扉を閉めさせまいと靴下のまま玄関に降り立ち必死の抵抗を試みる。

 何故に君は家にいるのだよ。


「問答無用!!」

 話せば分かると言われたら枕詞のこれを言わずとしてなんという。

 扉をちょっと引き彼女の重心をずらさせそのまま一気に扉を押し閉める。


「ハリマちょっと出かけるぞ」

 この場から離れようと歩き出したところに俺の話を聞いてか聞かずかハリマがおもむろに玄関の扉を開けた。


「ちょっお前……」

 俺はただただハリマの蛮行をギリギリドアに手の届かない所から身を捩らせ見ているしかなかった。 


「この家に入れたって事はもしかしてだが貴方がここの最後の入居者なんですか?」

 俺の前ではあれだけ表情を変えていた彼女が何一つ変化ない表情でポケットからカギを取り出しハリマの方を向いて語りかける。


「そうなんですよ、やっと真面目に話を聞いてくれる方がいて安心しましたわ」

 歴史好きだからなのだろうか、俺の眼は彼女のカギのストラップとして付いている、木札の刻印の木瓜紋が離れないでいた。

 ああ最近はやりの審神者って奴か。いいとこのお嬢様でもネトゲをやるんだな。

 うんうん、やっぱりネトゲは偉大だ。今となってはインターネットにすら接続できないけど。

 

「こんなところで立ち話ってのもあれですので上がって下さい、私の家の飲み物でも出しますので」

 なんでお前が仕切ってんだよ。


「飲み物でも出すって、飲み物系のパウダーが入っている棚の場所分かるんか? もしやお前勝手にキッチンとかを漁ったんじゃないだろうな」

 こいつどれだけこの家に居たんだ、もしや俺の部屋で良からぬことでも……。俺のコレクションにもし何かあったらただじゃ置かないからな。

 まずは爪剥がしからだ、次に暴行を加える、そのうえで絶食監禁……。


 ヲタの私物を漁った罪は重いぞぉ

 

「大和、殺気、殺気」

 耳元でハリマが囁く、流石歴戦のエセ陰陽師といったところだ、俺の殺気のシグナルを察知しまくっていた。

 と言いたいところだが多分今のは誰だって直に感じ取れることが出来たであろう。


 ただ彼奴らは今となっては俺の命よりも大切な物であって、俺を俺としてこの世に留めてくれた何にも変えようの大切な物達なのである。

 あれを失ってしまったら俺はもう俺でなくなり、俺はもう人でいられる自身すらない。

 俺にとって最後の人であるための支柱なのだ。それが崩れ落ちるようなことがあればきっと支えを失い人間性も深淵に落ちていくことになるであろう。


 俺が俺でいられたのはまさしく彼奴らのお陰でしかない。


「そんなに怒らなくても大丈夫ですよ。この家に来たのも大和君が来るちょっと前でしたし、飲み物も自前の紅茶の茶葉を使うつもりでしたわ」

 俺紅茶より珈琲の方が好きなんだが。

 食卓に俺達を座らせた彼女はくるりと回るように俺達に背を向け、何やら作業を始めた。

 

 彼女は水道水を電気ケトルの中に注ぎ、ぎこちない動作でスイッチを入れ、コードが繋がってないことに気付きコードをコンセントに差し込み、再びスイッチを押す。


「大和君朝からずーっと不満そうな顔して。そんなんじゃ駄目だよ、今日から女の子が色気も味気もないキッチンに立ってくれるんだからもっと喜ばないと」

 俺とハリマが同時にため息を吐き出す。

 なんだ此奴。やっぱりこいつは普通にめんどくさい奴だよ。


「あのー、何さんでしたっけ?」

「まだ楠木ハリマ君には自己紹介してなかったっけ。私の名前は明智梨奈っていうのよろしく」

 心の中に何故か靄のような何かが蠢いている。彼女はこんなにも嬉しそうにそして楽しそうに振る舞っているのにどこか後ろ暗い何かが見え隠れしているような気がしてならないのだ。

 靄は次第に大きくなり彼女が自分の名前を呟くころには俺の心の中をその疑念という名の霧が立ち込めていた。


 お金持ちの貴族令嬢で容姿も良くてそれなりに器用な彼女がこの世に絶望することなどあるのか?

 馬鹿馬鹿しい、何をそうも考えている、彼女はあんなにも幸せそうに笑っているではないか。


 馬鹿馬鹿しい、本当に馬鹿馬鹿しい。俺は彼女との接点を、俺が彼女と関係をもっていい理由を必死に探しているだけではないのか。


 あたかも自分の家の物のように食器棚からカップを二つと、どうやって持ってきたのか人ひとりでは抱えきれないような真新しい邪魔な荷物の山から箱を取り出し、その中からディティールの凝ったアンティークものの雰囲気がするティーカップと遂になるソーサを食卓の上に置いた。


「明智殿でしたっけ、多分この家にお住まいになられてもその調理場に立つ機会は少ないかと……」

「別に俺は好きで料理をしてる訳じゃ無いからな、お前に料理させるのが不安だったからしょうがなくキッチンに立ってやってたんだぞ」

 親から独立しても困らない様に家事の全般、特に料理だけは人並み以上に練習や研究を重ねてきたが、別に旨いものを喰わせてくれるなら俺以外の人間がキッチンに立っても構わない、寧ろこの料理を作る、片づけるという作業を誰かに任せてその時間をゲームに当てたいのだが。 


 此奴の作る料理も毒とか入ってそうで全く信用できない。

「いいとこのお嬢様でも料理は出来るんだな」

 頃合いを見てか、まだ完全に沸騰しきってない電気ケトルの取っ手を持ち、予め用意してあったティーポットにお湯を注ぎこみ、電気ケトルを元の場所に戻し再びスイッチを入れる。


「幼い頃からお父様に料理だけは出来るようになれと散々言われてきましたからね、うちのシェフに色々と教えてもらいましたよ」

 ティーポットに入っていた水を自前のカップや俺たちの使っているマグカップに注ぎながら彼女は答えた。

 彼女は遠き過去でも眺めるように懐かしそうに、そして何か物寂し気なものをその微笑みで必死に塗りつぶして物思いに浸っている。

 カップにお湯を注ぎ入れ、身軽となった彼女のその透き通るように白い白い肌を持った手は何故だか拳が深く深く握り込まれたいた。


「お嬢様なのになんでこんな庶民の家で暮らす許可が下りたんだよ、もしかしてお前愛されてないのか?」

 木目が美しい木箱の中から茶葉の入っている瓶をいくつか取り出し、そのうちの一つの蓋を開けティーポットの中に茶葉を放り込んだ。


 彼女の眼が少し曇るのを俺は見逃さなかった。


「そうですねぇ、確かに今は私家の人からは愛されてませんね」

 手慣れた手つきで音を上げているケトルの取っ手を掴み、高い位置から叩き付けるように熱湯を茶葉の入ったポットに注ぎ込み手早く蓋を乗せた。

 家の人から愛されていない……。



「軍は裏で大和君達の様な将来を有望な若者に一刻でも早く力を付けて貰う為に財力と名声のある貴族と関係を築かせようとしてるんですよ。まぁ私はそっちのハリマ君と関係を結んで来いと言われたしたがね」

ならなんで、いちいち俺にちょっかい出して来るんだよ。ほっといてくれよ。


「そんな非難いっぱいの胡乱気な眼で見ないで下さいよ。だってハリマ君普通にカッコいいしわざわざ私じゃなくても他の高家の娘がほっとかなさそうだからいいかなーって」

 そういって彼女は俺に向かって目配せを飛ばす。

「そんなついでで粘着してたのかよ」

 俺の人生ってのはいつもいつも独りになろうとすると邪魔が入ってくる……。あの馬鹿共もだが、今回の此奴も。


 別に俺は同情されたい訳では無いのだ、理解しては欲しいかもしれない。

 か・も・し・れ・な・い。


「大和君はついでなんかじゃないよ。例え感情を中々表に出してくれない大和君でも私が一生面倒見る覚悟はもう出来ていますよ」

 彼女のその黒々とした目は一種の狂信さが混じっているような気もするが全部が全部彼女のその雰囲気により隠されてしまい、俺は彼女の何が本気で何が遊びなのかイマイチ分かっていなかった。

 俺はそこで彼女の内面を探るのを止めた。

 別に俺は彼女を理解したいとも思わないし、彼女を何一つとして分かってはいなかった。


 椅子から立ち上がった天童はカップには入っていたお湯を流し台に捨て、暖められたカップに均等にポットでよく蒸らされた紅茶を注ぎ始めた。


「どうぞ」

 いい匂いのする琥珀色の紅茶の入ったマグカップが俺とハリマの前に置かれた。

 最初に紅茶に口を付けるふりをして、ソーサに戻す。

 ハリマと梨奈がその紅茶を美味しそうに口を付け飲んだのを見届けた後にその琥珀色の液体を取り込んだ。


 少しばかり量の減った紅茶は何処までも色を残し透き通っていて、まるで鏡のように心までも映している様だった。


 最近俺には悩みがある……。悩みというほどの悩みではないのだが、心の内の感情と俺の表情とで差が有り過ぎる事だ。

 あの時俺は確かに人として大切な何かを捨てた、だが俺にはその実感があまりない、物事への感じ方は今までと変わったこともあるが、俺は別にそんな大きく変わった実感が湧いてこない。

 何故だか俺の一部の感情、場所以外、内心が表情や口調に出なくなっている。常に淡々と片言の機械の様な喋り方をしてしまっている。


 自覚はない……。ただ周りの反応で分かる。

 どうせなら漫画とかでよく見る狂キャラのように思考・感情停止した人間になりたかった。血を血とも思わない、人も人と思わない人間なのにこんな日常では至って普通な感情を持ててしまっている。

 いっそ廃人になりたかった、感情さえ消してしまえればきっと楽だっただろうに

 いや廃人だったな別の方面で。

 


 マグカップの取っ手を取り湯気を上げ揺れている香りの良い液体を啜る。

 美味い、天童の持ってきた紅茶は深く濃密な味わいで素直に美味かった。

 飲めば飲むほど、味わえば味わうほど、より深く、より濃くその紅茶の味が伝わってくる。

 深ければ深いほど濃く濃密にそして強くなっていく心の闇の如く。


「どうですか、美味しいですか?」

 紅茶を注いでから俺の顔をまじまじと見つめている天童が俺に問いかけて来た。

「まぁ美味しいんじゃないか? 俺はコーヒーや抹茶の方が好みなんだが」

「もーこんな事は素直に美味しいだけでいいのに。笑顔があればなお良しだよ」

 カップの中に目を落とす。


 そこにはいつもの俺が俺を覗いていました。

 

「会話を途切れさせないーっ、ねぇねぇそんなんじゃ友達出来ないよ」

「そもそも友達なんて出来た事ないし。ラインだってネトゲのギルドの人以外登録していないし、ギルドマスターなのにオフ会断り続けていたし」

 出来るだけ相手に罪悪感を与えるように卑屈な感じで行ってみた。


「そっ、それでもギルド? の人となら友達と言える人くらい一人はいたんじゃないの」

「それなりにギルドメンバーとしては仲良くしてたがそれ以上の事はなかったな、所詮はネトゲだけの付き合いだ」

 話を聞いていた二人は要所要所で意味が分からないようだったが可哀相な子を見る目で俺を見てくる。

「じゃじゃあ、せめてこれから友達作る努力をしてみない? まず笑ってみてよ」

「ニコッ」

 いつかの空間でやったポージングでとびっきりの笑顔というやつを披露する。

「大和っ……」

「大和君……」

 俺の渾身の笑顔に二人ともドン引きのようだった。

「この話はこれでおしまいだ」

 手元に置いてある紅茶を飲み干す。


「正直なとこ追い出したいが、ここに住むんだろ? 部屋は空き部屋を使って貰っても構わないが、ここでのルールは本人の合意なく他人の部屋に入らないだからな。勝手に入ってきてどうなったって知らないからな」

 こいつは勝手に部屋に入ってきそうなので無駄かもしれないが一応釘を刺しておく。勿論入ってきたら脅しじゃないということをしっかり示してやる。


「それと庶民の生活の水準の低さへの苦情は承りかねますので」

 今日は予想外の事が起き過ぎていささか疲れた、早く自分の部屋でゲームがやりたい。

「分かりました~。それと我が家が仕入れていた珈琲豆とフレンチプレスを明日にでも持ってくるのでお楽しみに」

 いやいや誰もそこまでのクオリティーを求めてないのだが。

 もしほんとに俺の願いを叶えてくれるのなら親の所に帰ってくれ。頼むから即刻帰ってくれ。

 返答するのも怠くなってきたので軽く手を挙げ返事を返し、ハリマと天童をリビングに置き去りにして2階にある部屋へと向かった。

 

 それから部屋で俺は腹が減るまでゲームに耽った。ゲームをしている時は昔から悩みとか苦しみとか疲れとかを全部忘れることが出来る。二次元だけが唯一の俺の味方だ。

 腹が減り、ちょうど飯の時間にもなったのでリビングに冷蔵庫の中身と今日の飯のメニューでも考えながら降りて見たら、リビングのテーブルに蟹の山が積みあがっていた。

 まさか完全に庶民では全く手の届かない、金色に輝く食品になってしまった蟹をこんなところで食べられるとは。


「今日は私の歓迎会ですよ。大和君どんどん食べてってね」

 俺がいない間に荷物を自分の部屋にまとめたのか、今まで通りの風景になったリビングに場違いなまでの高級品と申し訳なさそうに縁に固めて並べてある家庭的な手料理の乗ったテーブルの定位置の椅子を引き腰かけた。

 俺が座ったのを見ると梨奈は俺の隣の椅子に腰かけて来た。

「大和君、今日から宜しくお願い致しますね。なんだか長い付き合いになりそうな気がしますが」

 彼女はそう言って俺に微笑みかけて来た。どこかの誰かさんと同じような黒々とした眼に無理やり明かりを灯しながら。


 彼女は笑った。

 


 彼女と昔の俺は似ている。もしかして彼女にとって俺は……。


「えっ、早くどっかいってくれよ」

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