【二章第一話】 バウンティ号の反乱
変わらない世の中なんてない……。昔から知っていたが理解できたのは最近だ。
市長が辞職を表明し、警察、自衛隊の大部隊が内地から離れていて、民衆が祝賀ムードの中この名古屋市に軍隊というものが誕生した。
ちょっとしたことでも盛大に騒ぎ立てるマスコミも不気味なほどに声を潜めてしまっている有様。多分マスコミも買収されているだろう。
それどころか一部の政治的な活動者以外はその矛先を全く別の者に向け、不謹慎という便利な言葉を唱え名古屋市の図書館や、書店に押し入り暴動を起こし、盗った書籍を掘った穴の中に積み上げ火をかけ灰に帰すという変なブームが到来していた。
ただでさえ清州に駆り出され人手不足の警察はこの暴動を鎮圧しかね、途方に暮れどうすることも出来ない状態に陥り、そんな警察をここぞとばかりに情報を全く提供しなくなったマスコミと呼んでいいのかすら分からない集団が叩き回った。
周りの人畜無害な民衆共もなんとなくこのブームに乗っかり自主規制と言いつつ、本を決められた穴の中に込み、本を所持している人間を見つけはその人から無理やりにも本を取り上げ穴に投げ込むものも現れ始めている。
そんな事をを喜々として行い、見る見るうちに皆が壊れ始めている。
得体の知れない目の前の恐怖を、吐き出す場所の無い感情を、そういった皆で何か一つの事に望むというやり方で搔き消そうとしている様だ。
そしてこの世から一つの娯楽が消えた、人々は心の安堵感を得た代わりに多大なるものを失うこととなってしまった。
ネットが使えない今、情報の出どころは時より軍が発行する新聞、暴動を鎮圧したのも軍と完全に軍に依存しきった生活を誰もが送っていてそれに疑問を持つ者など少なくとも俺の周りに存在しなかった。
そして自衛隊特殊非常事態対策部隊は鬼討軍と名乗り、笹竜胆に稲妻を走らせたマークを正式な紋章として使い始めた。
階級制度も自衛隊と違うことを表す為か旧式に戻され、次の市長選挙に村木有義大将が出馬を表明。
名指揮官のような貫禄のある村木大将だが見た目とは裏腹に避難民や市民への丁寧な説明が功を奏したのか支持者を着実に増やしていっているようだ。
この頃鬼討軍は大手自動車メーカと連帯して高機動車を配備したり、親を亡くした子供に援助なども行われた。
軍の存在は民に見事に受け入れられたのだ。
俺たちは橋封鎖後初の一宮からの避難民だったらしく、軍関係者からから色々な質問や他の避難民よりもちょっとばかし多い援助などが行われ、それなりに避難民の聴取を行っている軍人と顔なじみになり、新聞に詳しく書かれないような情報なども聞き出すことが出来ている。
もうすぐ私立の軍隊学校が設営される事なども聞かされ、一応そこに入るつもりだと法師と共にそんな表明もしておいた。
清州で自衛隊に助けられたとヘルメットを見せながら話をしてからはより詳しく状況を聞かれ、その話の後から明らかに食事が普通の避難民の食事より少し豪華になり、今日まで何の文句も不自由もない生活を送れている。
そこで聞いた話なのだが清州奪還が此処まで早かったのも自衛隊特殊非常事態対策部隊が現場に辿り着いた時に何故か敵が混乱状態にあり、真面な戦いもなく四散したらしい。
一宮市民の生き残りの会合にも行ってみたが会合が始まる前にその会場を後にしてしまった。そこに紫水がいなくなんとなくあまりいたいと思うところじゃなかったから。
ちらちらと中学の頃の奴らが俺の目に移ったのも原因の一つ。
彼奴らを見ているとあそこに行くと俺はまた昔の俺に戻ってしまいそうな気がして俺はすぐさまそこから立ち去った。
俺は変わった筈だ。
市長選挙の最終結果は避難民向けの政策を掲げていた村木大将ではなく、産業の立て直しをを政策の中心に掲げた、斯波宗春氏が当選し、市長となった。
村木大将落選により、なんとか軍人が権力を握ることを防いだが、鬼討軍が多くの企業と手を結び軍閥化するとこは止められなかった。
一方斯波市長の政策により名古屋のスーパーやコンビニなどの大手メーカーの店舗が立ち行かなくなったが逆に商店街が以前の活気を取り戻した。
が、それに対するマスコミの反応は悪く、名古屋の中心部にいる人々や、避難民達からバッシングを受けた。
その間鬼討軍は難民に支援物資を送ったり、荒らされた清州に避難民が住めるマンションを建て始め、軍を支持するもの達から大いに称賛を浴びる事となった。
それと同時に避難民に軍隊への入隊者を募集したり、学生には混乱により廃校になった学校をそのまま使った軍隊学校の生徒募集が行われ、どちらも予想以上の応募が殺到したとハリマ伝いに俺の耳にも伝わって来た。
軍隊学校の説明には実際に軍人としての訓練・教育を受けるコース、武器や兵器などの開発に関わるコース、医療や看護に関わるコースの三つがある。
何よりこの学校の凄いところは家や親を無くした学生同士が集まり共同生活が送れる家と学校では毎日昼食が付いてくるところだ。
食と住はそれだけ避難民にとって深刻な問題だった。
それとすでにその学校への入学希望がある事を表明している俺たちは何故か軍からはそこそこ優秀な人材扱いを受けていた。
俺たちを聴取に当たり、(ハリマが)仲良くなった中尉が俺たちに普通の志願の時に使われる書類とは違う、中尉曰く特別な志願書に色々と書き込まされた。
そして次の日に中尉が朝早くから押しかけてきて、言われるがままに始めて見る鬼討軍が本拠を置いているビルに連れて来られた。
移動中にも何度か何があるのかと中尉に尋ねてはみたものの、はぐらかされてしまい結局理由までは聞き出すことが出来なかった。
安心したのは俺たち以外にも随分とロビーで待たされている学生がいたことだ。
そして何時間も待たされた後に俺の名前が呼ばれ、大きな会議室のようなところに通された。
眼光が鋭い少佐と名乗る人を中心にしたグループに逃げてきた際の詳しい話や質疑応答などをさせられた。
-----------------------
その少し後にハリマが呼ばれ俺よりちょっばかし時間をかけて戻って来た。
それから日が暮れるまで待たされ、中尉が神妙な面持ちでいかにもにも中身が詰まってそうな封筒を俺とハリマに手渡してきた。
封筒の中には新たに設立される学校関連の書類などと、謎の何処に使うか分からない鍵が入っていた。
書類を軽く見てみると、これから行われるであろう試験の座学、実技の優秀者及び、親が軍の関係者又は軍や学校への一定額寄付をした人の子供しか入れないと言われているAクラスに試験をパスして面接だけで俺とハリマは入ることが決まったみたいだ。
「おお、Aクラスに入れるのか、おめでとう。詳細なら車で読めるだろう。早く乗れよ、行くぞお前たちの家に」
中尉はさっきまでとは一転し明るい声で話しかけ、肩などを叩いてきている。
「家って? 今までの仮設住宅じゃないんですか? それにこのカギは何ですか」
人付き合いや周りの人との関係ってのは重要だし、実際大事だから一応目上の人への礼儀というものは有るように装い言葉や態度でそれが表しているが、いつもいつもこれをするたびに自分が馬鹿馬鹿しく骨底に感じられる。
中尉は首を振りながら答えた。
「俺は下っ端だから良く知らないが、上にお前たちの家を見せて置けと言われている。まっ何かしら、マスコミや難民に向かって、我々は手厚い支援をしてるってアピールしたいんじゃないのか」
そんな事を言いながら中尉と共に歩き出し。鬼討軍の本営のホールを出て中尉の車に乗り込んだ。
「荷物とかはどうするんですか?」
「今日は下見だけだ、本格的な引っ越しは来週からだから、結局のところ仮設住宅に帰ることになるぞ」
前の席から中尉とハリマの話が聴こえてくる中、さっき貰った封筒の資料を取り出して、一枚一枚確認していく。
学校案内や行事予定といったどうでもいい資料が数を成していたが、奥の方から新しい家に関する書類が出て来た。
鬼討軍は独り身の殉職者の家を、逃げて来た見込みのある学生達を共同で住まわせるところにしているみたいだ。
新しい家には俺たち以外の人間とも住むことになると書いてあったが、どこを見ても一緒に住むことになる人の情報が何処を見ても書いていないのだが。
めんどくさい奴は嫌だなぁ。
車に揺られること数十分、名古屋の中心部から離れたところに俺たちの家が建っていた。
まだ名前は発表されていないが、俺たちの通う高校は愛知県トップの高校の校舎をそのまま利用するとらしい、書類を見る限りは。
家は高校からもそう遠くない場所にある。それに割と綺麗で中の家具も新し目で尚且つ充実し、建てられて直ぐのような雰囲気の家。
他人の家の香りが鼻腔を擽る。
一通り家の内装をハリマと見渡した後、中尉に車で仮設住宅が連立している名古屋の端の難民の避難所に帰り送っていって貰った。
翌日引っ越しの荷物をまとめたりする最中に、高校の入学式で着る鬼討軍の軍服や高校の制服の採寸会に参加するために本部に出向いた。
軍服も制服も全てが軍が負担をしてくれる。それだけではない今や避難民の衣食住全て鬼討軍が全額負担している状態にあった。
あの日から俺は今日までお金なんてものは使っていない、鬼討軍の支援の手厚さはそれだけ凄いものだった。軍は正しく信頼を金で買っていた。
次の日、名古屋の政府は鬼討軍を正式な名古屋の軍隊として認めるのと多額の税金を納めた人や多大なる功績を収めた軍人に爵位と議会への参加権などの政治参加権が与えられることが発表された。
これにより鬼討軍との関係の深い企業の社長や鬼討軍の将校などが次々に議会での発言権を持てるようになってしまった。
軍がこれだけの大盤振る舞いを出来たのも「私らと関係を持っていれば貴族になれるぞ~」と企業のお偉いさんを誑かしたからに違いないと思う。
軍は財界にも政界にも多大なる力を持ち、いつしか鬼討軍やその関係者などをそのシンボルマークから清和軍もしくは清和派と呼ばれるようになっていた。
これを聞いた軍は、軍の信仰していた鬼退治で有名な源頼光が清和源氏を起源にしていることもあり、鬼討軍を清和軍と改めた。
軍もわりかし厨二病だったのだ。厨二的な人体実験とかを始めそうな勢いなのだが。
それに頼光云々言っているが摂津軍、多田軍には何故ならないのか?
そして世は徐々に帝国主義的思想に戻りつつある。
民衆も企業もマスコミもあれから軍にそそのかされ、人々は平和的な日々が続き皆現実から目を背け、自ら鬼討軍に守られている楽園に身を置いていた。
俺には何の力もない……。技術も富も権力も名声も、地位も……。
世の中が壊れていくのに俺は何も出来ない、真面に鬼と戦う力すら持ち合わせていない。
今ここでいい思いをしてる奴らを蹴落としてやりたい。外で徒党を組んで俺を此処まで追いやった鬼達に汚れた地面を這いずり回らせるような屈辱を与えてやりたい。
なぁんてな、別に俺は世界がどうなろうが正直どうでもいい。奴らが俺の復讐に手さえ出さなければ、如何してもらっても知ったこっちゃない。
ただ、高い位に作ってのは悪くないと思う。色々と自由に立ち回ることが出来るから。
俺は避難民が現実から目を逸らしている中で目標に向かって着々と駒を進める。まずは位を得る事、それが第一目標。
例え俺の眼の前にあと一歩踏み出せば行ける楽園が在ろうとも絶対に俺はその一線は超えない。楽園に行ってしまった人々はさぞかし豊かで、楽しそうな顔をしてやがる、その温い何かに包まれながら彼らは次々に落ちていっている、夢の国へと。ただそこは夢の国なんかではない。天国も地獄の一種、いずれは彼らも本当の地獄に引きづり込まれることになるであろう。
そんなときに初めて気づくことになるだろう、快楽のままに使ったその温かな湯が二度と戻れない泥沼だったということに。
戻りたいなら精々何かを捨てる事だな、自分にとって本当に大切だというモノを。
だから俺は現実を見続ける、逃げない、もうあの日常はどれだけ願っても帰ってこない。あの日々は終わったのだ。
終わりのまた新たなる始まりの世界で俺は生きていく。復讐の為に……。
その為に力を得る、必ず。
二月 十四日
まだあれから一か月も経っていないが俺はこの仮設住宅を出て新たなる新居で復讐の為の牙を研ぎ続けることになるだろう。
これで見納めの仮設住宅街の現実から逃避しきった奴らを視界に捉え二月の雪と共に俺は決意を固め、最後にとある場所へ向かった。
俺は地面にとある紙を本などが投げ込まれている穴の前で破り捨てた。
一宮市の生存者の会から届いた、俺と同じ学生の生存者リスト……。
あの忌まわしき名前が、その許し難き人物名が載ったページを俺は外に持ち出しそのものの名前を断ち切り呪った。
紙はひらひらと宙を舞い、重力に従ってやがては穴の中に落ちていった。
やがてはここに火がつけられお前も燃える事になるだろうな。
「 国家安康、君臣豊楽こんな状況がいつまでもいつまでも続きますように」
俺がお前に天誅を下せるその時まで。
まだ時期じゃない、まだな。その時が来たら草の根まで掻き分けてでもお前に全てを返してやる。
なぁ―――よ。
お前に一番の屈辱を味わわせてやる。




